2007年6月24日日曜日

梅田望夫『シリコンバレー精神 ――グーグルを生むビジネス風土――』筑摩書房、2006年。

 インターネットの世界の仕組みが変わりつつある昨今。その萌芽がシリコンバレーに生まれつつある1990年代後半から2000年代前半にかけて、シリコンバレーを生活の拠点に事業を展開してきた梅田氏による、シリコンバレー観察記ともいえる雑誌(『Forsight』新潮社)連載を書籍化したもの。
 この読書から私はたくさんのことを学んだ。その中でも大きな二つのことを感想文として書き残しておこうと思う。

 まず一つは「ルール」というものについて思うところである。「起業」と一言で表すと社会人として様々なイメージが浮かぶ。例えば、「時代の最先端をいく事業展開」「確実に儲かるしくみづくり」「ニッチ(隙間)産業としての位置づけ」など、ブレインストーミングをすれば20や30のイメージを書き出すことはたやすい。ただ、梅田氏が表現するシリコンバレーにおける事業経営のルールというのは、おそらくそのどれにもあてはまらないように思う。こんな記述がある。
「事業の成功・失敗はあくまでもビジネスというルールのある世界でのゲームで、それを絶対に人生に反映させないこと」
「事業とは『失敗するのが普通、成功したら凄いぞ』というある種『いい加減な』遊び感覚を心の底から持つこと。『成功するのが当たり前、失敗したら終わり』という『まじめ』発送を一掃しなければならない」
「失敗したときに『投資家や従業員や取引先といった関係者に迷惑がかかる』という考えを捨てること。皆、自己責任の原則で集まってきているのだと、自分勝手に都合よく思い込まなければならない」(以上、本書66~67ページより)。
 こういったルールを、感じ、読み取り、事業展開に反映させる経営者が、たとえ事業で失敗したとしてもシリコンバレーで生き残ることができる。梅田氏は、ビジネスの世界における「ルール」について従来のそれとシリコンバレーのそれとで比較しながら、グーグル等の突き抜けたベンチャービジネスが生まれる土壌について説明している。
 私自身の生きる世界とは違う次元の説明であることは理解した上で、敢えて私の糧とするところは、私が仕事や生活の中で出会う人や組織にそれぞれの「ルール」があり、それぞれ私の「ルール」とは多少異なりながら存在しているということである。そして、これまで軋轢を生じながら存在してきた各人、各組織も「新しいルール」の基で新たな連帯を生む可能性があるということのように思う。自らが持っている仕組みや制度といった「武器」を機能毎の「実」に落とし込み、誠実さと率直さをもって新たな「使い方」を創造する。金銭的な報酬を介さない中で、新しいものを生み出す際の考え方として「ルール」の見つめ方について感じることがあった。

 もう一つは、生きる姿勢のようなものについて感じること。「マドル・スルー muddle through」(泥の中を通り抜ける。先行きが見えない中、手探りで困難に立ち向かう」といった意味)という言葉が、あとがきに散見されるが、このことが一つ目の学びを支える上で押さえておきたい考え方だろうと思ったことである。「好きなことを仕事に」とか、「自分にとってやりがいのある仕事を」といった安易な思考ではなく、「未来を創造するための『狂気にも近い営み』」というところまで昇華して初めて、これまで想像もしなかった新しいものが生み出される。取り組んでいる時には、わけがわからないし、私自身のコントロールを超えたところで様々なことが同時並行的に動いている状況は、不安で不安で仕方がないが、その中で揉まれながらそれでも大きなビジョンの基で目の前のことに一生懸命になるのは、心身ともに消耗することである。ただ、その状況すら「もう一人の自分」は楽しむくらいでなければ、新しいものは生まれない。

 梅田氏はやはりシリコンバレーにおける起業家について記録しているのだが、私自身の生き方に反映させて考えると、こういった学びがあった。ここのところ、梅田氏の文章を読むようになったが、おそらく生きる世界は全く交わることはないと思う中にも学ぶものはある。そういったことを一つ一つ考えることが、きっと私が「好きで好きでたまらない」ことなんだと思う。そういった意味で、私が私について客観視するための助けとなった書籍である。