東武東上線は鶴瀬駅です。
写真は、自宅近所の大通り。
結構、のどかです。
SSTとは、精神保健福祉の分野の知識のある人にはピンとくるプログラムであるが、Social Skills Training(社会生活技能訓練)の略である。
先日、職場が主催する講習会で、会社で働く人を対象にSSTを紹介するという、面白い試みに立会った。
私と同じ職制の職員が実施するSSTを複数見る機会はなかなかないので、実に興味深い経験だった。
以前は、カタチばかりが強調されるプログラムのように感じていた(そういう説明を受けた)ので、あまり好きじゃなかったのだけれども、自分でやってみて、勉強を重ねてみて、今では結構好きなプログラムである。
セッションを担当するのも好きだし、楽しいし、何より「その人の中に『よい循環』を創る手伝いをする」という、自分の中でプログラムの目的に一本芯を見出せたことが大きい。
事業所の人事担当者がSSTを体験し、SST「から」学べることとして、例えば、
・褒める=いいところを見出す
・パスあり=逃げ道(フォロー)を大切に
・繰り返し練習=トライ&エラーはあたりまえ
・評価-介入-振り返り=PDCAサイクルと連動
など、別に障がいを持つ人との接し方だけでなく、部下を持つ上司として「人を育てる(訓練プログラムだから)」視点が強調されているだけのことだということを、私見として説明した。
指導方法を磨くことも大切だけれども、事業所の人事担当者や、支援者としての我々も含め、このクライアント(障がいを持つ人、事業主双方)の中に「よい循環を創る」視点は、今の業務の質を乗り越えていく一つのきっかけになると思う。
ただ、まぁ、私が意外とSST好きで、テンションが上がったためにその場で思いついた「こぎつけ」の部分が大きいわけだが、結構面白くない?
私の仕事を一言で言えば「職場適応援助」ということになる。
広くは、就労支援とか雇用支援などという言葉が一般的かつ法律用語にもなっているのだけれども、普段の仕事を振り返ってみると、職場で(対象となる人と職場)の適応を援助する、という方がしっくりとくる。
山梨勤務の最後の半年から、今の東京勤務で「ジョブコーチ事業」の担当として、ジョブコーチを派遣して実施する援助活動を担当しているわけだが、この仕事をしていると、本当に「最前線」で指揮をとる自分がいることを意識させられる。
最近の軍隊の様子はよく知らないのだが、ちょっと前の戦争映画だと「軍曹」に当たる指揮官だろうか。
一般兵を数人率いて、戦線の最前線で泥にまみれながら任務を遂行する。
なんか、東京での仕事は、見た目こそスタイリッシュに見えても、内実はこんな最前線活動のような気がするこの頃である。
会うたびに言うことがコロコロ変わる事業所の担当者と話をしてきたジョブコーチが、「Iyokiyehaさんの悪口というか、不満を言っていましたよ」なんて、うろたえて報告してきても、最近はうろたえることなく、「何て言ってたんですか?」と冷静に。
仕事を辞めたいだとか、無断欠勤とか、事業所の担当者への不満など、起こることを挙げていったらキリがない。
だからといって、感情を殺しているのではなく、あくまで冷静に。
腹の中は「何だこのやろう!」と熱くなっていても、頭は常にクールに。
何事でも最前線では、原則から外れることだって起こりうる。
状況に応じて、時には「ありえない」ことだってやらざるを得ないこともある。
そんな時に、クールでいなければならないのは、「ありえない」中でも「まずい」ことには手を出さず、出させないよう、行動と指揮を調整する必要があると思うから。
最近は、とにかく変数が多い仕事が多いので、できるだけクールに分析してその場その場の判断の精度を上げようとしているのだけれども、時に「Iyokiyehaさんの言うことは、前と違う」などと詰め寄られることもあり、なぜか内側の人間に向かって「なんだこのやろう!」と腹の中が煮えたぎることもあり、無益。
おそらく、Iyokiyehaが理想としている前線指揮官のイメージは、ものすごくストレスフルな方法で、かつ共有されていない人とは、決して相容れることがない、見る人によっては「考え方がコロコロ変わる」と思われることなんだろうと思う。
だから、所内でも語らないといけないし、グサリと突き刺さる言葉もぐっと飲み込んで指示を出す必要もあるのだろう。
「誰のために、何のために」やっている仕事なのかということを忘れたらいけないと、切に思う。
久々に、がっつりと読み応えのある、面白い本だった。
いわゆる「成功者」の成功の秘訣を、その人の能力だけでなく、その人がおかれた生活環境や、文化などの影響に注目し、豊富な事例をもって説明している。
書籍紹介などで、引き合いに出されるのは、アイスホッケーのプロ選手に1~3月生まれが多いこと。
幼い頃の一年の差は大きく、「少しだけ」優位に立った子どもが、いいポジションやレギュラーを勝ち取っていく。
その結果、スキルを磨く機会にも恵まれることになり、結果としてプロ選手への道もひらけてくる。
グラッドウェルは、こうした「機会」に注目することと、「10000時間の法則」としての、努力や取組みの重要性を合わせて主張している。
面白いのは、いわゆる「天才」と呼ばれる人たちを、「生まれつきの才能を持った、特殊な存在」として「のみ」扱うのではなく、その育った背景やブレイクスルーの機会、努力の時間など、論述可能な「見えるカタチ」で記述している点である。
一方で、IQ180の能力を持つ人の非成功例をあげ、人と関わることによって生まれる機会や、人と関わることによってのみ磨かれる力などについても言及している。
久々に読み応えのある本だが、論文とは少し違う色合いだったのも事実。
おそらく、統計手法やデータにはつっこみどころもあるのだろう(私は専門家でないので、特に気にはならないが)。
しかし、細部をつつきながら読むよりも、もっと大胆に、「天才」と一言で言ったときのラベルのパラダイムを転換する意味でも、努力の方法や成果をふりかえるためにも、参考となる一冊だと思う。
おすすめ度:★★★★★(どんな人にもおすすめです)
今、やっている業務上の仕事は、これまでの職場なら上席や主任に引き継
ぐような内容ほとんどだけれど、難易度こそ高まっていても、別に特別な
ものじゃないんだなと感じるところもある。
ニーズを把握して、その職場と人にあったサービスを「創る」。
この一点においては、優劣も難易度もなく、ただ質が求められる。〆切が
あったり、国や自治体の縛りが多いのも実感しているが、やはり業務に求
められることは変わらない。
大手小売業の専門用語やユニフォームの違いを教えてもらったり、駅の
ホームの下に降りたり、人材派遣業の実態を知るなど、好奇心が満たされ
るのは
、この仕事の役得かも。
その分、求められるスキルは明確で、多くは高度なんだけどね。
それはさておき、今年の8月は帰省しません。関係者の方々、ごめ
んなさい。
代わりという訳ではないのですが、盆も上野で勤務してます。
東京へお越しの方、東京経由で時間に余裕のある方は、是非連絡くださ
い。
可能な限り、調整させていただきます。
ディープな上野に惹かれる方、是非。
つくづく、手話は言語だと思う。
つい、日本語が基になって手話ができていると思ってしまいがちだが、そ
の実は、手話に日本語がくっ付いているだけである。
だから、手話が母語となっている人に、「メールに助詞がない。おかし
い」と言ってしまうのは少し筋違いで、その人にとってはいわば第二言語
で作文しているようなもの。英語のaとtheの使い分けできま
すか?独語の格変化を間違いなく使いこなせますか?
今日の研修会は、ろう者と健聴者のお互いの主張が、いい意味でぶつかり
あって深まっていった、良質の集まりだった。
そうならないよう、意識してフィードバックを大切にしなきゃいけないと
思う。伝えるスキルも磨かないとね。
しかし、内側に疲れるのは、何よりも腹立たしい。要らん感情と、労力
と、時間だなあ。
違和感がある、ということについて。
違和感があったとしても、何らかの結論を出して先へ進む必要というのは、仕事をしていると自然と存在する状況であることはわかる。
「違和感」というのは、論理的には説明できなくても、なんとなく、こう、第六感が働くような「?」といった感覚である。
その感覚がある中で出した結論というのは、具体的な事実や論理的な説明によって根拠づけられるものではなく、違和感が違和感でなくなる、または大きな違和感が小さくなっていく過程において、その結論に至る前提が崩れていくことを意味する。
朝令暮改。
東京での仕事もそうだし、これまでは他ならぬ自分自身が捕らわれていたことであるけれども、「朝令暮改」=「優柔不断」と捉える風潮はあるように思う。
刻一刻と変化する状況に対応するためには、朝言ったことだって、変化を掴めば夕方にそれを変えることは、優柔不断なんかではなく、よりよい方針を打ち立てるために、必要なことであると考えられる。
その意味では「とりあえずの結論」によって、新たな情報を手に入れ、状況の変化を見つつ変更を加えたり、抜本的な見直しを図ったりと、そういったいわば自分自身とのやりとりが不可欠になるのだと思う。
そもそも、こんなことを考えたのは、先日後輩君と飲んだときに「実は・・・」的な話をいくつも聞いて、Iyokiyeha自身が改めて自らの立ち居振る舞いを考えないといけないのかなと、経験を振り返って思い至ったことによる。
「かくあるべし」は、とりあえず。
違和感、は真実をつかむ鍵。
どちらも肝に銘じておきたいと思った。
豊橋で後輩にのみに連れて行ってもらった際「おすすめです」と言われて連れていってもらったお店。
雰囲気のいい店内には、料理の邪魔にならない素敵な音楽が流れ、お酒も料理も文句なしにおいしい。
お酒は、主に日本酒。誰もが知っている銘柄ではなく、(おそらく)マスターが自分の足と舌で探したものと思われる、いわゆる「渋いお酒」を次々と出してくれる。
どれも飲みやすく、どれも個性的なお酒だった(Iyokiyehaは、「おすすめ」をチョイスした時に、滅多にその銘柄を覚えません)。
料理は、そのお酒に合うものを、マスターが一手間かけてつくってくれるもの。
これらも、そのどれもが「お酒に合う」。
ベストマリアージュ、なんて表現をするらしいけれども、そのお酒に本当に合う肴が用意されている。
その手間もあってか、お値段は少しだけ張りますが、それを補って余りある満足が得られました。
Iyokiyehaは、浜松から豊橋へ行ったわけですが、片道650円が惜しくないと思えるお店でした。
白樺君、ありがとう。
DATA
〒440-0044
TEL: 0532-64-3231
URL: http://homepage2.nifty.com/nseki/
営業時間 18:00~23:00(LO)
定休日 月・水曜日
おなじみ、勝間氏の処世術シリーズ。
「断る」や「Noという」といったキーワードを核に、よりよい生き方を模索するための人付き合いのスキルを説明している。
勝間氏も、以前は「断る」ことが難しかったとのこと。
程度の差こそあれ、会社勤めをしている我々にとっては、人付き合いの中で「個人的な考え方」と「組織の論理」との間で考えることも多いかと。
「断る」と言うと、少しトーンの強い、相手の言うことを「拒否する」ことを連想してしまいがちだが、この本を読めば、「断る」ことは、すなわち「アサーティブな対応」に他ならず、相手だけでなく、自分も要求を通す「Win-Win」の関係を構築するための大切なスキルであることがわかる。
この本がベストセラーになるということが、現代を生きる社会人の人付き合いの傾向を大雑把に表しているように思う。
個人的には、「すごくためになった」とか「目からウロコが落ちた」といったほどの衝撃はなかったのだが、あたりまえのことをシンプルに、そしてひとつのスキルとして、その実践にまで踏み込んで解説している、ということに新鮮味があり、世に出回っている「人付き合いハウツー本」と一線を画している点は、ここにあると思われる。
平素、結構「断る」ことができていると自負していたけれども、本当に大切なことに取り組むために、もう少し断ってもいいかもしれない、と考えるきっかけになった一冊だった。
おすすめ度:★★★★☆