2024年4月29日月曜日

NHK青春アドベンチャー まとめ(6件)

●上田早夕里『火星ダーク・バラード』角川春樹事務所、2008年、NHK青春アドベンチャーより。

 Web時代になって、ラジオ(音声)ドラマっていろいろあるのだけれども、NHKの長年培ってきた歴史が安定感を感じさせる。この番組、らじるらじるを使うようになって、ようやく毎回聴くことができるようになったのだけれども、突飛な設定も、ラジオドラマならすんなり受け容れられるようなところがある。本作もそれに近い。

 人類が火星に移住して・・・と言った時点で、随分先のことだなぁ、なんか幻覚がでてきたなぁ、とミステリの要素に引き込まれていくのだが、小説だと「?」と読み返してしまうことも、音声というのはなんとなくイメージを作ってとにかく進んでいく。これは面白い。プログレッシブの特殊能力とか、SF要素もすんなり受け容れられる。受け容れると、作品の面白さがわかるということも珍しくない。


●シャミッソー原作、池内紀訳『影をなくした男』岩波書店、1985年、NHK青春アドベンチャーより。

 灰色の男から、無限の金袋を受け取る代わりに自分の影を差し出した男の話。影がないことで愛する人を失い、世界中を歩く旅にでる。友人に宛てた手紙の中で「人間社会において『影』を大切にすること」に言及する。この物語における「影」には、象徴的な意味があると思うのだが、それはおそらく、普段気にも留めないけれども、いつも自分の身近にあって、自分にとって価値を見いだせなくとも、今を生きる自分にとってあってあたりまえの存在、のようなものなのだろう。それを刹那的なものと引き換えた時に、身に起こる不全感、他者からの見られ方、失わなければその意味はわからない、というそういうものなのだろう。


●斉藤洋『白狐魔記 戦国の雲』偕成社、2006年、NHK青春アドベンチャーより。

 作者の斉藤洋といえば「ルドルフ」のシリーズで、児童文学作者だと思っていたが、こういう戦国ものも書くらしい。原作は長編(全6巻)でした。各巻の題名を見ると、時代を行き来したのかと思わせるが、青春アドベンチャーでは戦国時代の織田信長のエピソードがモチーフになっていた。歴史物といっても、人物描写が豊かで、信長の人間らしい側面が垣間見えるエピソードが特徴的。他の時代の、他の登場人物もそのように描かれているのだろう。面白い歴史物といえる。


●綾崎隼『死にたがりの君に贈る物語』ポプラ社、NHK青春アドベンチャーより。

 全10回シリーズ。ある人気小説を巡る、作家とファンの織りなす、自分を深掘りしていくドラマ。原作はライトノベルかティーンズくらいの読み物になるのだろうか。とはいえ、自分語り、親との関係に悩んだり、他の人から注目を集めることの表裏、話し手と受け手の認識の違いからくる人間関係のもつれ、そして心をすり減らすような言動。現代に生きる人の悩みの一辺をラジオドラマとして仕上げている。

 

●柴田よしき『小袖日記』文藝春秋、NHK青春アドベンチャーより。

 雷に打たれてタイムスリップし、平安時代、源氏物語の作者とされる香子の元で執筆を手伝う小袖となって、平安時代の人間模様を描く歴史フィクション。

 これは、軽く聴けて大変面白い作品。源氏物語を読んでいると、人間関係がもう少し背景を伴って分かるのかな、とも思いつつ、源氏物語を読んでいなくても充分楽しめる作品でした。


●フランシス・ハーディング著、児玉敦子訳『嘘の木』東京創元社、NHK青春アドベンチャーより。

 嘘を養分に育ち真実を見せる実をつける木と、ある研究者のねつ造にまつわる事件を追う、一人の少女の物語。児童文学として紹介されているが、本格的なミステリーかと思わされる。

 特にご縁があったわけではないが、NHKのラジオドラマ「青春アドベンチャー」の枠で放送されていたもの。ラジオドラマは脚色もあるが、ミステリーとしての物語の根幹は残し、音声で表現されている。大変聞き応えのある物語だった。嘘の木と父親の行為、それを巡る少女の成長、というか独り立ちしていく様が物語として語られる。