2024年4月29日月曜日

伝え方と目的 240309

  息子が終業式で、ちょっとしたスピーチをやるらしい。原稿を書いて「修了式」と誤字(正しくは終業式)で堂々と記された、なぜか封がされた封筒を準備していたのだけれども、どうやら読んでコメントが欲しいらしい。封を開けると中からは「町内会総会の報告」という文書。・・・いろいろと突っ込みどころが多い。

 スピーチ原稿は、というと、正直60点の内容。書くことが得意でない中一男子だから、まぁこんなもんか、とも思いながら、言いたいことを1/3くらいにして赤を入れていく。

 句点、読点がないのは論外。すべて修正するだけで、割とまんべんなく赤くなってしまう。とはいえ、頼まれたのだから、コメントを集約しなければ、用紙全面が真っ赤っかになってしまう。

 やることは、結局今仕事でやっていることと同じで、要は「スピーチの目的と内容が一致していますか」ということ。ついつい注意してしまう。とはいえ、こういうトレーニングを繰り返して繰り返してはじめて、そういうことに気づけるようになる、直せるようになる。この書く力、読み解く力、国語の力なんだけど、生成AIなんてものがあったとしても、こういうことを考えて文書を仕上げていくという作業は、誰に何と言われても、社会でよりよく生きるために必要なスキルであると思う。

 個人的には必要不可欠な技能だと思うのだけれども、今後どうなるかわからないのと、コミュニティによってはすでに文書が正しく読み書きできなくてもやりとりが成立していることもあり、このあたりは正直必要であり続けるかわからない。とはいえ、自分がよりよく生きようと思ったら、きっと読み書きのスキルは大事だと言うことにしている。だって、目の前の人と共通言語を使って意思疎通していくことで、知らないことを知って、知ってほしいことを伝えることだから。