2026年9月5日土曜日
前方飛躍受身
2026年4月5日日曜日
お稽古メモ 2026年4月~5月
5月17日 通常稽古
1 基本動作
2 座り技正面打ち三ヶ条抑え(一)
3 正面打ち三ヶ条抑え(二)
4 かかり稽古(三ヶ条投げ・アレンジ)
5月6日 合気道錬身会(所沢・川越)合同演武会
道場単独の演武会としては、6,7年ぶりになるか。川越武道館での開催に娘(次女)とともに参加してきました。お稽古の発表会の意味合いだけでなく、演武会になると、動画を撮ってくれる人が(ウチのカミさんも含めて)おられるので、自分の演武を客観的に観察できるいい機会になる。今回の気づきは、
・四ヶ条の動作がうろ覚え
・小手返しの時の相手との距離が測れていない
・やはり姿勢が高い。腰が低く成りきらない。
・残身の保ち方(指先、膝)
4月5日
1 連続技
(1)正面打ち/(2)正面突き
2 昇段審査規定技
(1)片手持ち四ヶ条抑え(一)※座り/(2)後技片手襟持ち三ヶ条抑え(一)/正面打ち側面入り身投げ(二)
1
(1)きちんと捌く、180度回転
・受け止め切らない、肘肩を返し切らなくても、きちんと捌ければよい。
・受けの腕を「伸ばす」位置へ、横に出る。下げない、上げない。受けの前足に体重が乗るように(かといって、引っ張らない)
(2)受けの腕が伸びている、のが重要
・仕手が手を引き込まない(引っ張らない)ようにする距離を保つ。
・とった手が、肩を支点にして動くところに移動しつつ、移動した終点で受けの前足に体重がかかるところで制御する。
・だから、正面打ちの捌きと、正面突きの捌きとで、受けとの距離、動作の終点の位置が変わる。
2(略)
・四ヶ条は、仕手の肩のところに面をつくって、腰の動きを連動させて、制御する。
2026年3月15日日曜日
お稽古メモ 2026年3月
●260315
●260308
●260301
2026年2月23日月曜日
お稽古メモ 2026年2月
2026年1月27日火曜日
お稽古メモ 2026年1月
2024年4月29日月曜日
昇級審査 240324
大人になってからテストを受ける機会というのは、めっきり減ったのだけれども、合気道を始めてから、定期的に審査がある。この緊張感はなかなか刺激的で、身体と頭がフル回転していることを感じられるいい時間である。若干空回り感もあるが。
「それなりに」というのが総論。お稽古は積んでいるので、それなりに姿勢も技のキレもよくなっているようには思うが、ここで物足りなさが出てきているのも、おそらく昇級のあるあるなのだろう。もっとできるようになりたい、が強くなった。前向きな気持ちは出てきているのだけれども、一方で能力的な自分の傾向、みたいなものも見えてきた。やっぱり私は、即時対応は弱い。昔っからそうなんだけど、偏差値が高くない人の典型、みたいなところは合気道でもやっぱり表面化していて、技の名前をぱっと言われても、ぱっと動けないあたり、多分反応速度なのだろうな、と思う。自覚ができたから、そういう脳トレをしながら、やっぱり記憶に定着するようなお稽古をすべきなのだろうな。
1級審査は「それなりに」じゃなくて、「やるだけやりました」と胸張って言えるようになっておきたいな、と思った。
2023年12月31日日曜日
合気道 自由技編 231225
6月の審査で3級に昇級して、茶帯になった。とはいえ、道場の一般部で末席なのは変わらず、それはそれで毎回いい経験とお稽古をさせてもらっている。秋口頃から、休憩時間に受け身のお稽古をやってもらっていて、ようやく飛躍受け身もだいぶ怖くなくなってきた。まだまだ形を整える余地だらけだけど、痛くなくなってきたのでお稽古にチャレンジできる、というのは自分の中での一つの成長といえるだろう。
以前習っていた昭道館の合気道では、乱取りが当たり前だったので、技のお稽古も割と実践的な動作・流れの中で行うものが多かったのに対し、今習っている錬身会では、型をひたすら重ねていくというお稽古。双方かじっている身としては、初めはどちらにも疑問があったのだけれども、最近になってそれが「ただ、入り口が違うだけ」と考えられるようになってきた。前述した受け身ドリルの中で、自由技をやり始めるようになったから、それが多分間違っていないんだろうなと感じるまでに至った。
型稽古のよくある質問に「実践的じゃないのではないか?」というものがある。こどもたちがそう感じるのも無理はない。ただ、お稽古を重ねて、錬身会でいえば自由技をやるようになると、これがとても実践的な取り組みとその準備、さらにその研究、ということがわかってくる。そしてその練習を成立・充実させるための受け身の技術、とすれば、型稽古がどれだけ体系的に体術を学ぶことのできるプログラムであるか、ということがイメージできるようになる。連続技になると、技の型を一部崩して、流れを止めない、動きの中で対応し続けることが求められる。そうなると理想的に受けられたときに詰めて詰めて詰めて詰めて抑える、ということではなくて、投げて次、投げて次、大勢いても、投げてかわして投げてかわして、が繰り返される。ここにきて、大変実践的なものであることに気づく。このことに気づくと、連続技をやらなくても、いつもの技の稽古が連続技につながっていることを実感できるし、連続技は型稽古の基盤がないと全く技がかからないことだってありうる。
錬身会でお稽古を初めて、薄々感じていたことではあるのだけれども、コロナ後、今年の初めに稽古を再会して、最近になって蓋が一気にはじけ飛んだ感じがしている。ますます面白くなってきた。
2019年9月14日土曜日
2017年11月25日土曜日
身体操法における正しい線
山梨県甲府市に住んでいた時に、学生時代の先輩に稽古をしてもらってから10年弱経って、新しい土地で、新しい人間関係の中での合気道再開です。楽しい。
甲府で習っていた時には、短刀乱取りありの昭道館合気道で、基本17本と乱取りを中心に稽古していたのですが、
https://shodokanaikido.com/
所沢では興武館合気道で、基本動作から技を一つずつ練習していくもの。
http://renshinkaitokorozawa.web.fc2.com/
最近は技の練習もするようになったので、少しずつ昭道館との違いを感じつつ身体を動かしています。
合気道の技のほとんどは、基本動作が組み合わさってできているので、わからなくなった時には基本動作に立ち返ってみると、いわゆる「正しい動作」のヒントが得られたりします。自分の立ち位置や相手の相手の立ち位置、体格なんかによってそれぞれ「正しい動き」が決まってくるのでしょうが、それに近づくと身体がすっと動く感覚は、他の運動では得られない身体感覚です。今のところ私はそれに「正しい線」という言葉をつけているのですが、これは稽古が進んでくれば、また違う言葉になるかもしれません。
基本動作一つとっても、膝を抜くタイミングによって、前に出る足の距離が変わったり、毎回自分の身体動作に発見があり、大変刺激的です。
2010年9月7日火曜日
頭痛?
なまじ勉強なんかしていると「そういや、こないだ手がしびれていたなぁ」とか「外傷がないのも変だなぁ」と、脳血管障害の可能性を疑って怖くなってしまうところですが、Webで調べる限りは、まぁ、とりあえず大丈夫だろうという結論に達する。
とはいえ、家庭を守る身ですから、今週たまたまとっていた年休の木曜日に病院でもいってくるとします。
何事もなければそれでよし。
それにしても、こういうときに、さっと病院に行けないのが、私を含めた日本のサラリーマンの現状なんだろうなと。
Iyokiyehaは、仕事も好きですが、その他も好き、特に家族は大事な人種ですから、年休はできるだけとるスタンスなんですが、何かの担当者としての肩書きが、そういったときの初動を遅らせる。
気づいていても、手が出せないという現状があるような気がしました。
健康第一。
なくしてわかる、親と健康とセロテープ(注:東海道新幹線「三河安城」線路北側に注目)、なんて言われますが、健康って普段はその「大事さ」になかなか気づかないものですね。
ガタがきている状態も、少しずつメンテナンスしていかないといかんと思った出来事でした。
2009年2月21日土曜日
ストレス発散装置
実習先の勤務時間が、日勤8:30~17:30で、自宅から車で30分くらいの場所だが、朝は車のラッシュもあるため、普段よりも早い時間(7時30分過ぎ)に出勤する。
朝、運動をする習慣のあったIyokiyehaであるが、今週は全く運動することができていない。
理由としては、
1.この時期の朝方は非常に寒く、起きぬけに水を飲んで屋外に出ることが果たして身体にいいのかどうかわからないこと
2.実家に私の家族が泊まっているときには、要らん物音を立てて、子どもを起こしたくないこと
3.そもそも、この時期の朝運動は辛い
というものである。
実習終了後は、「できるだけ家に仕事を持ち帰らない」というIyokiyehaの原則に則り、帰宅前にマクドナルドに寄って実習日誌なるものの取りまとめをするため、帰宅が19時過ぎになる。
夕食後、可能な日は太極拳などをしたわけだが、充分な運動量になっているかというと、疑問もある。
こういった状況に加え、先日から考えていたことだが、屋内運動と屋外運動は、消費カロリーを同じにしても、ストレスの発散具合は違うように思う。
イメージとしては、物理的な制限がなく、身体機能を活用できる環境下では、開放感が精神的ストレスに影響を与えるように感じることがある。
運動量のあるプログラム(入隊とか、ダンスとか)の実施は、消費カロリーは高いのだろうが、この精神的ストレスの発散度合いは、屋外運動のそれと比較すると、少し劣るように思う。
屋内運動でも、思い切り走り回れる環境だと、また違うのだろうが。
やはり、週に2,3日は、屋外で思いっきり身体を動かしたいものである。
ひいては、それが心身ともに健康体でいるための秘訣のようにも思われる。
2009年2月8日日曜日
ルールの違いと間合いの違い
最近は、師匠との乱取り練習の中で10本に1本くらいは、自分の意思で技が出るようになった。
時々、脇固めや中途半端な下段が決まることもあり、ますます楽しい。
きれいに技をかけたはずなのに、きれいに返し技を決められると、くやしいがそれもまた上達の証かもしれない。
先日、通常ルールとは違う乱取りをしたときのこと。
「足を持って、正面当てをやっていい」(わからない人にはわからない表現でごめんなさい)ルールだったのだが、不思議なことに普段腰をかけられる時には安全な間合いで、見事に技を決められ、またすっとばされた。
多分、足一つ分くらいの微妙な間合いだと思うが、それでも狂わされると簡単に飛び込まれて技を決められてしまう。
不思議。
この微妙な差に気づけるようになったこと自体、多少は上達している証拠なんだろうし、合気道を始めた一年くらい前よりは神経反応も変わっているのだと思う。
2008年12月23日火曜日
身体が連動して動く
http://iyokiyeha.blogspot.com/2008/12/blog-post_21.html
(2008年12月21日投稿)
合気道で技が発動する時、自分から出力される力はそのほとんどが「直線」ではない。
動作が直線に見えても、相手に伝わっている力はいくつかの別のベクトルによって生み出される複雑な力である。
合気道や太極拳によって繰り出される力が、他の打撃系の武術と違うのは、このあたりなのかもしれない。
下半身は、低い位置を這うように、先日考察した「前進」をしながら、腕は肩から大きな円を描く、それと同時に肩の回転とは違う回転量で腰のひねりが元に戻る。
それらが連動することで、自分の腕を通じて相手に加わる力は、勢いをつけて体当たりするのとは全く別質の力になる。
面白い。
身体の各部位の動作が、それぞれ独立しながらも、相手に加わる力としては合成され、それも独立した複数の動作から生成される力のため、力と力によって相殺されるような質の力ではない。
ある一点でかかる力に対し、それを相殺しようと思っても、時間の経過(一瞬だが)とともに、力の方向は変化を生む。
これが、合気道をやっていて面白さを感じるところでもある。
この「各部位の独立した動作が連動する」ということに関連して、毎日やっている木刀の素振りでの気づき。
最近、袈裟斬りがスムーズにできるようになった。
以前は、袈裟斬りの動作をすると、肩と肘に「つっかかり」を感じ、どうしても手首に負担がかかっていたのだけれども、ゆっくりと何度も肩を意識して練習したところ、以前よりもスムーズに肩と肘が連動するようになった。
手首に要らん負担はない。
自らの身をもって、人体の面白さを体感している。
神経系の動作は、奥が深い。
2008年12月21日日曜日
「前進」に関する一考察
「前進」する際の、足の運びと身体の連動に関すること。
ちなみに「ひょんなこと」=「娘を抱いてあやしていた」である。
歩行や走行動作の際に、後ろ足を蹴って前進する方法では、後ろ足の蹴る力によって前進する力が生成される。
この場合、最も強い前進する力は、後ろ足で蹴った力が運動エネルギーへと変換され、身体動作速度が最大になった時に生まれる。
この力は、後ろ足を「蹴る力」によって生成されるため、力の大きさは足の筋力次第ということになる(部位に関する勉強は未実施)。
これまで、何となく「感じ」や「予感」はあっても、不可解だった合気道の理合(りあい)の一つは「後ろ足で蹴らずに前進する」ということ。
もちろん、全く蹴らないことはほとんど不可能であるとは思われるが、蹴る力ではない別の力を利用して、身体を前進させるという理合である。
娘を抱いて、揺らしてあやしている時に、ふと「つつっっ」と身体が前進した。
いつもと違う感覚に気づき、動作を何度か復習してみる。
ちなみに、娘はその感覚が快刺激なのか、ニヤニヤと笑っている。
理合を言語化すると、以下のように表現される。
つまり、体重のもつ「位置エネルギー」(重力に従い、真下に働く力)を、身体動作を調整することによって、身体全体を前進させる力として開放することである。
直立すると、体重の分だけ位置エネルギーは存在しているものの、直立する足の筋力と均衡がとれるため、エネルギーは解放されず留まったままである。これが「気をつけ」の姿勢。
通常の歩行・走行動作は、この真下に働いている位置エネルギーに対して斜め上気味に地面を「蹴る」ことによって、身体を前進させる。
一方、合気道的な動作では、腰と足の位置を「調整」することによって、位置エネルギーの「落ちる位置」を調整し前に押し出すことにより、結果として身体が前進する。
感覚としては、身体の中で「前に動こうとするエネルギーを溜め」つつ、膝の関節を調整し足を前にスライド「し始める」のに合わせて、腰が前進し、身体がそれについていく感じである。
位置エネルギーによって生成された前進エネルギーが、一旦身体内に溜まり、引き絞った弓が元に戻るときのように力が開放される。
この力が人に伝わると、伝えられた方は一瞬にしてものすごい力がのしかかってくるような感覚に襲われる。
師匠に正面当てをかけられたときに、ふっとんでしまう時のような感じなのだろう。
感覚を掴むためのとっかかりができたので、また動作によって意識化していこうと思う。
ちなみに、宮本武蔵が言ったこととして、師匠から「剣は身体動作についてくる」といったことを紹介されたが、そのことに関する思索もまた、深めたいと思う。
最近、袈裟斬りの動作が安定してきて、肩や肘のつかえもとれてきたことと、関係があるかもしれない。

2008年10月15日水曜日
大きな水瓶のような・・・
言葉でまとめるのは難しいのだけれども、例えば手の甲。
左手の甲を右手の親指で押さえていくと、他の部分とは違う痛みを伴う箇所がある。
そこは、おそらく「ツボ」みたいなところだと思うのだけれども、その場所を押さえる右手の使い方で、ただの圧迫か、突き抜けるような圧迫になるかの違いがある。
同じことは、足の甲にも起こりうる。
相手の足の「ツボ」みたいなところを、自分の足の親指で押さえていくと、やはり痛みが違う箇所があり、押さえ方によって突き抜ける痛みを発することがある。
「ツボ」みたいなところを「身体の継ぎ目」とでも、とりあえず呼んでおくことにする。
そして、押さえ方は、「体内の力の流れの出し方」とでも捉えておく。
この後者の表現は難しいところだけれども、圧迫する力に「気」を乗せるとでも言うのだろうか。
同じ押さえ方でも、それが手首を起点とした親指によって作り出される圧力なのか、それとも、目に見える動作を伴わなくとも、体内の骨格および筋肉、果ては血流みたいなものの動きが一体となって生みだされる圧力なのか、という点で、力の出方が全く違ってくるといえるのではないだろうか。
それは、水を多めに入れた水瓶を担ぐと、水瓶の中の水が動くことによって、重心が変化する様子に似た感覚のようにも思われる(完全に密閉した容器に水を入れた時に、内部で水が動くかというと、私は知らないところだが)。
太極拳の動作にも似たところがあるように思われる。
「身体の継ぎ目」に、「体内の力を集中して出す」ことによって、身体の内部にダメージを与えるらしいですから。
合気道は、「身体の継ぎ目」を利用して、「体内の力と移動力」によって相手の身体を制御するとでも言うか。
共通点はありそうですね。
2008年9月10日水曜日
足で崩す
「くるな」と思えば、相手の技が発動してからそれがかからないように動くことで、相手の技をさばくこともできる。
バランスを崩していると、話は別だが。
この「バランスを崩す」がポイントで、師匠の動きを見ると、相手の肘を持って押し込んだり、引いたりと、いくつかの動きを組み合わせて、自分が技を出しやすい体勢に相手をコントロールする。
この「崩し」も難しいところで、上半身(腕や手)を使って押したり引いたりすればいいかというと、そうでもない。
師匠曰く「相手の肘とかに、自分の手を『ひっかけて』、足を動かすことによって力を伝えていく」とのこと。
なるほど「移動力を伝える」というのは、こういう小さな動作にも通ずるものかと。
やってみると、なるほどと思う。まだまだ無駄が多い動作だけれども、感覚は味わえた気がする。
2008年9月7日日曜日
腰が動く力
それは、人間の「移動エネルギー」は、「腰」が最も効率がよいということになるのだろうか。
言語化がなかなか難しいのだが、師匠と手刀合わせをしていて感じたことである。
お互いに手刀を合わせて、相手を押し込んでいく稽古がある。
その時、手刀の形を維持することであるとか、正中線を保つとか、いくつか気をつけることはあるのだけども、それらを一致させていって、最も効率よく相手を押し込めた時の感覚を言葉にすると、「全身で腰の動きを支える」ということ。
具体的には、全身するときに、足を蹴った力で全身するのではなく、重心が前に移動していくのに合わせて膝をコントロールし、腰の全身を妨げないようにする。
同時に、上半身は正中線と手刀の形を維持し、「膝のコントロールによって開放された腰の移動力を、手刀を通して相手に伝えていく」とでもなるか。
これまでに自分がしてきた動作とは、少し身体感覚が違うので、ちょっと違和感があるのだけども、この身体の使い方を、自らの意志でコントロールできるようになったら、きっともっと強くなれると思う。
2008年8月3日日曜日
横面打ち
今日は、木刀を振っていて気づいた「横面打ち」。
今まで、重い木刀(Iyokiyehaは2本の木刀を所持)で横面打ちをすると、手首が痛くなったのだが、軌跡を意識して正しい軌跡と足の動きを調整して振ってみると、これまでにない音で振り切れた。
横面打ちは、中段の構えから、上段に大きく振りかぶり、振りかぶった際、肘を微妙に前後にずらすことによって、軸を捻らずに刀がねじられ、肩から振り下ろす際に肘の軌跡を調整することによって、相手の頭の高さを側面から打つ振り方。
合気道の手刀動作で、片手で相手のこめかみを打つ動作を、木刀を持ったまま合成した時に生まれる振り方である。
振り方だけに注意すれば、手首は痛くないのだが、そうなると木刀を振る速度が落ちることには気づいていた。
今日はそこに、足の運び方を加えてみた。
すると・・・
「ぶぉっ」という鈍い音とともに、これまでにない軽さと速さで振りぬくことができた。
びっくりした。
移動力を手刀を通して相手に伝える合気道の応用によって、木刀の振り方も多少変化しているように思う。
この振り方、向かってくる相手には、移動力は小さくコンパクトに振りぬくことで、軸を外して相手の攻撃を避けるのと同時に相手を打つ方法として使えそうです。
移動力をフルに使う方法では、相手が何らかの形で後方に崩れたり、間合いを取ろうと下がったときに踏み込んで振りぬくことにより、一番効果的に使えそうな技になりそうです。
・・・とはいえ、剣道にはこの打ち方がないし、そもそも木刀をもって人とやり合うことはないので、あくまで想定の中での話ですが。
合気道の乱取りへの応用は、今後検討します。
自分の身体が変化していくのに気づくのが、面白い今日このごろです。
2008年7月30日水曜日
当身技
http://homepage2.nifty.com/shodokan/kyogi10a.html
(昭道館本部Webより)
合い構え当て以外は、どれも一度は型で教わっていたが、どれも乱取りの動きの中では使えていなかった。
「移動力を手刀を通して伝える」ということが、頭ではわかっていても、感覚として理解しきれていなかったからだろう。
改めて技に取り組むと、正面当てと合構え当て、逆構え当てと下段との共通点が見えてくる。
もちろん、どれも「移動力」が鍵なのはわかっているけれども、前方への崩しから戻ろうとする相手の体重移動に合わせて飛び込む前者と、相手と組んで距離がないところから腰をぶつけながら相手の後ろ側へ移動するような足の運びで移動力を伝えていく後者。
加えて、手が相手に張り付くような感覚と、力の合成によりどんな力が相手にかかっているのか、いまいちよくわからない後ろ当て。
徒手乱取りの中で発動した下段は、これまでIyokiyehaが「やろうと思ってやってみた」下段とは一線を画していた。
「あっ、かかってるかも」と思いながら前進した結果、師匠の返し技に思いっきりひっかかったのだけれども、タイミングはとりあえずいいらしい。
2008年7月21日月曜日
第36回関東社会人合気道競技大会
(大会パンフレット)
Iyokiyehaにとってはデビュー戦です。
合気道を習って一年と少し。
力試しを兼ねて、新しいことへの挑戦の意味を含め挑戦です。
結果は、順当に一回戦敗退でしたが、3分間の試合で一日分の疲れを作ってしまうほど、濃厚で充実した緊張を味わうことができました。
武道の試合って大体短時間ですが、短時間に見合ったことをするということも肌で感じられました。
個人的な結果は、練習して何とか使いものになりそうにしていた技(2つ)が全く発動できず残念だったというところです。
欲を言えば、一つくらい勝ちたかったというのが正直なところでしたが、何もやらせてもらえない相手(Iyokiyehaが負けた相手は、一般の部で優勝しました)にあたって、当面の目標が浮き彫りになったのは、長い目で見たら大きな収穫だったかもしれません。
(こんな雰囲気・注:私の試合ではない)
前半始まってすぐに、緊張なのか準備が充分じゃなかったのか、息切れしてしまって思考に身体がついていかなかったことがあり、「待て!」で場所につくのをゆっくりして息を整えたり。
突きが入らず、相手に距離を縮められ、下がる一方の試合になってしまったこと。横にさばくとか、相手より早く離脱して突く距離を稼ぐとか、何らかのスキルが必要です。
体捌きのパターンが読まれて、後半になって続けて二本とられてしまったこと。
そもそも、相手に多く突かせないように、距離を保つことを教えられていたのに、あまり足が使えていなかったこと。
などなど、課題はたくさんあがります。
組んだときに力は入っていたのだろうけれども、姿勢が割と良かったことを指摘してもらえたことと、至近距離で相手の逆構え当てっぽい技をかわせたのは、意外と冷静に対処できていた証拠かもしれないとも思いました。
時々、こういうのはいいかも、と思った次第です。
もっと腕をあげて、一般の部で上位に食い込めるようになりたいなぁと、素直に思っています。
そして、改めて「合気道って面白い!」と思えるようになりました。
応援してくださった皆様、ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。