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2026年1月24日土曜日

大橋禅太郎『すごい会議-短期間で会社が劇的に変わる!』大和書房、2005年。

 意外にも長年書棚に入ってきた書籍で、読んでみてもっと早く読んでおけばよかったと思う本だった。というか、会議のやり方に関しては、いろんな知見を取り入れてこれまで対応してきたつもりで、そんなに困っていなかったから後回しになっていたのだろう、というところに決着した。当時、評判のよい本で、その後もたびたび何かのメディアで目にしてきたが、これは面白い。小説(著者の経験?)と理論とを融合させた一冊です。楽しく学べる良書でした。
 内容は以下のことを愚直に、議論が尽くされるまで、繰り返し行うというもの。
(目次より)
・会議の目的を確認する。
・紙に書いてから発表すること。
・いま達成できていることを考える。
・時間厳守は自分たちで実行する。
・問題を「どのようにすれば」に置き換える。
・見えない問題を言ってみる。
 これらの項目の中には、手法というよりも心構えに近いものもあるが、例えば2つ目「紙に書いてから発表すること」なんてのは、今すぐにでも取り入れることができる。そんな速攻性のあるものから、理論を通じて会議そのもののデザインが変わっていくようなものまで、具体例(経験?)を交えて、理由までよくわかるように示されている。
 さらりと読み飛ばせば「そんなの知ってるよ」という内容もあるのだが、経験談を交えて理由が添えられると、こんなに「試してみよう」となるのだな、と思いました。検討事項がある会議、ディスカッションが求められる時、意見が飛び合う会議になったとき、こういう会議デザインを知っておくと、議論を前向きに進めるための方向付けができるかもしれない。

2025年12月31日水曜日

宮島未奈、「成瀬」シリーズ、『婚活マエストロ』『それいけ!平安部』、小学館。

 Iyokiyehaは小説で外すことはあまりない(少し読んで面白いと思ったものしか読みきらないのだろうが)ですが、宮島未奈のこれらの小説は、ドはまりして2025年に全部読みました。すべてに共通しているのは、
・ぶっ飛びすぎず、「きっとその辺にいるんだろうな」という人物が物語を展開する。
・「あるよね」の範疇を外へ押し出すような「やってくれたな(にやり)」というエピソード。
・大筋の随所随所に差し込まれる、くすりと笑える「常識人の叫び」のようなつぶやき。
・ちょっと変わった普通の人たちの等身大のやりとりが織りなす、まきこまれながら何か元気になっている物語。
というあたりでしょうか。

 成瀬シリーズは関連しながら時系列は進んでいる短編集、他2編は長編?になるのでしょうが、一貫して流れている宮島ワールドは、元気な時に読んでも前向きに面白いし、疲れた時にも外から元気がしみこんでくるようにじわじわと身体を暖めてくれるような文字列が心地よい。「いみじ!」とか、多分流行らないけれども、どこかで使ってみたいと思えてしまう。

○『成瀬は天下を取りにいく』2023年。
 「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」(No.16)から始まる短編集。西武大津店の閉店を個人で応援しようと、西武ライオンズのユニフォームを着て「閉店まであと○日」と、ローカルニュース番組に映りこむ…という行為に巻き込まれる成瀬の友人である島崎。島崎の視点で語られる成瀬の人物像には、ついつい引き込まれてしまうような魅力が詰まっている。小学生の卒業文集に書いた将来の夢が「二百歳まで生きる」とか「大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら『あの人すごい』になる」など、突飛な発想と思いがちだけれども、なんとなく「…そうかも」と思ってしまうような力強さのある成瀬あかりが、地元滋賀県の膳所(?)という町で縦横無尽に活躍する様子を描く物語。
○『成瀬は信じた道をいく』2024年。
 成瀬シリーズ2作目。期待値は上がっていたが、それを上回って更に加速する成瀬あかりの活躍を描く。成瀬に巻き込まれていく膳所の住民、家族、友人。地元の小学生も、ちょっと生きづらかった人たちも、成瀬と関わってもう少し元気になっていく様子が描かれる。成瀬のペースに巻き込まれているのに、どこか楽しそう。「びわ湖大津観光大使」に選ばれた成瀬の活躍も見逃せない。私のイチオシは、語呂合わせ「コンビーフはうまい」だった。Audiobookで通勤途中に聞いていておもわず噴き出してしまったのを思い出した。
○『婚活マエストロ』2024年。
 婚活パーティー企画運営会社ドリーム・ハピネス・プランニングに、ひょんなことから関わることになった、40歳猪名川健人と実質パーティを取り仕切る鏡原奈緒子さんが繰り広げる人間模様を描く作品。パーティーに参加する人たちの一癖も二癖もあるやりとりと、そこに垣間見えるそれぞれの思いや悩み、期待など、様々な感情をとりしきる鏡原さんと、それをサポートすることになってしまう猪名川さん。ラブコメ要素もふんわりほっこりで思わずほほえましい気持ちになってしまう。そんな本筋に高野社長が入れ込んでくる小ネタの一つ一つにもインパクトがあって、とにかく面白い一冊でした。Audiobook版の感想にも書いたけど、舞台が私の故郷静岡県浜松市というのも高ポイントでした。
○『それいけ!平安部』2025年。
 期待と不安が渦巻く高校入学。初日に前の席の子から「ねぇ、あなた。平安時代に興味ない?」(No.37)と言われたら、どんな反応になってしまうだろう。そして、戸惑っていたら「あないみじ…これ、運命の出会いだよ」と言われてしまったら…という冒頭エピソードのインパクトが強い。あれよあれよと流され、出会い、更に流されるままに様々な取り組みに巻き込まれ、戸惑いながらも楽しんで、学園祭へ臨む、そんなありがちな高校生を描く物語。個性的な部員たちの、ちょっとずつ常識の範疇を内から外へ突き続けるような、軽快でありながら、どことなくほほえましくなってしまうのが大変心地よい。
○『成瀬は都を駆け抜ける』2025年。
 いやぁ、とてもすがすがしい読了感だった。2025年最後の日に、こういう小説を読んで締めくくれるのはきっと幸せなことなのだろう。大学に入学して、新たな人間関係の中でさらにいろんな人が元気になって、締めくくりはやっぱり島崎でした。とある事が起こって、膳所に帰ってきた島崎が、知人から成瀬の活躍を聞いて一言「このまちには成瀬がいるのだ」(187ページ)とつぶやくくだりが、一言で三部作の成瀬の活躍を表現しているなと、見事な表現に思わず手を打つ。そして、私と同じようなことをやはり一言で「思えばきのうから会う人会う人、みんな成瀬に照らされている」(212ページ)と表しているところが、やっぱり小説ならではの読み応えだと思った。

 どの小説も、楽しく読めて、自分まで少し元気になったような気になれる小説でした。
(2025年分)

奥村正子『すごい90歳』ダイヤモンド社、2019年。

 何かを始めるのに「遅すぎる」ことはない。地道に、楽しんで、挑戦し続けることは、健康な心身に支えられることではあるけれども、取り組むことそれ自体には必ず意味がある。歳を重ねることで思いが確信になるのだろうが、それを人に語ることは経験の継承として、必ず意味がある、ということを読み取りました。
 70歳を過ぎてから、ベンチプレス選手となり、80歳代では世界大会で連覇。2019年までに5つの金メダルを獲得し、2020年に90歳で他界された奥村氏の最初で最後の著書。この時期、私はすでにテレビを観ない生活となっていたので、噂程度にしか聞いたことがなかった方だけれども、本書を読んでその生きざまに触れ、経験の継承の一部になれたかもしれないと思う。
 率直に、内容をふりかえれば、お年をとられた方の一方的な「○○なのよ」的な、年長者の上から目線を感じることもある。とはいえ、本著の随所で語られる奥村氏の生い立ちや家族との関わり(特にパートナーさん)を、そうした言葉に重ねてみると、それらのすべてに奥村氏なりの根拠があって、それは奥村氏と関わる身近な方たちの存在を伴って語られていることが読み取れる。年長者のお小言、ではなく、奥村氏の人生に裏打ちされた言葉であることがわかると、その生活習慣の一つ一つが奥村氏の経験として、私を含めた読者に届けようとしていることが感じられる。この地点で本書を読み解けば、冒頭の「遅すぎることはない」ということに加え、「身体のメンテナンスが大事」ということとベンチプレスがつながってくる。「高齢でもベンチプレスに取り組む変わった人」ではなく、健康に留意して興味をもっていろんなことに取り組んでいたらベンチプレスに出会った人、というのが奥村氏の経験についてより本質的に知ることができる立場だろう。
 言葉の端々を否定的にとらえるのではなく、本書が世に出た経緯と著者の思いを丁寧に読み解くことによって、著者の主張がより響く。言ってみれば「何歳からだって、なんだって始められる。それが本気で取り組めるものであれば」ということ。そういう何かに出会えるように心身ともに感度よく生活したいと思えるようになった一冊でした。

以下、引用
125 私は、なんでも歳のせいにするのは、やめたほうがいいと思うんです。歳だからできないのではなく、なんでも、やるか、やらないかです。年齢をいい訳にして、やらない理由を並べてしまうのはもったいないです。
160 ひとりでは何もできない だから私はいつも感謝の気持ちを忘れない
(2025年分)

2025年10月14日火曜日

本多正識『1秒で答えをつくる力 -お笑い芸人が学ぶ「切り返し」のプロになる48の技術』ダイヤモンド社、2022年。

 特に若い子が使う言葉遣いは、言葉の意味に解釈が入る余地があるので、十分に注意している。とはいえ、最近聞いていて好きな言葉は「秒でやります」というもの。時にこうるさいIyokiyehaが許容!としてしまうようないい感じがあります。
 いろんな話題に対して「秒で返す」ことに長けた人に、芸人さん、がいます。その世界は、映像を見ていてもわからない競争社会で、それこそ芸人さんたちは、そこにある機会(チャンス)にかけて「秒で返し」続けているようにも見えます。
 では、それはその人が生まれもったセンスによるものなのかというと、それを否定するつもりはないんですが、どちらかというと技能として磨き続けていることが、それぞれにあるように思います。トップクラスの芸人さんたちには、それぞれのトレーニング方法を実践しているのでしょうが、本著はNSC講師の本多氏が、長年にわたる芸人さん養成校で磨いてきたメソッドをこれでもかこれでもかと紹介しています。
 普段見聞きする情報をほめまくったり、言い換えてみたり、真似からエッセンスを見つけ出すとか、語彙を磨くとか、いつでも準備しておくなど、地味で地道なのだけれども、なるほど、問いに対して即座に「秒で回答する」妙技は、こういう積み重ねによって支えられているのだと感じられる内容ばかりです。

2025年5月11日日曜日

木澤千『雪の朝の約束』文芸社、2021年、Kindle版。

 これは、おそらくノンフィクションだろう。事実は小説より奇なり。木澤氏の生活には、家族との深い愛情と、それをきちんと守ってきた跡が感じられる。
 早逝された父親の最後となった一言「頼んだぞ、約束だ」という一言、そして母親からの「二人を頼むね」と、おそらくこの時には何気ない一言だったのだろうが、著者の記憶にずっと留まり続け、60年以上を経て母親が亡くなられた時に、その言葉の意味することを全うしたと実感をもったことが、小説を貫くモチーフとなっている。
 生まれ育った町の歴史、知人との付き合いと関わり、家族の関係、自分の生活、そして母親を介護する生活。いろんなことに押しつぶされそうになりながらも、そのたびに予期せぬ、決して大きくはないけれども、いろんな人の助けがあり、それでもうまくいかなくなりそうになったり、それにも助けが現れたり。決して楽でない、決して明るくない内容ではあるけれども、この話に含まれる感情は、人の生活そのものが表されていて、生々しい実感とともに伝わってくる思いが、行間の端々から読み取れました。静かに迫力がある読み物でした。

2025年5月3日土曜日

山本弘『詩羽のいる街』角川書店、2012年、Kindle版。

 まずは合掌。ご冥福をお祈り申し上げます。

 山本弘氏の小説は、読み始めまで時間がかかるのですが、読み始めると一気に読んでしまう。Iyokiyehaに響くフレーズが随所にあって、人と人とが「よく」関わりあう理想的な社会の一片を垣間見る感覚がじんわりと体に浸み込んでくるような、そんな気分になる。感動とか興奮ではなく、おだやかな気持ちがざわざわと湧き上がってくるような感じ。
 賀来野市で「お仕事」する詩羽という女性。その仕事はお金が仲立ちしない。人と人とがかかわりあうことによって、街を、社会を、世界をよくする、そんな仕事。人と人とをつなげ、あらゆる人が自分の「よさ」によって、街に、社会に、世界に貢献する。どんなに小さなとりくみだとしても、それらが確実に周りを「よく」していることを実感させる、その「触媒となっている」詩羽の仕事と、それに巻き込まれていく人たちの物語。
 こういう小説、大好きなんだよね。山本氏の小説に透けて見える現代社会への課題意識って、Iyokiyehaが感じたり考えたり、仕事や人間関係に組み込もうとしている「何か」に通じるものがあるような気がして、随所で「そうだ!そうだ!」と思いながら、ついつい引き込まれてしまう。眠くても、なぜか読めてしまう。寝る前に読むと、ついつい時間を忘れてしまう。そんな小説だった。
 いわゆるライトノベルに分類されるのだろうが、読み物としても(私にとっては)大変面白いし、世の中の見え方なんかは、上記のように考えさせられることが多い。この「詩羽」がとってもいいと思えたのは、シンプルな処方箋についての語りがあったこと。「(略)彼らは、正しい論理が理解できなかったんです。潰し合うんじゃなく協力し合う方が有利だってことを」(No.5,380)だから、協力し合うことを仕掛けている、ということが、それぞれの短編を貫いている本書のテーマだろう。一見、争ったり、競争したり、対立したりしているように見えて、結局は仲間と、他人と協力する、関わり合うことによって、妥協点や相互利益の地点を考えて調整していくことを詩羽は常に促し、仕掛けている。痛快でした。
 著者が他界されてしまったので、新しい作品を読むことができなくなってしまいましたが、これまでの著書を時々、ちょっと困った時に読んでみようと思います。私にとっては、『アイの物語』などと併せて、困った時のお悩み相談みたいな本たちです。

2025年4月20日日曜日

河谷禎昌著『最後の頭取 -北海道拓殖銀行破綻20年後の真実』ダイヤモンド社、2019年。

 人生の意味は、本人がどう感じてどう社会に位置づくのかを、いかに語るかによって、そこまでやって初めて、他人の評価の対象となる。
 当時、中学生~高校生だった自分は、北海道拓殖銀行の破綻について「テレビでやっていたな」というくらいしか覚えておらず、正直なところ自分には関係のない出来事として記憶していることだ。率直に踏み込んで加えるならば、それは今でも変わらない。自分の生活には全くと言っていいほど影響がない出来事だ。だからこを、素直に本著を手にとって読み進めることができた。
 もちろん、この出来事についても、事実と思惑が交錯しているのだろう。著者が本著で詳しく説明した上で、責任の所在に関する指摘もあった。ただ、いったんそれらを退けて読み進めた時には、本著はあるバンカーの奮戦記という側面が浮き彫りになる。事に関して10年以上、著者が職業人生を振り返りつつ、結果特別背任罪で実刑判決を受けて刑務所へ収監されたことを、20年沈黙した後に語る本著の内容は、そのすべてを理解して受け止められるようなものではないとはいえ、河谷氏の人生の重みというか、人生の先輩が語る職業人としての生き様のようなエネルギーが端々から発せられていることを感じた。
 そして、何よりもIyokiyehaをうならせたのが、結論として語る職業人として大切にしてきたという、ものすごいシンプルなこと(後述・引用)と、本論の中でもたびたび登場して河谷氏の精神的な支えであったという節子氏の存在と感謝だったということだ。きっと河谷氏の心中はいろんなことが渦巻いていた時期もあったのだろうが、それでも語りの結びとして「後輩を大切にすること」「家族への感謝」を挙げているのは、人生の先輩として最敬礼に値する姿勢だと思う。

■引用
107 (企業が大変な状況の時に、何とかして助けたいと思うか、どうしようもないと思うかがあるという前置きがあり)
 その違いを見分けるのに役立つのは、経営者の人柄や質にほかなりません。銀行マンにとって大切なのは「人を見る眼」だということをこの経験から学びました。
252 (節子氏の思い出から、ことあるごとに言われたという二つの言葉)
 「自分の信念に背き、上にへつらってまで出世する必要はないからね、子どももいないのだし、2人ならなんとでもやっていけるんだから」
 「外でどんなに偉くなっても威張るなよ。家に帰ってきたら、ただの人なんだからね。心得違いをするんでないよ。上にはへつらわないで、下の人を大事にするんだよ」
261 「動きすぎた」という後悔
 私の銀行員生活を振り返ると、本当に私のやってきたことが正しかったのか、あれでよかったのかと、自問自答することがあります。
 拓銀を何とか救おうと悪戦苦闘し、少し動きすぎたのではないか。(略・具体的な取り組み)このことが、かえって「そこまで拓銀の経営は苦しいのか」と世間に知らしめることになってしまったのではないか。結果的に拓銀の死期を早めてしまったのではないか。(略)
 「正解」はどこにもありません。(後略)
(こんな考え方があるのかと、素直に驚きました。とはいえ、信念に基づき、プライドを持って問題と向き合い続けた著者だからこそ至った思考なのだと思います)
268 私は銀行員生活のモットーとして「悪いことはしない」「意地悪はしない」という二つだけは、頑なに守ってきたつもりです。亡き妻の教えもあり、後輩の面倒も、できる限りみてきたつもりです。
(上記の通り、私には及びもつかないほど仕事をしてきた人が「動きすぎたのか?」と迷うほどの境地に至っている反面、具体的には本当に人として基本的なことを大切にしているのだと、Iyokiyehaの学びポイントでした)
274 (おわりに・日浦統氏より)時代の「転換期」という荒波に、私たちが巻き込まれてしまう可能性はますます強まっています。だからこそ、河谷さんの体験から浮き彫りになる教訓を学んでおきたいと思います。世論は時代によって大きく変わり、政治も行政もその影響を大きく受けること。昨日までの常識が一夜にして変わる時があること。社会や国家というバケモノは否応なく、個人に襲いかかることがあること。

2025年3月22日土曜日

辻村深月『かがみの孤城』ポプラ社、2017年、Kindle版。

  中学性が抱える悩みや、論理的には矛盾しているように見える感情の描写が、これでもかと明確に伝わってくる小説。

 中学生になってから、クラスメートから受けた過剰な働きかけがきっかけで不登校になってしまったこころ。突然輝きだした自宅の鏡に手を伸ばすと・・・そこには現実離れした城、そしてオオガミさま、様々な事情で学校に行きたくても行けない中学生達が集められて、物語は展開していきます。

 人との関わりを大切にしつつ、周りに流されず、自分を大切にする選択について考えさせられるとともに、仲間達の背景が明らかになってくると、思わぬ事実が見えてきて、みんなが戻る現実世界での生き方に、少しずつ変化が生じてくる。

 辻村さんの文章って、すごくわかりやすいだけじゃなくて、見えないものをそっと見える形にするというか、「なんでそんなことも表現できるの?」ということを、すっとわかりやすい言葉を沿えて置いてくる感じがあります。じゃあ、その内容が複雑怪奇なのか?というと、そうじゃなくて、身近な人がそう思っているかもしれない、そう考えているかも知れないような、表現をするとなると陳腐になるかわかりにくくなりそうなことを、非常にクリアに明確にしてくれる。で、物語だって、終盤にかけて、宝箱が次々と開いていくかのように、序盤から随所に置かれてきた伏線が、全て回収されていくような、読書スピードが前半と後半とで全然変わってくる感覚がありました。小説として、私好みだし、いろんな人に勧めたい、こどもたちにも勧めたい1冊でした。

佐藤純『「雨ダルさん」の本 ー「雨の日、なんだか調子悪い」がスーッと消える』わかさ出版、2021年。

  Iyokiyehaはいわゆる偏頭痛持ちで、かれこれ30年以上の付き合いだったりする古参です。薬もいろいろ試しながら、働き始めてからはおそらく偏頭痛やその周辺の体調不良と付き合ってきた人です。そんな自分が、数年前から「天気痛」という言葉が聞こえるようになり、天気痛≒偏頭痛であるらしいことまで突き止めたところで、長女も似たような症状があるとかないとか。妻から参考に買って欲しいと頼まれ、私も読みたいと思っていたのだけれども、娘の書棚に埋もれてしばらく読めなかった一冊。

 とても具体的な対策と、説明が一般向け平易にまとめられており、今からできる対策が抱負に盛り込まれています。くるくる耳マッサージは、習慣化することを勧められてはいますが、ゆっくりじっくりやってみると、即効性も感じられ、何より心地いい。タオル体操もやっぱり気持ちがいい。ツボはぐりぐりじゃなくて、時々じんわりと刺激することによって効果的になる。いずれも耳付近を暖めて、血行を良くするためのものだというシンプルな理屈で考案されているので、いつでもどこでもできそうなものが紹介されているのがいい。

 早速、今日から試してみよう。


小川糸『ライオンのおやつ』ポプラ社、Audiobook版。→Kindle版へ。ポプラ社、2019年。

  これは、ノーマークで聴いた小説でしたが、よかった。本当によかった。

 病に冒され、ホスピスで生活することになる雫さん。なんというか、否認から肯定へ、死にゆく人の感情なんて、どうして小説にできるのか、そういう疑問すら浮かんでくるような、本来すさまじい感情の渦を、新しい出会いや食物や生活、サービスの価値や本質に触れることで気づいていくような仮定を、静かに、落ち着いて、淡々と、熱く激しい感情を包み込んで許していくような小説でした。もう一度読みたい。 

 読んでみた。聴くのとは違う感覚だけれども、文書ににじみ出る人の感情の繊細でいて微妙なことも、文字と行間で発しているようにも思える。人が、何かに気づき、その人が代わっていく、言葉にすると陳腐な表現になるけれども、実際に自分が変わっていく様子を記述するなら、理想的にはこういう書き方になるのだろうな、と思える表現がちりばめられている。その言葉遣いに、素直に脱帽した一冊でした。


辻村深月『あなたの言葉を』毎日新聞出版社、2024年、Kindle版。

  辻村氏は毎日小学生新聞の週別連載を担当されています。本書はその連載をまとめたもの。こどもへの贈り物にどうかなと思い、手に取る。結果、辻村氏の小説の一つでも読んだ上で贈り物にしたいと感じ、一年延期。

 小学生新聞の連載なので、表現は大変平易でありながら、自分と向き合ったり、本音を柔らかく解きほぐしたりと、小説家ならではの表現力なのか、辻村氏の思考の深さなのか、あるいはその双方を含めてか。何気ない日常の一部から、「そうそう、そうだよね」と大人も思うような、そんなエッセイで充ちている。どれもが優しく、それでいて深い。何か見透かされている感じすらしてしまうが、それでもやさしい。すごいな、このエッセイ。

 こどもならではの言動にも着目していて、一見大人としては不可解な言動も「自分も子どもの頃そうでした」という風に解説が入る。なるほど、自分にもそういう言動あったかもしれない、と思い出したり、あぁ子どもらの言動はそういう背景があるのか、と気づいたり。何度も書くが、批判っぽい表現はほとんどなく、どこまでも優しく「そうだよね」と語りかけてくる。これは新しい感覚だ。子ども向けなんてもったいない、とすら感じてしまう。


ジル・チャン著、神崎朗子訳『「静かな人」の戦略書 -騒がしすぎるこの世界で内向的が静かな力を発揮する法』ダイヤモンド社、2022年。

  いろんなリーダーシップ論が紹介される昨今ですが、なんだか読んでほっとする一冊に出会えたような気がしました。「自分にぴったり」と言ったら、著者に失礼ではあるのですが、とはいえ自分が悩みながら人を率いて仕事をしてきたことに、一つの裏付けができたような気がして、とても励みになる一冊でした。

 所管業務を理解した上で、正しい、よりよい判断を下す、そんなリーダーが求められているのはなんとなく感じてます。ただ、職場での立ち位置が上がり、今の職場のように異動に伴い仕事ががらりと変わる環境では、そういったリーダースキルを発揮できる人はよほど優秀な、ほんの一握りの人だけなんだろう。少なくとも、そうしたスキルを求められたら、私のリーダーとしての評価はよくてC(合格ギリギリか、もう少し足りないくらい)だろう。今の担当業務のように、正確さを求められる法律業務なんかやっていると、そもそも勉強偏差値の低い私には、やっぱり無理だって。

 結局そんな中でできることって、法律の主旨とか所管業務の目的をおさえて磨いて、日々持ち込まれる問題や相談に、筋で考えて判断していくしかないわけで。業務の正確とかやり方を知ることで、より正確な判断ができるようになっていくと。すでに業務を行っていて詳しい人に教えてもらいながら、立ち位置を少し替えて「それが間違っていないか」「もっとよくなる方法はないか」と共に考えていくしかないと思うのです。

 それに加えて、人からどう見られるかは考えずに言えば、私は本書で言うところの外交的な人間ではなく、むしろ内向的な人間に分類されると思うわけで。この手の性格診断は、信頼性がどうか、ということを差し引いても、いくつかやってみた結果が一つも外向にはならないんです。大分類として「私は内向的ですよ」と言って「全くのウソ」と言い切る根拠はないわけで。そうなると、本著で語られる内向的リーダーの性質や行動、その対策やよりよくなるための助言というのは、私にとってとても有益なものでした。

 なにより「今の自分でだいたいよかった。もっとよくする方法はある」と感じることができた一冊だということが、私にとって役に立つ本でした。

2024年8月17日土曜日

武田惇志、伊藤亜衣『ある行旅死亡人の物語』毎日新聞出版社、2022年、Kindle版。

  「人を感じる取材」と感じた。記者さんの仕事すべてがこの密度で行われるとは思わないのだけれども、いわゆる「取材力」というのは、こういう形で発揮されるのだろう。そんなことを感じた一冊。取材プロセスが(おそらく大部分の地味な大変なところは省略されているのだろうが)表現されているのが、読んでいて大変面白い。

 確かに「ある行旅死亡人」だから、「あぁ、そういうことがあったのね」で済んでしまう出来事でしかないが、そこに気がつき(認知して)、調べていき、まとめていく。記者の仕事って、一つの表現活動なのだな、と思いながら読んでいった。一つの表現のために、膨大な準備と取材をして、入手した情報を、正確かつ伝わるように表現し、発表する。直線的に表現できるこの活動の見えない部分は、地道な情報収集、取材など、ほとんどが思い通りにいかないことばかりだが、時に点と点、線と線がつながってくる感覚があるのだろう。そういうかすかな情報をつなぎ合わせて、一つの記事(作品)になる。模索、練習、振り返りの膨大な繰り返しの上、作品として立ち上がってくる、そんなことが垣間見えるノンフィクション?であった。最初から最後まで、興味をもって読み通しました。

2024年6月29日土曜日

渡部陽一『晴れ、そしてミサイル』ディスカヴァー21、2023年、Kindle版。

  渡部氏が最も「柔軟」だと気づかされる。戦争の中に日常があることを語る。人を理解することが、相互理解の土台となり、真の意味での国際理解、平和への一歩だとする。さらに、ジャーナリストとしての情報の読み解き方についても言及がある。「戦場カメラマンの~」という独特な口調が印象的な渡部氏だが、本当にすごい人なのだと再認識させられた。Voicyもやってますよ。

https://voicy.jp/channel/2673

アレックス・シアラー著、金原瑞人訳『世界でたったひとりの子』竹書房、2005年。

  子どもが生まれること、それ自体が大変希少な出来事となった世界二生きる子どもタリンの視点で描かれる物語。PP(永遠の子ども)手術が一般化しており、老化を止めることができる世界では、「子ども」が大変重宝がられている。

 「僕は大人になりたいんだ!」と守られた環境から抜け出て、希少であることを捨てて、自分を生ききる選択をするタリンの物語。

2024年4月29日月曜日

荻野弘之、かおり&ゆかり『奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業 -この生きづらい世の中で「よく生きる」ために』ダイヤモンド社、2019年。

  自分ができることと、できないことを区別する。事実と評価は異なる、事実に善悪はない。どんなことであっても「善用」はできる。「自由に至る唯一の道は『我々次第でないもの』を軽く見ることである」欲望、判断、忌避、意欲は自らの欲望としてもいい(我々次第のもの)が、例えば、評判、身体、地位、財産などは、我々次第でないもの(裁量の外にある)であるから、として、軽視する。これを「禁欲」と呼ぶのが古代ストア派の考え方として紹介されている。この根本的な思考から、個別具体的な考え方が論じられる。

■以下、項目引用

84 人々を不安にするものは、事柄それ自体ではなく、その事柄に関する考え方である

132 「傷つけられた」と君が考える時、まさにその時点で、君は実際に傷つけられたことになるのだ

152 他人と同じことをしないでいながら、同じものを要求することはできない

164 他人をも自分をも避難しないのが、教養のできた者のすることである

アラン・W・エッカート『大草原の奇跡』めるくまーる、2000年。

  大学生も後半に差し掛かった学部3年生の頃から、修士課程を修了する直前まで、とにかく本を読もう、とアルバイト代を原資に毎月10,000円分の図書券(当時)を金券ショップで買って、10,500円分の本を買うということをやっていました。おかげで、当時JR静岡駅、静岡鉄道センター付近の金券屋で顔を覚えられてしまう始末。

 この本は、そんな頃に静岡市の谷島屋さんで、多分平積みになっていたものにピンときて、小説枠で買ったものと、時期的に思われます。それから、浜松帰宅後の数回の書籍整理を生き残り、前回帰省時に所沢へ移送してきたもの。状態が良かったので、そのまま読み始め一気に読み切ってしまった。

 私が生まれる前に、オーストラリアで出版されたものが、世界十数カ国で翻訳されたロングセラーらしいです。著者のことも、この物語のことも知らなかったのだけれども、日本でも古くに出版されたものが絶版となって、2000年に再版されたようです。

 自閉症っぽい男の子が、草原で遭遇したアナグマと二ヶ月間生活を共にした物語。一言でまとめるとこうなるが、その出来事を通じて起こる成長・家族の変化が、胸を打ちます。特に引き込まれるポイントとしては、アナグマの行動と、主人公ベンとアナグマとの生活の描写が、活き活きと表現されていること。訳がいいのかもしれないが、原著はもっとすごいのかもしれない。おそらく両方が素晴らしいのだと思う。結末も、フェードアウトしていくようなイメージの物語で、私は好きです。思わず頬が緩む。

 現時点では絶版となっているらしいのですが、文庫化とかされているのかな?いずれにせよ、図書館になければ、入手は難しいと思いますので、興味のある方はお知らせください、お貸しします。

■引用

230 ねえ、ウイリアム、あの子とアナグマはなぜだか切っても切れない間柄なのよ。私たち、理解するよう努めなくちゃね。理解できないとしても、あの子を助けてやりましょう。

阿部のり子『今さら聞けない!自治体係長の法知識』学陽書房、2023年。

  現在係長級の自治体職員Iyokiyehaの、まさに今の課題にぴったりの一冊。法律初学者にもわかりやすい説明文と、業務上の具体的な法律適用に関しては、勉強会の対話形式で説明が進行する。大変わかりやすい。

 業務にあたり、決裁文章をチェックしたり、自分が矢面にたってクライアントと相対する時に、法制度の知識というのは、自分の言動を裏付けるものであるといえる。この知識の特徴は「知らなければ守れるものも守れなくなる」こと。知っていて、正しく使いこなすことができれば、いろんな人のいろんなことを守ることができるのにも関わらず、だ。

2023年12月10日日曜日

鴻上尚史『青空に飛ぶ』講談社文庫、2019年。

  以前にAudiobook版を紹介した『不死身の特攻兵』のノベライズ版。太平洋戦争末期に、陸軍特別攻撃隊として九回出撃して生還した佐々木友次氏の生き様に触れた中学生荻原友人が、自分の生き方を見いだしていくもの。

 佐々木友次氏の経緯については、先に取り上げた『不死身の特攻兵』に詳しく、その概要版と言える。とはいえ、戦時中の日本軍の言動と、その命令に屈することなく「体当たりするくらいなら、爆弾を投下して帰還する方がいいに決まっている」と、自明の考えを曲げず、時にはしたたかに、とはいえ高いプライドを持ち続けて、9回生還した。この佐々木氏の人生については(仮に多少の誇張や誤解があったとしても)文句なしに面白い。思わず拝んでしまいたくなるほどの迫力と、感動があった。

 一方の荻原友人の物語は、いじめの描写が生々しく、実際に人を苦しませるいじめというのはこういう八方塞がりになっていくものなのだろうなと、気持ち悪くなるくらいであった。気づかない両親や教員、エスカレートするいじめ、クラスでは傍観者でもSNSでは気流に飲まれていじめてくるその他大勢のクラスメート、そして事実を告げられない閉塞感。他の読み物では、助けてくれる大人や友人がいて、救い出してくれたり、反撃をしたりしそうなものだが、(以下、一言ネタバレ)結果「逃避」というのが、また生々しい。実際には反撃なんかできないケースだってたくさんあるんだろうから、現実起点の物語として、この結びはちょうどいい感じだと思った。


■以下引用

96 身はたとへ南の海に散りぬとも とどめおかまし大和だましひ (中略)

  家をすて妻を忘れて国のため つくしたまへとただ祈るなり

238 いろいろ言われますが、船を沈めりゃ文句ないでしょう

250 日本人らしくないからだ。そうだ。そうなんだ。友次さんは、ぼくのイメージする日本人と違っていた。ぼくの知っている日本人は、大きなものに従って、じっと黙っている人達だ。

275 「強くはないさ。私は自分の寿命を生きただけさ」

 友次さんはきっぱりと言った。

 「寿命を決めるのは仏様。寿命がある間は逃げるわけにはいかないっしょ。自分で寿命を終わらせたらだめだべさ。寿命は自分できめるもんじゃないっしょ」

329 君が一人生き残ったのは、君が何かをしなければならんことがあるのです。フィリピンでがんばり抜いたように、これからも生き抜いてください。それが、君に死ぬなと言った、益臣(岩本大尉)の願いに沿うことじゃないですか

丸山正樹『デフ・ヴォイス -法廷の手話通訳士』文藝文庫、2015年(初出:文藝春秋、2011年)。

  CODA(Children of Deaf Adults)で元警察事務職員の尚人が、手話通訳士として殺人事件に巻き込まれていく小説。久々に小説を読んだことに加え、すっかり「この」世界に没頭した。小説の一気読みなんて、何年ぶりだろう。フィクションでありながらも、それほど明るい話題ではないのだが、落ち着いてじわじわとやってくる迫力と、随所にちりばめられたいわゆる「文化摩擦」とその架け橋となる手話という言語に、改めて意識を向けさせられました。ミステリの要素がいいスパイスになっており、一気に読ませる一冊でした。

■以下引用

97 幼いころから嫌というほど「家族と世間」との間の「通訳」をしてきたのだった。

123 彼ら(デフ・コミュニティを言語的少数者、文化的集団と捉える運動を起こしたアメリカのろう者たち)は、自分たちの集団を「耳が聴こえない」ことによってではなく、言語(手話)と文化を共有することによって成り立つ社会とした。その際、英語で耳の聴こえない人のことを表現するdeafという単語の頭文字を大文字にし、Deafという言葉を、新たに彼らのコミュニティのメンバーを指すものとした。

158 デフ・ヴォイス。生まれついてのろう者は、人前で滅多に「声」を出すことはしない。しかし、家庭内ではその限りではなかった。特に、「聴こえる」子どもを離れたところから呼んだりする場合などには。