2026年2月21日土曜日

浜松弾丸帰省2

容量大きくなったので分割。続きです。

 ここは、小豆餅(あずきもち)になるのか?多分私が生まれた頃からあって、今でも営業中。元ロッテリア。この店舗、帰省すると時々使うんだけど、昔っから混んでいるのを見たことがありません。いや、利用する立場としては、使いやすくてありがたいんだが、いつも空いている。個人的な浜松の謎にあげられるお店です。

 カメラのキタムラがありました。夏に実母が入院したときに、ちょっとしたお土産と思いウチの家族(母からすれば孫を含むもの)をプリントしてちょっとしたケースに入れて持っていく時に、プリントサービスでとっても素晴らしい接客をうけたお店だったのだが、半年したらなくなってしまっていた。残念。

 これは泉小学区の人にはおなじみの、喫茶どんごろす。すごい名前だけれども、この名前でもう40年以上やっているはず。来来軒の後にコーヒー飲もうと思ったけど、今はお休み。今度帰省した時には再開しているといいなぁ。

 ここも多分50年選手だよね。店は変わっていると思うけれども、お肉系のお惣菜を売っている。私はこの建物の裏にあった、大判焼きとたこ焼きを売っていたお店はよく使ったのだけれども、もうなくなって何十年にもなるな。私が子どもの頃は、大判焼き60円だった。母親はあんこのしか買ってくれなかったけど。

 うなぎのコジマヤさん、閉店です。残念すぎる。ここも長かったけど、数年前にふらりと寄った時にはとても満足の味だったんだけどな。店主ご高齢だったからしょうがないのかな。いいお店で復活してほしいものですが。

 で、今回の発掘は、珈琲コルトバさん。壁一面のコーヒーミルが迫力あり。店主こだわりありそうですが、初めてであることと、そんなにコーヒー詳しくないけどおいしくいただいている旨を伝えると、いろんなことを教えてくださいました。というか、浜松では35年以上お店をされているいわば老舗だったんですね~。旧イイダトーイの傍で30年くらいお店をやっていて、近年ここに移転したらしいです。

 ここは以前、知り合いのお母さんがジーンズを売っていたお店。なんどかお世話になったが、バレエスタジオになっていた。

 ここはシラトリだったな。中学生の時にテニスのラケットを買ったのはここだ。ガットの張替えでなんどかお世話になったな。

 で、帰宅前に寄ることにしている五社神社。意外にも由緒正しい神社なんだなと。長女と長男の合格祈願はここで買いました。

 モール街のサイゼリア。私が浜松離れてからできたくらいの店舗なので、あまりご縁はないのだけれども、知る人ぞ知る、成瀬シリーズで最近小説が注目されている、宮島未奈さんの『婚活マエストロ』で時々出てくるサイゼリアのモチーフかな、と思います。そんなに聖地にはなっていませんが、私にとってはちょっと面白いお店に格上げです。

 私のラジオ好きはFMHaro!から始まっています。UP-ONスタジオ、私にとっての聖地です。隣のプロントは何かとお世話になっていますが、ここにパーソナリティが入っているとなんとなくテンションが上がってしまいます。

 ということで、帰省した時にちょっと気になるスポットを集めてみました。ここに訪れる友人たちにもなじみがないところが多いとは思いますが、Iyokiyehaに見える浜松の記録です。

浜松弾丸帰省1

実母が特養に入所したことを主な理由に、2月15日~17日に浜松に帰省していました。帰省といっても、そこそこ家のことをしないといけないので、地元のみなさんごめんなさい。また何度か帰るので、時間があるときには連絡します。

 浜松駅北口。背の高いマンションが増えましたね。家康くんのそばにエヴァンゲリオンの展示物が。

 そこから右を向くと、アクトタワーです。私が中学生の頃にできた、当時ここらじゃ一番背の高いビルです。NPO時代にテナントが半分くらいしか入っていないことが取り上げられていたけれども、今はどうなっているんだろうな。今度は足を延ばしてみよう。

 実家最寄りのバス停のところにある来来軒。近いからよく使う。普通の味なんだが、最近はこれを食べるとほっとするようになってしまった。いや、川越にもあるから、別に珍しいお店でもないんだが。

 高台中学校出身者なら使ったことがある人も多いでしょう「陣屋」。まだやってます。このご時世に大人3,000円だから、とてもリーズナブルですよね。私は高校生の時に行ったっきりですが。

 泉町の運動広場。サッカーやっていた頃はよく行ってました。今でも広いよな。大人も使うグラウンドだから、サッカーのゴールが大きいんだよね。当時ゴールキーパーだったので、実はここで試合やるのって、あんまり好きじゃありませんでした。

 浜松らしい看板。よく見えないんだけど、張り紙の下、元々の表示は日本語とポルトガル語の併記なんです。浜松ってこういう看板多いんですよね。英語だけじゃなくて、ポルトガル語、スペイン語、タガログ語、中国語。最近はハングルもあるのかしら。ヒゲがついているのがポルトガル語です。

 泉町の湧き水。ずっとあるな。この写真の光景だけ切り取ると、私が子どもの頃から全く変わらない景色です。当時は入口のところにトラロープが張ってあったくらい。のどが乾いたら飲んでいたな。暑い日には入って遊んでいたし、何か流して川べりを追っかけていく、なんてことをやっていたことを思い出します。

 逆上がりができた鉄棒。今は使わないようにって表示。ちょっとさびしい。なんだ?安全基準とかか?

 と、懐かしい景色にコメントつけてみました。数年前にfacebookでやってみたら、一覧にならなかったので、こっちでやってみました。

CAFE JAMES

新所沢駅東側の武蔵野銀行の交差点を渡って、もう少し行ったところにあるカフェ。数年前にできたのは知っていて、時々ちょっと行列ができているのを見ていたのだけれども、物は試しとカミさんと入店。

どうやら有名なお店らしい。インターネットの時代ですから、お店からコーヒー、ドーナツ、店主とリンクしていくと、相当有名な方らしい、が、そのあたりは興味のある方が自分で調べた方がよさそうです。私が言えるのは「ドーナツが丁寧にうまい!」「コーヒーは雑味がなく、すっきり苦い!」という、言葉にすると本当に陳腐な表現だけれども、要は「グルメな人を連れて行ってもきっと満足していただける」お店ということです。

ここはまた立ち寄りたい。できれば行列がない時間帯に、こっそりと楽しみたいお店です。

道頓堀@所沢

チェーン店なので、知っている人も多いと思うけれども、お好み焼き・もんじゃ焼きなどを扱う鉄板のお店。粉ものというカテゴリーを作ったお店の一つともいえるでしょう。

地味ではあるけれども、きちんと焼けばしっかりおいしい。この日は休日に妻と買い物に出た足で軽く、と思っていた昼食にチョイス。がっつり食べてきました。


2026年2月9日月曜日

不快なきっかけをバラまく所業

 ある出来事を、快とするか不快とするかは、個人のフィルター次第なので、あまり正確なことは言えないが、今回の選挙では、各党の主張の中に、個人的にはいかんともしがたい不快感が生じるものがあった。数えるといくつかあるのだけれども、中でも外国人に関する主張の中にはなんとも言えない気持ち悪さを覚えたものだ。
 何というのか、事実(ファクト)に基づかない、自分(たち)の好みを基盤に、人心にゆさぶりをかける行為を、国政の場で大っぴらにやることについて、どういう評価をすればいいのか。簡単に整理すると、日本は島国という特性上、外国から人が入国することについては、ある程度把握がしやすいという特長はある。それが適法か不法かで問題は分かれる。前者は次の段階、後者は違法の枠で整理すべきだ。では、適法で海外から訪れる人は、何をしにくるのかという目的によって大別される。生活(住む)のためにくるのか、仕事をするためにくるのか、遊びにくるのか、他はどうだろう?技能実習生の問題はとりあえず仕事に入れておこう。虚偽申告でくる人たち、犯罪組織なんかはもちろん違法の枠に入るし、それ以外は適法だ。そうなると、そのそれぞれについてどんな人たちがどのくらいいて、何が日本の社会と摩擦になっているのかという、ここまで情報を集めて分析してそれで初めて考える土台に乗ってくる。好き嫌いとは別に理性的にどんな価値観があって、どんな行動が見られて、そこには何が問題となるのか、というここまでの情報や分析があって、場に出て、それで初めて「自分の価値判断」の土俵になる。ここで考えたことは、大人ならば、もう一つ、それは社会に発する性質(人に何かを伝えたり、説得したりする)のものかどうか、自分のフィルターを通してようやく他者に向けて発するかどうか判断するのものだろう。
 この例で考えたら、Iyokiyehaにとって外国人のこと、というのは、まず自分の生活から見える範囲に、たくさんの外国人がいるとはいえ、自分に今不利益を与えているものはないことから、いろんな言説に対し、とりあえず判断保留している。これが大人の対応かどうかは別として、外国人が日本にやってくることそれ自体について、是非を表明することは、私にとってはまだまだ越権行為であるので、万が一自分の周りでそういう議論が起こるとなったとしても、双方の意見をきちんと聞いて、見て、調べて判断したいと思っている。だって、日本にくる人たちの様々な生活に関わることだから。それを「りんごかみかんだったら、俺はみかんが好き」というように外国人の入国制限とか主張することはできない。それでも判断しろというのならば、少なくとも賛否双方の意見と日本にやってくる外国人に関する主要なデータを提示してください、と言いたい。それくらいだから、判断保留です。
 なんというか、今回の選挙を私になりに眺めた時に感じたのは、「俺はみかんが好き」という人がたくさんたくさんマスメディアに登場していたということ。Webはおそらく(私はほとんど見ないので)言わずもがなと察するが、「みかんが好き、みかんが好き、イエー」みたいな目立ち方をする人の存在が目立っていて、それで選挙結果を見ると「私もみかんが好きになりました」という人が結構いたんだなと思ったところである。この行動って「私は●●さんについていきます」と盲信的に判断する人の行動と異なるものではあるけれど、物事考えずにとりあえずその場の好みで動くという点において、そんなに変わらないんじゃないのかなと思う。そして、そういう行動が長文を読まないとされている世代に広まっていることが、なんとなく怖いなぁ、心配だなぁと思ったところです。「みかんが好き」で不快になっているようじゃ、私もまだまだ未熟ではあるのだけれども、私がまだまともだと思っている人たちの主張が、空振りとエネルギー不足のだめだめ根腐れになっていたことにも、残念な感じをうけました。
 とはいえ、これはこれとして記録だけして、自分は考えることを辞めないようにしないといけないな、とも改めて思いました。だから、この記事は記録。読み返す必要がないくらいに置いておくだけにしておこう。トレーニングにも何もしない、ただの雑記でした。

庭で戯れる

 正月の写真が出てきた。

 なんとなく、庭で七輪を出して餅を焼く。炭火で焼くと2割うまい、外で食べると3割うまいの法則で、別に味つけなくても大変おいしくいただきました。

雪が降ると、ついやりたくなること

まぁ、テッパンですね。

今やウチのこどもたちも、あまりこういうことしなくなったけど、だから自分がやりたくなる。それも童心、手は冷たいけど、ちょっとたのしい。


2026年2月8日日曜日

選挙に思う(開票)

 安定も、ここまで増えるのは予想していなかった。なんというか、心配だ、というのが正直な感想です。

2026年2月7日土曜日

振り返って一歩進む。人の力を組み合わせる。

 先日、お世話になっている人と、お互いの経歴の話になって、ふと前職含めたキャリアをふりかえるきっかけがあった。元々一切の否定はなくやってきたけれど、ここにきて前向きに展開できるようになってきたと思う。これは面白い。
 自分の経歴は、学業との接続が直結している感じがない。なんとなく、紆余曲折という感じがあって、スペシャリストとは言い切れないし、事務作業苦手でゼネラリストとも言い難い。それでも自治体職員としてデスクワーク中心の仕事をしているわけです。そんな中で、いろいろと秀でているスキルというか態度というか、そういったものが雑談の中で見えて面白い。要は、学校で学んだことが職業として成立していなくても、今の仕事の中でスキルを分解して整理するというのか、それよりももっと仕事って複合的だからある局面で学んだことが活かされている、活かされてきたといった方がいいのか。今まで前者(自分のスキルが分解されて、随所で力を発揮できた。あくまで環境要因)と考えていたのだけれども、そもそもある仕事にはそれと直結しそうな知識・技能の他に、そもそも職業人として求められるような、理想的には求められるような技能群というのがあって、平素チームで補い合いながら得意を活かして一つの業務を成立させる、という後者のような見え方の方が、なんかしっくりくる。となれば、自分でなんでもできるようになる労力と、周りに「ある」ものを組み合わせて進んでいくようなマネジメントは、それを構成するというスキルが求められるのだろう。
 この小さな気づきは、今の私にとっては大きい。初めてだらけで自信がどうしても感じられなかった自分の仕事にも、どこか合理的に進めている(進んできた、の方が自然か)ものがあったということだ。この気づきからやるべきことを考えると、今までとはちょっと違う角度から、作業や課題に取り組めるように思う。

2026年1月27日火曜日

お稽古メモ 2026年1月

260125
1 基礎錬(運足、受け身)
2 基本動作(臂力の養成(一)(二))
3 正面打ち三か条抑え(一)(二)
4 片手持ち呼吸投げ(連続技)
5 二か条

1 受け身
 崩された時に踏ん張らない。(動きが止まって、身体が固まる。投げ技だと勢いがつく)投げられるままついていって、自分から低い姿勢になって受け身に入る。
2 臂力の養成(二)
 前に出した手を、身体の側面で水平に動かすと、腰が引けてしまいがち。前の手は力を抜いて、下から流すように動かしていい。膝と腰の回転がスムーズになる。
3 正面打ち三か条抑え(一)
 三か条をつくるには、受けの手を捻って返すだけでは不十分。三か条の形(弓なり)を作るにあたり、受けの肩を詰める位置で、受けの手を返して固める。(だから半歩出る必要がある)受けの手を落としすぎないように。
4 片手持ち呼吸投げ(連続技)
 片手技。取らせて崩す。横に出る。出た足を軸にもういちど回転して、取られている手を挙上して固める。投げる(下に落とすイメージ)。
5 二か条
 基礎練習。取られた手を内側から方向を変えて挙上し、受けの手首に当てる(ぶつけると痛いし力が切れやすい。手刀を受け側に滑り落とすように力を働かせる。受けは膝が前に折れて崩れる。

260118 
1 体の変更(一)相対
2 半身半立両手持ち四方投げ(一)
3 片手持ち二か条抑え(一)(二)

受け身:腰がつく前に、羽打ち。腰が曲がっていると、腰を打つ。背中-腰-足がしなやかに伸びる、地につかない内に力を殺すのがよりよい受け身。
1 体の変更(一)相対
 引かれる手の方向を変え(15度程度、受けの反対側の肩口)、身体・腰と連動し反対側へ進んでいく。6:4→8:2。前進する勢いを膝で受けて延びる。
2 半身半立両手持ち四方投げ(一)
 誘い手、受けの肘を伸ばす位置。一歩目:受け側の手をまっすぐ挙上するように、寄り過ぎない、身体を捻らない。二歩目:そのまま挙上、立ち上がり。上半身と下半身の動作を同期させる。回転:四方投げなので、とられている手を「持たせたまま」。「縦回転」の意味は、前に押しすぎない後ろに引かない、ほぼ真下に落とすイメージ(重心移動しない)。
3 片手持ち二か条抑え(一)(二)
 (一)二挙動目:受けの動作に合わせる。動かないならその場で、引くようなら詰める。(二)押される力を外す手は、受けに持たせて乗ってくるように。外しすぎると手を引っ張ってしまう(親指・小指が当たってしまう。外れる、引かれる。力比べへ…)。自分の範囲で手を返しながら「持たせておく」。腕で回そうとすると引っ張ってしまうので、二か条をかけた手をそのままに回転を先行すると、受けの腕が出てくる。「出てきたら、とる」。前に力を出しながら、重心移動。

260111 基礎
○構え
・構えの姿勢は最も安定した姿勢。後ろの足には張りが要るが、前の足は柔らかくする。
・手と足は前に出すだけ。肩で止めない、踏ん張る場所を決めない。
・後ろ脚からの前向きの力が、足首→膝→腰→背中→肩→肘→手首(→指先)に抜ける状態。
・腹が前に出ると、腰が伸びてしまう(力が切れて、腰に負担がかかる)。
・踏ん張ると、足首と膝、股関節が固まる。固まると動けない。
・前足は支えているだけで緩んでいる状態。後ろ脚で地面とつながっている感覚。
○動作
・前に出る足を踏ん張って止めない。前に出るまま。
・前に出て、膝で吸収しながらブレーキをかける。
・膝が緩んで、股関節が動く状態ならば、足首の動作が膝→股関節→腰とつながって重心が移動する。
・股関節を曲がるようにする。前足側が緩んで、後ろ足側も緩めば、腰が回転する。
・膝行でも、腰の位置を安定させる。落としておくと押され負けない。

滑り止めに合格する

 今年は長男が高校受験です。今は試験期間の真っただ中。県内私立高校の試験結果が大体出そろったところで、ありがたいことに長男は受験した高校の合格をいただきました。今後は2月下旬の公立高校の受験を目指して勉強を続けることになります。子どもの高校について考えてみました。
 長女の受験がちょうど2年前。近隣では何かと話題になっているいわゆる女子高狙いだった長女は、公立本命の桜は散り、今は都内の女子高に通っています。当時、高校選びの時に(私とはほとんど口を利かなかった)長女が選択肢に女子高を入れた、いや、女子高で固めた時は「大丈夫か?」と思ってしまったものですが、入学してここまでの生活を見ていると、この環境に合う子はいると素直に思っています。少なくとも、ウチの娘にはいい環境だと思う。同性の生徒の集団の中で、(混成集団であるか否かを問わず)当たり前であるがいろんな人間関係があり、面倒なことも抱えながらも、気持ちはのびのびと生活しているように見えます。幼いころからコツコツ取り組んできたエレキギターを、まるで相棒のようにして、軽音部で活躍しています。勉強も自分なりに取り組んでいます。
 私の頃の高校受験は、いわゆる地方都市の事情もあり、公立>私立(費用も価値も)という絶対的な雰囲気の中で、学力調査の点数で高校が序列化されて、自分の学力に合った学校を選ぶ、というものでしたが、近年の、そして埼玉県の受験事情は全く異なるものです。人が多いと多様になるのだな、と思うに至ります。長女の女子高も然り、長男の高校選びにおいても、お目当ての部活の有無、校風、学習プログラムなど、特に私立高校は各校で特色を作ってアピールしていました。学校見学等に参加すると、生徒たちがそういう特長を自分たちの言葉で説明していて、大変興味深く聞き入ってしまうとともに、30年前のそれとはまったく異なることを目の当たりにしました。
 残念ながら、私の高校時代の思い出というのは、部活動の記憶がほとんどを占めるような、楽しみのきわめて少ない時期だと意味づけています。3年生になった時のクラスはなんぼか楽しい思い出が残っていますが、1,2年生の間は勉強(というか宿題と課題)と部活をやったことしか思い出せません。そんな立場の身から見ると、今の高校生の生活は正直羨ましい。いい環境で、効果的な学習と課外活動に取り組めることは、きっと私が大学生の時に感じたそれと異質ではあれ、経験は似たようなことがオーバーラップしてくるのだろうなと思います。しっかり学んで、将来の土台にしてくれることを願うばかりです。…親としては学費を見てびっくりしていますが、まぁ、それはそれ。

2026年1月24日土曜日

大橋禅太郎『すごい会議-短期間で会社が劇的に変わる!』大和書房、2005年。

 意外にも長年書棚に入ってきた書籍で、読んでみてもっと早く読んでおけばよかったと思う本だった。というか、会議のやり方に関しては、いろんな知見を取り入れてこれまで対応してきたつもりで、そんなに困っていなかったから後回しになっていたのだろう、というところに決着した。当時、評判のよい本で、その後もたびたび何かのメディアで目にしてきたが、これは面白い。小説(著者の経験?)と理論とを融合させた一冊です。楽しく学べる良書でした。
 内容は以下のことを愚直に、議論が尽くされるまで、繰り返し行うというもの。
(目次より)
・会議の目的を確認する。
・紙に書いてから発表すること。
・いま達成できていることを考える。
・時間厳守は自分たちで実行する。
・問題を「どのようにすれば」に置き換える。
・見えない問題を言ってみる。
 これらの項目の中には、手法というよりも心構えに近いものもあるが、例えば2つ目「紙に書いてから発表すること」なんてのは、今すぐにでも取り入れることができる。そんな速攻性のあるものから、理論を通じて会議そのもののデザインが変わっていくようなものまで、具体例(経験?)を交えて、理由までよくわかるように示されている。
 さらりと読み飛ばせば「そんなの知ってるよ」という内容もあるのだが、経験談を交えて理由が添えられると、こんなに「試してみよう」となるのだな、と思いました。検討事項がある会議、ディスカッションが求められる時、意見が飛び合う会議になったとき、こういう会議デザインを知っておくと、議論を前向きに進めるための方向付けができるかもしれない。

2026年1月18日日曜日

不愉快なWeb広告

 以前から気になっていたWebの広告ですが、とあるラジオ番組で私が感じていたことをうまいこと言葉にしてくれていたので、改めて考えてみよう。私の感覚はやはり「不愉快」でいいのだと整理できました。

※不愉快(ふゆかい):楽しくないこと。気に入らないこと。また、そのさま。(大辞林)

 なんというか、こう、自分に当たってくる感じを受けるんです。欲していないものを押し付けられているような。そこへいくと、よくできたテレビCMというのは(最近減ったけど)、自分に当たってくる・押し付けてくるようなエネルギーを感じにくくつくっているように思います。それがプロの仕事なのだろうけれども、その見せ方も含めて「うまい」のだと確認できます。

 一日の内、スマートフォンを使っている時間は約5時間、2,600タップするらしいですね。使いこなせる人にとっては大変有益なものであるけれども、ほとんどの人にとっては集中力を途切れさせるツールになってしまいます。実際に、6割以上の人にとってはそれくらいの時間を割かせるためのものになっていると解されるらしいです。その上で、世界に様々なWeb企業はあるけれども、その中でも青いアイコンの会社と、会社名が変わった会社の方針(Web広告によって利益を出すような方針を表明した)を強く批判する意見でした。

 どうでもいいことを、自分に当たる表現で、視聴時間を割く形でスマートフォンの画面に表示されるWeb広告は、依存性のある毒というよりは、知らぬ間にそれが「ある」ことが当たり前の状態に、自分の身体に静かに擦りこまれる毒のような気がしてなりません。やっぱり面白くないし、愉快な気持ちにはならずむしろ怒りすら覚える。そんな怒りは何も生み出さない余計なエネルギーなので、さっさと自分の目に入らないようにすることを自分に強く勧めたい。

 「毒」と表現したけれども、自分にとっても所属組織にとっても、そして大切な人にとっても、身近な誰にとっては誰も幸せになるものではなく、むしろ余計な感情が生まれて、人間関係に影響することは、ほぼ間違いないように思います。そんなろくでもない感情がはびこる世の中を、私は望まないな。

2026年1月10日土曜日

信頼、という古くからある大事なこと

 新規事業の企画運用準備なんかやっていると、いいことはとにかく広く周知されるべき、といったことをよく言われる。それは大事だけれども、昨今のWeb上の情報を見聞きすると、情報でもっとも意識して大切にすべきことは、その内容が信頼に足ることに尽きるように思う。
 仕事でも何かの活動でも、よいことは、正確に知っているべき人に広く周知されるべきだ、という常識がある。それはそうで、直接関係ある人にはすべからく、周辺の人たちにも目に触れて認識はしてもらう、ということが的確になされるのがいい周知活動といえるだろう。
 インターネットが普及して、情報発信が簡便になっているが、ボタン一つで私でも世界中に情報発信ができるというこのしくみは、いよいよ使い方が問われる段階にきているのだろう。要は、必要な人へ必要なだけ正確な情報が伝わる工夫をしなければならない、ということだ。
 最近では、行政の情報でも、自治体間の好事例でもSNSの活用が紹介されているが、その範囲の絞り込みというのは、結構大変なんだと思う。なんというか、個人的な感覚としては、一回りして結局メールとかメーリングリストと同じイメージ、になってしまっている。つまり、対象の絞り込みには登録するチャンネルの整備と更新が必要ということだ。「それならいっそメールにしてもそんなに変わらないんじゃね?」とも思う。まぁ、今となっては、これは暴論であって、受け手のツールにおいてメールはすでに優先順位が下がっている。だからSNSみたいな流れともいえるんだけど、すでにLINEは共通のメッセージツールなので、これを使わない手はないといえる。別に納得はしていないけれども。
 となった時に、Iyokiyehaは「いかに正確な情報を掲載するか」ということにこだわるのだけれども、その時に大事なのはやっぱりWebページなんじゃないかなと思う。つまり根っことなる情報がブレず、それ自体が拡散せず、必要があれば一か所を修正すればいい、というのは、このご時世においては情報の信頼性を担保するのに、いいツールなんじゃないかと。で、そう考えるのであれば、流行りもののツールを使って周知活動をするときも、根っことなるWebにつながっていけばいいわけで。運営する側の利便性は高いだろう。
 以前、行政が共催する、とある集まりに講師として登壇する機会があり、ある程度企画が固まった段階で、個人的に友人にそのことをお知らせしようと思った時に、当該自治体のWebにその掲載がなく、主催団体はWebを持っていなかったので、当該自治体の市報の広告にリンクを貼って連絡した覚えがある。これはこれで信頼性は高いのだけれども、送られた側は、知らん市のイベント情報の中から対象となる記事を見つけなければならず、利便性としては担保されていないような気がしました。担当者に「市のWebには出さないの?」と聞いた時に、「LINEでお知らせ出しているからだいじょぶですよ」と。いやいや、俺に届いてないんだけど~と思ったのを思い出しました。
 改めて、このご時世に信頼できる情報って本当に大切なんじゃないかって思うのです。だって、知りたいことを探しに行ったときにそれが見つかるのと見つからないのとって大きな違いだし、正確な情報は信頼できる背景のあるサイトに掲載されていることが大事です。私のような立場の、行政の内側もある程度知っている人としても、行政のサイトってやっぱり信頼感あるんです。某お笑いコンビのネタでそんなもんくそくらえ、みたいなものがありましたがあれはネタであって、やっぱり信頼感って大事だと思うこの頃です。
 あと一つ。酒飲んで、こんなことを書ききって思ったこと。この文書を800文字くらいでクリアに書きたいですね。ダラダラすみません。

2026年1月6日火曜日

お酒編 焼酎のTwice Up

 こういう記事もまた書いてみよう。とある筋からリクエストもあったので。
 ラベル「酒と肴」第一弾。焼酎!

 実家で教えてもらった飲み方。お酒のTwice Upという飲み方(氷を入れずに、お酒:水=1:1)は、香りが広がりやすく飲みやすいとされているわけですが、それを手間いらずにする方法です。もう長年やっているな。

○作り方
1 焼酎を好きなように飲む。
2 ボトル半分くらいになったら、ボトルに水を足す(1:1で大体1本分に)
3 適当に時間をおいて飲む

 焼酎の種類は何でもいいと思います。私はなんでもこの飲み方です。
 香りがどうとか書きましたが、何より「ぐっと飲みやすくなる」実感ありです。
 飲み方は、そのままでもいいし、氷で割ってもいいし、焼酎苦手な人ならさらに水やお茶で割ってもいい、自由です。

 手間いらずでがぶがぶ飲めるいい飲み方だと思います。のんべえ実家ならではのレシピ。