2007年12月16日日曜日

横浜を「歩く」 ~田舎者日記1~

一週間の本部研修を終えた14日金曜日。
嫁さんが横浜に出る用事があるので、横浜で合流することにする。

研修後、何となく流れた仲間とお茶して、海浜幕張を発つ。
東京経由で、関内まで。
東京-横浜間は3駅と書いてあったので、東京感覚で立ったまま電車に乗るが、意外と遠かったことにより、立ったまま寝るという行動に出る。
やはり、研修は気を張っているらしい。
気づけば研修期間中は毎日飲酒もしていたことに気づく。
途中、横浜で市営地下鉄に乗り換えるプランだったのだが、現金が100円もないことに気づき、横浜で下車。
セブンイレブンを探すも、なかなか見つからず。
車輪付きのケースをゴロゴロと。
結構疲れる。
関内でも、ホテルが見つからず徘徊する。
徘徊の結果、ホテルが見えているのにたどり着けない(高速道路に近いのか、道路に横断歩道がない)場所にたどり着く。
あまりの疲労が、Iyokiyehaに缶を蹴る行動となって現れる。
柄にもないが、相当疲れていたらしい。

夜は、茅ヶ崎でNPOやってるNabe君と会う予定だったのだが、前日にフラれてしまったので(笑)、同期のH氏と関内で合流する予定。
ちなみに、Nabe君の所属するのは、「教育支援NPO e-Drive」
http://www.e-drive.info/
興味がある方は、紹介しますので連絡ください。

仕事なら仕方がない。
ホテルのチェックインを済ませてから、H氏と合流。
彼は横浜出身。
アルコールを入れる前に、関内を散策。
寿町なる場所の手前まで歩いていき、その道すがら寿町についてあれこれと教えてもらう。
簡易宿泊所(通称:ドヤ)なるもので有名な一角。
日雇い労働者などの、低所得者が多く居住しているとのこと。
H氏は以前、この周辺で働いていたこともあるとのことで、この町で以前あった出来事や、その成り立ちや現状について教えてもらう。
Iyokiyehaは、直接援助の手を差し伸べるわけではないので、不謹慎ととられてしまうかもしれないが、こういった話には興味が湧いてしまい、あれこれとH氏を質問攻めにしてしまう。
そして、その後で観光を兼ねて行った中華街とのギャップに、いろんなことを考える。
聞けば、中華街も以前は中国からの移民が多く居住している場所であったとのこと。
現在では、横浜を代表する観光スポットにもなっている場所だが、それ以前は差別が横行していた場所でもあるとのこと。
文化の違いが、歴史を形作り、その歴史があって今の日本があることを実感させられる。

嫁さんと合流し、H氏と3人で焼き鳥屋へ。
どうやら、ウチの嫁さんが小学生、中学生を過ごした町と、H氏の実家は、隣町くらいの場所であるらしい。
Iyokiyehaは蚊帳の外で地元トークをしていた。
寿町についても、以前ウチの嫁はとあるNPOの視察へ行ったことで、印象に残っている場所であるらしい。
そんな真面目な話をしながら、仕事の話も、横浜の話も入り乱れて楽しい時間を過ごすことができました。
Hさん、ありがとう。
また、一杯やりましょう。
今度は、昼間に寿町を案内してください。



夜の中華街