2021年8月1日日曜日

八尾慶次『やとのいえ』偕成会、2020年。

  多摩丘陵(今の「多摩センター」あたりがモデルか?)の150年間を、その土地に設置された「十六らかん」さんの目を通して描いた絵本。古くからある農家さんが、駅前開発の波にもまれ、一度は家が取り壊されて家族も出ていったのだけれども、また戻ってきて今の家が建つ様子。それを人々の営みとともに描いている。長い期間(150年!)の定点観測と捉えた時には、多摩丘陵の歴史が分かる絵本ともいえる。

 手に取ったのは偶然です。ここ1年くらい、次女と隔週で図書館に行くのだけれども、最近は娘が自分で借りたい本を探せるようになったので、自分も数冊借りて読んでみることにしたところ、素晴らしい絵本に出会えるようになった、というところです。

 「やと(谷戸)」とは、「そこの平らな浅い谷のこと」で、丘陵地の奥深くまで入り込んでいる地形のことです(33ページ)。地域によって「谷津」「谷地」「谷那」などとも呼ばれます。小高い丘や低い山々の低いところの平らな土地で、関東で言えば東京都の西部にその土地が多く見られます。昭和40年代(1960年代後半から1970年代にかけて)これらの丘を切り開き、谷を埋めて、現在の多摩地区(住宅地中心の街並み)となっています。本書では、その移り変わりを「らかん」さん(お地蔵さん)がずっと見ている、という設定で街の移り変わりを描いています。著者にはひょっとしたら、現代へのアンチテーゼみたいな考えがあるのかもしれないのだけれども、読む立場としては、非常に淡々と、時代の移り変わりだけが読み取れます。その土地に暮らす人の生活、嫁いできたことで変化が生まれ、なくなることでまた変化する。人の生活を通じて、家庭の変化をも描いています。

 Iyokiyehaは1979年生まれ。ちょうどこの土地の開発が始まった頃に重なります。農家を営んできた「あるじ」さんが在宅で介護を受けて生活しているのですよね。後年亡くなって、この家は取り壊され、家族も転居するきっかけになるわけです。当時は、一変化、だったのだろうけれども、振り返ってみたら、割と大きな変化にあたるのかもしれません。街並みが変わり、生活が変わり、家庭のありかたも変わる、その時代の転換点だったのかもしれませんね。こればっかりは、歴史を振り返り、ある立場から物事を眺めた時に整理できることであって、その時々は生活の連続でしかないわけですが。

 きれいな絵を眺めているだけでも面白いのだけれども、こうしていろいろなことを考え、変化を感じ、解説によって深められる良い一冊だと思います。