2010年10月18日月曜日

101018日常の中にある、ちょっとした感動

先日、仕事での出来事。
支援先の企業に電話をかけたところ、こんなことがありました。

「はい、●●、△△です」
「お世話になります、○○のIyokiyehaです」
「あっ、Iyokiyehaさん?△△です」
(以下略)

(注:●●=支援先企業、△△=支援対象者、○○=Iyokiyeha勤務先)


ここのところ、調子は上がり気味、戻り気味ですが、根本のところでプチ不適応だったIyokiyehaですが、このやりとりは、私にとって感動するものでした。
電話のこちらで、半ベソかきそうになっていたのは、ここだけの話です。

実は△△さん、高次脳機能障害のある方で、記憶(ワーキングメモリ)、易疲労、失語(書き言葉)が低下していたんですね。
話す限りは、何が障害かよくわからないくらい、気さくで非常に明るい方なんですが、職場となるとやはりどうしても一歩足りなくてうまくいかないことが続いていた方です。

今の職場に就職する少し前からIyokiyehaが担当しており、相談からある企業の雇用前の実習コーディネートとかやっていたのですが、その実習中に今の職場の最終面接があり、適応支援と面接同行を平行してやっていた経緯があります。
最終面接に同行して、帰り道に地下鉄のホームで立ち相談すること20分。
明後日の実習中の職場訪問時に、担当者と実習中止の話をつけることで話がまとまりました。
そんなやりとりから半月後、今の企業に、それも雇用前の実習から実施したのが、冒頭のやりとりの発端です。

担当の頼りになるジョブコーチさんからは、「電話対応なんて何年後かの話ですよ!」と怒られつつも、職場への定着が早かったので訪問支援もそこそこにしていたところで、この一件です。
全く別件で連絡したのですが、たまたま電話フォローができてしまったわけです。

「いや、でもびっくりしましたよ。電話とってるんですね」
「えぇ、まだまだですし、よく忘れるんですけどね・・・」
「(間)(用件を忘れてしまった)」
「もしもーし、あれ、ひょっとして感動してるんですか?」
「あはは。でも、そうかもしれないですね。あー、でも何で電話したんだっけ・・・」
「Iyokiyehaさん、しっかりしてくださいよ。ひょっとして記憶障害ですか~」

こんなやりとりです。
記憶が低下しているし、失語の影響もあり、聴覚刺激をメモするとかいった行動は非常に苦手なはずなのに、と思うところですが、逆に個人的には「環境がそろってれば、これくらいできるようになるんだよなぁ」とも思いました。
事実、つい先日職場訪問したときに「この職場、本当に自分に合っているような気がします。地下鉄のホームでの相談で人生変わりました」なんて言ってくれるのも聞いたところです。
本当に「水を得た魚」だったんだろうなと。

疲れてたってのもあるんですが、正直ジーンとして、何だか細かいことはどうでもいいやってな感じになっちゃったんですね。
久しく、こういう感覚って忘れてたなぁと思って。
現場のよさや必要なことって、こういう情緒的なことばかりじゃないし、もっとドライに管理的な視野が必要な仕事だったことは重々承知しているつもりなのですが、でも、その土台ってこういう人たちの雇用がうまくいくように奮闘して、広く社会へ影響を与えていくことだよなと、改めて確認したところです。