2023年12月10日日曜日

開米瑞浩『60分でわかる!暗号資産 超入門』技術評論社、2022年。

  分かったようでわからない「暗号資産」。これでよくわからないとなると、何を読めばいいのかな~。

ヨシタケシンスケ『しかもフタが無い』筑摩書房、2023年。

  この人は天才だと、以前にも他の本の紹介で書いたと思うのだけれども、やっぱり天才だ。なんというのか、「あるある」の次元が、普段表には出さないよね、というレベルで考えるようなことを、すこ~し突き破る感じ。思わずぷぷっというイラストが、これでもかこれでもかと続く。

大澤真幸『社会学史』講談社。Audiobook版。

  社会学の教科書的な通史。一つ一つのエピソードが本当に面白いんだけど、学んだことは以下の通り。

・社会学って、思想や哲学に出てくる人たちと共通の登場人物なんだな。

・対象となる、時・場所とそこに生きる人の意識を記述するのが社会学。行動や事象は具体例として論説の根拠となる。

・観察者の置かれた状況や物の見方という前提によって、記述される内容は変わってもおかしくない。

(再掲)加藤アカネ『ANAのVIP担当者に代々伝わる心を動かす魔法の話し方』サンマーク出版、2019年。

  Audiobookで聞いてみて、これはいい、と文庫版を購入。題名からクレーム対応の具体例をイメージするのだけれども、読んでみて(聴いてみて)感じたことは、思いのすれ違いの間に介入するときの技術、が詰まっている一冊であるということ。

 いわゆるクレームclaimって、苦情とか注文って訳されるけど、自分の意にそぐわないことに対してもの申す訳ですから、前提としてその人に何らかの思いがあって、それが充足しない状況がある、というのが前提ですよね。それを仲裁する、win-winにする、どちらの不満も増幅しない、円満解決のためには、その状況に飛び込んでいく必要がある。ただ、そういう状況下では、すでに張り詰めた糸を弾くような場面ですから、弾き方にはコツが要るわけです。そのコツとは、糸が切れないように相手や状況との接点を作って補強していくためのいわば技術(スキル)というわけです。

 誰にも責任を押しつけない言い方だけでなく、意味的にもお互いの間に入り込んで結びつきをつくる、あるいは入り込んだ上で穏便に離れていただくような、そんな言葉とその対応に潜む対人関係の極意で一杯な一冊です。

 IyokihehaはAudiobookで聴いた上で、書籍も読みたくなって文庫版を購入するにいたりました。どのエピソードも勉強になって、考えさせられます。要は、言葉選び+相手の立場に如何に寄り添えるか、ということかと思いました。

ジョージ・ルーカス原案、村上博基著『サバンナの探偵 ヤング・インディ・ジョーンズ13』文藝春秋、1993年。

  インディ・ジョーンズ若き日の大冒険シリーズ。率直に、このお話はテレビシリーズでも印象が薄いんだよな。多分、中学生の私にとって、アフリカという場所はあまりに魅力に乏しかったからだと思う。今回読んでみても、やっぱり他の話を比較してしまうと、史実その照らし合わせである人物の歴史が浮き彫りになったりする魅力みたいなものを捉えきれない。今回読んでみて感じたのは、共通の言葉を使っていなくても成立するコミュニケーションがあるらしいこと、住んでいる場所や人間関係、いわゆる文化、の違いによって行動は変わってくること、その違いを認めることはちょっとした工夫でありながら、他人にそれをやってもらうことは困難を極める、ということ。

金原ひとみ『蛇にピアス』集英社、Audiobook版。

  芥川賞受賞作。確か、同時に受賞した綿矢リサ『蹴りたい背中』と一緒に書店に平積みになっていたのが、もう20年くらい前になるか。学生の頃に読んだ覚えはある、が、残念ながら内容はうろ覚えだった。

成毛眞『39歳からのシン教養』PホP研究所、Audiobook版。

  確かに、今この歳になって何かを学ぼうとするときに、高校生・大学生の頃のように、基礎文献を頭から読み解いていくのは、体力的にも時間的にも精神的にもしんどい。経験や知識・経験を活かしつつ、Webとの付き合い方を工夫し、効率よく知識を習得することが、今後の自分の人生においても有益であると思えた内容だった。

柿内尚文『バナナの魅力を100文字で伝えてください ー誰でも身につく36の伝わる法則』かんき出版、Audiobook版。

  自分にとってのバナナとはなんなのか。

 外部力、フリとオチ、脳内チューニング、3つのグッド、セルフ問答

田丸雅智『10分間のおもちゃ箱』オトバンク(オリジナル)、Audiobook版。

  子ども向けの童話はこれでいい。不思議なことが起こるけどそれでいい。ちょっとくすりと笑えたらとてもいい。

 佐久間レイさんや小林よしひささんの朗読で、ちょっと不思議な童話が楽しめます。

末永幸歩『「自分だけの答え」が見つかる13歳からのアート思考』ダイヤモンド社、2020年。(Audiobook版2021年。)

  アートArtとは、世の中に対する問いにを自分なりに答えたもの、といった定義(考える素材。きちんと書き起こしていないが、そういったこと。写真のようにうまい絵=アート、ではない)づけをし、いわゆる名画を具体例に、アートの視点というものを鍛える一冊。このAudiobookを聴いて、ようやく芸術作品の楽しみ方を感じられるようになった気がする。私のように「美術って結局何よ?」とか思っている人にとっては、大人になってから学ぶ、芸術のパラダイム転換を感じられる一冊。これは、きちんと読んでおきたい本です。

サボっていました。最近思ったこと。(7月末~11月末)

 ■231130 Voicyフェスと激務

 あっという間に11月も末日になってしまった。これまでの職場のルールを飛び越えて降りかかってくる仕事の数々と、心ないご意見や主張に打たれながらも、なんとか二つのチームを率いて現状維持はできたのだと思う。その代わりとは言い切れないが、私の身体は黄信号で、ややガタがきてしまっているのだと思う。ちょっと疲れた。

 それでも、毎日のラジオ体操、木剣素振り、ちょっとウォーキングを続けられたことは、自分にとって一つ自信にもなる。一日寝込んだだけで何とか回復できたのは、そこそこの体力がついているからかな。やっぱり睡眠と運動は大事。頭を使うことも当然大事なんだけど、それよりも動くこと、休むことってやっぱり大事なのだと、振り返って思うに至る。

 で、頭よりも身体、という発想は、Voicyフェスの対談で聴いた何人かの人、それもエクセサイズ系の活動をされている方も語られていた。それも強い裏付けになる。多分エビデンスレベルでも運動の有用性は証明されているのだろうが、実感レベルでそれを感じ取っている身としては、誰がなんと言おうと、という気持ちもある。これに加えて、頭では寛容と覚悟。このあたりがVoicyフェスからの学びだろう。身体を鍛えるというと、少し大げさなんだけど、ルーチンになっている運動と頭を常に柔らかくしておくこと、柔軟に考えて、寛容の気持ちで人と接する。行動を起こす時、それが自分にとって大切なことであればあるほど、何かを手放す覚悟が必要となる。こういう一つ一つの「自分のやっているいいこと」の積み重ねが自信につながっていく。だから続けること、しつこさ、頑固さも必要だろう。

 残業が45時間を超えている、ろくでもない月だけれども、自分にとっての最低限、積み重ねを更に重ねる行動に、自分は救われたのだと思う。


■231031 首長選挙

 ご縁のある街で、行政の長が交代することになった。詳細は省くこととして、現時点での私の評価は「新市長が当選するべくして当選した『のではなく』、前市長が落選した『だけ』」の選挙であったということ。選挙戦の構図だけみたら、4年前のそれと全く変わらないものだったというだけだというのが、私見である。

 旋回の選挙は、維新よりの無所属候補が落下傘で出馬したようなもので、率直に「うーん、別に」というものだった。他にめぼしい候補者もおらず「なら、現状維持」という結果だったとするのが大方の評価だろう。今回は、新人候補が協力なブレーンを得て若年層の支持を得た、なんてあちこちで報道されているが、なんのことはない、YouTubeでの宣伝が効く層に「なんとなく新しいことを考えているような」宣伝をしかけて、それによって動いた層が新人候補に投票した、ということ。そして、前の市長は自分に寄せられた批判を実績に読み替えて宣伝し続けてとうとう呆れられた、というだけ。私は市民として両候補の公約を見比べていたけれども「どっちもどっち」という判断をした。4年前と同じである。

 案の定、なにやらいろいろ主張して、迅速な実績を宣言したいのだろうけど、行政のしくみを飛び越えてやろうとすることは、どこかにしわ寄せがくるんです。生活者の視点とは言うけれども、ルールは守らないといけませんね。結局、そういうことに落ち着きます。要は「変革」なんていっても、結局人の欲を増幅したものであるならば、看板をすげ替えただけの、本質的には何も変わらない変化に一喜一憂するだけなのだよ、ということ。さぁ、裸の王様は、だ~れだ?


■Voicyフェス'23 231025

 自分にとって、心地よい対話。リラックスして、楽しく。これこそがいい時間だ。

 人が何かを感じとって気づきを得た時の表情や声色、そういうものって他人にとって本当に栄養になりうることだと思う。自分の置き場、既知のことが何かと結びついて新しい気づきを得たとき、言葉としてはシンプルだけど、その人の中で何か化学反応が起きているかのような変化、ゆらぎ、躍動、動き、なんだろう、それこそ今日テーマになっていた「オーラ」とか波動、そういう言葉でかすっているかもしれないがすべてを表現できない総体。いろんな感動があって、ふるえるような感覚を覚えるのだけれども、それって結局生身の人間が関わり合って初めて成り立つ何かだと思う。


■たぶんコロナ、でも熱は出ない。 231023

 先週末から、喉の違和感はある。変な頭痛もある。でも発熱しない。悩ましいものである。多分、コロナか変な風邪にかかったか。ただ、微妙な症状なので、通常生活を継続する。人がいるところに行くときには必ずマスク、不必要な接触は避ける、という程度。やっぱり悩ましい。

 このクソ忙しい時に、である。白状すると、今週は勤務はほぼ半日にして、家のこと、とあるオンラインFESに時間を使おうとしている。来週から超繁忙に入るというのに、である。ただ、順番から言えばFESの方が早くから予定が入っていたので、仕方がない。仕事はあくまで兼務先のことだ。いやぁ、もうここまで来ると、こっから発熱したら、FESに時間を全部使えるというメリットもあるので、あとは成り行きに。身体がしんどいのは嫌なので、感染防止対策はきちんととるわけだけど。


■コロナ再来 231008

 困ったものである。カミさんが先日から咳をしていると思ったら、急に発熱して、あれよあれよと新型コロナウイルス感染症陽性、の診断を受けてきた。本人は「どこでもらったか、見当もつかない」と言っているが、私に言わせればそんなことはない。学校行事とはいえ、人混みで声を出すこともあっただろうに。

 世の中の感染対策が、結局触れたところの消毒、マスク着用、に留まってしまっているのがちょっと気になる。まずはワクチン接種、隔離、換気、結局以前やっていたことと核は変わらないのだけれども、安心感のためにちょっとだけ動いてみる、みたいな発想に落ち着いてしまっている。「しょうがないよね」といって、結果ウイルスを散らしてしまう行動になってしまうのは、うまく感染対策がとれないこどもたちにとっては本来脅威である。ただ、こどもはこどもで、どこの情報か知らないけど「コロナはもう弱まっているんだよね」と言ってくる。情報源って大事。

 制限が増えてくると、なんかイライラして人にあたってしまうことはあるのだけれども、それってなんの本質でもなく、結局は「余計なこと」。お互いを尊重する、という基本的なことはきちんと意識しておこう。


■次女の運動会 230930

 次女(小4)の運動会を観に行く。長女(中3)の頃とは異なり、午前中・弁当なしという形式がすっかり定着した小学校の運動会。ノスタルジックに「昔はよかった」というつもりはなく、寂しさというものとは少し違うが、時代の移り変わりを感じるものである。とはいえ、子どもの健康や、保護者の負担なんかを考慮すると、このくらいで実施することにはメリットも多いように思う。単に「合理化をはかった」というだけでは、この変化を読み解くことは難しいと思う。

 それにしても、場所取りの整理や保護者受付の廃止、運動会中のパトロールの廃止など、私が提案しても「これまで、そうでしたから!」と押し切られていたいくつかのことについて、ゼロベースの発想で改善(つまり、廃止されたってこと)されていることを、現PTA会長から伺う。自分は二代前の会長だったから、次の次になってようやく花開いた(廃止できた)と言えるだろう。みんなの負担が軽くなって、アウトプットが変わらないなら、Just Do it !でどんどん試してみたらいい。前例踏襲は、不可避のことにのみ適用されるべき、頭は使わないと考えなくなる。


■もうなんか、やれることをやるしかない 230927

 結局兼務体制は続いており、今年度の整理と元職復帰はほぼ難しい状況になった。私としても覚悟を決めて腹を括ったところもあるので、まぁ今年度は走りきろうと思う。次は決算、そして補正予算と来年度申請が一度にきて、もう一度議会、年末。年が明けたら来年度予算で、最後に入園結果が出て支払い地獄に突入、そのあたりで兼務は解けるけど、私のポジションも決まってくる、という不安定要素がずっと続くわけで。とにかく身を守る行動を第一にと考えている。この状況下で不意打ちを仕掛けてきた○○さんとは距離をとっているので基本的には関わらず。こんなくだらないことに付き合っているヒマはない。体調不良者がちょくちょく出てきていて(やむをえないケースとやむをえないケース。前者は精神的なものと連動しているのでしばらく続くかも、後者は若い子が身体的な不調をこじらせている)、なんとも「神は試練を与えたもう」みたいな状況。切り抜けるしかないよね。

 ある筋から「●●さんのことを、誰も話題にも気にもしないのが不自然」みたいなことも言われるのだけれども、私が係兼務するようになった原因を掘り返すのも、どんな形であれ故人を話題に出すことも、私には利があるとは思えないので、とにかく「前を向け」の雰囲気を作っている立場としてはいかんともしがたい。

 せめてもの救いは、兼務先の人間関係が一部不穏な中、一部前向きに動き出しているかのように見えること。こじれているところの改善はなくとも、維持や上書きできるなら、他の改善でもってフォローできると思う。とにかく「前を向け」だ。

 異動してきて、そのまま係長職っていうのは、オペレーションがわからないというビハインドがあるんだよね。頭のいい人なら、説明を聞いて流れが分かるって人もいるんだろうけど、私は鈍で勘も鈍いので、わからんわからんで聞きまくるしかない。それを頼りないと言われるならしょうがないけど、文句言うならお前がやれって感じで。幸い、チームの中には(注。先日の刺してくる人は「チーム外」カウントです)そういう文句はなく、役割分担の中でうまく使ってくれている。これはありがたい。

 今年度の今後を上述できて、「あぁやっぱり」と思えたので、改めて無理せずにやっていこうと思う。こんなことをメモできたのも、半年ぶりくらいに「半日サボり」ができたからであって、こういう時間は月に1回くらいはとらないといかんな、と思ったところでした。びっくりしたのが、今年年休の残りが「36日」とか表示されていたこと。もっと休まなきゃ・笑。元後輩から「アルコール入れましたか?」と質問があったけど、バレるからやらない。でも、いずれそれもいいかも、と思ったよ。


■はたらきアリの法則なのか・・・ 230909

 専門職にも●●がいる。

 海外の報告をキュレーション番組で聴いたのだけれども、研究の手法を使って「コロナ禍で、デマを流した医者情報」が報告されたようです。聞くところによると、コロナ禍の中で、いわゆるエビデンスに基づかない情報、例えば、薬品情報や陰謀論やワクチンに過度な批判を加えた情報などを発信した人の中から、医師免許を持つ人の情報が集計されたそうです。それによると、医師免許を取得した学校、所属学会、活動、発信ソースなど、様々なことが見えてきたとのことでした。デマ情報を発信した医師の内大半が何らかの活動に参加しているとか、発信ソースは旧Twitterが多いとか、そのフォロワー数は中央値で60,000人程度とか、そんなことが浮き彫りになったようです。

 いわゆる社会的地位の高い人が高貴な人かというと、そうでもない、ということは経験則でも分かっていることなんだけど、こんな話を聞きながら、「自分がどんな人を信用するのか」ということを考えてみた。

 やっぱり「自分で考えたことに基づいて、話ができる人、行動ができる人」なんだろうなと思い至る。社会的な役割に対するプライドの有無っていうのも当てはまるのだけれども、それだけじゃなくて、プライド云々以前の個人対個人であっても、その言動が浮いていないか、自分がどこまで分かっていてそのことについてどう考えているかっていうことが、自分の言葉として語れるかどうか、なんだろうなと思うところ。かくいう自分も実際にはどう思われているのかな、と少し気になるのだけれども、他人は他人、自分は自分。そうありたい自分でありたいと思うこの頃です。


■状況は身体を通じて発せられる 230830

 ここのところ、残業が続いている。何か特定の突発的業務というよりは、本来業務がずれこんで、日常やるべきことが時間外になってしまっている感じである。これはよくない。時間外の原因が分析できていないことになる。


■認められること 230827

 合気道で昇級して、帯の色が変わった(白→茶)。大人になると、免状をもらったり、対外的に自分の進み具合を認めてもらう機会なんかはほとんどなくなってしまうので、ちょっとうれしい。いや、大変うれしい。気分も変わるものだ。

隅落としからの受け身

両手持ち四方投げ(一)(二)


■仕事で改めて大切にしたい stand の感覚 230826

 ことごとく、自分の感覚がずれているような気がしている。今の職場では、施設への金銭面の給付・補助の担当と、施設利用の調整の担当をとりまとめる立場なのだけれども、このうち後者について、自分の感覚と業務の思想との間にずれを感じる。最近は少し困っているのと、判断がブレそうで踏み込みが甘くなっているように思う。改めて、後輩達の支えがあって仕事が(とりあえず)できているという感覚がある。

 困っている人がいたら、きちんと支えてあげるという、公務労働の現場で自分が大切にしてきたことが、公平性原則に基づくしくみを前に、ことごとく跳ね返されてしまう。「Iyokiyehaさんが言うことはわかるんだけど、ちょっと違うんだよね」ここんところ、立て続けに同質のコメントが続いており、少し凹んでいる。(そこへ、背中から刺してくる人が見つかったので、精神的にも凹んでいる)困ったものである。

 お金の取り扱いについても、1年以上かけて、ようやくチューニングができてきたように思うので、まぁこちらもそのうち慣れてくるのかもしれないんだけど、それでも1年経っても同じことで悩んでいたら、多分「向いていない」のだろう。この点、その片鱗が怖いと思うのが、通常業務の感覚がいつまでたってもズレズレ感があることだ。「こんな感じだよね」と思うことが、ことごとくはずれと言われると、さすがに不安になる。でも、ここは踏みとどまって謙虚に学ばないとな、と思う。standである。


■本に触れると本が読みたくなる 230822

 モチベーションが下がりつつあるので、休みをとってリセット。いまいちな課題が2つ3つあると、折に触れて思考に浮上してくるので、どうにも頭は休まらない。なるべく長い時間昼寝して、早寝をすることにする。

 妻と次女が、次女の友達と遊びに行くというので、塾に行った長女と部活が休みになってなんとなく家にいる長男とを放っておいて、自室の片付けをする。といっても本を整理して終わってしまう。読み終わった本を下取りに出すものと、スキャン依頼するものとに分けるのだけれども、どうにも下取りに出すのは気がひける。別に誰が損するとかいう話ではない。 でも整理にために本に触れていると、どうにも本が読みたくなる。理由は分からないけど、感覚的なものだろう。活字にまた触れていくとしよう。


■言い方 230822

 結局、言い方なんだよね。昨日の続き。

 ボスになりたい人は、勝手にやってくれればよろしい。構成員だけでなく、その場全体を鑑みた時に、全体の利になるようであれば、シンパを組織して既存勢力を引きずりおろしたらいい。ただ、ほとんどの場合はそうじゃないよね。自分の周辺、自分の守備範囲が、より楽になればいい、という部分最適を狙うために発言権を強めていくやり方が、お山の女将、大将なわけで。

 これもね、中身あってもなくても、全体的に支障がでない言い方っていうのがあるんだよね。要は、お山の女将・大将になりたくても、なりたくなくても、言い方一つでその場の気の流れはなめらかになる。たとえ、それが既存勢力を叩き潰したり追放するようなことであったとしても、言い方を気をつけたら、穏やかに退場願うこともできる。一番軋轢がない方法ではないか?


■お山の女将 230821

 多分に男性目線であることをお許しいただき、筆を進めたい。世の中の人間を二分すると、「ボスになりたがる人」と「ボス関係ない人」に大別されるのだと思う。自分はどちらかというと後者だと思う。ただ、思い切り自分の身の回りのことだけ考えると、ひょっとしたら前者が目立たないけどいるかもしれない。

 口では「このままでいい」と言いつつ、我をはる人もいれば、逆に「上昇志向」とかいいつつも、周りを立てて昼行灯を演じている人もいる。私の理想は昼行灯なんだけどね、実力が伴わないから仕方がない。

 で、前者の件である。前者でかつリーダーシップに長けている人というのは、いわゆる世に認められる人だから、あとは実力次第で周囲がついていくかどうか、ということになる。問題なのは、前者かつ(そこそこ)作業ができるかつリーダーシップがない、というパターン。独りよがりか、言いたいことしか言わない方が多い。より面倒なのが、そこそこ動けて、気の弱い人を巻き込んで、局地的に完全にボス化していて、言いたいことを適当に言っているだけの人。要求が強い人とか、提案が多い人とまとめられることが多いが、平たく言えば「口のきき方が分かっていない、偉そうな人」という(暗黙の)評価を受ける人のほうが多い印象がある。余計なこと言わなきゃいいのに。言葉の端々に「あなたには分からないでしょ?私はこの場所のことは一番よく知ってるんだから!」となぜかアピール(なのか?)してくる。反省なんか一片もなく、滑稽だったり、憐れんでみたり。ともかく関わりたくない。


■夏祭り 230820

 今日は、朝起きたときに「イヤだな」と感じて起きるのをためらってしまった。理由は明らかで、多分職場のストレスが大きくなっているのだろう。言われていることが、全くお門違いなことである、ということは理屈ではわかっているけれども、感情レベルでは気味の悪さと怒りの感情が収まらない。折に触れて意識に上がってくるのが、何とも都合が悪い。とはいえ、何かしらの落としどころが要るのだろう。

 町内会による夏祭りが開催された。4年ぶりか。所沢市に引っ越してきてから、ほぼ毎年顔を出していたが、コロナが明けて、次女のために引率。コロナ前の最後の開催時は、確か次女連れてクレープを買ったんだっけ。長女はお友達と、長男は勝手に買い食いしていたっけ。懐かしいな。

 とはいえ、この人混みはさすがに気疲れしてしまう。元々祭りを含んだ人混みって嫌いだから、正直なところ今日だって合気道のお稽古に行けばよかったんだけど、なんとなく会場へ足を運んでしまう。ウチの子を含め、こども達が楽しんでいるのを眺めているのは、なんとなくいい気分になる。そういうものなんだよな。


■ビールのうまさ 230819

 何年かぶりに、ビールをゴクゴク飲んでしまった。その勢いでpomeraに向かっている。朝から汗を何度もかいて、夕方に庭掃除をして一気に汗を出した後の、夕食とビール。たまらん。

 炭酸と苦味を冷たくした液体で体内に流し込む。のどごしとか言われるけど、普段はおいしいと思えない苦味とアルコール臭が、ここまで疲れてミネラルと水分が枯渇している身体に流し込まれる時に、喉から胃にかけて快刺激が通り過ぎていく。これだな、快刺激が体内を通り過ぎる、というのがビールのよさなのだろう。


■無風・凪 230818

 ということで、宿題を淡々とこなす。そうそう、返信にはお礼も忘れずに。余計なことは一切残さない。

 っていうか、そんなことをやっている暇は本当はない。本件、理想的なのは、感情を含めてすべてが自分のサブチャンネルに収まっていくこと。あわよくば、自分のパーキングエリアみたいなところに入ってしまうことなのだろう。物事の本質に「何も」当てはまっていないし、ムダなだけ。自分のリソースをほんの少しでも使うのがもったいない。


■宣戦布告 230816

 半日考えても、やっぱりおかしなこと、不可解なことなので、ここに記しておく。

 「大人ではない」が現時点の到達点である。質問攻めにされる、厳しい意見を伝えられる、怒られる。正直、意味と理由が理解できない。百歩譲って、私に何か気にくわないことがあるのなら、それをきちんと指摘するのが大人の態度だろう。「何のつもりですか?」「何をしたいんですか?」「何も話すことはありません」、1on1を打診して、自分で時間と場所を確保した上で、開口一番がこんなじゃ、びっくりするとかそういうレベルではなくて、開いた口が塞がらない「不可解」である。呆れてしまい、その場を取り繕う気にもならず、聴くべきことを聞かずに、少し確認をしてクローズ。勝ち負け云々ではなく、不可解、が正しい。久々に、チームに必要ない、と思える人と出会った感じだ。


■話し合い 230814

 組織としてはいろいろやり方があるのだろうけれども、局地戦、特に足下をよく見たときに「これしかないよな」と決まってくることがある。今年度の自分の身の置き方がそんな感じ。意外とこういう時の判断って、感情で決まってくるんだよね。「自分にとって」どうかというよりも、自分の基で仕事をしてくれる後輩達のためにどうか、チームのモメンタムが保たれるのはどんな方法か、みんなにとって「心地よい」環境ってどういうところなの?そんなことが、結局最後の一押しをするから、多分理屈には合わない判断をしてしまうのだろう。でも、決めたなら、進みながら必要な修正を加えていくしかないよね。


■合気道メモ 230813

 一ヵ条ドリル

・膝行から正面打ち、座り技一ヵ条抑え

 トレーニングを兼ねる。膝行法から正面打ちを合わせて、仕手が一ヵ条抑え。

・綾手持ちからの、片手持ち一ヵ条抑え(一)(二)

 (一)は肘を返すことができれば、極めやすい。力技になってしまうことも。

 (二)は相手が動かない時に、後ろの足を出しながら回転法で崩す。出した後ろ足に軸が移るので、姿勢を保つ。 

・掛かり稽古 綾手持ちから一ヵ条(一)(二)の選択。

・肘持ち・肘抑え

 一ヵ条が崩れた時、肘肩返しても相手が崩れない時に、受けの肘を狙いつつ肩を極める。


■筋を通すこと、我を通すこと 230801

 ここのところの職場への問い合わせの内容を聞いていると、「困ったから助けて」ではなく「思いとおりにならないから、なんとかしろよ」という主訴が多いように思う。どこまでも自分の責任ではなく、「ルールが自分に合わないからお前らが悪い」という屁理屈のようだ。論理的に、とか言いながらも、結局のところ屁理屈に屁理屈が重なっているだけで、結局自分本位の延長線上で空中戦をしているに過ぎない。それでいて、話が混み合ってくると考えるのが面倒なのか「訴える」だの「報道関係者に知り合いがいる」だの。勝手にせいと言いたくなるのをぐっとこらえる。大体「上を出せ」と言われても、結論が変わらないことは、上が出ても結論は変わらない、という基本的なことも分からない人たちに使う時間は無駄でしかない。

 物事の道理が分からない人に、筋を通すだのうんぬん言われる筋合いはないんだ。


■昇級審査2 230731

 審査の様子を、先生方がビデオに撮ってアップしてくれた。不思議なもので、自分のボディイメージよりも動けているように見える技の挙動と、逆に自分のボディイメージよりも崩れている自分の姿勢が目についた。面白い。

 構えや基本動作は、ある程度身についていると思っていたのけれども、審査の中程、ちょうど疲れてきた時に、構えがほぼ直立に近くなってしまう、姿勢を低くするところで低くなりきれていないことを客観的に理解できた。基本動作の他、構えなんかは全然気にしていないことだっただけに、この崩れ方は課題になる。


■昇級審査1 230730

 ここ1ヶ月ほど、頭の中を2割ほど占有していた合気道の昇級審査を受けてきました。今までの昇級審査は既定項目だけだったので、要はテストの内容が決まっていてそれをきちんと練習してこなしていけばいいものでした。今回も基本的には同じ形式なんですが、3級審査からは「指定技」なる総計30近い技の中から、その時に言われた技を表現するものが3本あって、それを覚えるのに必死な一ヶ月だったわけです。結局は以前に購入したDVDを観ながら、朝のルーチンの中に技の確認を入れ込んで、今日は四方投げ、明日は一ヵ条、みたいにできることを確認しつつ、わからないことを浮き彫りにして再度調べる、DVDで確認する、みたいなことをブツブツいいながら、ああでもない、こうでもないと身体を動かしてみることを続けて、ようやくできた感じはするのだけれども、三歩進んで二歩下がる、みたいな。


■帰省 230723-25

 今年の夏の浜松帰省は2泊3日。長女・長男が中学生になり、夏期講習やら部活やら。私の見え方としては、優先順位がわからないのでせっかく帰省するなら、もう少し長くてもいいと思うのだけれども、とはいえ短期間には短期間のメリットもある。

 私の実家は、父親が80歳を超えていて、とはいえ父親は元気なのだけれども母親の認知機能の低下が激しく、新しい記憶の書き込みが随分弱くなっている。私が帰省する直前にも食卓に並ばなかった煮物が朝食に出され、父親から「これは食べるなよ」と耳打ちされたり、記憶し損ねたことを父親が激しく指摘する場面にも出くわし、最終日には「みんなでご飯でも食べて」と母親からの小遣いが三回繰り返されるとか。一方、そういう母親はデイサービスを利用することになり、日中の家事・特に昼食を自炊するようになったオーバー80の父親は、随分愚痴っぽく、話が長くなっている。二世帯で同居する姉二人も、悪態つきながらもフォローしているような話もあり、突発的な変化だらけの生活なのだろうなと察する。余談だが、実家のエアコンが一新されていたところに、父親の財力の底力をみた。

 3時間ほど、一人の時間があったので、駅前に用事を済ませようと繰り出したものの、某金融機関のATMすらなくなってしまい、通帳記帳ができなくなってしまった。ついでに地元の神社にお参りし、ここのところの不運を一新しようとお札を購入した。ただ、友人にうなぎを送るような時間はなく、今回はおみやげなし、ということで。


■結局は自分次第 230720

 気にくわないことを、いちいち書き留めておくと、なんとなくそのデータが悪口増幅装置になってしまっているような気がしていた。が、自分のストレス発散、浄化だと思って時々そういうことをやっていたけれども、そういうことも「いい話」「改善話」に編集・変換して発信し続ける、といったことをやっている人のインタビューを聞いて、それでいいんだ、と思うことができた。すとんと腑に落ちた。

 最近、暗いニュース、なんとなく悪いように聞こえるニュース、ひどいニュースばかりで、情報源をどうしたものかと思ってきた。事実を表現すればそういう書き方になるけれども、事実を表現しようとすればするほど、「自分の見え方」から物事を表現してしまうことになる。人間には矛盾がたくさんあるけれども。

 いや、多分話はシンプルだ。自分にとって腑に落ちないことや、テンションが下がること、嫌な気持ちになるものも、つい悪口を言いたくなる経験とか、そういうことがあっても、それに自分がどう向き合ったか、どういう行動をとったらどうなったか、工夫したらマシになったのか、など、いい話や視点の変更が効かなかったとしても、自分の行動や感情に焦点をあてて「マシ」な方法を記録していくことには、とても意味があると思う。


■前向き仕事 230718

 先手をとって、新規事業を提案する。忙しくなるけど、テンションはあがる。


■詰問 230718

 何がきっかけなのか、延々と詰問される。「どう思ってるの?」は質問ではなく問い詰めるワードでしかない。反発せず、安易に同意せず。受けきらないといけない。多少感情は動くけれども、平常心の枠内に収めるしかない。


■三連休 230717

 買い物、トランポリン、買い物。土曜日は豚汁と切り干し大根、魚を焼く。日曜日は子どもらを連れてトランポリンへ行った。月曜日は買い物に行って、マカロニサラダを多めに作る。結局、3日間とも夜は飲酒をしたため、普段よりも眠くなるのが早い。録画したドラマvivantをカミさんと観て、床に就く。


2023年7月17日月曜日

最近思ったこと

 ■体術のイメージトレーニング 230717

 合気道のお稽古を再開して、大体半年。月末に昇級審査を受けることにして、お稽古を重ねてきたところだが、今週(昨日)は道場がお休み、来週は私が帰省するために欠席、で、月末が審査である。困ったことに本番まで合わせるタイミングがないため、次善の策、DVDを観てイメージトレーニングすることを繰り返している。多少は上達するのだろうか?疑問はあるけれども、前進し続けるしかない。今回の審査は、私のためではあるのだけれども、仕手・受けを組むパートナーさんの審査も兼ねているので、いい加減なことはできない。攻めて技の名前と動作は一致させておかないとな。


■休息 230715

 ここのところ、本当にめまぐるしくいろいろなことが並行して動いているため、週末になるとほっとする。とはいえ、朝からジョギングに出るので、心地よい疲れで脱力していくのだけれども。でも、この思考の空白が、なによりも休息になるようにも思う。いろんなことをオーバースペックで考え続け、動き続ける状態よりも、頭の回転が鈍って特に並行思考をする必要もなく、やることがはっきりしているスケジュールで動く、というのは、判断がない分頭が楽になる。頭が楽になると、身体も楽になる。おそらくそういう関係だ。

 積極的に何もやらない=休み、というわけではなく、予定通りに動く安心感というのも、頭にとってはいい休息になるのだと思った一日だった。昼間にカミさんと買い物に出て、夕食当番だったわけだけれども。


■前向き仕事 230713

 何というか、自分の意志ではない何らかの力で動き出すことがある。とはいえ、それらが「やらされ」感の有無というのは大きい。細かいことはさておいても、自分が後回しにしようと思っていたことが、管理職の一言で随分変わってくる。「これはやった方がいい」「やろう」というように決まったことは、疲れていても「いっちょやってやっか!」と思えるようになる。


■人間ドック-Complete physical 230712

 こんな忙しい時期とは予測もできず、人間ドックの日を迎える。昨晩はもっと早く帰る予定だったのに、食事制限ギリギリに帰宅することになる。今日は朝から猛暑日で、会場にたどり着くまでに汗びっしょりになる。これは運動カウントされてしまうのか?

 体重が若干減少傾向、それに伴い腹囲も減少。39歳の時に発覚したポリープのあたりは結果待ち。視力は低下しているみたい。血圧は低め維持。どうやら、午前中最後の受付だったようで、スタッフさんがみんな優しかったというおまけ付き。バリウム検査は技師さんが気さくに指示を出す、心電図も「冷たいですよ~、もっと冷たいですよ~、ひやっとしますよ~、とびあがりますよ~」と場を和らげてくれる。技師さんがちょっときれいな感じでドキドキしてしまったエコー検査では、心地よい指示出しに思わず寝てしまう。

 いつも、なんとなく検便から採血など、嫌なイメージがつきまとう人間ドックだけど、まぁ非日常を楽しむと思えば、それもまた楽しみだと。これも経験、こころの持ちようか、と思った次第でした。


■人をけなすこと、煽ること、それが当たり前になること 230711

 何か楽しげに話をしている人たちの、話題が聞こえてきて急に冷めるということがある。ゲラゲラと笑っているけれども、話題は目の前にいる人を少しずつけなして笑っていたり、その場にいない人の言動をネタにバカ笑いをしたり、それを煽って大げさにしたり、同じ話を何度もしたりと、そういうことに気づいてしまうと、途端にさめてしまう。私の場合は、そっとその場から距離をとるようにしている。


2023年7月9日日曜日

最近思うこと 230709まで

 ■以前お世話になったのは、20年前! 230709

 先日、息子が中学校の自然体験活動に行った。宿泊訓練というやつですね。まぁ、反抗期真っ盛りの声変わりもはじまり、正直すでにあまりかわいくない息子ですが、年月は経って大きくなったものだとなんとなく感慨にふけっていた時の出来事。

 「どうだった?」みたいな話を聞いたときに、「しおり」を見せてもらい、1日目のプラグラムに「チームビルディング ホールアース」なんて書いてあって、ピンと。何をしたのか聞いたところ、いわゆるアイスブレイクとチーム活動で、あぁ、なるほどと。私が学生時代に取り組んで、まとめて、今でも折りに触れて意識している体験活動サイクルなんかにも通じる内容だったわけで。その実施が「ホールアース」で、場所が山梨県、なんていったら、私が以前大変お世話になったホールアース自然学校か、清里か大学校くらいなわけで。

 さっそく、今の代表(当時の代表の奥さん)に連絡をとってみたのだけれども、そのメールを作成していて「20年!」と思ったわけです。若い頃って、つい最近みたいな感覚だったのにね。大学へ行っても、将来何をやってみるのか踏み出せず、なんとなく大学院へ進んだものの、就職活動と継続していた課外活動とで、研究に舵を切るわけでもなく、要領の悪さも手伝って、なんかいろんなことが中途半端だった頃に、刺激と仲間と新鮮な体験を求めて通っていたのが、ホールアース自然学校でした。確か21歳~23歳くらいまで、バイクで通っていたのを思い出すと、なんだか20年という年月があっという間に感じる瞬間もあり、不思議な感覚です。当時は、将来地方公務員になっていて、子どもが3人もいる、なんてイメージもありませんでしたし、野外活動のトレーニングを受けていた頃は、障害者支援の専門職として腕を磨いている自分のイメージなんか、これっぽっちもなかったですからね。人生って不思議なものです。何がきっかけになるかなんて、過ぎ去ってから物語にしたときにようやく感じられることもある、くらいのことで、ほとんどの場合は「よくわからない」んだよね、まして「今が人生の転機だ!」なんて瞬間を感じられる人って、それこそコーリングとか啓示とか、神様とかそういう領域であって、そんなものがなくても人生は変わっていくし、進んでいくのだと、改めて感じた出来事でした。

 要は、何がきっかけになって、何が自分に影響するかなんて、後にならないとわからないものだということ。なら、何でもきっかけになりうるし、何でも自分に影響するって思っていた方が気が楽だよね。エネルギーが枯れない程度に、いろんなことを感じて、いろんな体験をしたいものだと、20年ぶりに意識して改めて感じた出来事でした。また、行けるといいな、柚野の里。


ホールアース自然学校 https://wens.gr.jp/


■切り抜けた感 230707

 金曜日は、終われば明日は休み、という緊張感の緩みが出る。


■頭が何も受け付けなくなる状態 230706

 十中八九寝不足なのだろう。昼食後は動けなくなる、やはり、眠い。早く寝よう。


■中学生男子のスマホ 230705

 長男(中学1年生)のテストの結果が悪く、カミさん曰く「約束通り、スマホはリビングで使うことにするから、今すぐ持ってきなさい」とのこと。持ってくるわけがない。数分して「あなたが言ってきて」。まぁ、それなりに注意をして「今すぐ出すか、10分以内に持ってくるか」選ばせたら後者。15分後、持ってこず。想定内。部屋に行くと、廊下にスマホをうち捨て寝ている。まぁ、二言言って退散。スマホを見たカミさんが「パスワードかけやがって」と行ってしまう。口論。あちゃ~。

 ナメた態度をとっているのも、陰でコソコソやっているのも知っているけど、逐一言わないのが親の務めくらいに思っている私の行動は、カミさんには気にくわないらしい。とはいえ「パスワード外しなさい」「わすれた」の問答に意味があるとも思えず。自分なら、目の前で工場出荷前初期化をかけるか、解約するかな、と思っているが、カミさんはそこまでにはしない模様。まぁ、母親のあり方と私の考え方は違ってもしょうがない。

 愚息の言動を見ていて思うのが、小学生からの友達とゲームのガチャのことで盛り上がること、クラスメイトの女の子にどーでもいいちょっかいを出すこと、下ネタで盛り上がること、エロ動画をみること、テレビを見ること、動画サイトを見ること、踊ること、騒ぐこと、くらいは、全部大体並列なんだな、ということ。カミさんはそこに優劣つけたがるけど、自分の経験を踏まえると、大体これくらいは同じなんだろうなと思う。いや、今の自分はあるていど線引きしているけどね。だから、多分何言っても空回りにはなるだろうし、こちらが伝えたいことも曲解するし、そもそも聞いていないし。それでも言い続けることは大事だけど、そこに過度な期待はしてはいけない、裏切り必至、なんだろうな、と思う。

 人によっては、こういう態度も「無関心過ぎる」とか言うのだろうけど、そんなのは関係ない。愛情の持ち方も人それぞれ。私は、どんなに愛想を尽かしても、多分見捨てることはないだろうな、と自信のない確信はある。


■7月4日 230704

 アメリカでは独立記念日らしい。クリスマスと並ぶイベントウィークとかラジオで言っていた。そういうものなのか。

 最近は天気が悪い日が続く。梅雨の時期特有の気圧・天気の変化に伴う頭痛もひどい。これってば、自分の身体のことだから、付き合っていくしかないんだけど、思考が止まるほどの頭痛は、どうにもならん。最近は頭痛薬が役に立つことがわかってきた。


■エアコンの効能 230703

 日曜日の晩は合気道の時間。所沢興武館は、一旦サークル活動になってから、だんだん復帰に向けた準備にはいっています。私は今年1月の一粒万倍日に復帰を宣言して、早半年。いよいよ3級審査に挑戦します。

 この週末は、市民武道館が借りられなかったことと、活動再開も視野に、元々活動場所として使わせてもらっていた幼稚園のホールでお稽古。市民武道館にはないエアコンがついている。少し窓を開けて、でもエアコンを入れてお稽古したのですが、身体がうんと楽になった。以前は、エアコンの効いた部屋に長時間いるとだるさを感じたものだが、今ではエアコン=悪と決めてしまうとも少しナンセンスだと思う。


■週末の出来事と思ったこと・考えたこと 230702

 週末の朝はジョギングかウォーキングに出る。外出時に、ラジオやAudiobookを利用することが多いですが、この時間は何も聴かず、ただただ身体を動かすことにしている。普段使わない道での発見や、季節の変化、神社の様子、鳥なんかを見たり、朝の静かな雰囲気をなんとなく感じ取る時間にもなっている。おかげで、体調維持のいい取り組みになっている。

 二羽の鳥がじゃれあうようにして(喧嘩しているのかもしれませんが)飛んでいるのを見ると、随分前にプレイステーションにあったAcecombatというゲームを思い出す。戦闘機シュミレーションなんだけど、この第3作だったかな「エレクトロスフィア」と副題がついているのに学生時代にどハマリしたのを思い出す。鳥の動きがドックファイトのそれに似ているように見えたからという連想ゲームでしかないのだけれども。このゲームの世界観がちょっと独特で、すごく引き込まれた。あるエースパイロットはヒトとしての実体のないプログラミングによって「造られた」ものであるとか、そういう振興勢力として政府と戦う立場に立つ他、正規軍として戦う選択肢があったり、そのカウンターパートとなりうる立場になったり、一緒に戦う仲間を選ぶことで物語が分岐していく様子が、シナリオを立体的に見せるような気がして、ついつい寝る間を惜しんでやっていたことを思い出す。なんで鳥が飛んでいるのを見てそういう記憶がたぐりよせられたかは疑問。

 合気道の審査稽古、突貫工事。

・既定技(座り技片手持ち二ヵ条抑え(一)、正面打ち四ヵ条抑え(二)、正面打ち小手返し(一))

・正面打ち四ヵ条抑え(一)

・横面打ち四ヵ条抑え(一)(二)

・片手持ち側面入身投げ(一)(二)

・横面打ち側面入身投げ(一)(二)

・正面打ち正面入り身投げ(一)(二)

・横面打ち正面入り身投げ(一)(二)

・正面打ち肘締め(一)(二)

 とりあえず覚えること。それからはお稽古で精度を高めていく。


2023年7月1日土曜日

近藤史恵『タルト・タタンの夢』東京創元社。Audiobook版

  フレンチレストランで繰り広げられるちょっとしたミステリー小説。人は死なないし、三船シェフの推理とその顛末が明るいので、聴いていてちょっといい気分になれる軽い読み物。レストランの4人が、それぞれに個性的で、やりとりの中にも明るい雰囲気があるのがいいです。

 日々、ストレスフルな環境に身を置いていると、帰宅時のこういうライトで明るい読み物は、すり減ったこころにすーっと入っていきます。

アイヌ民話撰集企画編集委員会監修『イソイタク1 アイヌの昔語 フキノトウになった女の子』アイヌ文化振興・研究推進機構、2014年。

  図書館シリーズ。アイヌの物語を読むのは初めてですが、伝承物っていうのはなかなか奥が深く難解。それでいて、日本語で表現しきれない言葉(おそらくアイヌの言葉)が含まれるので、読んでいて?と思うことはある。

 とはいえ、家族、一族を大切にするということや、ずるいことをすると自分の身に悪いことがふりかかる、なんていうことは、他の伝承と大差はないのだということにも気づかされる。文化とは、その土地の自然環境も大きく関わってくる。きっと今の北海道という、寒い土地で人々が助け合って暮らすための知恵やルールが物語となって伝わっているのだろう。