2007年8月27日月曜日

ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、他訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで』星和書店、2004年。(4)

ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、他訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで』星和書店、2004年。(4)66ページまで。

○治療者の目的
1)クライアントが問題や目標を選択し、焦点化するのを手伝う(手助けする)
2)クライアントが問題解決に着手するのを誘導する
3)クライアントに対し、認知モデルを強化し、クライアントが自動思考を同定するのを手助けする
以上に加え、CBTについてのソーシャライゼーションを継続して実行する
 -クライアントがセッションの形式に沿って治療者と協同作業を行う
 -治療者にフィードバックを与え、過去や現在の経験を認知モデルの枠組みから把握できるよう誘導する
 -クライアントの気分がかなり改善されたら、再発予防の取り組みを開始する

○第2セッション以降のアジェンダ
1.簡単な現状の把握と気分のチェック(服薬チェック)
2.前セッションからの橋渡し作業
3.アジェンダの設定
4.ホームワークの実施状況の把握
5.各アジェンダについての話し合い、新たなホームワークの設定、定期的なまとめの作業
6.セッション全体のまとめ、クライアントからのフィードバックの抽出

○1.簡単な現状の把握と気分のチェック
 ツール(客観データ)と状況聴取(本人の主観データ)を照合する
 食い違いがあれば、その内容を指摘し「どう思いますか?」などと問う
 気になったこと、状況等が出てくれば、暫定的にアジェンダ案に加え、全体的な状況を把握することに努める(その日、本人が最も話したい重要なことに時間を割けるようにする)


  

2007年8月26日日曜日

田舎カフェ オーチャードOrchard

果樹園(オーチャード)の中のカフェ、ということで、ハッピーパークという「農の駅」内にある明るい喫茶店。ごはんもの、パスタ、スイーツやドリンクが充実している。地元で採れた野菜などふんだんに使った、気合の入った料理が出てくる。ボリュームもなかなか、味は満足。
嫁さんはとろとろ角煮めし、私はモッツァレラチーズとベーコンのパスタ。豚の各煮は名前の通りとけるようにとろとろでしっかり味がついている。パスタもいい茹で加減で、基本に忠実、飽きずに食べられるおいしさでした。
周囲のカップルがオーダーしていたスイーツにボリュームがあって気になったのと、おすすめにもドリンクとスイーツが並んでいたので、今度はそちらも試してみたい。

〒400-0203
山梨県南アルプス市徳永410 ハッピーパーク内
TEL: 055-280-5501
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.39.8.149&lon=138.29.52.573&sc=3&mode=map&type=scroll



喧嘩の理由と理屈

嫁さんとケンカすると、時折「いつもあなたの都合で動いている」と言われる。おそらく、世の中の男性による「これを言われると黙ってしまう語録」みたいなものがあれば、結構たくさんの人が一票を投じる言葉のように勝手に思っている。感情的に対応すれば「お前もそうじゃないか」とでもなるだろうか。これは感情と感情のぶつかりあいでしかなく、あまりいい結果を生まないように思う。

でも論理的に考えたら、二人が一緒に生活するということは、どちらかの要望ややり方にあわせざるを得ない部分もあるわけで、多くの場合どちらかの都合でもう片方は動いているということになる。わがままも度が過ぎていれば、どちらかがもう片方を一方的に、常に支配しているという構造になるだろうが、わが家がその状況かと問われたら、客観的に考えても「No」と言える状況とは思う。多少は、私のわがままがまかり通っているところもあるだろうが。

ただ、ケンカ中にその「理屈」を相手にぶつけたところで、結局は感情のぶつかりあいにしかならないようにも思う。すると結局は黙ってしまうわけで、「いつもあなたの都合で動いている」と言われた私は黙っているしかないわけで。おそらく、嫁さんもわかっていると思うから黙っていても耐えられるんですが。

茂木健一郎『「脳」整理法』ちくま新書、2005年。

茂木健一郎『「脳」整理法』ちくま新書、2005年。

自分以外の世界を冷静に捉える「世界知」と、自分自身の生にぴったりと寄り添う「生活知」の関係と、それを考える上で重要となる不確実性「偶有性」について深める内容。情報があふれる昨今、脳の中で実際に進行している情報処理メカニズムを「脳整理法」と記述し、個人の生き方を考えさせる。行動することによって得られるセレンディピティと、それによる個人の更新と言うべき成長(学び)や、他人とのコミュニケーションによって「私」は維持され育まれること、物事を考える際に言葉によるラベルづけをすることによって自分自身を棚上げしてしまう危険性など、脳の働きについて様々な角度から論じられている。その上で、安定性とダイナミクスの両立を提案する。
題名からもっと身近な脳のノウハウ本と思い読み始めたが、読み応えのある論文だった。各章毎のまとまりは明快で、随所で学びのある読み物。

茂木健一郎・NHK「プロフェッショナル」製作班編『プロフェッショナル仕事の流儀12』日本放送出版協会、2007年。

茂木健一郎・NHK「プロフェッショナル」製作班編『プロフェッショナル仕事の流儀12』日本放送出版協会、2007年。
○りんごは愛で育てる
 農家 木村秋則
22年前、日本で初めて農薬や肥料を一切使わずに本格的なりんご栽培に成功したパイオニア。こだわりは「主人公はよ、りんごの木なの」とのこと。
栽培に失敗し続け、死を意識した時に山で見たりんごの実が人生を変えた。そのりんごは、人の手が入らない山の中で、自然の営みの中で実っていた。その木を支える土壌は柔らかく多様性に富んでおり、その再現に挑戦し続け、現在の成功に至っている。
プロフェッショナルとは「技術も心もいっしょにともなった人が、プロじゃないでしょうか」と、言葉少なくシンプルに語る木村氏。「生態系を複雑なままにコントロールする」という木村氏の考え方には、人間が自然との調和を図ることに関して、これまでに私が学んできた考え方とはまた異なる視野が提示されたように思う。

BILLY’S BOOT CAMP : Basic Training

BILLY’S BOOT CAMP : Basic Training
最近ブームになっているエクセサイズ。ただの筋トレではなく、日常生活であまり使わない筋肉を刺激するつくりになっている。DISC.1は1時間弱の時間で、「基本的な動き」を身につける内容になっている。
感想から言えば、かなりキツい。私のように、毎日ジョギングをしているような人でも、初めは全てのエクセサイズについていくことができないくらいの負荷になっている。画面でビリーに指導されている人たちは、すでにスリムで腹筋も割れているような人たち。このエクセサイズが全てこなせる人には、あまり必要のないものかもしれない。
効率よく運動をしたい、という人にはおすすめです。ただ、一人でやるとさぼってしまいがちなので、誰か仲間と一緒に取り組むのがいいと思う。

フォーサイトクラブ・セミナー:池上彰「日本語は乱れているのか ――メディアの日本語、私たちの日本語――」2005年7月14日。

池上彰「日本語は乱れているのか ――メディアの日本語、私たちの日本語――」2005年7月14日。

週刊こどもニュースのお父さん役として知られる池上氏の講演録。『フォーサイト』誌の付録で付いてきたCDに録音されていた。

本職であるNHKの記者の仕事の説明や、「週刊こどもニュース」の作成にまつわる裏話など、軽快な語り口で聞かせる講演となっていた。
本題としては大きく2つのことを話す。一つは「暗黙知のギャップ」。池上氏がこどもニュースをつくるときに常に考えていた「わかりやすい説明」というものについて、具体的な事例を交えて説明する。「リコール」という言葉を「安全性の問題」と言い換えて子どもに説明するも、今度は「安全性」って何?という質問が出る。それについて、「商品の中に不良品が混ざっていたら、それが基で事故になってしまうかもしれない」といった説明をしたところ、子どもたちから「じゃあ、そういう風に説明してよ」と言われてしまった等、大人にとっては「これくらいは理解できるだろう、この言葉ならわかりやすいだろう」と思っていることが、実は子どもにとってはまだまだ「わかりにくい」ものだったりした。つまり、少し応用すれば、自分の理解と他者の理解との間には差があって然るべきであり、そのギャップをお互いに埋める努力をして始めて、お互いの理解を取り付けることができる、ということと言える。
もう一つの話題は、「間違った使い方をすると、言葉の意味が変わる」ということ。「水面」という言葉はもともと「みのも」と読むものであったらしいが、今では「みなも」と読みそれが今では正しい読み方として使われている。他にも「白夜」は元々「はくや」と読んでいたのに対し、現在では「びゃくや」と読む。こうした漢字の読み方だけでなく、慣用句に関しても間違った意味が通用してしまっている現状を指摘する。

記者としてのキャリアの長い池上氏だからそうした言葉の間違った使い方にも敏感で、様々な指摘をするが、その指摘を経て氏は日本語を「生きた言葉」であるがゆえに「変化する」と結論づける。初めは間違って使われた言葉が(間違い)、次第に多くの人がその使い方をするようになり(ゆれ)、やがて言葉の意味そのものが変わってしまう(正しい)現実を説明する。
そして、放送に携わるものとして、また一般の人に対しても、常套句に逃げ込む危険性を指摘する。つまり、よく調べずに「ゆれ」ている言葉を「正しい」ものとして使ってしまうことにより、そこに「思考停止」が発生する可能性を危惧する。記者としては、安易な言葉で乗り切ってしまうのではなく、きちんと取材して真実を表現するべきだし、普段私達が実施している「説明」なども、改めて考え、「わかりやすい」「正確な」表現を考えて磨きぬくことが大切なことではないのかという結びであった。

2007年8月15日水曜日

読書メモ:ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、神村栄一、藤澤大介訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで ――ジュディス・ベックの認知療法テキスト――』星和書店、2004年。(3)

ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、神村栄一、藤澤大介訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで ――ジュディス・ベックの認知療法テキスト――』星和書店、2004年。(3)58ページまで。

○心理教育1 「認知モデル」
 結論:考えることが、気持ちに影響する
  状況 → 思考 → 感情
 (状況により、何かが頭に浮かぶ。その思考やイメージにより、感情が生み出される)
 Q: What was just going through my mind ?
  言語だけでなく、イメージのこともある。「自動思考」は様々に表れる
 (図参照)



○初回セッション
 ・アジェンダ設定(枠組み)
 ・気分チェック
 ・目標を立てる
 ・認知モデル(上記)
 ・今後の取り組みの確認
  -問題や課題に取り組む(ホームワーク、自助活動、など)
  -自分の考えが妥当でないときに、それを修正する
  -読書療法(主体的に読めるように、共感できる・できないメモなど)
  (本人にとって、難しいようであれば取り下げることも可)
 ・感想、フィードバックの抽出


2007年8月14日火曜日

勉強の時間

職場受けも、継続できるかもわからないが、職場内で一つの試みを開始した。Googleでは、勤務時間の20%を好きな研究のための時間にできるということからヒントを得て、「勤務時間内に、勤務に直結する勉強をする」というもの。

勤務時間になって朝礼が終わったくらいの、脳が回転し始めるくらいの時間をちょっぴり使って、普段気になっていることを調べたり、時間を割いてでも読むべき本や雑誌を読む時間としてみた。さすがに勤務時間の20%は気がひける(7時間半勤務=450分×20%=90分!)ので、半分くらいでキリのいい40分くらいとして、記録の時間を10~20分。ここのところのブログの更新内容は、その時の勉強内容をそのままアップしたものです。こうしておけば、ノートが要らない。手書きのメモもそのままとっておけるということで、このブログはますます雑然とするわけですが、「ラベル選択」を「自己紹介」の下に持ってきたので、ご活用ください。

まだ、初めて二日目ですから、いいのかわるいのかもよくわからないけども、「時間ができたら」と積み上げた資料と書籍がごちゃごちゃしてきたので、どうにかせねばと。職場ウケも正直わからないので、業務管理とかに支障が出たら、時間を短くするとか、やめてしまうとかしようとは思っています。「いい」と思うことは、とりあえず試してみないと、予想以上の効果はわかりませんから。

予想できることは、仕事に直結するスキルの勉強と、ツールの開発や提案などがスムーズに進むようになるかなというところ。これまで、休日や勤務時間外に認知療法とか職業リハビリテーションの勉強をしてきたわけだが、嫁さんの目を盗むのに限度があるのと、やはり「今やるべきこと」が段々薄れていってしまうというモチベーションの低下が怖かったわけです。

最近、私の中で「まぁいいや」が出てくるようになってきた。結婚したことがタイミングとして一致はしていても、それが原因とは思っていないのだが、長期的に見て「今やるべきこと」が、短期的に見た「今やるべきこと」と違う場合に、リスクを負ってまで挑戦したり無理したりする気力が萎えているのかなと。
体力の低下があるかもしれないし、やはり結婚して守るべき家族ができたことが多少は影響しているのかもしれない。だからといって、人生全て守りに入るという選択肢は、私の信念からすればはっきりと「NO!」なわけで。

多分、この1年くらいで、生活スタイルががらりと変わるように思う。その一歩として、「勤務時間内お勉強」を開始してみました。誰か、一緒にやりませんか?上司の目を盗むというよりも、むしろ「堂々」と。

読書メモ:ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、神村栄一、藤澤大介訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで』星和書店、2004年。(2)

読書メモ:ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、神村栄一、藤澤大介訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで』星和書店、2004年。(2)~42ページ

○セッションの構造化
 1)簡単な現状把握
  -気分チェックと服薬コンプライアンスなど
 2)前セッションからの橋渡し
 3)アジェンダの設定
 4)ホームワークふりかえり
 5)アジェンダについての具体的話し合い(メイン)
 6)新たなホームワークの設定
 7)セッション全体のまとめ
 8)クライアントからのフィードバックを引き出す
・わかりやすい進行が身につくと、クライアントも安心し、協同して治療に当たっている意識も芽生えやすい。治療の主導権をクライアントとする際の布石にもなる。

○(具体的な)目標設定
 1)「困っている」や「不安・不満」となる状況を整理する
  Ex>「今、○○や□□で問題を抱えているのですね?」
 2)クライアントの表現で、目標(ゴール)を設定する
  Ex> Q:「この治療で、生活(考え方)がどう変わればいいと思いますか?」
     A:「もう少しマシになれば……」など
 3)(表現が抽象的なら…)「『マシ』になったら、どんなことができますか?」
   A:「人と普通に話ができたり、毎日仕事に行けたり……」
  上記発言が、とりあえずの目標となる。セッションを継続する中で、より具体的に、より幅広く改訂していく



 

2007年8月13日月曜日

読書メモ:ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、神村栄一、藤澤大介訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで』星和書店、2004年。(1)

読書メモ:ジュディス・S・ベック著、伊藤絵美、神村栄一、藤澤大介訳『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで』星和書店、2004年。(1)25ページまで。

○認知療法とは、認知的概念化を通じ
 1)特定の障害
 2)患者個人
 を理解することを重視する

○原則
・認知療法とは、
 1)全ての話題と患者の抱える問題を、常に認知的支店から概念化し、それに基づいて実施する
   -話題を「データ」とし、共通点を見つけ抽象化・一般化を設定し続ける
 2)確固たる治療同盟を重視
   -基本的には双方向コミュニケーションに基づく
 3)協同作業と治療への積極的関与を重視
   -セッションは治療者とクライアントが協力して選択、決定する
 4)問題に焦点を当て、目標志向的
   -すでに習得ずみの解決力の発揮を妨げている、非機能的な思考を検討する
 5)<現在>を強調する
   -「今」悩んでいることが重要。過去に焦点を当てる時は、
    ①クライアントが強く希望したとき
    ②「いま、ここ」の検討が、認知・行動・感情的な変化を生み出さない場合
    ③「いつ」重大な非機能的思考が形成されたか知る必要がある場合
 6)心理教育的で、クライアントが自分自身の治療者となることを目指す。再発予防を重視する
 7)治療の回数・期間を、制約あるものとして考える
   -概ね4~14回のセッション
 8)セッションを構造化する
   -わかりやすく、セッションの主導権をクライアントがもてるようにしやすくする
 9)クライアントが、非機能的な思考や信念を、自ら把握・検討し、それらに対応できるように誘導する
   -ソクラテス式質問法:質問を重ねることで、クライアントが「自ら」気づいたり、発見したりするよう誘導する手法
   -誘導的発見法:クライアントが抱えている感情の拝啓にある信念を明確化するために、クライアントの考えの意味するところに質問しつづける手法
 10)クライアントの思考・気分・行動を変化させるために、さまざまな技法を活用する

○セッションの進め方
 ・個々のクライアント
 ・クライアントの抱える問題の性質
 ・クライアントの目標
 ・クライアントと強固な治療関係を築けるか
 ・動機付けの高低
 ・過去の治療体験
 ・治療に対する好み
 これらによって、セッションの進め方は影響を受ける また、クライアントの障害により、強調点は変化する

○自動思考の把握
 What was just going through my mind ? どんなことが、私の頭に浮かんだのだろうか?

○認知モデル 認知療法は、「認知モデル」に基づく 認知モデルとは、「人の感情や行動が、その人の出来事に対する理解の仕方により影響をうける」という仮説(イラスト参照)


2007年8月12日日曜日

今日のできごと 8/12

朝起きて、トレーニング。
心なしか膝が痛い。膝の外側が痛いのは、最近、歩き方を少し変えたからかもしれない。踵から地面について、つま先へと重心が移動するわけだが、その力の抜ける先を前に。斜め前ではなく前に。意識すると、これまでよりも少し膝が正面を向く。重心がぶれずに歩ける歩き方ではあるが、今は意識しすぎていて、膝に力が入っているのかもしれない。

朝食を摂り、「脳トレ」をやる。日付計算で、今日の日付を8/14と間違え、めためたになる。

嫁さんと図書館へ。
9時開館で、11時くらいについたのだが、予想通り満席。確認だけして、マクドナルドへ。11時20分頃着く。少しだけ混んでくる時間だが、まだ空席があるので勉強する。嫁さんは簿記の勉強、私はメンタルヘルスに関する検定試験の勉強。これまでに勉強してきたことを、体系的に整理しようとする試み。これまでの知識をカテゴライズして、プラスアルファの知識を得る。こういう作業は、効率もよく面白い。一通り、テキストを終えたら、メモはアップします。

マクドナルドの客層は様々。隣に座った人だけでも、何やら元マック店員で「オレは仕事ができたんだぞ」語りを繰り広げる男と、それを聞いて適当に相槌をうっている友人っぽい二人組。旦那さんよりも奥さんの方がたくさん食べる(サンドイッチ2コ食べてました)家族連れ、子どもは二人でにぎやか。妊婦さんと旦那さん。
初めは勉強していたので、100円コーヒーだったが、途中追加のオーダーをする。列には高校生の行列。その後ろについていたら、なんとなーくおばさんに横入りされる。腹は立つが、店が混んでいるので放っておく。高校生は、5人くらいでマックフルーリーを一つずつ注文していく。一度に5つ注文しなさいよ。
12時10分前くらいから店内が混み始める。ものすごい勢いで店内に人がなだれ込む。窓の外を見ると、ドライブスルーの列が行列になって、道路でも待ちができている。すごい。家族連れが多い。やっぱり子どもができると、ファーストフードって行きやすいのかもしれない。今の私達夫婦の使い方とは全く違うし。でも、自分の子どもが小さいうちは、あまり行きたくないかもしれない。だって、カロリー高いから。そんなことを考える。

さすがに、1時間も場所を使って、店内に人があふれかえっているのを見ると、勉強する気にはならない。再度図書館へ。やはり指定席は満席。学習室も満席。
学習室とか、指定席、物置いて席を立つのは自由だけども、1時間も席を立つのなら場所取りするのはいかがなものかと思う。まぁ、昼食摂るくらいは仕方がないと思うが。

1時間程、新聞と、検定には関係のない本を読む。最近、1冊/週ペースが乱れているけれども、新書を思い切り読むのは気分がいい。専門とは関係ない本もいつも読みたい。

一休みして、ガストへ。やはり家族連れが多い。昼下がりとなり、やや客足がはけているので、デザートを突きつつ勉強。マクドナルドもにぎやかだが、ガストは子どもに動きがあるのでよくない。走り回る、ソファーで飛び跳ねる。大声を出す。親は何をやっておるのだ?

4時過ぎになり、嫁さんが眠くなってきたので、帰宅。私は庭掃除。ドクダミと格闘。中途半端で暗くなってしまったので、庭にはクレーターができている。 少しずつ、ドクダミの範囲を狭めている、気がする。

パスタCAFE かなりや

パスタCAFE かなりや


山梨県中巨摩郡昭和町清水新居1380-1
TEL: 055-232-9305



昭和通り西側にある、カフェレストラン。パスタを中心に、ピザなんかもやっている。オーソドックスなメニューから、アレンジパスタまで広く食べられる。店内は明るく、食事でもお茶でもいい。デザートも種類があり、楽しいお店。パスタは気合の入ったなかなかの味でした。

2007年8月9日木曜日

身体の使い方 合気道編3

8/7の合気道にて。

腹式呼吸なるものをやってみる。これまで、メンタルヘルス関係の講座や講習で習ったことはあるが、私自身が実際にやってみてその感覚を意識するのは初めてだったような気がする。

副交感神経を刺激する呼吸法ということで、リラクゼーションの効果がある。実際に、正座して呼吸してみる。胸ではなく、お腹に空気を溜める。意識しないとちょっと難しいが、目を閉じて、落ち着いてやってみるとお腹に空気が溜まっていく。そして、吐き出す。ゆっくりと、吐き出す。「1分くらいかけて吐き出すように」との師匠の言葉を真に受け、ながーく吐き出す。途中でふっと身体の力が抜けるような気がする。
今度は仰向けになってやってみる。考えていることを減らしていくと、心音が感じられたり、脈の音が聞こえる。師匠曰く、「身体全体が敏感になっている状態」とのこと。視覚や聴覚だけでなく、触覚で反応する、という前回の講座にも合った状態。常にリラックスして、全身で感じ、反応するのが一番速いとのこと。
併せて、「吸う」「吐く」のタイミングについても教わる。人間は力を出す時、必ず息を吐き出す。吸いながらだと力がでない。だから、動作するときには、息をいつも「吐いている」状態をつくるのがいい。吐くのはゆっくり、そして常にお腹に息がストックされている状態を作るための複式呼吸であるとのこと。確かに胸を広げて空気を取り込むよりも、お腹に入れる方がたくさんはいる。

以前書いた、移動時に重心がぶれることについて質問する。
師匠によれば、「後ろからついてくる足を内側に寄せる感じで動かすとぶれが少なくなる」とのこと。実際にやってみる。重心を前方に倒し、その体幹を維持しながら左足を前に出す。それとほぼ同時に右足を内側に寄せるイメージで前方に移動する。
身体がぶれる余裕が減るような気がする。より安定するというか。身体がぶれる余裕がないということは、感覚としては窮屈なのだが、そのおかげで移動後に重心を調整する必要がない。気持ちいい動きになった。

こういった感覚は、実際に体感すると、本当に面白い。

併せて技の練習をする。当て身技の名前は忘れてしまったが、これも結局、手で「押す」のではなく、手刀を維持して「動く」感覚で相手に「力を伝える」のだということはわかった気がする。5~6本やって、2回くらいしかその感覚はなかったのだが、何回もやればきっと身体で覚えられるのだと思う。
もう一つ、脇固め(こちらは名前を覚えていた)に取り組む。すごい技だと思う。一瞬にして腕が巻き込まれて動けなくなってしまう。結構痛かった。これも、腕の固め方はあるにせよ、相手の腕を巻き込んでいくのは上半身の力ではなく、移動力なのだということはわかってきた。
つい、技の形に気をとられてしまい、移動がおろそかになってしまうのだが、逆に移動力が重要だということも、何となく感じられた今回の合気道でした。

身体は、もっと面白い。

2007年8月6日月曜日

疲れ

月曜日はいつもテンションが低めである。何も予定を入れていなくても、何となくバタバタするし、休み空けで、頭がフル回転しないのもあるので、月曜日は所内にいることが多い。
所内にいると、結局仕事がはかどらないので、どうなのかな?という疑問もあるが、一日かけて仕事モードに持っていかなくてはならないので、仕方がない。

今日はうだるような暑さで、おそらく何度か汗をかいたのだろう。それが冷房で冷やされてちょっと気分が悪くなってしまったのだろう。頭にモヤがかかったような感じで、報告を受けながらふっと気が遠くなることが何度かあった。よくない。

この冷房が絡んだ疲れというやつは、身体の根っこから疲れさせるので、どうも抜けが良くない。養命酒をまた使っているのだけども、やはり疲れが抜けない。さて、どうしたものか。

帰宅して夕食。嫁さんも気を使ってか、夏メニュー。オクラとモロヘイヤをポン酢で食べる簡単小鉢はおいしい。ゆずポン酢はお気に入り。
夕食後、なんとなくギターを弾いていたら、嫁さんが歌う。歌う歌う歌う。私はコード押さえてバッキングするくらいしかできないけども、意外と面白い。最近弾いてなかったから、だめだめな気もしたがやってみたら意外と指が動くもの。また少しずつ練習することにしよう。

「島耕作」シリーズの弘兼憲史氏。ビジネス関係の書籍を多く出版していることを知る。どんなものか見ていくとしよう。ワインに関する書籍も出しているのですね。「部長」時代の取材のたまものかしら?

2007年8月5日日曜日

今日の出来事 8/5

朝起きて、身体を動かす(前述、合気道編2)。

軽い朝食をとって嫁さんと図書館へ。休日だからか、非常に混んでいる。空いたソファで私は読書、嫁さんは簿記の勉強をする。
昼食はお弁当。休日、外で弁当というのも悪くない。

「よってけし」なる直売所へ行き、米を買う。その場で精米してくれるので、何だか新鮮っぽくていい。野菜が安い。

甲府駅ビル「エクラン」へ。嫁さんが靴(サンダル?)を買うとのこと。私は、本屋で立ち読み。結局何も買わずに帰る。TUTAYAで「オーシャンズ11」を借りて帰る。

帰宅後、庭掃除。ドクダミとの付き合い方を、「退治」から「制御」とする。根っこの伸びと張りがすごい。改めて驚く。

夕食後、嫁さんとプチ喧嘩。もう慣れた。

「オーシャンズ11」を観る。テンポのいい映画。ジョージ・クルーニもカッコいいが、ブラッド・ピットはちょっと悪い役をやらせると、いい俳優だと思う。トリックがちょっと謎っぽくていい。

あまり、考えずに送った一日。頭も休められた。

QUE PASA CAFFE

以前紹介したお店ですが、ラベルをつけかえて再紹介。

ケパサカフェ
QUE PASA CAFFE
笛吹市石和町唐柏586-2
TEL: 055-263-8700
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.38.1.879&lon=138.36.59.216&sc=3&mode=map&type=scroll

目が飛び出るほどというわけではないが、ここの食事と飲み物は安心できるおいしさ。雰囲気もよく、嫁さんとよく行くカフェ。私は御飯物が好きだが、パスタもおいしい。ドリンクはチャイが好きだが、コーヒーが結構有名らしい。カプチーノは、おしゃれです。




メニューは多彩。季節のメニューあり。
・タコライス
・てりやきチキン丼
・THE パスタ
・各種ドリンク
・デザート

加河絵菜『七色の星がふる夜』新風舎、2007年。

絵本は久しく読んでいなかったが、嫁さんの友人の妹さんが作者とのことで勧められる。

小細工のない、ストレートな内容。表現がきれいなので、読ませる。モモちゃんと出会い、他者と関わりを持つことによって変化するミラの心情。その関わりに、限りがあることを知った時、ミラはそれまでにない行動へと駆り立てられる。

読後、なんだか穏やかな気持ちになった読み物でした。

うつ・気分障害協会『「うつ」からの社会復帰ガイド』岩波書店(岩波アクティブ新書)、2004年。

テレビで特集を組まれることも多くなった気分障害。在職者の復職に焦点を絞って説明されている。

気分障害の概要として、うつ病と双極性の分類があることや、原因として内因性(素質・遺伝子)、心因性(葛藤・過労)、身体因性(病気・加齢)の分類。支援の基本として、1)注意サインの発見、2)再発防止の取り組み、3)段階的な支援をあげている。
正しい薬物療法で、約75%の患者が回復し、心理療法と組み合わせることで約90%の患者が回復する。難治性のうつ病は全体の約10%程度、再発は平均4回/10年であるなどのデータも紹介され、気分障害についての基礎文献としても読める内容。

療養(半年~1年)後、一進一退を繰り返しながらでも回復に向かった後の復職の取り組みとして、リハビリ出勤が有効であるとの説明がある。1)会社の前まで行って帰宅する、2)会社に行って挨拶をして帰ってくる、3)勤務時間の一部でも勤務場所にいてみる、などの段階を経て、慣れていくことを提案している。
復職のポイントとして3点まとめられているが、前提としては「会社はリハビリ施設ではない」ことがあげられている。前述したリハビリ出勤は1~2ヶ月が限度。ポイントは1)8時間/日勤務ができること(調子が悪くとも休まず働ける)、2)一人で通勤できること、3)職場にできる仕事があること。

この内容は、今の私の仕事でもそのまま使える尺度といえる。

身体の使い方 合気道編2

今朝、ちょっと早く起きて念入りにトレーニングする。

毎日やることにしている運足と手刀動作も、ちょっと意識して丁寧にやってみる。師匠に教わった動作は、確か「重心が宙に浮いている感じ。身体が自然と前に行こうとするのに合わせて、足を出すような気で」というような内容だったかと思う。感覚としては、何となくわかりそうなものだが、これが意識して出来ない。
一月ほど前に、師匠と手刀合わせをしたときに、師匠が目を閉じて私の動作に合わせて間合いをとっていたことを思い出す。その時の文脈は確か、全身をセンサーにして相手の動きを感じ取ることだったが、目を閉じているにも関わらず、寸分たがわない前後の動きをしていたことに驚いたことを記憶している。つまり、目を閉じていても前後にまっすぐ足を運ぶことができているということだ。
試しに、私も目を閉じて運足をやってみる。前→後→後→前、と動作すれば元の位置に元の体勢で戻れるはずだが、実際には足の開きは狭くなり、前後にズレ、元の位置よりもやや前に動いていることに気づく。繰り返しやっていると、私自身の重心が左右にブレていることも感じられる。

左足から前進する時には、重心が前にずれていき左足が浮く。その瞬間に重心が正中線から離れて左にぶれる。前進とともに左足が地面を滑るように動き、着地。その時には完全に重心が左足に移ってしまっている。その状態から、右足が着いてきて、重心が中心に戻ろうとするが、その時には、中心を通り過ぎて右に小さくぶれてから戻る。

前回の「身体の使い方」で書いた、「動作毎に何分の一秒ずつ遅くなり、一緒に動いているだけで体幹のバランスが崩れてしまう」は、おそらく今回気づいたこのことなんだろうと思う。
後、もう一つ気づいていることは、走行時の重心のぶれ。
どんなトレーニングをすればいいのか、今度師匠に聞くとしよう。

2007年8月4日土曜日

二人称で考える

昨日の本屋さんで、もう一冊『新・ブラックジャックによろしく』の2巻も読んだ。

主人公の斉藤英二郎が、先輩看護婦の赤城の腎臓移植のドナーになろうとして、彼女の皆川に迫られる。医師としての使命なのか、斉藤個人としての善意なのか好意なのかぼやけたまま、皆川とすれ違っていく微妙な心理と人間関係の描写は、相変わらずうなってしまうほどの面白さだった。

漫画に思いっきり感情移入してみて、斉藤の行動に共感できるかと言うと、実はできてしまう私がいる。ただ、私は現時点では臓器移植のドナーにはならないと決めている(院生の時に文献を漁り、授業で議論を重ねた末に出した答え)。
いや、これだけだと論点はずれたままだから、もう一歩踏み込んでみる。その「決定」なしに、漫画の状況の斉藤の立場に立たされたらどうかと考えてみる。知り合いで尊敬する女性が不治の病に冒されており、私の身体の一部を移植したら回復の見込みがあるとしたら・・・・・・やはり「助けてあげたい」という気持ちはあったとしても、独断で行動には移せないと思う。状況がそうさせてしまうのだろう。

嫁さんに以前にも言われ、最近また言われたのだが、どうやら私が「誰にでも親身になってしまう」ことがあまり気に食わないらしい。私は私自身が「誰にでも親身になっている」つもりはないのだが、傍から見る嫁さんにはそう見えるらしい。思い切り、見方はずれているのだが、おそらくどちらも本人にとっては真であるのだろうと思う。客観的な判断ができない感情がここにある。
二人して「二人称の感覚」で考えているから、おそらく論理的な判断が下せないのだと思う。「二人称」は学者の言葉を引用しているので、私なりの整理ができているわけではないが、おそらく、二人して自分自身の見方をしているから、こういう状況が生まれるのだと思う。

こういうことって、考えると面白いし、おそらく私のライフワークにもなってくるのだと思うけれども、その状況を生き切るには本当に労力が要ると思う。考えなくていいなら考えない方が楽ではあるのだが、それを考えることが、私の人生を豊かにするのだと信じてしまうようになってしまった。

飲んでしゃべる(あいのり)

先週末の師匠との飲み。「あいのり」なるテレビ番組についてもしゃべった。

師匠曰く、あの番組は「グループの力によって、人が成長する様が見られる」とのこと。なるほど、私はそんな見方というか、テレビ番組をあまり継続して見ないため、そんな面白いものが見られるとは知らなかった。誰が誰に惚れただの告白しただの、私には全く興味のない内容とばかり思っていた。
番組の裏側のことなんて知らなかったし、「あいのり」のルール(告白するまで帰れない、リタイヤあり、等ですか?聞いただけですが)も知らなかった。師匠曰く、番組制作の裏側では、スタッフの相当なケアがあって成立しているらしい。

その人の素がでる「恋愛」をテーマに、個人が自分自身を曝け出していく(vulnerableになる)ことにより成長する様が見られるとのこと。そのストレスや、不安定になっていくメンバーをスタッフが支えて、番組が成立している、うんぬん。
こんな話をしつつ、師匠は面白いという。その深さで番組を見られたら、おそらく私も「面白い」とは思うのだろうが、おそらく続けて番組をみないとそういう微妙な個人の変化というものは見られないのだと思う。私は多分この先も見ない番組かと思うが、そういう見方もあるのだなと、素直に感心してしまった。

余談だが、vulnerableという言葉は『ボランティア』(だったか?)という岩波新書で紹介されていた言葉である。その論文の文脈は、ボランティアにより新しい人と出会い、新しい経験をするときに、いやおうでもその人が弱いところを曝け出す(valnerable)場面がある。その人の成長は、自らを曝け出してそれを自らが受け入れることによってなされる、といったようなことだったかと記憶している(定かではない)。その記憶と、師匠の言う番組の面白さがおそらくリンクしたから、興味を持ったのだと思う。

出来事 8/4

遅い始まりの土曜日。9時過ぎに起床。疲れがたまっていたようなので、すっきりするくらい寝ることができたのだが、暑くてこれ以上寝られないと起床。朝のトレーニング。

休日なので、しっかりとジョギングする。最近は、正規ルート(と勝手に名づけてしまった、20分くらいのコース)を走れていないので、ちゃんと走る。まだ、「身体が自然と前に出る」感覚はわからないのだけども、膝への負担は確実に減っているように思う。手刀動作は、「これでいいのか?」と思いつつ一通り。身体については、後に続く書き込みで。

トレーニングを終えた頃、近所のおばあさんが玄関を雑巾がけしている。この年代の人は本当にすごいと思う。屋外を雑巾がけというのは、私の世代では考えられないことと思う。

朝食をとって、床屋へ。
床屋で髪を切ってもらう。今回は丸刈りっぽく短めに。ちょっと雰囲気が変わったようで、嫁さんには「そっちの方がいい」と言われる。私はスポーツ刈りが好きなんだけどね。
散髪の途中で、店に「野球の協賛を・・・」と入ってくる男性がいた。床屋の主人は「お金はないからなぁ」と一蹴。彼はそれで引き下がったが、まぁ、それくらいお粗末ではあったと思う。あの集金方法でお金を出す人はいないだろうし、もし新手の詐欺なら、あのまま領収書を切って現金を受け取ってポケットに入れて領収書を処分すれば、集金が成立してしまう。そんなことを疑われてしまう世の中なのだなぁと思った。

帰宅後、嫁さんと遅い昼食に出る。
ケパサカフェ
QUE PASA CAFFE 
笛吹市石和町唐柏586-2 
TEL: 055-263-8700
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.38.1.879&lon=138.36.59.216&sc=3&mode=map&type=scroll
目が飛び出るほどというわけではないが、ここの食事と飲み物は安心できるおいしさ。雰囲気もよく、嫁さんとよく行くカフェ。テリヤキチキン丼とチャイで昼食。今日ものんびりと。

帰り道、図書館で勉強しようとするも、土曜・日曜は17時閉館ということを知らず、嫁さんが借りてきた本の返却のみ。代わりに自宅近くのマクドナルドで、軽く勉強する。

帰宅し、夕食。嫁のおばあさんから送られてきた野菜を食べる。きちんと野菜の味がする野菜は、特別な調理をしなくてもおいしい。こういうものが食べられるのが、一番幸せなのかもしれない。

2007年8月3日金曜日

プライベートと仕事の関係

朝、気分が悪いのはいかんともしがたい。

結局、第二次冷戦が自宅で勃発し、本日の予定を大きく変更する。私も大人気ないが、こういうときに「束縛」を感じる。まぁ、本音を言えば、多少心地いい束縛なのだが。
それでも、「行ってきます」と言って、何も言われないのは寂しいし、多少腹も立つ。結果バイクの運転は荒くなる。よくない。仕事をやっても、どこかに腹ただしさはひっかかる、よくない。

昨日の続きで、所内の業務改善について、関係する職員から話を聞く。やはり、1)施設長のように、明らかに自分たちを管理する立場の人、2)直接上司に当たる人、3)その他、には言いにくいことが、でてくるのだろうと思った。個人的には「その他」に当てはまる要因が大きいとは思うし、昨日の時点では、やや議論がかみ合っていないなとも思ったのだが、そのポイントがはっきりしたような気もする。

私がこれまで訓練の担当をしてきたケースがダンゴになって動き出す。うれしい悲鳴。目一杯動きが出てくるが、まぁ、ほどほどにアソビを入れながらやるとしよう。

所内で残業してから、本屋で思い切り立ち読み。医龍14巻とドラゴン桜19巻を読む。医龍は教授選を前に、人間模様が変化しつつあり、意表をつかれた面白さがあった。やや大げさに大学病院の社会を描いた漫画だが、オペの描写は迫力があり、面白い。
ドラゴン桜もいよいよセンター試験。緩急ある展開は、ためになって面白い。描かれている「受験ノウハウ」は納得させられることが多いが、もう一つ高いところから読むと、漫画全体が刺激的な人生を送る一案を提案されているようで面白い。

帰宅する。嫁に謝られる。冷戦は一旦終了。こないだの話じゃないが、そんなものだ。理屈でも正論でもなく、甘いものと時間によって解決されるもの。仕事の関係者と飲む機会を逃したけれど、縁があればきっと別の機会があるだろう。

2007年8月2日木曜日

冷戦と仕事に思う

昨晩から、嫁さんと冷戦状態にある。おそらく、私の行動のどこかが気に食わないのだろうが、眠くてボケボケしていたことそれ自体以外のことで、思い当たる節がない。そのせいかどうかわからないが、今日は夕飯がないそうだ。どこかで軽く食べて、おみやげでも買っていくとしよう。

仕事をしていて思う。

人を率いて仕事をするというのは、本当に難しいことだなぁと。私やその賛同者が「いける!」と思っていても、現場にそれを浸透させようとすると、いろんな反発がある。反発というか、建設的な意見によって突っぱねることもあり、頑なな態度によるものあり、といったところだろうか。
「これやると、楽なのになぁ」と思って提案したことが、「こんなことできません!」とか言われてしまうと、私も少々面白くない。大人気ないなぁとか思ってしまうのだが、そう思っている私が大人気ないことに気づく。

あぁ、嫁さんとの冷戦も、そんなことかもしれない。

今の会社は全国組織なので、全国の前年度の業務概要が1回/年送られてくる。全国的に、取り扱い件数が、知的障害者減少、精神障害者増加となっている。業務再構築の成果なのかもしれないし、社会の理解が広がっている証拠かもしれないが、この数字だけを見て「知的障害者の支援は民間ができるようになった」なんていう解釈をされるのが、いまいち納得できない。私が所属する会社は、その傾向が著しく、実数で知的障害者の取り扱い件数を精神障害者のそれが上回るという状況となっている。
では、知的障害者支援が民間で盛り上がっているかというと、必ずしもそうではない現状が浮かんでくる。面白いもので、岡山ではほとんど聞かれなかった「この人は施設の戦力だから、就職させられない」という施設の声が、山梨では聞こえてしまう。法的解釈もままならない状況も一部に存在していて、どうして上記解釈ができるのか、考えさせられてしまう。

所内の体制がどうなるか、はたまた今の会社が山梨県にどう位置づくか、今年度もスリリングに仕事ができそうです。

2007年8月1日水曜日

恥をかく

水曜日は週に一度の手話講座。岡山で一年やっていた続きの講座を山梨で見つけて受講。

岡山の時は、少人数で「とにかく動かせ、やってみろ、前に出てやれ」といった、ややスパルタ教育。講師の先生が聾者特有の動作をして、キビキビ動く方だったので迫力があった。その分、受講生は和気藹々とやっていた。それでも、繰り返し繰り返し練習を重ねたこともあり、聾者と結構コミュニケーションがとれるようになった。

今年度は、受講者が多く、講義形式が多い。それでも、一時間に数回、全員の前で何かコミュニケーションをとる機会がある。私が「恥かいた方がうまくなる」と信じ込んでいるのと、「恥かくことで自分の壁が低くなる」と思っているので、なるべく挑戦するようにしている。

以前、プロフェッショナル仕事の流儀にカーデザイナー奥山清行氏が出演したときに、「一日に20個、恥をかきなさい」と言っていた。20個は意識していないとなかなかかけないけども、ちょっとがんばったら殻を破れる、失敗しても恥で済むのなら、私自身のために挑戦してみようと思っている。