2008年9月21日日曜日

乱暴なケアマネジメント?

PSWの養成課程の中には、精神科のリハビリテーションに関する科目も置かれている。
現職の研修でも「ケアマネジメント」は学んできたところだが、現在精神科リハビリテーションで注目されているACT assertive community treatmentとの関連でケアマネジメントについても再度勉強しているところである。
普段、業務の中で自然と実施しているところの「ニーズ把握」と「社会資源への接続」であるが、この考え方は支援者の考え方や立場(?)によって、随分異なる実施となっているような気がしてならない。

個人的なところを言えば、Iyokiyehaはまだ手探りで業務をやっているところなので、機能を「見ていない」資源への接続については、訪問を原則として、少なくとも連絡により説明を受けてからクライアントを紹介するようにしている。
もちろん、ニーズに関する聴き取りは、できるだけ「自分で」した上でのことである。
おかげで、本来業務とは違う、周辺活動にかなり業務量を裂かれてしまっているわけだが、私の勤務地の現状を考えると、この部分を丁寧に実施しないことには発展が望めないと見立てた上で、所属施設の意向とは多少の食い違いを生みながらも、主旨には反しないことをしているつもりだ。

だから、というと「訴え」になってしまうが、クライアントをたらい回しにする対応には、疑問を持つし時には専門職の力量を疑ってしまうこともある。
最近思うことは、この言葉に集約できた。

「調整」の抜けた「情報提供」は、誰のためにもならない責任放棄である。


山梨に赴任してきてから、よく対応するケースに、クライアントが資料のコピーをたくさん持って「ここでは何をやってるんですか?」と質問してくるものがある。
もちろん、個人的な興味で自ら調べてきたとか、通りかかったとかそういうことなら、「飛び込みクライアント」としてきちんと対応するケースである。
しかし、実際そうなっていないところに、時に憤りを覚える。
「就職の相談なら」「訓練してくれる」「仕事の支援をしてくれる」こういったいわば「都合のいいように、どうとでも解釈できる」言葉を添えてパンフレットのコピーを持参させるケースが後を断たない。

本人はよくわからなくて混乱するし、対応する我々は「主訴不一致ケース」の対応に追われる。
紹介した側は「他機関紹介1件」で実績となる上、自施設で対応困難なケースを手放せるという、なんともWin-Loseな関係である。
中には、ウチに対するクレームになるケースもあり、非常にやっかいである。
そんな悲劇にならないまでも、ケアマネジメントの原則を忘れず、責任もって仕事をしたいものである。
さらには、こうした風潮を打破すべく手を打つ必要があると思うのだが、さて、どうしたものだろう。少なくとも「担当者が変わる」ことに起因させてはいけないような気がするのだが……