2008年7月30日水曜日

当身技

昨晩の合気道教室では、当身技5本に取り組む。
http://homepage2.nifty.com/shodokan/kyogi10a.html
(昭道館本部Webより)

合い構え当て以外は、どれも一度は型で教わっていたが、どれも乱取りの動きの中では使えていなかった。
「移動力を手刀を通して伝える」ということが、頭ではわかっていても、感覚として理解しきれていなかったからだろう。

改めて技に取り組むと、正面当てと合構え当て、逆構え当てと下段との共通点が見えてくる。
もちろん、どれも「移動力」が鍵なのはわかっているけれども、前方への崩しから戻ろうとする相手の体重移動に合わせて飛び込む前者と、相手と組んで距離がないところから腰をぶつけながら相手の後ろ側へ移動するような足の運びで移動力を伝えていく後者。
加えて、手が相手に張り付くような感覚と、力の合成によりどんな力が相手にかかっているのか、いまいちよくわからない後ろ当て。

徒手乱取りの中で発動した下段は、これまでIyokiyehaが「やろうと思ってやってみた」下段とは一線を画していた。
「あっ、かかってるかも」と思いながら前進した結果、師匠の返し技に思いっきりひっかかったのだけれども、タイミングはとりあえずいいらしい。

2008年7月27日日曜日

アーネスト・シャクルトン『エンデュアランス号 奇跡の生還』ソニー・マガジンズ、2001年。

第一次世界大戦が開戦する間際、南極大陸横断と学術的作業を目的に、アーネスト・シャクルトン隊長が率いる28人が南極大陸へ向かった探検の記録。
南極の厚い氷に阻まれ、船ごと氷盤に閉じ込められてしまい、本来の目的である南極大陸横断は成功しなかったのだが、1年半程の航海を一人の死者を出すことなく生還した、エンデュアランス号の乗組員の冒険を記したノン・フィクション。
過酷な自然条件下で生還するために四苦八苦しながらも、その置かれた環境を楽しみ、知恵を絞り、前向きに、希望を持って、前進することを辞めなかったシャクルトン隊。
その隊長、アーネスト・シャクルトンによる著書、”South –A memoir of The Endurance Voyage”の訳書。

以前、別の著書によるこの探検のノンフィクションを読んだことがあり、その時からアーネスト・シャクルトンという人の人間的魅力に感銘を受けていた。
個人的に、普段小説はあまり読まないのだが、小説から学びとれることの素晴らしさに触れる機会もあり、またノン・フィクションを中心に読んでいこうと思ったところである。
書棚に「シャクルトンコーナー」ができてしまっていたことに気づき、今回読んでみた次第である。

文句なしに面白い。
ただし、映像とセットで説明されればもっとクリアに状況がわかるところを、ほとんど文章のみでまとめているために、状況をイメージするのが難しい箇所も多々あった。
とはいえ、実はIyokiyehaが「歴史上の人物で尊敬する人は誰ですか?」と問われた時に、シャクルトンの名前が出てくるくらいに、この人のリーダーシップには感銘を受けている。
どんな逆境に立たされていても、頭はどこまでも冷静に、しかし熱い心と、どんな状況も楽しもうとして、実際に楽しんでしまう、この人の「芯の太さ」は若輩の私がいつでも真似したいと思っていることの一つである。
厚い氷にエンデュアランス号が閉じ込められてしまい、漂流しているときにクリスマスパーティーだの、氷盤での犬ぞりレースだの、サッカーだの。
いわゆる「遭難」している状況の中で、こうした発想が生まれ、実際にやってしまうという、行動力とも想像力とも言い切れない「太さ」は、どんな技術をも凌駕し、人が人としてよりよく生きることを考えた時に、もっとも大切な「希望」と切っても切れない関係にあるように思われる。
私の思考パターンに「希望を捨てない」と「前進を辞めない」という二つの大きなものが刻み込まれたように感じられる。

Iyokiyehaおすすめの一冊。
読み応えのある冒険小説を読みたい方、逆境の中で人を率いるリーダーシップを学びたい方、Iyokiyehaの目指す人間像を知ってみたいという奇特な方、ぜひ一読ください。

おすすめ度:★★★★★

読書状況080724

<今週の状況>
全体的に停滞気味。
身体に少し疲れが出てきているのと、PSWのレポートが思うように進んでいないことがいつもひっかかっているように思う。
それでも、読み応えのあったシャクルトンを読みきれたことで、私の思考パターンに「希望を捨てない」と「前進を辞めない」という二つの大きなものが刻まれた。
その上で、2冊の新刊を追加。
一冊は、自らの性犯罪被害を綴ったもの。
人間の尊厳に関するノンフィクションは、できるだけ読むようにしているが、その性質上社会の表舞台ではなかなか理解できないし、知ることすら難しい「性犯罪」について、謙虚に読ませていただいている。
もう一冊は、今のところ私の人生を大切なところを支えている「生命学」の提唱者、森岡正博氏の新刊。
また、面白い読み物で、楽しませてくれそうである。

○既読
・『Foresight』2008年7月号。
・アーネスト・シャクルトン『エンデュアランス号 奇跡の生還』ソニー・マガジンズ、2001年。

○一部
・たまごクラブ編『たまひよ新・基本シリーズ 妊娠・出産の気がかりQ&A』ベネッセコーポレーション、2007年。

○中断

○現在進行中
・『Foresight』2008年8月号。
・精神保健福祉士養成セミナー編集委員会編『[増補]精神科リハビリテーション学』へるす出版、2008年(増補版・初出1998年)。
・米内山明宏『DVD付き はじめての手話入門』ナツメ社、2005年。
・茂木健一郎、NHK「プロフェッショナル」製作班編『プロフェッショナル仕事の流儀 あえて、困難な道を行け』日本放送出版協会、2008年。
・佐藤雅彦、竹中平蔵著『経済ってそういうことだったのか会議』日本経済新聞社、2000年。
・松下幸之助『道をひらく』PHP研究所、1969年。
・弘兼憲史著、ラルフ・マッカーシー訳『バイリンガル版 部長 島耕作 新装版②』講談社インターナショナル株式会社、2007年。
・小林美佳『性犯罪被害にあうということ』朝日新聞出版、2008年。
・森岡正博『草食系男子の恋愛学』メディアファクトリー、2008年。

浜松帰省・ミュラル

この週末は、実家のある浜松へ帰省しました。
一番の理由は、先日仕事を辞めた(自営業の第一線から退くことになった)父親のおつかれさま食事会のため。
もう一つの理由は、現在展示されているミュラル(Mural)を見るため。
そしたら、あれよあれよと、いろんな人に会えました。
ほんと御無沙汰で何年も会ってない人やら、名前も覚えていない人やら(ごめんなさい)、意外な場所で出会った人とか、しょっちゅう会っているお二人さん(B&M)とか。
その中でこのブログを見ている人は少ないかもしれませんが、出会った方みなさんに「ありがとう」です。
本当に楽しい帰省となってしまい、勉強は全く進まなかったのはまた別のことですね(苦笑)。


あまりに個人的なことはさておき、ミュラル展示を紹介します。
浜松NPOネットワークセンター(通称、N-Pocket。私と嫁の古巣です)が作成した壁画です。
高さが3mくらい、幅が12mくらいという、手書きにしてはとても大きなものです。


(全貌。真ん中に立っているのがIyokiyehaです。黄色いシャツでわかりにくいですが・・・)


N-Pocketの多文化共生事業の一環として、アートと結び付いた意欲作です。
南米(だったかな?)におけるアート活動の手法として、メッセージを込めた絵を壁画にするというものがあり、その名称を「ミュラルmural」と呼ぶそうです(注:今日の時点で、定義は調べていませんので、あしからず)。
N-Pocketが5~6年前に事業として作成したミュラルには、外国籍児童生徒の抱える悩みと希望が描かれています。


(壁画右)

この部分では、故郷南米(ペルー、ブラジル)のシンボルとそこで暮らしていた様子が描かれています。
そこから日本へと移住し、将来について悩む姿と、仲間と協力する連帯するシンボルが描かれています。


(壁画中央)

学校で仲間と共に生活したり、学ぶことが将来のためということについて、躍動感のあるイラストと、Iyokiyehaには読めない言語で表現されています。
さきほどの悩みとリンクして「壁」が描かれており、それを前向きに壊していく姿が見事に描かれています。


(壁画左)

「夢に向かって」と日本語で書かれているのが印象的です。
このプロジェクトに参加した高校生の「夢」が様々に描かれています。
職業だったり、やってみたいことだったり。
ちょうど照明が反射してしまっているところには、太陽が描かれ、明るい未来を持っている若者の姿がいきいきと描かれています。

この壁画、日本の学校に通う外国籍をもつ生徒と共に活動する中でアイデアが練られ、実際の壁画作成は、地元の美術系の高校生、そしてその高校のある地域の人を巻き込み、確か「コミュニティ・ペインティング・デイ Community Painting Day」とか言うイベントとリンクさせて、100人くらいの学生・ボランティア・地域住民を巻き込んで作成されたと聞いています。

Iyokiyehaは、このミュラル作成には参加していないのですが、N-Pocketに籍を置いて初めてやった仕事が、この壁画を表紙にニュースレターを作成したことだったり、「なんとなく」このプロジェクトの記録を取りまとめた資料によって「イベント大賞」なる賞を、N-Pocketが受賞したなど、何かと縁があったものでした。
今回、その全貌を初めて見ることができ、改めて市民活動のパワーってすごいなと思ったところです。

2008年7月21日月曜日

第36回関東社会人合気道競技大会

昭道館南アルプスとして、師匠と共に関東社会人合気道競技大会に参加しました。


(大会パンフレット)

Iyokiyehaにとってはデビュー戦です。
合気道を習って一年と少し。
力試しを兼ねて、新しいことへの挑戦の意味を含め挑戦です。

結果は、順当に一回戦敗退でしたが、3分間の試合で一日分の疲れを作ってしまうほど、濃厚で充実した緊張を味わうことができました。
武道の試合って大体短時間ですが、短時間に見合ったことをするということも肌で感じられました。

個人的な結果は、練習して何とか使いものになりそうにしていた技(2つ)が全く発動できず残念だったというところです。
欲を言えば、一つくらい勝ちたかったというのが正直なところでしたが、何もやらせてもらえない相手(Iyokiyehaが負けた相手は、一般の部で優勝しました)にあたって、当面の目標が浮き彫りになったのは、長い目で見たら大きな収穫だったかもしれません。


(こんな雰囲気・注:私の試合ではない)

前半始まってすぐに、緊張なのか準備が充分じゃなかったのか、息切れしてしまって思考に身体がついていかなかったことがあり、「待て!」で場所につくのをゆっくりして息を整えたり。
突きが入らず、相手に距離を縮められ、下がる一方の試合になってしまったこと。横にさばくとか、相手より早く離脱して突く距離を稼ぐとか、何らかのスキルが必要です。
体捌きのパターンが読まれて、後半になって続けて二本とられてしまったこと。
そもそも、相手に多く突かせないように、距離を保つことを教えられていたのに、あまり足が使えていなかったこと。
などなど、課題はたくさんあがります。

組んだときに力は入っていたのだろうけれども、姿勢が割と良かったことを指摘してもらえたことと、至近距離で相手の逆構え当てっぽい技をかわせたのは、意外と冷静に対処できていた証拠かもしれないとも思いました。

時々、こういうのはいいかも、と思った次第です。
もっと腕をあげて、一般の部で上位に食い込めるようになりたいなぁと、素直に思っています。
そして、改めて「合気道って面白い!」と思えるようになりました。
応援してくださった皆様、ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

ほけんの窓口で「四面楚歌」

運良く子どもを授かったということで、ここのところ生命保険やら学資保険の再検討をしているところです。
会社の厚生会でかけていた保険も見直しの時期ということもあり、果たしてこのまま継続するのが得なのか損なのか、もっとお得な保険、もっと「合った」保険があるのかどうかということについて、ロックタウンにある「ほけんの窓口」に何度か足を運んでいるところです。

http://www.hokennomadoguchi.com/
(Web:ほけんの窓口)

そういう方針なのか、まだできたばかりでそれほど混んでいないからなのか、すごく丁寧に、詳細に説明をしてもらえました。
説明できるほど詳しくなったわけではないですが、結論から言えば「相談した方がいいと思う」ということ。
保険会社が、各社それぞれのライフスタイルに「合った」商品で特色を出している昨今(ということがわかっただけでも、収穫でした)、できるだけ中立な立場を保ってくれる、質の高い専門家による助言は、無駄なく、「私」のライフスタイルにより「合った」保険を説明、選択、提案してくれるという点で、非常に優れていると思いました。
K田さん、ありがとうございました。

それで、とりあえず生命保険の契約を済ませたところ(今後、医療保険、学資保険の検討に入ります)です。
契約を済ませて、ふりかえってみれば、独身者に生命保険は特に必要ないということも実感できたところですが、それに気づいたことも副産物としていい学びをしたと思ってます。
よくよく考えてみれば、3000万円弱の商品を、何十年ものローンで買うようなものですから、一大イベントだったのかもしれません。

そんな契約を済ませた後で、担当してくれたK田さんからこんな質問をされました。
「職業がカウンセラーということでお聞きしたいのですが・・・」
思わず身構えてしまうIyokiyeha。
「障害を持たれた方と接するということで、何か気に留めていること、こういうことに気をつけているということがあれば教えて欲しいんですが・・・」
おぉぅ・・・なかなか、職業人としてのIyokiyehaをえぐる質問です。
「保険の仕事やっていると、中途で障害者になった方なんかもおられて・・・。読んでおいた方がいい本とかもあれば、ぜひ教えてください。」

これまで接してきた感じで、このK田さんが真面目にこの質問を放ってきているのだなということは感じましたし、横では嫁が興味ありげな表情をしています。
おそらく、二人とも単純な興味で私を眺めていたのでしょうが、そこに置かれた私はというと、勝手に、
「試されている」
と感じ取ってしまいました。
正面には職業人として、隣には旦那として、それぞれに期待されていると、勝手に感じていました。

その時、ドキドキしながらIyokiyehaが返した答えは、
1)安易に共感しないこと
2)感情と事実とを区別して全体を把握すること
障害当事者と接する上で読んでおいた方がいい本は、
1)障害当事者「自身」が書いた本や文章
2)一支援者として関わる際、相手の真のニーズを把握するのに『コーチング・マネジメント』
http://iyokiyeha.blogspot.com/2008/06/2002.html
(2008年6月13日投稿文)

・・・結構本気でした。
この日、一番疲れたかもしれません。

そんなところで、専門の枠を超えて話ができたこと。
それなりの対応ができたと思えたこと。
嫁さんにも、なかなか高評価だったこと。
こんなことを考えると、まぁまぁの出来だったかなと思いますが、もっとどんぴしゃな提案ができたら、もっとよかったのかもしれません。

日々の精進ですね。
いろんなことに、興味を持ち続けたいものです。

2008年7月14日月曜日

読書状況080714

<今週の状況>
全体的に停滞気味。
「精神医学」のレポートに、少してこずった感じです。
詩集は、毎日読み続けて、ようやく読みきれた。
あったかい内容です。
その代わりに、松下幸之助。
一日一編を読んでいこうと思います。
「マインドマップ」はいくつか本があるので、継続して勉強します。


○既読
・吉野弘『二人が睦まじくいるためには』童話屋、2003年。
・トニー・ブザン、バリー・ブザン著、神田昌典訳『ザ・マインドマップ』ダイヤモンド社、2005年。
・田島隆、東風孝広『極悪がんぼ 14』講談社、2008年。

○一部
・精神保健福祉士養成セミナー編集委員会編『[改訂第3版]精神保健福祉士養成セミナー/第1巻 [増補]精神医学』へるす出版、2008年。

○中断
・『Harvard Business Review』2008年7月号。

○現在進行中
・『Foresight』2008年7月号。
・アーネスト・シャクルトン『エンデュアランス号 奇跡の生還』ソニー・マガジンズ、2001年。
・米内山明宏『DVD付き はじめての手話入門』ナツメ社、2005年。
・茂木健一郎、NHK「プロフェッショナル」製作班編『プロフェッショナル仕事の流儀 あえて、困難な道を行け』日本放送出版協会、2008年。
・佐藤雅彦、竹中平蔵著『経済ってそういうことだったのか会議』日本経済新聞社、2000年。
・たまごクラブ編『たまひよ新・基本シリーズ 妊娠・出産の気がかりQ&A』ベネッセコーポレーション、2007年。
・松下幸之助『道をひらく』PHP研究所、1969年。
・弘兼憲史著、ラルフ・マッカーシー訳『バイリンガル版 部長 島耕作 新装版②』講談社インターナショナル株式会社、2007年。

2008年7月12日土曜日

トニー・ブザン、バリー・ブザン著、神田昌典訳『ザ・マインドマップ』ダイヤモンド社、2005年。

知っている人は、知っている「マインドマップ」に関する基礎文献。
マインドマップの作り方、使い方に留まらず、その意味や効果を事例やデータによって詳しく説明している。
使い方だけ知りたい人には、少し厚い本かもしれないが、脳が驚異的な可能性を秘めたものであるとか、その可能性のほんの一部しか我々は使っていないこと、それを開花させるための脳の使い方などについても網羅されており、読み物としても非常に面白い。

私自身が「マインドマップ」と出会って、何となく使いながら、どんな風に変化しているのかは、周囲の人に確認してもらうしかないところであるが、仕事に関して言えば「可視化」と「一覧性」とで、「整理する」技術についてはここ1~2年で随分自信がついてきた。
PSWのレポートなんかも、マインドマップを応用することによって、書き過ぎてしまうことはあれど、それほど「外した」文章は書いていないように思う。
「勉強したこと」や「考えたこと」、仕事の上でクライアントが抱く「不安」や「考え方」について、手持ちのボードや、ホワイトボードを使うことによって、その内容を整理する術は、この「マインドマップ」が素地にあってのことだと思う。

ものの考え方、記憶の仕方、生活・仕事の仕方について、脳の使い方という側面から発想の切り替えが可能となる「思考ツール」(ノート術に留まらない)としての「マインドマップ」。
おすすめです。


おすすめ度:★★★★★

2008年7月11日金曜日

「コミュニケーション」と「通訳」の違い、それと「神経系」

手話通訳者養成講座に参加して、早いもので三ヶ月。
内容とスキルについていけているかどうかはさておき(最近、自信がない)、根だけは上げずにぶら下がっている心境です。
面白いんですけどね、文句なしに。
やっぱり、ここにきて「表現の乏しさ(≒単語の勉強)」が浮き彫りになってしまっています。
先々週くらいから、毎朝PSWの勉強前に、手話のDVDとか見て手を動かすことを始めて、去年よりはずっとスムーズになったように思うのだけれども、講座に出席すると、同じ受講者の表現を見て、やっぱり劣等感。

愉快です(本気で)。

こんな気分は、自分の身分を半分隠しながらJC-NET会議に参加している時くらいです。
「あぁ、まだまだだな」「もっと勉強せにゃ」。
年一回だったのが、毎週になっています。

これまでの「手話」とは、頭の使い方も、短時間に集約されている内容も、「違う」とは感じていましたが、その特に後者(短時間の間にやらなければいけないこと)についていけていないということが、昨日、はっきりとわかりました。


今まで自分が、それなりにできていると思っていた「要約」は、あくまで文章を「読んで理解する」「聞いて理解する」「相手の反応を読み取る」「話を聞いて、事実と感情とを区別する」などなど、大学院でやってきたこと、カウンセラーになってから試行錯誤していることによって身についたものだったのだと気付いたところです。
http://iyokiyeha.blogspot.com/2008/05/blog-post_18.html
(2008年5月18日分投稿)
http://iyokiyeha.blogspot.com/2008/06/blog-post_21.html
(2008年6月21日分投稿)

もちろん、この経験とスキルが役に立たないとは思いません。
文章を要約して書き直す、発言を聞き取ってフィードバックする、というスキルは活かして、そこに「聞く→把握→記憶→選択→表現」の流れを、とにかく神経に叩き込んでいくということをしないといけないのだなと思いました。

今度は、神経系の話ですね。
私の経験からは「合気道」です(笑)。
「正しいライン(=正確な手話表現)」を、何度も何度も通る練習をする(=反復練習)ことによって、素早い動作に応用していく。
手刀動作を繰り返し練習し、技の「理合い」を把握し、練習することによって、実践でも「使える」ようになるのと通じるなと思いました。


いろんなことを始めたら、いろんなことがつながって、いろんなことを考えるようになりました。
手話だけじゃなくて、合気道も木刀も、PSWの勉強もIPSも、読書もカウンセリングも。。。
一日が24時間では足りないくらいに、やりたいことも、考えたいこともあります。

身体はともかく(笑)、ココロが健康な証拠ですね。

第3回IPS勉強会のお知らせ

住吉病院で行われている、IPS勉強会のお知らせです。
興味のある方は、下記URLをご覧いただくか、Iyokiyehaまで連絡ください。

日時:7月30日(水) 18:30~
場所:住吉病院 3F会議室
内容:D・R・ベッカー、R・E・ドレイク著/大島巌他監訳『精神障害をもつ人たちのワーキングライフ IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド』第6章。

なんと、今回はリアルIyokiyehaが発表です。
レジュメが間に合うのか、心配です。
書籍の内容はもちろん、私の勤務先の利用に関する情報(雇用保険との関わりとか、一般就労の考え方とか)も盛り込んで、発表しようとは思っています。

詳細はこちら↓
http://blog.cabrain.net/CN010030/article/id/25662.html

よろしくお願いします。
宣伝まで。

なお、Iyokiyehaの読書メモは、ラベル『ワーキングライフ』で読むことができます。

2008年7月6日日曜日

精神医学(草稿)

統合失調症、躁うつ病、神経症の三疾患について、病因、症状、治療について、各疾患ごとにまとめなさい。
1.はじめに
 本稿では、統合失調症、躁うつ病、神経症の病因、症状、治療について、テキスト『[増補]精神医学』(へるす出版)を参考にまとめる。

2.統合失調症
 統合失調症は、精神障害の中でも最も発病危険率が高い(0.8%とされている)。内因性の障害とされているが、病因は不明とされており、個人差の大きい様々な症状に対し、生物・心理・社会学的な治療を実施することにより、社会復帰を目指すことになる。慢性進行型とも言われ、進行し続ければ「荒廃」と呼ばれる状況に陥る可能性もある。以下、各項目に沿って説明する。
(1)病因
 前述の通り明らかになってはいないが、有力な仮説として「脆弱性-ストレスモデル」があげられる。これは、心理的ストレスが遺伝的な素因で規定された発症脆弱性を上回ることにより、脳内の神経伝達に障害が発生するという説である。現在も様々な研究がされており、発症の病因は、遺伝子による脆弱性の規定だけでなく、多因子であると考えられている。
(2)症状
 初期、急性期、慢性期と分けて考えられることが多いが、その症状は個別に異なる。
代表的なものをあげると、初期には、疲労感やうつ状態、不定愁訴に相当する症状が表れる。急性期には、妄想知覚や関係妄想、さらに幻覚(幻声)といった、陽性症状と呼ばれるものが表れる。これらの症状が治療によって改善されると、病前に戻ることもあるが、それ以外の人には残遺症状が残り慢性期となる。その症状は陰性症状と呼ばれ、代表的なものには、感情平板化や意欲減退がある。
 詳細は省略するが、その症状は「感情障害」「思考障害」「意欲・行動の障害」「自我意識の障害」「幻覚」の5つに大別される。
(3)治療法
 治療法は、前述した3つの側面を「身体療法」「精神療法」「社会復帰のための治療法」と分類する。症状や、個人の特性に応じ、組み合わせにより治療する。
①身体療法
大別すると、薬物療法と電気けいれん療法とに分類される。前者はより一般的で、抗精神病薬の服用により、神経伝達物質の障害(主にドーパミンD2受容体、セロトニン受容体、その他の遮断)を改善する。鎮静作用等の副作用もあるが、総じて、副作用を上回る症状の改善が見られるといえる。最近では、より副作用の少ない非定型抗精神病薬が開発されている。効能にも個人差があるとされ、症状の改善・安定と副作用との調整のため、服薬の調整が必要となる。
 後者は、前者による改善がみられない場合や、昏迷状態が続く場合、または自殺の危険が高い場合にのみ適応となる。
②精神療法
 支持的心理療法が基本とされる。心理教育などを含め、病気の説明、薬物の服薬管理、再発防止、家族の対応など、病気に対する具体的な対処を身につけてもらうことを目的に実施する。
③社会復帰のための治療法
 社会生活能力の低下を防止し、回復を促進するための取り組みとなる。具体的には、以下の4つがあげられる。日常生活の基本的な事柄について具体的に指導する「生活指導」。通常は集団で、対人関係の取り方や基本的な社会生活技能、それらを包括した問題解決技能等を身に付け、環境への適応力を高めることを目的とした「社会生活技能訓練(SST)」。スポーツやゲームを通して、活動性や関心を高める「レクリエーション」。勤労作業を通して、意欲、自発性、社会性等、障害された精神機能を回復することを目的とした「作業療法(OT)」

3.躁うつ病(気分障害)
 躁うつ病は、統合失調症と共に二大精神病の一つとされている。発病危険率は約1.4~1.6%と推定される。気分障害の中で、症状により双極型と単極型に大別される。「躁うつ病」というと、主に双極型を指す。基本的に感情の障害とされ、適切な治療を受けることにより、ほぼ病前のように回復する例もあるが、再発する例も多い。
(1)病因
 解明されていないが、これまでの研究から、内因性の病気であり、脳の機能的障害に、精神的ストレスや身体面のストレスが加わった時に発病すると考えられている。機能的障害は、家族や血縁といった遺伝素因もさることながら、病前性格と言われるその人の性格が影響すると考えられている。
(2)症状
 躁うつ病の症状は、「うつ病相」と「躁病相」とに大別される。躁病相からうつ病相に移行する時等に「混合状態」と呼ばれる、双方入り混じって出現することがある。
 躁うつ病の症状は、以下の4つに分類される。「感情」「思考」「欲動」「身体症状」である。例えば、「感情」では、うつ病相では、抑うつ、絶望感、希死年慮などが表れるが、躁病相では、爽快感、楽天的、攻撃的などの症状が表れるなど、「思考」「欲動」「身体症状」でもほぼ同様に、概ねうつ病相と躁病相とで逆転したような症状が表れる。
(3)治療法
 「薬物療法」「電気けいれん療法」「精神療法」に大別される。多くは「薬物療法」と「精神療法」を組み合わせて治療に当たる。「電気けいれん療法」は重症かつ自殺の危険が強い、または薬が使えない場合に用いる。
 薬物療法は、抗うつ薬と抗躁薬を症状に合わせて服用する。薬の効果が出るまでに1~2週間かかることが多く、口渇や眠気、だるさといった副作用が生じることもある。抗うつ薬の分類として、SSRI、SNRI、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬がある。前者ほど、より副作用が少ないとされているが、効能は個人差があり、医師による服薬調整は必要である。
 精神療法は、主に薬物療法と併用することにより行われる。要点は、本人の気持ちに共感し、否定的なものの見方を主とした考え方の癖に気づかせることとされている。
また、躁病患者に対しては、勢いにつられることなく冷静に接することが望ましいとされ、うつ病患者には、本人が怠けているわけではないことを理解し、安易な励ましや、気晴らしを進めることも、本人の自責や自信のなさを刺激することにつながるため、避ける方が望ましいとされている。

4.神経症
 従来の診断で言うところの神経症は、現在使われている診断基準では統合再分類されている(ICD-10ではF34とF40~45、F54、DSM-Ⅳ-TRでは300と308、309が該当する)。従来の神経症に該当する診断名は、「神経症性障害」とされ、ICD-10では「ストレス関連障害」と「身体表現性障害」を含めた包括群となっている。この包括群の大部分は「心因性」とされており、この点が、前述した二つの障害との大きな違いといえる。「神経症性障害」の代表的な診断には、特定の場所や環境について不安が生じ、動けなくなるなどの症状が表れる「恐怖性不安障害」や、ある考えが繰り返して想起される「強迫性障害」などがある。包括群で見れば「解離性障害」や「持続性気分障害」も含まれる。
(1)病因
 診断名によって具体的な原因は異なるが、大部分に共通することは、通常、危険でない具体的な環境に対して、その人なりの考え方により、不安が誘発される。その考え方は、過去の具体的な経験が影響して形成されることもあれば、根拠のない考えにより形成されてしまうこともある。
(2)症状
 その人なりの考え方や、特定の状況に対する経験などにより発生した不安や恐怖により、身体症状や制御できない行動が発生する。
 例えば、人前で話すことに対し強い不安を感じ、その場に立ちすくんでしまったり、動悸や息苦しさを伴い、意識が遠のいていく等がこれに当たる。他にも、公共交通機関を利用することに対する恐怖が拡大し、外出できなくなり、完全に家にこもってしまうこともある。これらのように、特定の場所や状況に対して症状が表れるだけでなく、何についても過度に心配し、将来に対する懸念により、慢性的な不安状態が続くことも、これに含まれる。
(3)治療法
 躁うつ病の治療に準ずる治療が実施される。すなわち、「薬物療法」と「精神療法」の併用による。精神療法により、考え方(認知の歪み)の是正や、それと同時にサポートを受けながら曝露(不安状況に対し、回避せずに接していく)していくことにより改善を図る。身体症状が顕著な時には、抗うつ薬が処方されるようになった。

5.まとめ
 三疾患についてまとめてきた。各疾患の共通点と相違点を三点から整理する。
 まず、病因について。神経症の一部については、過去の具体的な経験が認知の歪みを形成すると考えられるが、その他の疾患や、統合失調症および躁うつ病については、明確な病因は特定されていない。しかし、統合失調症や躁うつ病に共通して言えることは、何らかの要因による当該疾患の「かかりやすさ」があり、それに精神・身体的なストレスが過剰に加わることにより症状が表れる、内因性の疾患である。
 次に症状について。病因とも関連するが、これらの精神疾患のいくつかの症状は、診断名に関わらず共通して表れる。例えば、考えがまとまらないことや、不眠などである。しかし、その症状が出る理由は患者毎に異なる。統合失調症や躁うつ病であれば、脳の機能の不全によるものも疑われるし、神経症では認知の歪みの内容とその理由による。患者毎に異なる症状を、できるかぎり正確に把握した上で、有効な治療や働きかけを検討したい。
 最後に治療法について。三疾患のどれもについて、薬物療法と精神療法が用いられる。このことは、これらの疾患が、身体的な機能の不全と、精神的な認知の歪み、そして社会的な参加の障害によって構成されており、そのそれぞれを改善することで、社会復帰が実現することを表している。
 現職でも、この三疾患の患者を対象にカウンセリングを実施することがある。最新の知識を正確に把握し、医療から現在に至るその人の状況を掴み、その人にあった対応と社会復帰に向けた計画を提案できるようになりたい。

(勉強メモ)


なお、公開されている文章をコピーして提出課題とするのはやめてください。

服巻智子『自閉っ子、自立への道を探る』花風社、2006年。

佐賀県にある自閉症特化型支援機関「NPO法人それいゆ」の相談部門「それいゆ相談センター」のセンター長を務める、服巻智子(はらまき・ともこ)氏によるASD当事者との対談集。
作家として、小学校教員として、バイク便ライダーとして生活するASD当事者の、仕事をする上での困難や、生活のしづらさ、その時々の考え方など、自分をふりかえることによる素直な感情が対談の節々に表れている。
「普通」概念のあいまいさや、「社会適応」の考え方について、自閉症者と接する機会のある私自身にとっても、深く考えさせられる内容だった。
とはいえ、対談の形式をとっているので、話題の一つ一つは非常にわかりやすい。

その人にとっての「幸せ」は何なのか、「安定した生活」は何なのか、そして「希望」は何なのか、社会復帰を常に考える職に就く者として、「どう引き出すか、どう気づかせるか」ということ(私の持つ答えを「わからせる」のではなく、その人が「持っていても表現できないこと」をいかに気づかせるか、ということ)について、技術の向上と考え方の更新を意識するきっかけとなった。

ASD者の職業生活を考える上で、重要な箇所について以下簡単にまとめる。
服巻氏が、ASD者の職業訓練を考える上で重要としていることは2点。
一つは、「助言を求める練習」(199ページ)。
もう一つは、「助言を受けたときに、それを受け入れる練習」(同上)。
自分が思っていないことであっても、受け入れることが重要であるとしている。
さらに、就労支援をする上で重要としていることは、以下の通り。
服巻氏と花風社浅見氏の発言を引用する。

服巻「(前略)職場で第三者が介入して、障害の特性を説明することが必要ですね。本人が言うと、感情的に受け取られてしまうでしょう。だから第三者が必要なんです。(後略)」
浅見「ただ、そこで一言言いたいのは、そういう介入はきちんと、ビジネスの論理をわきまえた人にやってもらいたいということです。人権という言葉を振り回してやってきても、民間企業は受け入れにくいと思います。特に中小企業は。(後略)」(202ページ)。

ガツンと響くやりとりでした。

読書状況080706

<今週の状況>
軽い気持ちで読み始めた『自閉っ子、・・・』が結構な読み応えで、時間がかかってしまった。
感想は別の投稿で。
『バイリンガル版 部長島耕作』は、意外にも英語を読むきっかけになった。
三回くらい読んでいる漫画だから、訳がなくても内容が大体分かるのが面白い。
これ以上ノルマを増やしたくないので、英語は気軽に勉強します。
手話は継続中。ほとんど毎日、DVDは見ています。
嫁さんが図書館で借りてきた出産関連の本は、ちょくちょく読んでいます。結構、面白い。

○既読
・弘兼憲史著、ラルフ・マッカーシー訳『バイリンガル版 部長 島耕作 新装版①』講談社インターナショナル株式会社、2007年。
・服巻智子『自閉っ子、自立への道を探る』花風社、2006年。
・小林薫他共著『はじめての妊娠・出産』あおば出版、2003年。

○一部
なし

○中断
・『Harvard Business Review』2008年7月号。

○現在進行中
・『Foresight』2008年7月号。
・吉野弘『二人が睦まじくいるためには』童話屋、2003年。
・アーネスト・シャクルトン『エンデュアランス号 奇跡の生還』ソニー・マガジンズ、2001年。
・トニー・ブザン、バリー・ブザン著、神田昌典訳『ザ・マインドマップ』ダイヤモンド社、2005年。
・米内山明宏『DVD付き はじめての手話入門』ナツメ社、2005年。
・茂木健一郎、NHK「プロフェッショナル」製作班編『プロフェッショナル仕事の流儀 あえて、困難な道を行け』日本放送出版協会、2008年。
・佐藤雅彦、竹中平蔵著『経済ってそういうことだったのか会議』日本経済新聞社、2000年。
・たまごクラブ編『たまひよ新・基本シリーズ 妊娠・出産の気がかりQ&A』ベネッセコーポレーション、2007年。

2008年7月5日土曜日

共感すること、されること

今の会社でも、以前所属していたNPOでも、果ては学生時代のサークル活動、課外活動など、どんな場でも言えることのような気もするが、人と一緒に仕事をする時に、チームとして力を発揮できるか否かは、この「共感」にかかっているといえる。
最近、切にそう思う。

客観的にいかに優れている仕組みを提示しても、それに「共感」を得られなければ、それを提案した自分は動けても、提案された人が動くとは限らない。
仕組みが優れていれば、「とにかくやってみる」ことによって、そのよさが分かり、結果としてチームが動き出すことは想像に難くない。
しかし、仕組みをよりよくする、とか、現場にとってよりよい方法を作るために知恵を出し合うといった場面においては、やはり「共感」が基盤となっているように思う。

これが、今の仕事であれば、「給料」がインセンティブになるから、多少食い違いのあるままでも動き出す。
しかし、「役割ですから」「そう言われたから」「どうすればいいですか」こうした言葉がチームから頻繁に出てくるようでは、やはりチーム全体で知恵を出し合ってよりよい方向に進んでいくことは難しいように思う。
チーム全体の方針に従って、各々が知恵を絞り出し、ああでもないこうでもないと言いながら、考えながら進められるチーム。
この結束力は、方針や仕組みのわかりやすさや妥当性もさることながら、やはりチームの中に「共感」できる環境があるかないかによるところが大きいように思う。

NPOやボランティアワークでは、これが顕著といえる。
以前、とある仕事でボランティア(10人程度)を束ねる立場にいたことがあるが、この時はとにかく手伝ってくれるボランティアたちに、1)ビジョンを伝える、2)進捗状況について正確な情報を迅速に伝える、3)「いつまでに」「何を」するのかを伝え、細かいことは当人たちに任せる、4)評価して「正のフィードバック」をする、5)質問や相談はいつでも受け付ける、ことばかり意識していた。
モチベーションが下がったら、彼らをつなぎとめるものはない。
「共感」を得られるビジョンを提示して、自発的な活動を促す。
ここが、「給料」を得られる仕事との大きな違いである。

違いは違いとして区別すべきだが、やはり「人が動く」のは、優れた方針や仕組みより先に、動く人の「共感」の有無が大きく影響するように考える。「共感」を支える資質や技術も当然存在するわけだが、その整理はまた後日。

2008年7月3日木曜日

メタな自分

カウンセリングの勉強をしていると、いろんなことがあるなぁと、あらためて自分の仕事を振り返る。
「中立的」なフィードバック、なんてのは、その最たるもの。
できていると思っていたりするけれども、一つ一つの自分の仕事を振り返ると、そこには「Iyokiyehaの」価値観がばっちり組み込まれていたりする。

「できてますね」という表現は、おそらく聞く側からすれば「(言った通りに)できてますね。(よくできました)」というように、見え隠れするものがある。
「○○をしたのですね?」と、あくまでドライに、話してくれたクライアント自身が、自分のしたことに「気づき」、「自分で評価する」ことができると、その積み重ねによって自信もついてくる。

対人技能って難しい。
でも、こうやって自分のことを客観的に見る習慣って、自らのスキルを向上させるのに役に立つと思う。
・・・というか、こういうことは、普段からやらなきゃいけないのだろうな。
今まで、基礎的なことをきちんと学びなおさなかったことを、反省。

2008年7月1日火曜日

真面目なポスター

7月1日に、最低賃金法が改正されます。
内容はさておき(?)、そのポスターに初芝・五洋ホールディングスの島耕作が起用されています。


(ポスター)

すごいね。
作成担当者と、この決定を出した人たちの多くが「島耕作」の読者なんでしょう。
これくらいのユーモアは、いいよね。
山梨の最低賃金のポスターは「ほうとう」ですから。

http://www.shimakosaku.net/
(「社長 島耕作」スペシャルサイト)

SETシステム(ジェロルド・J・クライスマン他著、星野仁彦監『境界性人格障害のすべて』ヴォイス、2004年。より)

「SETシステム」とは、境界性人格障害(BPD)の人たちの、根本的な不安に応えつつ、真意の伝わらなかったメッセージを伝達する手段として、セントルイス総合治療センターのスタッフが開発したもの。
支持・共感・真実を合わせて伝えることにより、BPDの人と関わる人が真に伝えたいことを効果的に伝え、当該障害を持つ人に事実を理解させ、具体的な目標行動を本人納得の上で考えさせるもの。

SETシステムは以下の3つを抱合する。
1.支持 Support
相手を気遣う、個人的な気持ちを表明する。この時重要なのは、あくまで「話し手自身の気持ち」として相手を気遣っていることを伝えなければならない。
例えば、「あなたが、どんな気持ちでいるか、とても心配しています」などとなる。
この「支持」が伝わらない場合は、BPDの人は「自分を心配していない」「避けられている」と感じ、相手を非難する行動に出る。
具体的には「大切にしてくれない」とか「自分を傷つけようとしている」などと周囲にもらすことも少なくない。

2.共感 Empathy
BPDの人の、混乱した気持ちを受け止める姿勢を表明する。
例えば、「どんなに辛いことでしょう」となる。
重要なのは、同情(×「かわいそうに…」、主観的に相手を評価していることになる)ではないことと、話し手への感情を抑え「中立的」であること(×「どんなに辛いか、よくわかります」、見下すような印象を与えてしまう)。
この「共感」が伝わらない場合は、BPDの人は「理解してくれていない人の話は取り合わない」という態度となる。
「あなたに私の気持ちはわからない」という結論に達し、理解されていないので、コミュニケーションを拒否することを正当化する行動となる。

3.真実 Truth
今そこにある問題を認識し、その解決に向けて具体的に何がなされるべきか述べること。
その時には、話し手がBPDの人の行動によって強いられる対応について、主観を交えず、客観的な姿勢で、事実に即して伝える。
最終的な責任は本人しかとれないことや、他の人が肩代わりすることができないことが前提となる。
「それで、どうしようと考えているの?」という働きかけとなる。
現実との因果関係の認識を、無視しているか退けている彼らにとって、最も受け入れがたいのが、この「真実」といえる。


BPDの人の根本的な不安は、「恐ろしい孤立感」「誤解されているという感覚」「圧倒的な無力感」といったもので代表される。
これらにより、「相手を受け付けない」「激しく混乱した力」がそこに現れる。
それらに直面する周囲の人は「穏やかに道理を説明できない」ため、怒りの爆発や衝動的な破壊行為、自傷の脅し・ふるまい、自分を最優先してほしい理不尽な要求、などに直面することになる。

BPDの人は多くの場合、相手の容認を自分にとって最も都合のいいかたちで解釈する。
自分が本来とるべき責任を、相手が引き受けてくれる証や、自分の考え方・感じ方が全面的に受け入れられて支持されている、というような感覚を基に「相手に融合」しようとする。
その相手が、要求に応えられるうちは、表面的には信頼関係が成立しているように見えるのだが、それは結局相手との距離感がつかめておらず「融合」している状態が、心地よく見えているだけなのかもしれない。

よって、BPDの人たちの根本的な不安に応え、感情の激しい炎を鎮め、いっそう深刻な軋轢に「メルトダウン」するのを防ぐために、「SETシステム」は開発された。



(勉強メモ)