2023年1月9日月曜日

松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』山と谿谷社、2010年。(文庫版。底本は同名書1983年)

 土曜日の朝にラジオNHK第一で放送している、「石丸謙二郎の山カフェ」のゲストに、本著者松田氏が出演しているのを聴いて読んだ一冊。図書館で底本を借りて、その迫力に触れ、書籍版を購入した。

 学生時代にワンダーフォーゲル部に所属していたIyokiyehaにとって、山岳読み物は身近なものではあるのだが、同じように遭難や事故の知らせを聴くことも、少しはイメージがつく故、ある程度のリアリティをもって感じとれるものがある。とはいえ、当時から思うことだが、山岳部の山に対する知識・技能はワンダーフォーゲル部のそれとは比較にならないものがある。本著の写真一つをとっても「なんでこんなところで寝られるのか?」というアタックキャンプが写っている。

 日本の山岳史上においても、遭難は珍しいことではない。ただ、ここまで悲惨な遭難から生還した経験と、そのリアルな記述において、本著は他の書籍とは少し雰囲気が異なる。松田氏は「命を賭けた冒険の裏に起こった数々のミステイクをあえて公表しなければならない」(288ページ、あとがきより)と、ミニヤコンカでの遭難に「数々のミステイク」を認め、ごまかしなく書き切っているのだろうと察する。アタック前からの隊の不協和や、ピーク直下の邁進、菅原氏を置いて歩を進めたことの後悔など、生還したことを美談にすればごまかせるようなことも、本著では淡々と記述されている。とりたてて目立つ記述ではなく、あくまで起こったことを淡々と、その時の自分の身体の様子や、幻聴といえる身体の内側から起こっている感覚異常も、日本語として記述している。現実感のない記述と思わせる箇所がないわけではない。ただ、そんなことは置いておいて、本著を通じて一貫して描かれ、すべての文章から感じられる意思としては「松田宏也は一度たりとも死を受け入れず、生きることに執着している」(300ページ、阿部幹雄氏の解説)ことであろう。後悔や一時の諦めがあったり、仲間に悪態をつくことがあったとしても「これでいい、ここでいい」と自ら死へ向かうことなく、生きて帰る、の一心で歩き続けたことは一貫している。一気に読ませる迫力がある。

 見れば、著者の続刊があるようだ。帰国後、今に至るところで、松田氏が何を考え、どう生きているのか。生き様から謙虚に学びたいと思う一冊だった。