2024年4月29日月曜日

何か言いたい症候群 240224

  なんとなく、世の流れから一歩引いて眺めているつもりになって考えると、近年、いろんな人に「何か言いたい症候群」が蔓延しているように見える。通称「オレオレ病」くらいにしておきましょうか。

 オレオレ病を受け容れてしまうと、自分の周辺にあるもの・ことの何かに照準を当てて、その「何か」を指摘し始めてしまう。自分と違うこと、身体的特徴、経験・歴史、好き嫌いまで。「○○なんだよね~」「▲▲なんだぜ」なんて発言が増えて、場が暖まってくると、蘊蓄を超えて、その場で自分が楽しい内容や発言にすり替わってくる。このすり替わりや、安全地帯でないところで人の容姿や性格をいじりだしたり、それに呼応して品のない笑い方をしていたり、といったことを見聞きすると、一気に冷めてしまうし、笑えなくなる。私は、話題がどうこうもありながらも、その根っこにある「人をちょっと見下したい、ちょっと優越感を得たい」欲求が見えてしまうと、物理的・精神的な距離をとりたくなってしまう。大体、同じ場には行かなくなるし、やんわりと距離をとったり、場を離れるなど、そういった行動が出てきてしまう。「病気が出た」という表現は、大体こういうことになる。

 不思議なもので、言葉遣いや話題が変わるのは、その人の変容がそうさせることもあるが、なんとなくだけど、言葉遣いや話題選びによって、その人の変容が促されることがあるようにも思える。要は、いい言葉を使っていれば、その人にいい影響が出てくるし、悪い言葉を使っていれば、その人にはいい影響があまり出ないように思う。自分の視野が、人に向かってばかりいれば、いつも「笑いのネタ」探しに走るから、細部に至るまで指摘できるように分解する、些細なことも笑えるような見方しかしないから、自分は磨かれない。