2009年6月7日日曜日

石川拓治著、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」製作班監『奇跡のリンゴ ――「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録――』幻冬舎、2008年。

番組を観て、ピンときた回だったのを記憶している。
「『農家』をプロフェッショナルとして取り上げる番組かぁ」と。
率直に、番組でも静かな語り口調の背景に広がる、すさまじいまでの人生の軌跡が透けて見える、迫力のある構成だった。
ただ、時間的な制約があった分「もっと知りたい」と思ったのも事実。

その行間を埋める書籍である。
一人の農家を徹底的に取材し、インタビューを重ねて書かれた渾身の一冊。

どんな職業でも、その職業を極めていく姿勢を持っている人が「プロフェッショナル」と呼ばれる人だと思っているが、木村氏はまさに「プロフェッショナル」だと思う。
誰もが実現しえないことを、大胆な仮説と妻の体質への気遣い、そして「無農薬でできる」と信じて試行錯誤を重ねることにより、苦節十年近くを経て「木村さんのリンゴ」の栽培に成功する。

「木」ばかりを見て、その木を育む「地面」を見なかった数年間。
自ら死を覚悟して入った山の中でのドングリの木との出会い。
そして、「自然な土壌」の多様性に気づいていく。
「自然との共生」というスローガンは、もう何年も何十年も使われているものだけれども、身近な自然ですら、その多様性に気づくのは困難を極める。
その「自然」の一部となって、今立っている地面の姿にひたすら降りていく生き方をしてきた木村氏の、リンゴに向き合う姿勢は「プロフェッショナル」以外の何者でもないと思う。

サン=テグジュペリの『星の王子様』にも、本当に大切なものが目には見えない、といったくだりがあるけれども、Iyokiyehaも私自身の人生を生きていて、大切なものが「見えない」ことに気づくことは多い。
なぜ、こんな単純なことに。
なぜ、こんな身近なことに。
考えれば考えるほど、複雑なものの形をゆがめて理解しようとする自分がいることに気づく。
本当に大切なことは「わからない」ことだってあっていいと思うし、人を相手にする今の仕事においては、「よくわからない」ことをわかろうとすることによって、かえって自分を窮地に追い込んでしまうこともある。
現実世界における、問いと答えの関係は、必ずしも1対1ではなく、また「問い→答え」の順序すら、覆ることもある。
言語的思考は大切だが、それにとらわれず、イメージ全体として捉えることの有用性について気づかされることのあった、学び多き一冊だった。

おすすめ度:★★★★★(仕事をしている人、していない人、みんなにおすすめ)