2012年8月13日月曜日

中西貴之『からだビックリ!薬はこうしてやっと効く -苦労多きからだの中の薬物動態』技術評論社、2009年。


宇部興産医薬研究所で働く著者が、多くの人の体内で起こっている薬の動向(薬物動態)について説明している一般書。
仕事でも自分のことでも、体調が悪い時に薬を飲むとそれは体内でどのように働くのかということを知りたくて読んでみた。効き方が分からなければ、副作用がどうして起こるのかということもよくわからないし、仕事で抗精神薬や抗うつ剤の勉強をすることがあるが、経口薬がなぜ脳に効くのかという疑問が本書を手に取ったきっかけ。以前読んだ本だが、再読。

薬剤研究をする人が書いた一般書ということでおそらく専門的な言葉を噛み砕いてわかりやすい説明に徹して書かれた本だと思う。辞書や参考書がなくても読破できた。
全体を通して語られていることは、薬をいかに体内に吸収させるかということと、吸収された薬がいかに薬物代謝のしくみをすりぬけて患部に到達させるかということに苦心していることである。普段何気なく飲んだり貼ったりして使っている薬の開発過程には、こうした仕組みを熟知してすり抜けたり、熟知した上でその作用を利用するなどの知恵比べが繰り広げられていると感じた。
薬の開発もさることながら、幾重にもわたり身体を守るしくみを持つヒトの身体(自分の身体も含まれるが)に感心したのはいうまでもない。


(以下、Tweet)

宇部興産医薬研究所で働く著者が、多くの人の体内で起こっている薬の動向(薬物動態)について説明している一般書。イラストやたとえ話が豊富で非常にわかりやすく薬物動態の基礎の基礎(なのだろう)が説明されている。

適用経路:薬の投与方法は効果を期待する場所と薬の目的による。経口投与の場合には主に小腸から体内に九州される。小腸を取り囲む血管に入り肝臓に達する。シトクロムP450という薬物代謝酵素が薬を別の形にしたり分解する。
ADME:薬物動態学の4つのキーワード。Absorption吸収、Distribution分布、Metabolism代謝、Exclusion排泄。

吸収:消化管の内側は身体の「外側」になる。体外から体内に薬を吸収するためには工夫が要る(次以降)。胃:酸性で分解、小腸:(十二指腸→空腸→回腸)十二指腸は物質を選別する。大腸:直腸付近は直接投与すれば吸収されやすい。
吸収(トランスポーター):SLCとABC。細胞膜を通過しにくい物質を効率よく体内に取り込んだり(SLC)、逆に進入してしまった有害物質を細胞外に排出する(ABC)ためのしくみ。腎臓は1日原尿180Lをろ過する。
吸収(排出):ABCトランスポーターP-gp(P-糖タンパク質)。消化管に存在し有害物質を体内から体外に排出する。血液脳関門(BBB)にも多く存在。神経細胞にも存在し、アルツハイマー病はコリンのトランスポーター異常。

分布:薬は血液中タンパク質と結合して安定する。しかし、タンパク質と結合していると細胞内に入り込むことができず(分子が大きくなる)薬の効果がなくなる(タンパク結合率)。タンパク結合した薬は、肝臓での分解を避けることも。

代謝:酵素の反応で薬が別の形に変えられてしまう反応のこと。代表はシトクロムP450。働きは個人差が大きく遺伝子配列や、遺伝子の活動を制御する転写因子の機能レベルの違いによる。グレープフルーツジュースによる代謝妨害。

排出:腎臓の機能「糸球体ろ過」と「尿細管分泌」。糸球体ろ過は血液中から不要な物質を分子量によって尿中に排出する。尿細管分泌はろ過によって排出された水分を再吸収する際トランスポーターの機能により再吸収する。
排出2:肝臓と胆汁。小腸から吸収された薬は肝臓へ移動する。一部は肝臓の代謝をすり抜け血液循環と共に全身へ。一部はグルクロン酸と結合し胆汁と共に小腸へ戻る。一部は結合したまま糞便中へ排泄。一部は細菌の働きで再吸収される。

薬物相互作用と酵素誘導:ある薬が肝臓の働きを抑制し別の薬の代謝を邪魔したり、臓器吸収時にトランスポーターを占有し一方の薬が吸収されなかったり、血中濃度があがるなど。また代謝酵素を増強し他の薬が代謝されて効きが悪くなる。

飲み方:食前・食後・食間。基本的には食物を摂取した後の方が、消化管が活性化されており薬の吸収もよくなる。アルカリ性では溶けにくい薬の場合は、食事をすることで胃がアルカリ性になるため吸収が悪い。コーラはCO2、牛乳は油分等。

アルコール:アルコール脱水素酵素とシトクロムP450のどちらがアルコール分解に関わっているかにより異なる。前者の場合はアセトアルデヒドが生成され不快な気分になる。後者が多いとウワバミとなるが薬も分解(代謝)しやすい。

脳:脳には薬に対する強固なバリアがある「血液脳関門」。大脳辺縁系は本能を司り、大脳新皮質はその本能を抑制する働きがある。アルコールは血液脳関門を通り抜け、大脳新皮質に作用するため「酔う」。脳が興奮ではなく抑制される。

効き方:肥満の人=尿からの排泄が多いが、油に溶けやすいものは脂肪が取り込み消失が遅くなる。血液に残りやすい。乳幼児=2歳でほぼ大人と同じ。それまでは弱め。高齢者=効きやすい。細胞中の水分量が減るため血液へ。

DDS:Drug Delivery System薬を届ける3つの技術。吸収改善、放出制御、標的志向化。放出制御=体内(血液中)の薬物濃度を保つ技術。標的志向化=特定の場所に薬を効かせる。抗がん剤。

プロドラッグ:Caco-2細胞透過性実験を経て吸収が悪い場合、薬の構造を変化させるかプロドラッグ化する。細胞を通り抜けやすい物質を薬に付加。トランスポーターを利用できる分子を付加。酵素が反応できない有機化合物を結合。

血液脳関門Blood Brain Barrier:BBBでは細胞の密着度が高く、薬が通過することは困難。またP糖タンパク質のくみ出し機能が加わる(くみ出しが効かない場合は濃度が70倍近くになる。
生命維持に必要な成分(栄養素)は、専門のトランスポーターによって取り込まれている。BBBを超えて脳に作用する薬は、薬の大きさが小さく(分子量数百程度)、油に溶けやすい性質を持っている。

徐放化:同じ成分の薬でも、その効果を持続的にするための工夫。タブレットの工夫やテープ化など、錠剤から溶け出す量を調整したり、薬成分の分子と結晶を使い分けるなどする。画期的な改善となった例が多い。ホクナリンテープなど。

抗がん剤1:副作用について。がん細胞であっても正常細胞であっても薬が及ぼす作用は同一。がん細胞に薬が届けば治療効果となり、正常細胞に薬が届けばそれは副作用となる。
抗がん剤2:DDS技術。1.放出制御型DDS、2.ターゲティング型低分子・高分子薬物、3.ターゲティング型微粒子DDS、4.分子標的治療薬。
放出制御型DDS:抗がん剤をカプセルやゲルに封入し、そこから徐々に薬が溶け出すように工夫する。長時間にわたり薬を患者に供給できる。オロス錠の欠点は錠剤そのものが排泄されてしまうこと。皮下や筋肉に薬を埋め込む方法。
ターゲティング型低分子・高分子薬物1:がん細胞では活性の高い酵素に着目し、その酵素によって抗がん物質が生成されるように化学合成されたもの。標的となる細胞の特殊能力を見つけ出しそれを利用してDDSを行う。
ターゲティング型低分子・高分子薬物2:がん細胞では血液透過性が高く、分子量の高い薬が血管から流出しやすい。またリンパ系が未発達で腫瘍組織に薬物が移行すると蓄積しやすい。そこで血液に圧力をかけ高分子薬物を押し出す方法。
ターゲティング型微粒子DDS:細胞膜と同じ構造を持つ脂質二重層や油滴に薬を封入する方法。油っぽいものとして肝臓で分解されてしまうが、水に溶けやすい性質を持つひものような化合物と結合させ、血液中に長く滞留させる。
分子標的治療薬:がん細胞に特徴的に見られる細胞構造や、がん細胞特有の著しい増殖や転移に関係している分子に着目し、それらと親和性を高くなるように設計されたもの。免疫が機能するようにする。がん細胞の血管新生を抑制する。

未来の薬:カップゼリーやタンクを皮下に埋め込む方法といった飲みやすさや徐放に特化したもの、また経皮吸収型薬剤やイオンフォレシスなどヒトの性質を活かして薬剤を吸収するなど、形態が個別化が図られていく。