2008年5月18日日曜日

デボラ・R・ベッカー、ロバート・E・ドレイク著、堀宏隆訳代表、大島巌、松為信雄、伊藤順一郎監訳『精神障害をもつ人たちのワーキングライフ ――IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド――』金剛出版、2004年。

このBlogでも何度も「読書メモ」として紹介してきた専門書。
ようやく読破する。
詳細な内容は、これまでのメモに譲るとして、あとがきを含めたこの本全体を含めて印象的だったことを紹介して、一段落とする。
なお、この本の「読書メモ」を含めたラベルを「ワーキングライフ」とし、ラベル検索によって、この本の内容に関する投稿が検索されるようにしておきます。

まず、精神障害を持つ人の就職について。
精神障害を持つ多くの人は、表出する言葉はどうあれ、就職することによって社会参加したいと考えている。
従来、そのハードルは非常に高いものと考えられていたが、「発想の転換と工夫により」より多くの人に就職の機会があるという事実を念頭に考えるべきということだ。
このことは、言葉ばかりが先行すると、専門家から「無茶・無謀」と見られがちではあるが、IPSの取り組みが「疾患」と「障害」の共存を踏まえた、保健医療分野のチームアプローチを特徴としていることが、この真意を読み解くカギとなる。

発想の転換の最たるものとして、「仕事することは、治療の一部として位置づく」というIPSの特徴があげられる。
どんなに障害が重くとも、具体的な「仕事を続けるために、どうするか」ということを、本人を中心とした支援チームが共に考え、問題を改善していく。
そのために不可欠なチームの一員として「就労支援スペシャリスト」(日本の論説では、JC-NET会議で時折紹介される「広義のジョブコーチ(スーパージョブコーチ)」が、これに近い存在であると考えられる)が参加しており、保健医療分野と経済活動(一般企業)との橋渡し役となっている。

さらに言えば、IPSのアプローチは、従来から取り組まれている職業リハビリテーションの考え方を否定しているわけではない。
確かに、従来型のアセスメント(職業評価の手法として、標準化された心理・職業能力検査や、ワークサンプルと呼ばれる模擬的作業を用いるなど)を用いず、精神障害を持つクライアントのニーズに迅速に対応し、そのクライアントの状態がどうあれ、就労希望があれば、具体的な求職活動を実施する手法をとる。
しかし、迅速に「雇用契約を結ぶこと」だけをIPSは特徴としていない。
あくまで職場におけるアセスメントを重視し、具体的な労働場面におけるアセスメントに基づくジョブマッチングを実施していく。
こうした内容に触れることなく、「IPS」の迅速性ばかりを強調する言説だけが広まってしまうと、職業リハビリテーションをはじめとする従来のサービスとの「住み分け」ばかりが議論の焦点となり、お互いがお互いの批判をすることになりかねない。

それも見越した上のことだろう。
「あとがき」の中で松為氏は、以下のように論じている。
「『疾患』と『障害』の個別性に応じて、現在のジョブコーチ制度とIPSによる就労支援プログラムの使い分けができるような体制が望ましいだろう」(231ページ)。

「住み分け」だけではない「共存」。
それを実現するためには、「お互い」の実践を密に交換し、共に精神障害者の就労・雇用の支援に取り組みながら、お互いの「良さ」に気づいていくプロセスが必要不可欠であると考えられる。