2009年10月18日日曜日

雑記091018

10/16
駅のホームで働く従業員さん。
だらだら仕事している人もいたら、キビキビと指差し確認している人もいる。
同じ仕事をしているのに、周りからの見え方はこんなに違うのだなぁ。

PSWの国家試験の対策講座に、開始時間には遅れながらも参加。この講座、受験対策が全面には出ているけれど、なかなか面白い。
ただ、講師によって随分内容に差があるのも事実。

以前、岡山で勤務していた時に、駅の地下街にスターバックスコーヒーがあったことを思い出した。仕事帰りに、駅前で飲みに行く時や帰省する時に、いつも寄っていくお店だったのだけれども、ここのある店員さんはよく声をかけてくれた。
「これって静岡のご当地タンブラーですか?」とか「これから飲み会ですか?」
いい意味で「要らない一言」が言える人って素敵だと思う。

身近なことだけども、やる気とニーズの合致と工夫とで、ここまで違うように見えるのだな。
おそらく、立場が逆になれば見え方も逆になるのだろう。
気をつけよう、自分の振る舞いやヤル気にも。


10/15
仕事が山ほどある時は、すべきことを書き出して、優先順位をうまくつけて、外的阻害要因をできるだけ排除することを心掛けることで、ナンボかすっきり片付く。

支援先で、久々にたっぷりカウンセリング。
多分、今の仕事の中で得意と言えるスキルはと問われれば、クライアントから引き出すスタンスを強調して、話を聴きながら大体構造化できてしまうようになった、このカウンセリングの技法だろうとは思っている。まだまだ奥が深いことは実感しているけれども、相談でとれる情報量には、少し自信がある。

東京という街には、何でもあるように感じる。仕事度外視で歩くだけでも何かと楽しい。人混みを歩くのは疲れるし、わけのわからん人も少なくないのだけれども、それでも楽しいと思える理由については少し考えてみよう。


10/14
新しい支援先。
一つは青山、もう一つは品川。どちらもオフィス街という感じである。
そこへいくと、上野の入谷方面は下町だと思う。
おかげで助かっているところもあるけれども、東京のオフィスというには少し物足りない。Iyokiyehaは大好きなんですが。

毎月の助成金時期真っ只中。
今月は完全に予定の立て方を失敗したので、業務と並行してがりがりやってます。

昨晩はあまり寝ていないので、省エネモード。
朝は山手線が止まり、帰りは東上線が遅れる。
ここのところ電車にはツキがないのか、ただどんくさいのか。
夕方出張先から逆方向の電車に乗ったのは、注意不足か。

鶴瀬についたら雨が降る。こういう日に限って傘を持っていない。偏頭痛はしんどいし、風邪っぽいので喉もしんどい。
そういや、iPhoneのコネクタにつけているカバーをなくす。
振り返ると、ちょっとした寝不足と天気によるちょっとした不注意で、結構無駄のある一日だった。
寝不足と不注意は、心掛けで少しは改善できるので、早寝と確認を意識しよう。


10/13
東武東上線が遅れる。
これまで大幅な遅れはなかったのだが、今日は朝も晩も少しずつ遅れた。
人身事故だけでなく、信号トラブルなどもあるのだなぁ。
先日、登録したYahoo!の路線情報メールサービスが、早速動いたが、朝は池袋に着いてからメールを受信する。
イマイチ。
それでも、情報がないよりはマシ。午後は、覚悟を決めて岐路につけた。


10/12
休日に、特にどこへ出かけるでもなく、近所の公園を歩く。
そのまま、「散歩」だが、家族がいるとそんなことも楽しいと思える。


10/11
ここのところ、朝出勤時には寝ていて、夜帰宅時には寝ている我が娘。
週末に一日一緒にいると、成長、というか変化が見てとれて面白い。
最近は、我が出てきて、嫌なことは絶対やろうとしない。顕著なのが、食事の時に「自分で」食べたがること。
スプーンでご飯を口に持っていっても、プイッと横を向く。「食べたくない」時の仕草と同じなので、どうしたものかと思うわけだが、手づかみ食べができるようにしてあげる(ご飯は海苔に巻いてあげる、など)と、得意気に食べ始める。
パクパクと食べるだけでなく、遊びながら食べるので、手は汚れるし、テーブルもカピカピになってしまうのだが、それを「ダメ」とするのは、大人の都合なんだなぁと、食べる娘を見てしみじみ。

そのうち、悪戯する娘と一緒になってバカやってるところを、カミさんに怒られるようになるんだろう。それもまた楽しみ、か。
10/15
仕事が山ほどある時は、すべきことを書き出して、優先順位をうまくつけて、外的阻害要因をできるだけ排除することを心掛けることで、ナンボかすっきり片付く。

支援先で、久々にたっぷりカウンセリング。
多分、今の仕事の中で得意と言えるスキルはと問われれば、クライアントから引き出すスタンスを強調して、話を聴きながら大体構造化できてしまうようになった、このカウンセリングの技法だろうとは思っている。まだまだ奥が深いことは実感しているけれども、相談でとれる情報量には、少し自信がついてきた。
聴く力を伸ばすことで、更に深いカウンセリングができるようになると思う。カウンセラーを名乗る以上、相談とアセスメントができてナンボだと思う。


10/14
新しい支援先。
一つは青山、もう一つは品川。どちらもオフィス街という感じである。
そこへいくと、上野の入谷方面は下町だと思う。
おかげで助かっているところもあるけれども、東京のオフィスというには少し物足りない。Iyokiyehaは大好きなんですが。

毎月の助成金時期真っ只中。
今月は完全に予定の立て方を失敗したので、業務と並行してがりがりやってます。

昨晩はあまり寝ていないので、省エネモード。
朝は山手線が止まり、帰りは東上線が遅れる。
ここのところ電車にはツキがないのか、ただどんくさいのか。
夕方出張先から逆方向の電車に乗ったのは、注意不足か。

鶴瀬についたら雨が降る。こういう日に限って傘を持っていない。偏頭痛はしんどいし、風邪っぽいので喉もしんどい。
そういや、iPhoneのコネクタにつけているカバーをなくす。
振り返ると、ちょっとした寝不足と天気によるちょっとした不注意で、結構無駄のある一日だった。
寝不足と不注意は、心掛けで少しは改善できるので、早寝と確認を意識しよう。


10/13
東武東上線が遅れる。
これまで大幅な遅れはなかったのだが、今日は朝も晩も少しずつ遅れた。
人身事故だけでなく、信号トラブルなどもあるのだなぁ。
先日、登録したYahoo!の路線情報メールサービスが、早速動いたが、朝は池袋に着いてからメールを受信する。
イマイチ。
それでも、情報がないよりはマシ。午後は、覚悟を決めて岐路につけた。


10/12
休日に、特にどこへ出かけるでもなく、近所の公園を歩く。
そのまま、「散歩」だが、家族がいるとそんなことも楽しいと思える。


10/11
ここのところ、朝出勤時には寝ていて、夜帰宅時には寝ている我が娘。
週末に一日一緒にいると、成長、というか変化が見てとれて面白い。
最近は、我が出てきて、嫌なことは絶対やろうとしない。顕著なのが、食事の時に「自分で」食べたがること。
スプーンでご飯を口に持っていっても、プイッと横を向く。「食べたくない」時の仕草と同じなので、どうしたものかと思うわけだが、手づかみ食べができるようにしてあげる(ご飯は海苔に巻いてあげる、など)と、得意気に食べ始める。
パクパクと食べるだけでなく、遊びながら食べるので、手は汚れるし、テーブルもカピカピになってしまうのだが、それを「ダメ」とするのは、大人の都合なんだなぁと、食べる娘を見てしみじみ。

そのうち、悪戯する娘と一緒になってバカやってるところを、カミさんに怒られるようになるんだろう。それもまた楽しみ、か。

2009年10月12日月曜日

苦情というか・・・何というか・・・

仕事をしていて、時々ある電話。
主訴はおそらく「困ってる、何とかして」というものなのだろうが、なぜかはっきりそう言わない。
「お宅は何をやっているのか?」
「働けるようにしてくれるのか?」
「仕事を探してくれるのか?」
別に、わざとのらりくらりと対応するわけではないのだけれども、電話の向こうで何に困っているのかわからないと、こちらも対応のしようがない。
相談を提案することも、他機関の情報提供もできないことはないのだけれども、二言目、三言目には「結局、どこも何もしてくれないんですよね」と否定的。
「オマエにそんなこと言われる筋合いはないぞ!」
と、言いたい気持ちを抑える。
不思議なもので、相手が言いたいことを言い始めると、更に冷静になってしまう。
突っ込みどころは満載だけれども、まず電話の向こうの人は何をいいたいのかと考えると、聴きモードへ。
とはいうものの、こういう電話は概して後味が悪い。
先日は、
「僕みたいな人はのたれ死ねっていうことですね」
という言葉を言い放って切られてしまった。
利用歴があるようなことを言っていたけれども、名乗らず、担当者の名前も言わず、連絡先とか、個人を特定することは一切言わなかったので、追跡のしようもない。
こういう苦情とまでいかない電話は、仕事を始めてから何度かとる機会がある。
延々と自分の自殺歴を語る方や、一通りの文句を言って何にも話を聞かない人、訴えてやるとすごむ人。
こうして、相手に食ってかかる人って、その電話をする直前は一体何を考えているのだろうかと、疑問に思う。
純粋な意味では、かなり興味があるし、カウンセラーを名乗る以上、他人のどんな考え方にも興味を持って「知りたい」と思うことが大切なように思う。
こと、雇用支援/就労支援のサービス対象となるには、あくまで「その人」に動くつもりがあるかどうかにかかっている。
障がいを持った人であっても、雇用する事業所の担当者であっても。
その人の人生、その事業所の方針である以上、推進力を高めること(例えば、10を100にすること)はできても、動き出すこと(例えば、0を1にすること)を「させる」ことはできない。
今回の電話の主に、その原動力はあったのだろうか?
そして、それを引き出す術を、Iyokiyehaが意識していたかどうか、少し考えどころだと思う。

2009年10月11日日曜日

雑記091011

10/10
気づいたら10月。
埼玉在住東京勤務となり、早半年。
職場では「昔からいる人みたい」と、解釈が難しい評価を受け、仕事では事業主支援にどっぷり浸かり、結構有名(らしい、を含む)な企業の障害者雇い入れ支援を幾つも抱えたり、管理職向け役員向けの講師をやってみたり、通勤は関東のサラリーマン体験を地でやってみたり、生活では子育てパパを満喫してみたり、カミさんとケンカしたり、PSWの国家試験のために受験生みたいな勉強してみたり。
仕事で引っ越すのは三回目で、それぞれ変化があるなぁとしみじみ。

視覚障がいを持つ方の支援を担当している。
職場適応の向上を支援するのだが、問題となるのは音声出力ソフトとグループウェアのマッチング。
とりあえず、今回の職場はそれらを含む環境がイマイチ。
望みがあれば、積極的な調整、支援を展開するのは信条だけれども、支援チームのある方から、視覚ハンデに関する対象者のメンタル面に対する意見を受けて、熟考。
音声出力に限界があるならば、残存能力で、と一般的に考えていたところに、対象者の感情面を考慮したことで、Iyokiyehaにはこれまでと全く異なる、超現実的な方針が浮かぶ。
驕っていたつもりじゃないけれど、まだまだ未熟であることと、死角が常に存在することを、改めて実感した。


10/9
完全に寝不足。午前中の出張が予定通りに終わったので気が抜けたのか、東京から逆方向の山手線に乗車。
さすがに、3時間睡眠では仕事にならんか。昨晩は結局午前様。越県通勤の怖さを知ったよ。夜更かしはお肌に悪い。

「沸点を越えると、全てが変わる」
購読しているメーリングリストに書かれていた。99度と100度ははっきりと違うのだと。
そこに到達するために
「妥協なく仕事する、妥協なく勉強する。妥協なく、知力・体力・精神力・その他の資源を叩き込む。
そこから【 沸点に到達することで得られる爆発的な力 】を手に入れることができるのではないか。」
とあった。


国家試験対策なるものに、週末通っているのだが、勉強のリズムは既に破綻しつつある。
全く過去問にもテキストにも手がつかない。
仕事とのバランスが、やっぱり悪い。

とにかく眠い一日だった。



10/8
朝は台風で足留め。昼から夕方は次から次へと仕事が舞い込みイライラ。
こういう日はロクなことがなく、帰りは東上線が止まる。ますますイライラする。

朝も待てずに、日暮里から上野まで歩いて出勤したのだけども、電車でどこでもいけるけど、電車が止まると目的地がうんと遠くなるのが越県通勤の弱点。別ルートも確保しなきゃいかんのですね。反省。

そういや今日は変な電話があったなぁ。
ああいう人って、日々何を考えてるんだろうね。

あー、今日の帰りは何時になるんだろう。。


10/7
contributionをベースとした人脈プラットフォームを作るとしたら、どうしたものかなと。
本田直之『レバレッジ人脈術』を読んで考える。東京で働いているのであれば、ちょっとした仕掛けを実行すれば、化学反応は起こるだろう。
方法は様々。少しブレストしてみよう。

援助者として、大切なこと。
それは、自分の思考を整理した上で、それを手放さないようにしつつ、相手にどこまでも合わせていく柔軟さだと思う。
唯一無二の尺度を振り回すだけでは、必ず衝突する。
人に対して「支援」する時には、中立、並列が原則。


10/6
仕事を残して帰ることの抵抗が少し減ったかもしれない。要は考え方一つ。結局今までも、残り全くなしで職場を離れられたことなんかほとんどないわけで。
突発的に動くケースはザラ。
いかに対応していくかっていうことが、全体を見渡した時に、とても大切なことだと思う。

ちょっとしたヒントや情報収集のために、同期の協力を得る。
レスポンスがいい人もいて、助かるし、ありがたい。
ちっちゃな貢献(contribution コントリビューション)のやりとりが、やがて大切な人脈になると思う。
遠くても身近な人、大切にしようと思う。


10/5
新潮社『Forsight』を購読しているが、最近ウイグル自治区の話題が毎月掲載されている。
注射針テロ、大頭棒を使った暴力行為など、読んでいるだけで目を覆いたくなるようなことが記事になっている。
数年前、スーダンのダルフール地方に関する記事が細々と掲載されていて、しばらく後に国連でも検討事項として取り上げられた。
テレビでの扱いは小さく、そのうち話題にもならなくなってしまったのだけれども、雑誌では未だに記事が掲載されている。
ウイグル自治区のことはどんな扱いになっていくのだろう。そして、Iyokiyeha個人として、国際的な課題にどう関われるかということを、最近考えるようになった。

カタルシスということが、確かにあるようだ。
ただ、自分が話しただけで楽になったというよりは、話しながら自分はこう考えていた、ということがわかってスッキリするという方がしっくりくる。
あぁ、もっとハッキリと言いたいんだなということを実感。「支援」へのもどかしさと、事実の見えにくさ。「誰が誰に何を?」と、もっとハッキリ言ってもらわないといかんのだろうな。反省。

最近、またよく思い出す。
何を考えて準備したんだろうなぁ、とか。


10/4
家族で水子貝塚公園へ。
近所にこういう広い芝生の公園があるのはうれしい。
子どもができてから、こういう場所へお弁当持ってでかける「だけ」で楽しい気分になれるようになった。
不思議だけど、これも趣味・嗜好の変化と、「日常のごくあたりまえのこと」が愛おしくなったことなのかもしれない。

2009年10月4日日曜日

遠藤拓郎『4時間半熟睡法』フォレスト出版、2009年。

睡眠に関する研究は、以前から見聞きしたことがあり、基本的なことは知っていたつもりだが、ちらばった知識を組み合わせることによって、一つの「熟睡法」としているのが本著。
著者の遠藤氏は「4時間半熟睡法」を提唱しているが、これは毎日4時間半だけ寝ればいいというものではなく、ビジネスパーソンが睡眠時間を削らざるを得ない時に、どのように睡眠時間をコントロールするか、という問いに対する現実的な一つの提案として読み取れる。
平日は4時間半、週末に6~7時間半の睡眠をとることで調整する方法と、その根拠となるデータを示している。
データに基づく記述が目立つが、本文には読みにくい数的データはほとんど掲載されていないので、平易な内容で読みやすい。

東京勤務となり半年、これまでより明らかに睡眠時間が短くなっていることについて、手を打ちたいと思い購入。
6時間以上寝ないとパフォーマンスが落ちることは自覚しているが、そうはいっても通勤に片道1時間半かかるとなると、仕事量をコントロールしても睡眠時間の確保が難しい。
ならば、短時間であっても質のいい睡眠をと考えて、参考に読んでみた。
「理想の生活」全般を通して睡眠の質を高める、ということを念頭におきながらも、遠藤氏の提案は非常に簡単な「体温の調整」に注目している。
今の生活に「一手間」かけて、体調が改善するならよし。
そうでなくても、夜の入眠がスムーズになり、朝スッキリ起きられるようになればそれでいいのかとも思う。

余談だが、この本の読みやすさは、同テーマの他の単行本を凌駕していると思われる。
文字数が少ないこともあるのだろうが、必要なことを最短ルートを通って書いている、という感覚があった。
Iyokiyehaは1時間半くらいで読破できました。


おすすめ度:★★★★☆(現段階では効果が実感できていないため)

こうの史代『この世界の片隅に(上・中・下)』双葉社、2008~2009年。

戦争の時代を、豊富な取材と独特な視点で描くこうの氏の最新作。
最前線で生死の境を生き抜く派手さも、身内を戦地に送り出して悲しみにくれる家族の悲壮感もなく、ただ淡々と日常を描き、戦争を知らない世代に、戦時中の日常生活を伝える物語としても新鮮だった。

この時代を生きていないIyokiyehaには、戦争を評価する気も、正当化あるいは卑下する気もない。
ただ、例えば今後日本が戦争に巻き込まれた時、自分が戦線へと向かうことがない限り、戦時下の生活というのは、不安を感じつつも淡々と流れていくのかもしれない。
Iyokiyehaが、こうの氏の漫画に惹かれるのは、「普通」に生きることの困難と、そこにある人間ドラマは完全に個別で、人から評価されなくとも「そこにあり」、その人なりの幸せや生き様というものが見え隠れする、その瞬間を漫画という手法で見事に切り取っているからだと思われる。

このテーマの前作『夕凪の街 桜の国』で感じたものも、これに近いように思う。
http://iyokiyeha.blogspot.com/2008/04/2004.html
(2008年4月13日投稿分)
戦争により、実兄を亡くし、目の前で姪っ子を失い、自身も利き手を爆風で吹き飛ばされながらも、好きな絵を描く。
そして、ささやかだけれども、「普通」で確かな幸せを描く作品だろう。


おすすめ度:★★★★★(好き嫌いあるでしょうが、素直にしみじみしたい方にはおすすめ)

やりとりは、何を「言ったか」ではなく、どう「理解されたか」

カウンセラーという仕事をしていると、痛感することが多いのだが、ある人とやりとりする時に、そこで交わされる内容は、「何を言ったか」という発信者側の理屈ではなく、「どう理解したか」という受信者側の理解の度合いによって成立しているものだと思う。
「○○と言ってきました」とか「△△と言ってました」等、仕事をしていると、Iyokiyeha自身がそう言うこともあり、チームの他の誰かからの報告にもよくあがる。

しかしよく考えてみると、そう「言った・言っていた」というのは、あくまで客観情報にしか過ぎず、それを発した人がその言葉に込めた思いや感情というのは、相手にどの程度伝わっているか、把握することは極めて難しい。それ以前に、発信者が「言った」客観情報すら受信者がどのように認知しているのかは、それこそよくわからないというのが、実際のところだろう。

人と人とのやりとりというのは、そうした言ってみれば脆弱な基盤の上に成り立っているともいえる。
それだからこそ、柔軟さが生まれ会話が広がったり、深まったりということが起きるのだろう。

もう一つ踏み込めば、我々をはじめとする対人業務における「支援」というのは、何をするか、何を言うか、ということよりも、「その人の何が変わるか」ということが最優先されるのだと考える。
このあたりの考察はまた後日。

雑記091004

10/3
会話により、話題が深まったり広がったりするには、聴く側の聴き方もさることながら、話し手の話し方にも左右されるところが大きいと思う。


10/2
仕事上、やりにくくなる縄張りは要らない。
白黒はっきりさせない方がいいこともたくさんある。まして、対人業務なんかは灰色ばっかりだと思う。できる人が、できることをすればいい。

消費者金融が軒並み「◯日曜無利息」と言い出しているが、顧客層が変わったのだろうか?借りやすくなったのは違いないところだが、いわゆる優良顧客から利益が出ないように思うのだけども。
Iyokiyehaにはあまり縁のない仕事なので、どうでもいいって言ってしまえば、どうでもいいのだけれどね。

本の読み方と同じで、仕事も緩急つけるべし。時間の使い方、もっと上手にならなければと思う。
今日は一つ、メールチェックの時間を固定してみた。確かに効率はよさそう。もう少し整備してみよう。

ものの感じ方は、相手次第。
何を「言ったか」ではなく、自分が言ったことを相手が「どう受け取ったか」次第ということ。
如何に思考や感情を言葉に乗せるか、はいつも気になるが、その実は相手が何を考えるか次第ということである。


10/1
ぐうたらした一日。
最近、休みに入る前の疲労が強く、休日の活動が鈍い。
「四時間半睡眠法」なる本を発注した。
疲労回復のヒントになれば幸い。

娘のポリオの予防接種に行く。
少し泣いたけれども無事に終了。

国試の勉強は、はかどらず。
イライラした自分の負け。じっくり、焦らず。


9/30
寝不足。
体調が悪ければ、機嫌も悪くなる。
反省。
久々の個別相談。話を聴き続けるのも疲れる。


9/29
集中してやれば、30分でできる計画書。
タイムプレッシャーを如何に真剣にかけるかということは目下の課題だと思う。
全てを受け止めず、できることは後に回して、一つのことに集中することを繰り返しやることを意識してみよう。


9/28
休み明けのリハビリなんて思っていると、結構痛い目に遭う。
某鞄ブランドの調整は、事業所側の当事者がそれぞれに「モヤモヤしたもの」を感じているため、それを引き出すことと、優先順位をつけていくという本来の事業主支援が展開できているように思う。
ニーズとゴールが出来るかできないかという、明確な結果が求められるため、場合によっては残念な結果になることも考えつつ、だけれども、いろいろありながら多分うまいところに落ち着くんじゃないかなと感じている。

仕事を早く切り上げるコツの一つは、ゴールデンタイムにやるべきことを大胆に整理することだと思った。

2009年9月27日日曜日

相川章子、田村綾子、廣江仁著『かかわりの途上で ――こころの伴走者、PSWが綴る19のショートストーリー』へるす出版、2009年。

現役PSWによる、日々の業務の記録。
「これぞPSW!」という性質のものではない(PSWの独占業務はない)のだが、PSWならではの「かかわり」と、経験を通して考えたこと、感情の変化が淡々と語られる。
これまでに、こういった専門職の日常をそのまま描いたまとまった読み物に接したことがないため、非常に新鮮な内容。
対人業務、特に障害を持つ人と接する人は、その障害種別を問わず一読に値する書籍だと思う。
「自己決定を促す」「人生を支える」とはどういうことか、ということについて考えさせられた。

著者それぞれの視点が面白いことと、Iyokiyehaが一目置いているワーカーさんのボスが著者だったため、衝動買いに近い感じで購入。
Iyokiyehaがこだわる「誰の何のための支援なのか」ということや、「支えること、かかわること」の本質が、クリアな言語化にはならないのだが、それぞれのエピソードから「なんとなく、このあたり」といったものを受け取ることができた気もする。

個人的に、PSWの通信課程がこの10月末で修了する見込みとなった。
今年度のスクーリング(8月)で、「対象者の自己決定」や「一般的に望まれない・社会的な常識に反することを対象者が希望した場合の支援」さらには、「支援者の立場」といったディスカッションをする機会があり、今の仕事にも共通して活かせそうな考察を得たところである。
すなわち、働くことを含め、その人の生き方に関わる現場において、その人の内側にあるものが動かない限り状況は変わらない、というごくあたりまえのことと、選択肢を持った上で「選べる状況」に置かれた人の決心は、外的要因によって捻じ曲げるべきではない、ということ。
「普通、こうだぜ」とか、その人が知らないことを体験させることはできたとしても、最終的にその人が何を選ぶかということそのものにはアプローチすべきではない。そもそも「アプローチ」という行為が成立するか否かも微妙だという、一応の結論を得た。

こういった整理をした直後に出会った書籍のため、内容がIyokiyheaに染みわたるような読後感を得た。


おすすめ度:★★★★★(対人業務についている人には、職種を問わずおすすめ)


2009年9月22日火曜日

池上彰『わかりやすく<伝える>技術』講談社現代新書(2003)、2009年。

NHK「週刊こどもニュース」の初代お父さんの池上氏による、「伝え方」に特化した新書。
平易な文章に、これでもかと実を詰め込んで説明する、池上氏の語り口は、フリージャーナリストとなった今でも全く色あせない。
むしろ、いぜんより更に言葉が洗練されているような気がする。

一読してみての感想ではあるのだが、「伝え方」に特化した書籍でありながら、その「伝え方」を忠実に実践している本ではないかと思う。
だから、余計にわかりやすい。
随所にわかりやすさの「しかけ」は織り込まれているのだろうが、ここで具体的に「○ページの・・・」というのはナンセンスだと思うので、気になる方は是非手にとってみては。

以前、Podcast「長谷部瞳は日経一年生」で新聞記事の読み方・書かれ方について触れたことが、そのまま伝え方にも共通しているということがリンクした。

http://iyokiyeha.blogspot.com/2009/02/2008_16.html
(2009年2月16日投稿分:ちなみに、現在は「西川里美は日経一年生」になっています)

あたりまえのことではあるのだけれども、限られた時間の中で物事を伝えるには、
・リード(結論を端的に、こんなことがありました)
・本記(それは、こういうことですよ)
・理由や原因(背景にはこんなことがありますよ)
・見通し(今後はこんな風に展開しそうです)
・エピソード(そういや、こんなこともありましたね)
という順で、書かれ、語られるのが効果的です。
要は、「逆三角形」で内容を盛り込むやり方です。
じっくり時間をかけて、相手に知らせることのできる場面、例えば長時間の講演や論文など、においては、この原則だけではなく、「起承転結」となり、イメージは「逆三角形」ではなく、「長方形」になる。いい論文は、どこを読んでも素晴らしい、というのと同じ。

Iyokiyehaは、普段プレゼンの機会があると、PPT資料では、Agenda(目次)の前に結論スライドを見せてしまう方法をとっています。
最後まで資料を作って、結論をスライド2枚にまとめるのですが(一枚はイメージ、もう一枚は説明)そのうちのイメージスライドをしょっぱなに見せてしまう。
この方法をとるようになってからは、気が楽になりました。
プレゼン中に、次々と想起する内容も、始めに結論を言っているわけですから、適切なものとそうでないものを瞬時に判断できるようになりました。

この本を読んで「スライドに文章を書かない」とか、「ポイントは3点にまとめる」ということを知った。
確かに、PPTスライドをわかりやすく使う人は、どことなくシンプルである。
「何が面白いんだろう」と思いながらも、よくわかるという不思議な現象は、このあたりの「しかけ」なのかもしれない。


おすすめ度:★★★★★(手軽で効果的。ビジネスマンから学者まで、社会人全般におすすめ)

2009年9月21日月曜日

ドラマ:官僚達の夏

骨のあるドラマでした。
毎回、ジーンと考えさせるエピソードが込められていて、久々に次が待ち遠しいドラマでした。

率直に、通産省(現:経済産業省)って何をやっているのか、ピンとこなかったのですが、日本の経済全体の指針を定め、具体的な法律の制定に深く関与していることを知る。
グローバル化しつつある時代を描いているため、日米安保や領土問題等、外交における案件が、上位の課題として描かれる。
現在においても、具体的な内容は違えど、外交交渉が日本の産業に大きな影響を与えているのは、紛れもない事実である。

そんな第一線の現場で、公のために身を挺して勤務する官僚達の、いわばかっこいいところを見事に描いている。
組織、それも公務員の人事という生々しいやりとりが物語の中核を占めていたりするのだけれども、組織としての合理性と個人の信念とが交錯するあたり、何がいいとか悪いという価値判断ではなく、ある事象をどう見て、どう判断するかによって、方針そのものが変わる現場に生きる官僚達の生き様を、一方では派手に、そしてある側面では地味に、よりリアリティをもたせて描いていたように思えた。

おそらく、賛否両論のドラマかと思われるが、最終回の風越のセリフ「日本はどうなってしまうんだろうなぁ」は、原作にはなく、おそらく現代の日本にあてたメッセージなのだろうと推測する。

2009年9月18日金曜日

おとうさんといっしょ

こども番組はいくつもあるけれど、NHK教育はとても優秀な番組を
作っているなぁと。
大御所「おかあさんといっしょ」は、もちろんおとうさんと観てもいいわ
けで、「いないいないばぁ」と双頭をなしているわけであります。

言葉をどこまで理解してるのかはわからないけれども、ポップな歌には反
応する我が娘。「モノランモノラン」(注:我々の世代では
「にこにこぷん」に相当)への反応は鈍いのに、「ぱわわぷたいそ
う」(注:中西圭三が高らかに唄いあげる体操の歌。たいそう
のよしおにいさんの身体のキレに注目)が始まると、泣いていても
ゴキゲンに。

どちらかといえば、寸劇もちょっと意味の込められた「おかあさんといっ
しょ」よりも、ワイワイガヤガヤな「いないいないばぁ」の方が反応がい
い。うーたんが「きゃははは」と声をあげていると、娘も「あー」と声を
出したり。
日々成長してるなぁ。

そんな生活を続けていると、聴くCDも子ども向けに。前述した中西
圭三。「Woman」とか「Ticket to Paradice」などの名曲を
世に出したIyokiyehaが好きなアーティストの一人なんですが、今
や彼の代表曲といえば「ぱわわぷたいそう」と「ぼよよーんこうしんきょ
く」へと更新されています。

ぱわわぷたいそうを全力で踊りまくって、筋肉痛になる
Iyokiyeha。
そんな自分も、嫌いじゃないこの頃。

2009年8月31日月曜日

森岡正博『最後の恋は草食系男子が持ってくる』マガジンハウス、2009年。

このブログでも「生命学」でおなじみ、森岡氏による「草食系男子」論。
前著『草食系男子の恋愛学』では、いわゆる「草食系」と呼ばれる男性が近年注目されているということを論じていた。
http://iyokiyeha.blogspot.com/2008/08/2008_12.html
(2008年8月12日投稿分)

販促の帯には「優しくて誠実、浮気はしない。結婚するなら草食系男子!」などと書かれているが、いわゆる「ガツガツしない」男性に関して、インタビューを交え説明している。
昨年あたりから注目されるようになった「草食系」であるが、その描かれ方は様々で、説明のされ方によってはかなり「頼りない」ような印象が込められてしまっているものも週刊誌などでは時折目にする。
森岡氏は、個人差はあるとして、いわゆる一般的に言われる「男性像」とは異なる「草食系」の男性達の具体的な生活様式や行動傾向、思考の傾向について、事例を丁寧にひきながら説明している。
どちらかといえば、「草食系」の男性とうまく関わっていきたいと思っている女性向けの書籍のように思われる。

読めば読むほど、Iyokiyehaは自分が「草食系」なんだろうなぁと感じる。
別に弁当は作らないし、主導的に関わらないというわけでもないのだが、いわゆる「草食系」の人と接する(特に異性とのかかわり)際の感じ方、考え方は、共感するところが大きい。
よく言われる「男とは」みたいなこと(「据え膳食わぬは・・・」みたいなやつ)には、結構違和感を持っているIyokiyehaとしては、「よく説明してくれた!こんなヤツもいるんだぜ!」といった思いがある。

ここまで共感しなくても、現代を生きる男性をもう少し詳しく理解したいと思っている人には、軽く読める割には学びの大きな書籍だと思う。


おすすめ度:★★★★☆(誰にでもおすすめです)

粛々と月末

一週間のPSWスクーリングを終え、課題レポートもなんとなく仕上げたので、何ヶ月ぶりかのぐうたら休日。

たまには悪くない。

引越し当初から気になっていた、書棚周りを片付け、ようやくモバイル勉強環境が整備できつつあります。無線LANの整備や、書棚の整理、机は食卓を使うことで、ギリギリまで省スペース。隙間時間の活用がますます加速しそうです。

金曜日。

学生時代にお世話になった恩師の一人から着信。

「おー、珍しい」と思いつつ、電話に出ると第一声、

Iyokiyeha君、19時に新橋に集合ということになったから」

2年半前の私の結婚式に参加していただいて以来会っていないのにも関わらず、相変わらずな先生です。

私もこの間、仕事するようになり、結婚して、子どももできたということで、少しだけステージが違う話ができたかなと。

Iyokiyeha君も出馬せんとな」

くらいのことを言われ、冗談と思っていたので茶化しました。

某市議が国政へと行ったら、ということなんでしょうが、なかなか面白かったです。

全く可能性ゼロということにはせずに、私自身の周りにそういう風が吹いてきたら、勉強してみてその時考えます。

日曜日。

娘とバカみたいに遊びつつ、選挙速報。

世の中は激震かと思うほどの変化が起きている。

「マスコミが煽りすぎた」と、私の感覚と報道とを一致させて感想を言うことは、あまりに簡単だし、「民主党お手並み拝見」なんて言ってしまうのも、それほど難しくない。

ただ、個人的な感想としては、「どこが政権をとろうが、信念を貫いて政治の仕事をして欲しい」ということだけである。

民主党政権、どうなるのかという楽しみと、これまで政界であまり活躍の場がなかった、優秀な人達の活躍が見られることが楽しみとが同居した感覚を味わっている。

勤務している組織に、自分の知らない「終わり」があるのならば、その日はまた5年くらい縮まったのだろうが、まぁそのあたりはその時にならないとわからないこと。

私がすべきことは、万が一の失業となっても家族を食べさせていくだけの腕と人脈を作っておくことだと、改めて確認する。

柳井正『一勝九敗』新潮文庫、2006年。

ユニクロでご存知、ファーストリテイリングの柳井会長兼CEOが、2003年頃までの同社の沿革を、柳井氏の経営理念とともに語った著書。

前衛的な経営が店舗運営にも反映されているようにも思われる同社の経営、運営方針から、一社会人として学ぶことも多い。

柳井氏とファーストリテイリングのこれまでの経緯全体を読んで感じたことは、「試行錯誤」を徹底してやっていくのであれば、スピード感と何が何でもやってやろうとする執念というか、強い意志が不可欠であるということ。

のんびりと失敗、再検討を繰り返していたら、それこそぬるま湯の蛙のように、いつの間にか煮立っていることに気づかず、事業で言えば沈没-整理という一路をたどることになる。

自らの仕事も同様。可能なところで、如何にスピード感を保つか、意志と情勢を如何に調整させていくのか、ということが、現代を生き残る上で不可欠な要素であるかということを改めて確認できた。

いくつか気になる点(ドッグイヤー的に)は以下の通り。引用含みます。

・試行錯誤の土台は、スピードとがむしゃらさ。とにかくスピードが要求され、常時リストラ(再構築の原意で)、失敗した場合の「即時撤退」が鍵。

・広告宣伝は、0か100かの評価。ほどよい、はありえない。広告を見る人を信頼し、「伝える」のではなく「伝わる」表現方法を、コンセプトを解釈した上で、自由な発想で考える。代理店に丸投げするのではなく、広告主がクリエイターに「伝える」ことを怠ってはいけない。

・「店長でいる」ことが最終目標。店長はスタートでありゴールである。顧客の最前線で店舗を運営する。本部の意向をくんで、逐一本部の指示を仰ぎ、マニュアルをこなすのではなく、現場の意向を本部の方針に反映させるために、優秀な店長が現場にいることが大切。

ユニクロの広告戦略は、最近本当に「上手い」と思うところであるけれど、長年通じて積み重ねられた経験の賜物であることを実感できた。

「伝える」も大切だけれども、「伝わる」ことが最も大切であること。

そして、自分が伝えたとおりに「伝わる」かどうかは、かなり差があること。

広告戦略とはいえ、自らのカウンセリングにおいても、いかに「伝える」かと同時に、どう「伝わる」のかということを意識したやりとりが実は大切なんじゃないか、今までやっていて感じることのあった「違和感」は、ひょっとしたらこういうところ(要は、私が伝えたと思っていて、相手を観察した伝わったと思っていることが、実は相手にしてみたら私の意図とは違うように伝わっていた、という状況)にあるのではないかと、経験を再検討するきっかけになった。

あとは、現場主義。

この感覚だけは、私が今後どんな立場になっても忘れないようにしようと、再確認できた。

「立場上」ということを、感じ、場合によっては言う必要もでてくることがあるかもしれないけれども、現場で何が起こっているのか、最前線では何がトピックなのか、ということをできれば自ら体験するくらいの意欲をもって、現場に対峙していきたいと思った。


おすすめ度:★★★★☆(働いている人におすすめ)

2009年8月26日水曜日

内橋克人『共生の大地 ――新しい経済が始まる』岩波新書(新赤版381)、1995年。

今読んでも、全く色褪せない新書。

こういう本を名著と言うのだろう。

利益を追求してきた高度経済成長期を経て、バブル崩壊、再期をかけて社会のあらゆる人達が奮闘していた時期に、経済的な利益だけではなく、安い言葉かもしれないが、世のため人のため後世のために奮闘していた組織とそれを構成していた人達の記録である。

内橋氏は「多元的経済社会」という言葉を使いつつ、行政、政治主導の地域活動ではなく、企業や企業人の有志、果ては今では特に珍しくないが、市民活動に触れ、そこに多様な価値を見出していく。真の問題解決とは何か、よりよく暮らすとはどういうことかといったことについて、淡々と事例をおいながら考えさせる。

NPOを名乗る、行政の出先機関と化した団体も少なくない昨今、非営利活動とは一体何なのか、その本質や醍醐味、価値を、統計や数的データではない手法で見事にあぶり出している。

出版されてから既に15年くらいになる新書。

実はIyokiyehaの書棚にも学生の頃から並んでいた。

お世話になっていた、ある先生から「これは読んでおけ」と十回以上言われていて、なかなか読破できなかった本でもある。当時は紐解いたのだけれども、その面白さや迫力に気づけず、何度も延期扱いになった記念すべき書籍でもある。

当人がこのブログを見ているかどうかは分かりませんが、一応、報告も兼ねて。

専門書、ではないけれど、書籍としての成果は大きい、インパクトのある読み物だった。

社会人として、公的機関に所属する立場となったから、また違う読み方ができて、一気に読みきれたのかもしれない。

この迫力は、学生にもひよっこ社会人にも、ベテラン社会人にも味わってもらいたいものである。

おすすめ度:★★★★★(誰にでもおすすめ。言葉がわからなくても読み進めることをおすすめします)