2008年8月24日日曜日

PSWを目指す理由

今年度の4月から、精神保健福祉士(PSW)の国家試験受験資格を取得するための通信講座に参加している。
受験してみたら受かってしまって、この一週間は仕事を休んで東京に滞在し、スクーリングを受けているわけだが、いろんな刺激を受けて、改めて「PSWを目指す理由」を考えてみた。

生々しいことも含めて整理すると、現時点で優先順位順に以下の通りになる。
1.今の仕事で「強み」を作る
 一年前には、特に何の障害にこだわっていたわけではないけれども、山梨に来てから精神障害を持つ人と多く接するようになって、この障害を持つ方の社会復帰の難しさと、可能性双方を意識するようになった。地域生活をしている精神障害者の方は、そのほとんどが「ニーズにマッチした支援」の下、周囲のちょっとした理解があれば、就労を経た自立生活を営むことができると思う。復職支援まで含めれば、障害者雇用の将来を考えた時に、精神障害に関しては私が生きている間はその支援がなくなる(=理想のノーマライゼーションが実現する)ことはないと仮定し、私の支援技法に一つ突き抜けたものを身につけたいと考えている。その基盤として、職業リハビリテーションの近接分野で、より広範囲なクライアントに対応できる知識と技術を身につけるためのPSWである。

2.再就職を意識
 こんな風に書くと勘違いする方もいるかもしれないが、すぐに再就職は考えていない(今のところ業務そのものに不満はないし、何より雇用条件がいい)。ただし、独立行政法人の性質上、いつ・何が起こるかわからない。同期のH氏が言うように、障害者雇用そのものがなくなる可能性は捨てきれないが、私の見立てではとりあえず現職は、今のしくみのまま15年はもつと思う。しかし、20年後は機構だけでなく、独立行政法人のしくみそのものがどうなるかわからない。雲行きが怪しくなって25年後に解散、ということにでもなった時のことも考えると(私が54歳)、他で通用する資格を取得することは、人生のリスクマネジメントにもなるだろう。
 また、子どもができて、のっぴきならない状況がもし起こりうるのであれば、転勤を伴う現職を続けることに限界がくる可能性も捨てきれない。そこまで考えた時に「より安全な」選択肢として、国家資格を取得することは決して損にはならない。

3.ソーシャル・アクションを意識
 前向きな理由としては、この点が強いかもしれない。隙あらば私は、機構の枠におさまらない活動にも参加したいと思っている。というのも、本来「ノーマライゼーション社会の実現」が機構の設立趣旨の一つでもあるにも関わらず、現場のしくみは必ずしもそうなっていないこともある。各ケースのマネジメントは当然優先されるべきだが、それだけで満足していたら、いつまでたっても社会のしくみは変わらない。このあたりが、NPOを経て行政機関に入った私が、今の職場を「物足りない」と感じる地点であるように思う。事業体としてだけでなく、事業運営の向こう側に「社会変革の芽」を見据えていなければ、いわゆる「国民の皆さん」に批判される行政機関であり続けなければならない。そんなのは、まっぴらごめんである。
幸いなことに、PSWの本来の専門性は、精神疾患を持つ方へのケアだけでなく、精神保健福祉全般に関する取り組みになるため、この点においても資格取得は私の活動範囲を広げるきっかけになる。

たとえ自分がどんな立場であったとしても、その専門性を極めることと、多分野への理解と連携によって、新しい価値を生み出し、社会の変革に寄与できると信じている。
私が精神保健福祉士の取得に踏み切った理由は、ざっとこんなところだろうと考えている。