2010年5月2日日曜日

独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター編『調査研究報告書No.74 事業主、家族との連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(第1分冊 事業主支援編)』2007年。

企業のしくみと、障害者雇用の各段階におけるニーズを分析し整理した上で、具体的な支援事例を元に、「経営システムモデル」のどの部分にどういった影響・効果を与えたか、ということについて、説明されている。
一般的に語られる、障害者雇用の企業側のメリットやデメリットということについて、体系的な事業主支援の事例をひきつつ、「学問領域」として分析の対象とし、収集したデータを基に整理している。
職業リハビリテーションの専門機関としての分析手法であり、従来体系的に語られてこなかった領域に一石を投じた論文だと思う。
 
企業活動を因子分解したときに、ビジョンや資源といった言葉はよく聞かれるが、それぞれについて詳しい説明がされているものは、それほど多くない。
本稿では、長田洋がまとめた「経営システムモデル」をベースに、企業活動を分析している。
それによると、以下の整理がされている(118~119ページ)。
 
1.ドライバー(Driver:経営方向付け因子)
企業の目指す姿勢や独自性、数年先の青写真となるもの、確信や目的達成を促すもの、戦略展開などを指す。
・経営理念
・ビジョン
・リーダーシップ
・戦略
 
2.イネーブラー(Enabler:変革因子)
経営プロセスに投入される人や設備などのリソースや組織風土等と合わせて変革を実現する因子により構成される、経営の実態といえるもの。
・経営プロセス
 ドライバーに沿って、顧客価値創造を直接的に行う重要な過程で、結果を生成するプロセス。
・フロー型リソース
 経営プロセスに投入されている、原材料・設備・労働力・賃金という、消費・消耗されるリソースで、効果的・効率的な使用に眼目が置かれている。
・ストック型リソース
 経営プロセスに投入されるが、技術や情報・知識等のようにプロセスからの出力を得て、そのリソースが増殖・成長してストックされるリソース(組織・人的スキル・取引先・技術力・知的・関係性)で、将来への確信に結びつくかに眼目がおかれる。
・ソフト基盤(カルチャー、組織風土)
 企業が作り出しているカルチャー(組織に配置されている人の共有化された価値観を生む組織の風土、雰囲気)のこと。「人」というソフトなリソースによってカルチャーは形成されるので、ソフト基盤と呼ぶ。
 
3.パフォーマンス(Performance:結果系)
経営システムにおける経営業績を代表とする結果全体である。顧客を中心とするステークホルダーが評価するもの。
・アウトプット(商品サービスの経営要素(Q,C,D,S,E,I)、企業情報)
 企業の経営プロセスから産出された直接の結果であり、製品やサービスの質、コストや納期など企業が管理できる要因。
・価値(商品/サービスの価値、企業ブランド価値)
・アウトカム(ステークホルダーの満足度(顧客/社会(地域・地球)、株主、ビジネスパートナー、従業員))
 製品やサービス等のアウトプットを顧客などの利害関係者(ステークホルダー)に提供した結果として、評価(満足度、クレーム対処、協力継続など)された成果や効果である。
・経営業績(財務実績)
 企業活動の結果を財務面から捉えた指標で、P/L、B/L、C/Sなどに現れる。
 
これらの分析の基盤に、職業リハビリテーションとしての事業主支援の枠組みが加わる。
まずは、その対象と支援の内容をシンプルに整理している(27ページ)。
 
1.理念形成の支援
(1)理念の提案
(2)事業所への研修支援等
 
2.受け入れ環境の整備
(1)職務分析、課題分析
(2)職務の(再)設計
(3)雇用による効果、影響についてのQC活動支援
 
3.個別支援の計画・実施
(1)職務の課題分析による個別研修カリキュラムの作成と提案
(2)JC支援や職場復帰支援による、個別研修、環境整備等の実施と支援
 
この整理によって、一言に「事業主支援」といっても、その中には対象とニーズに応じた支援によって異なることが分かる。
さらに踏み込んで分析し、この事業主支援には流れがあり、各段階で発生しやすいニーズについても言及している(60ページ)。
 
縦軸に、事業所が(障害者を)雇用するときの流れ(1~4)を取り、横軸に「職業リハビリテーション専門家による支援」を「OFF-JT(知識研修)、情報の把握・分析・提供、OJT(支援の体験的研修)」の三つを取り、12のマトリックスを形成している(ここでは、事業所の流れに沿って、各項目を割り当てる)。
((1)Off-JT(知識研修)に関する項目、(2)情報の把握・分析・提供に関する項目、(3)OJT(支援の体験的研修)に関する項目)
 
1.ニーズ(採用・企画)
(1)情報提供(対トップ、人事)、労働条件・制度・事例などの紹介。
(2)職場環境の把握、職務分析・課題分析
(3)ジョブコーチ支援、リワーク支援(各支援の体験的研修)、リハビリ出勤、ナチュラルサポート(般化)
 
2.人的・物理的環境整備
(1)社員に対する啓発・研修、障害・支援方法等に関する研修
(2)職務設計の提案・調整、職務の決定
(3)ジョブコーチ支援、リワーク支援(各支援の体験的研修)、リハビリ出勤、ナチュラルサポート(般化)
 
3.求人・採用・復職
(2)制度活用などの助言、人材のマッチング・紹介
(3)ジョブコーチ支援、リワーク支援(各支援の体験的研修)、リハビリ出勤、ナチュラルサポート(般化)
 
4.職場定着
(3)ジョブコーチ支援、リワーク支援(各支援の体験的研修)、リハビリ出勤、ナチュラルサポート(般化)
 
(ここまで)
 
現在、Iyokiyehaが仕事の中で格闘していることについて、一定の枠組みが得られたことによって、「次の一手」を考えられるようになったり、「一般的な情報提供」はしやすくなったといえる。
3年前の論文なので、新しいものが発行されているかもしれないので、更に確認が必要であるが、現場に身をおくものとしての雑感をまとめておくと、以下の通りになる。
・事業所のニーズ段階(1)では、カウンセリング技法と同様に、担当者や「上の人(経営陣含む、担当者の上司)」、更には受け入れ現場の従業員とのラポール形成は欠かせない。各ポジションの人が、どういう考えでもってやっているのか、どういった情報やサポートを欲しているのか、ということを把握した上で、その後の支援の内容は変わってくる。
(この部分は特に人任せにしないのが重要。自ら状況把握することによって、その後の方針がぶれにくく、微調整が効く)
・啓発や研修は、受け入れ時に「環境整備」として実施されるものが、とかく主流なイメージがあるものの、事業所のニーズには「フォローアップの研修」のようなものが求められることが多い。この点は、OJTの枠内で実施することも重要ではあるが、(対象者への)個別支援と明確に切り分けて実施する研修が、事業主支援としては認知されやすく、効果的であるといえる。職場定着の段階でも「より高次な定着」を目指すためには、不可欠な要素であるといえる。
・上記2点より、個別の定着支援の「枠内で実施する事業主支援」と「枠外で実施する事業主支援」という概念は、構造化されなくても意識しておいた方が、事業所側の信頼を得やすくなると思う。そして、個別支援にあわせて、大小様々な研修の機会を併せて提案することは、思ったより効果的でニーズがあることとの実感がある。