2022年9月24日土曜日

鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』講談社、Audiobook版。

 戦争をモチーフにした作品は、自分なりに違和感をもって読み進めることにしている。なぜか?私が気になるのは、個人内の公と私のせめぎ合いだ。「戦争に参加している、そのときの体験、思考を描き切っているもの、逆に言えば公や世間体といったことに染まり切っていないものに、接することができたと思える機会は、それほど多くない。

 そんな背景の中で本書は、Audiobook.jp内で評判がよかったことと、率直に題名に惹かれた、ということがある。特攻、反抗、という言葉がキーワードになって、自分の目にとまったというのがきっかけだった。

 想像以上の生き様が描かれている、と思った。「特攻兵として9回(くらい)出撃して、生還した」というすさまじい実績を一旦おいておけば、一兵卒として何十機という航空機や船を沈めたわけではなく、小説『永遠のゼロ』で描かれた宮部久蔵ように類い希な操縦技術をもっていたわけでもない。そして、崇高な自己犠牲精神の表れた行動や、国を守るために身を犠牲にするという行動もここでは強調されない。ただ一点、「航空機乗りとしては、一機でも多く敵国船を沈め、失敗しても何度でも沈めに行く」というプライドと、そのプライドを支える「必ず生き残る」という気迫と行動は、この書籍を貫くテーマであり、ある人の「生き様」と言ったときに語られるべき歴史なのだと思った。

 戦争末期にかけて、日本の風潮が「お国のために死んで参ります」を褒め称えるようになってきており、軍隊を描いたものには十中八九「華々しく散ってこい」「お国のために死んでこい」と上官に命じられる様子が描かれる。一部では事実だったのだろうし、こうした側面があったことは否定しない。個人の中にそうした意思が全くないとも思わないし、きっと何かきっかけがなければ、自分を鼓舞することはできないこともあったかもしれない。こういう描写を多く見かける戦時中の読み物にあって、本著(の基となった人物、ササキトモジ氏)の記述内容は、読む(聴く)たびに驚くことの連続である。特攻の不合理さを暗に指摘し、特攻作戦でありながら、爆弾を投下する発想をもった上官、その説得を受けて飛行機を改造した整備士、生還するも他の上官から鋭く徹底的に罵られ、「死んでこい」と言われても言われても、それでも何度も生還する肝のすわり方。何度も続ける内に誰も口にしないが「こいつを死なせてはならない」と援護し続ける直掩機パイロット達、戦没者に名を連ねられ帰国の目処が立たない絶望の淵にあっても彼を励まし続ける仲間達・・・

 ササキ氏のプライドを気迫が周囲の認識と行動を変えていくあたりは、迫力だけでなく感動してしまうようなエピソードであった。個が公を超えて、人間としてあるべき在り方が広がっていったかのような感じがした。

 初めは聞き流すつもりで購入したAudiobookでしたが、その内容のすごさから思わず聴き入ってしまいました。戦争物に抵抗がない人ならば、おすすめの1冊です。