2014年1月15日水曜日

海老原嗣生『雇用の常識 決着版 ー「本当に見えるウソ」』ちくま文庫、2012年。

2009年に刊行された『雇用の常識「本当に見えるウソ」ー数字で突く労働問題の核心』(プレジデント社)に大幅加筆訂正を加えた書籍。コンセプトは変わら(ないらしい)ず、作られた言説や錯覚を起こしがちな労働問題の「常識」を、基礎統計データを基に考察していくというもの。
著者の主張の一つに、「非正規雇用者の増加=若者の正規労働者減少=若年層かわいそう」と論じられることがいかに根拠に乏しいかというものがある。非正規雇用者およそ1700万人の内、主婦・高齢者・学生アルバイトでおよそ1300万人となり、かつ似た経済状況かにおいて20年前と今とでは正規労働者数が増加していることを、政府統計を駆使して論じている。他にも「終身雇用は崩壊していないこと」「ホワイトカラーに少子高齢化は無縁であること」「欧米諸国の『働き方』の実際」など、印象で語られがちな労働問を、データを基に検討することにより印象だけでは片づかないものであることがわかる。

労働行政の一旦を担う仕事をする自分として、今まで抱いてきた「違和感」がかなり解消された一冊でした。本来現場をもっている我々が、統計を駆使したこういう考察を重ねていかないといけないと思うと同時に、基礎データをきちんと確認することが(おそらく)クライアントから求められているのだろうと強く感じるに至った。

2014年1月5日日曜日

制度の位置づけと使い方

昨日、斯波さんとお話していて改めて強烈に感じたこと。
それは、「制度」の位置づけと使い方に関することである。

今までにも感じていたことだけれども、言葉でまとめることがなかったので、一旦まとめてみます。

「制度は使って得するもの」ではなく「大切な課題解決を広く行うために制度ができる」ということ。
つまり、制度が課題を片付けるのではなくて、広く課題を片付けるために制度が生まれるということ。

言葉がまだ稚拙なのですが、例えば「制度があるから結婚する」のではなくて「(ほとんどの場合)愛情とか何らかの事情があって、結婚という制度を使う」ということと重なるように思います。もちろん全てではないですが・・・

行政機関に身を置く身として、これまでのモヤモヤの大きなところは、この認識の違いによって説明できそうです。それは、この期間中の組織内向けの論文作成の過程で気づいたこと、発表して思ったこと、研修に行って思ったこと、年末年始にあったいろんな人との対話で強く感じたことです。すなわち、「制度が限界を作っている」のではなくて「本質に迫ることができていない」ことが苦しいのであって、それを組織の問題、制度の問題に帰結させるのは、問題を自分で摩り替えていることになっているのではないかなと、そう思うに至ったわけです。

以前から「制度には息を吹き込むことが不可欠」と感じていたわけですが、それは制度を使いこなせてから言えることであって、それがない以上は何を言っても賛否両論が出てきて、みんなの納得感は得られない。問題の本質に迫る過程は、目的を同じくする人達には共通する課題となりえるわけであって、それが為されないということは(本質を外した政治力などは論外です)共通の基盤となるべき「何か」が欠けているか、課題や本質が共有できていないかということになるのでしょう。

先の結婚のくだりは、以前酒飲み話で誰かとした話題で、「結婚は制度じゃないか」と言われたことそのものです。単純にそこに愛情があるならば、愛情は結婚についてくるものがあるかもしれないけれども、本質的には愛情があるから結婚するのであって、結婚しない愛情も成立します。この場合は人間関係の視点に立てば、本質は愛情ということになります。結婚は愛情に一つの形を与える制度であって、それ以上にはなりません。

私の今の仕事も、共生社会の実現(先日、同期のみなさんともこの言葉で話ができて楽しかったです)を組織として目指しているのであって、現場でいうところの就職率の向上というのは共生社会の下位目標でしかないわけです。だからないがしろにできるものではなく「やってあたりまえ」のことであり、その向こうにある共生社会を意識しなければただの数合わせでしかないということですね。

こういった考え方に立てば、今ある事業や制度それに伴う数値目標といったものは、あくまで「ツール」であるわけで、「ツール」を使って職業的な自立を目指したいニーズを持つ方のニーズに応えることが目指すところをやはり組織目標だけでなく共生社会につなげていかなければなりません。

思うままに書いてしまいましたが、「主従を逆転させてはいけない」ということです。

こんなことを考えて、1日遅れで新年の勤務に臨みます。
意志ある方、共にやっていきましょう!

ウイズ半田訪問

1月4日に特定非営利活動法人六星が運営するウイズ半田に伺い、所長の斯波千秋さんとお会いしました。年始回りの多忙な時期にも関わらず、いろんな話題があり3時間もおじゃましてしまいました。とても贅沢な時間でした。
この機会の発端は、半分仕事のこともあり静岡県内における視覚障害者の就労状況に関する情報収集という名目だったのですが、こんな機会は滅多にないことと、斯波さんとは何度もお会いしている(前職の関係です)にも関わらず、きちんとお話を伺ったことがないので、個人的には施設の歴史やミッション、斯波さんの考え方に触れたいと思っての依頼でした。
話題は本当に多岐にわたったわけですが、印象に残ったことを記録をかねて書き出しておきます。

・歩車分離の交差点で、視覚障害者の事故が起こっている。従来の横断歩道の渡り方(自分の進行方向と平行して走っている車の音が聞こえたら渡っても大丈夫)では、音の鳴らない交差点で間違って車道に出てしまう。健聴者にとって安全な仕組みが、全盲者にとって危険な仕組みになりかねない。
・障害者のリーダー養成に長年関わっている。東南アジアを中心に、15年ほどの取り組みとなっている。ダスキン愛の輪基金など、国際交流活動を継続して行うことが支援者、当事者ともに刺激となっている。帰国後、障害年金制度の創立に関わった修了者もいる。
・「視覚障害者にとって、パソコンは生活の質をあげるものであり、就職するのに有利な道具となりうるが、パソコンスキルを身につけることが即就職となるわけではない」。テープおこしは大都市など需要がなければ仕事として成り立たない。視覚障害者の職業的課題は古くて新しい課題そのもの。
・ウイズの対象者イメージは、1.盲重者、2.中途視覚障害者、3.リーダー養成=2~3割、7割、数名、である。ただし近年は、7割、2~3割、数名へと変化している。
・斯波さんは元々白状等、視覚障害者用の支援器具の企画・製造・販売をしていたが、視覚障害のある人と接する内に、彼らの居場所がないことを知る。またアメリカ研修で実感した「障害者が街に出れば、社会が変わる」という考えを強く持つことになり、ウイズの設立に至る。(紹介フィルムの、横断歩道にて自然にガイドをするアメリカ人の対応に感銘を受ける)。
・特に中途障害者は、障害受容うんぬんというよりも、仕事を失うとやることがない状態となってしまう。「やることのない人にやることを与える」という現在にも連なる思いから、既存の枠組みで小規模作業所(現在は就労継続B型)の設立・運営に携わることになる。
・仕事(作業)を通じて、リハビリテーションをする、という発想。そのための居場所であり、全国に作らないといけないが、まだまだ足りないと思われる。
・ニーズに応じて、と言われるが「ニード」ほど分からないものはない。障害受容なんて理屈通りにはありえない。そこにあるのはほとんど諦めである。
・ニードに気づかせることが支援者には求められる。知ること、選択肢が提示されること、考えられる余裕があること、発言できること。発言があって初めて、表出したニーズに「応じる」ことができるのであって、そのプロセス(ニードに気づかせる)は意識されにくい。「悲しい」「寂しい」「やる気がしない」のは「なぜなのか?」。態度や発言に隠れている背景に応えることができて初めてニードの芽になる。
・聖隷福祉事業団の跡地にウイズ蜆塚が設置される。利用者の構成は半田とは違い、ほとんどが65歳以上の高齢者。
・「制度は後からついてくる」。制度を作るためには、NPO等が機動力をもって試行して発言していく必要がある。データで語ることも求められる。ウイズの場合は「居場所」と視覚障害者の「リハビリテーション」を進めるために、小規模作業所という枠組みで活動してきた。行政の下請けとして事業をこなすことも求められる一方で、NPOの本質は「活動」にあり、問題意識とその解決に向けた取り組みが求められる。制度とは税金が使えるようになること。税金は「取られる」のではなく「預ける」、だから地域活動と連動し「見てもらう」ことが必要。
・制度よりも大切なこと。物事には本質があって、大切なこと、人権擁護のために制度が存在する。制度を成立させている「大切なこと」は何なのか?事業になると、特に新しい職員等は問題意識に欠けてしまうことが少なくない。
・「人間」とは?「間」を考えることができて「人間」となる。猿からヒトへ、ヒトから人間へ。そして今、人間関係の希薄化と共に「ヒト」化が進んでいるのではないかという斯波さんの問題意識があった。


特定非営利活動法人六星 ウイズ半田・ウイズ蜆塚
http://6seiwith.sakura.ne.jp/
ダスキン愛の輪基金
http://www.ainowa.jp/
ダスキン愛の輪基金報告書(2012年度)
http://www.ainowa.jp/pdf/report_j.pdf