2021年6月13日日曜日

今西乃子『命のものさし』合同出版、2019年。

 児童書なんだけど、新聞の書籍欄に掲載されていて、図書館で借りて読んでみた本。テーマとタイトルのインパクトでひかれた。

 舞台は愛媛県。公務員として勤務する渡邉清一氏を中心に語られるノンフィクション。清一氏は、獣医師でありながら、野良犬駆除、と畜場、動物園、動物愛護センターに勤務してきた。獣医師として本来は動物の命を救う立場であるべきなのに、野良犬を捕獲して殺処分したり、食肉として出荷される牛の検査、動物園では動物園の移転という仕事を任された後、繁殖を通じて日本における動物の現状を意識し、再度動物園に戻ってくる。そんなキャリアを通じて、いつも悩み、いつも見据えていたのは「命の重さ」。人間の都合で殺される命があれば、人間の都合に合わせて生きられる動物がいる。整合性がとれない現実の狭間で悩み、動物たちの「死」を目の当たりにし続けてきた筆者は、このことについて社会の前向きな変化を希望として感じとっている。

 平易な文章でありながら、扱うテーマは深く、さらに深い。表紙のイラストもかわいいので、気軽に手にとることができるが、こんなに迫力のある内容の本に出合ったのは久々である。「児童書」かどうかは置いておいて、一気に引き込まれる文章と、モチーフとなっている渡邊清一氏が見てきた現場を通して語られる、やるせなさと迷い、怒り、慈しみ、数々の感情が言葉の端々に感じられる。

 Iyokiyehaが修士論文の中で描きたかったのは、こういう人間の内面だったのだろうなと思う。本著は、本気で動物たちの命と向き合ってきた一人の公務員の生きざまが語ることを、見事に表現しているように思える一冊だった。

33 農業用の倉庫で子犬を生んだ母犬。捕獲のために対峙した時の母犬の表情。

54 と畜場に寄せられるご意見や、食肉ができる過程を知らない現代人の言動。

128 殺処分の現実。

158 動物園が「死」を語ること。