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2021年7月25日日曜日

働くことコラム10:生活支援の限界 -生活リズム

 久々の「働くことコラム」です。最近、雇用支援について身内向けに説明文書を作っているので、そこで改めて考えたこと。

 これから書くことの結論を先出しすると、

・生活リズムを治せるのは自分だけ

・目標か危機感の共有がなければ動かない

 ということです。

 職業カウンセリングのなかで、求職者の相談を受けていると、「仕事ができる/できない」以前の問題で、仕事が決まらない、仕事が続かない、という人が少なくない。支援計画にも「生活リズムを整えましょう」と書いてあって、本人の署名があったりします。話を聞いてみると「分かっているのだけども、早起きすると調子が悪いんです」とかなんとか。具体的に就寝時間と就寝前の時間の使い方を聞くと、24時過ぎ就寝で、直前まで動画を観ている、などなど。

 当時はカウンセラーを名乗っていたこともあり、「○○してみましょう」「■■を試してみましょう」なーんて提案(説得?)していたのですが、今振り返ればなんて悠長なことをやっていたのか、とくやしい気持ちで一杯です。もちろん、組織の都合もあったので、当時はそれで「やむをえない」と思いこんで仕事をしていたわけですが。

 今、私が支援者として、こう言ってきたクライアントが目の前にいたらどうするかな、と考える。私が策定する計画には「○時頃起床して、□時に家を出る」という目標にするかな。指標は自宅を出発する時間でドライに評価する。方法は助言をするけど、基本的には本人任せ。2週間経っても変化がなければ、計画再策定や助言を重ねるけど、職業リハビリテーションや就労支援という枠でできるのは、これくらいかな。

 そもそも、生活支援って限界があるんです。自分の目の前で生活を観察することは困難を極めるものだし、万が一観察できたとしても、観察者がノイズになって通常生活を送れなくなる可能性が大なので、やれたとしてもおそらくやらないでしょうし、やる意味を考えたら労力が成果を上回る事例と言えるでしょう。

 大切なのは、「計画策定」の本来の意味のところです。本人のサインをもらうのが本質なんじゃなくて、「本人が納得して同意する」ことが重要。本人(クライエント)、支援者、関係者がみな同じ方向(目的)を向いて、そのための指標(目標)を共有して、これができてはじめて「本人のペースで」取り組んでいくことが求められます。

 はっきり言っちゃえば、理由はどうあれ、なんだかんだ言って生活リズムが変わらない人って、「自分の枠内でしか物事考えない」(≒考えられない)人がほとんどですから、自分の中に危機感や理想像が浮かび上がって、内発的な動機付けにならない限りは、行動が変わることはないでしょう。ただ、内発的な動機に変わった時に急激に変化することがあるので、それはきちんと支えないといけませんが。

 このコラムで繰り返しになるかもしれないけれども、仕事の現場で通用する「自分の力」って、それが「習慣になっているもの」だけです。業務遂行の技能だけは、とってつけた知識が結果を左右することもありますが、もっと土台の日常生活・社会生活の部分に関しては、習慣=土台になると思います。単発の技能は土台になりえない。ということで、支援者に求められる技能は、「助言の知識とスキル」「クライエントをやる気にさせる(危機感を煽る)相談スキル」「変化を見極める評価のスキル」という当たり前のことと、もう一つ「変わらないことを受け入れる覚悟」みたいなものじゃないかな。間違っても「生活リズムを、外(支援者)から変えられる」と思わないことです。

2019年12月22日日曜日

働くことコラム09:雇用支援と就労支援

このテーマ、学術的にどのように分類されているのかということは、まだ調べていないのであくまで現場感覚ということで。

私の職歴は「11年間、障害者雇用支援をやってきました」と言える。転職後、今でもこの表現を意識して使っている。大半は「あぁ、就労やっていたのね」という反応です。全く間違いと言い切るわけではないが、厳密にはやっぱり間違いです。
ここで言うところの「就労」というのは、そのまま「就労支援」のことを指すわけですが、この言葉を踏み込んで(障害者支援諸分野で)その意味をつけるならば、「福祉の立場で対象となる人が『働くこと』を支えること」になるでしょう。
一方で「雇用支援」とは何かといえば、「雇用関係が、広がり、維持され、適応状態がよくなることを支えること」となるでしょう。

「就労」は人を、「雇用」は関係を支えること、これが言葉の意味する本質かと思います。
「じゃあ、Iyokiyehaさんは、障害のある人を支えてこなかったの?」と言われれば、答は「否」です。もちろん、現場の支援職ですから、人を支えてきた(つもりです)し、雇用する企業を支えてきたつもりです。結果として自分は「雇用支援をしてきた」と思います。私の仕事を身近に見てきた人ならば、私の仕事が「就労支援」では収まりきらないことは感じられていたものと思います。「そこまでやらんでも」と言われたことの中には、私が「雇用支援」として大切だと思っていることが含まれていたと考えていました(もちろん、無駄はありましたが)。

ここから先はこのコラムとは別の話題で深めていきますが、制度として「純化」されたものや、定義のあることと、それを具現化するための現場で施行することとの間には、ほとんどの場合差が生じます。制度が現場の意見を反映していればしているほど、その差は小さくなると思いますが、それだけではなく時が経てば施行当時の背景とは環境が異なるわけですから、差は大きくなりやすい、ということができると思います。

自分が就職や転職を考えた時に、厚生労働省の雇用対策に関するデータが自分の就職活動にはほとんど役に立たないのと同じように、雇用支援施策は「その対象者のとなるべき人の背景と制度設計上の対象者像が異なる場合、効果は著しく削がれてしまう」ということが言えると思います。職業訓練の受講指示をがあったとしても、主体的に取り組む意思が弱い人には残念ながら効果が薄いのが、雇用支援施策全般に言えることだと思います。

働くことって、それくらい「わたし」が大切になります。希望だけじゃなくて、自分の置かれた環境や職歴を含めた自分の背景、が大切で、それは自分の生活の上にしか成り立たないものといえます。

2019年3月24日日曜日

働くことコラム08:会社を選ぶ理由2 -夢を語るか、現実を語るか

 Q「志望動機がうまくかけないんです」

 就職活動をしている人と関わると、立場はどうあれこういった質問があります。履歴書や応募書類に記載する「志望動機」欄の内容ですね。

 Q「この会社に入って、どうしたいかわからないんです」

 先に「立場はどうあれ」と書きましたが、Iyokiyehaさんは支援者としてだけでなく、就職活動をする身であった時期があるので、当事者として同じ問いを発していました。○○という会社に入った自分はどうしたいのか?地方公務員になった自分は何をしたいのか?
 「企業分析が足りません」と言われてしまうかもしれませんが、実際に就職活動をする身になると、対象となる組織のことを調べれば調べるほど、自分の能力との乖離を感じ、何もできないような気になってくるし、まして地方公務員なんていう職は、配属課が違えばやる仕事なんか全く違うわけで、Iyokiyehaさんの場合は特に「自分の10数年の経験がそのまま活かせる部署はない」ため、どうしたものかと悩んだものです。
 もう少し突っ込むと、私の場合は相手が勘違いしてくれる経験でしたので、その勘違いを逆手にとりこちらの土俵に引き込んだ上で「経験に関わらず何でも挑戦したいです」みたいに広がりをつけて自分を見せていくという手法をとることが結果につながったわけですが、世の中そううまくいくことばかりではないわけで。

 とはいえ、上記を含めて、基本的な考え方は「労働市場や応募者属性の中で、自分はどう位置づけられるだろうか」ということを考えた上で、その「見え方」に沿った準備をする、ことは変わらないと思います。このことは先にコラムでとりあげた話題である「自分はどのようにみられているのか」ということと関係してきます。

 わかりやすい例をあげれば、新卒採用と中途採用とでは見られ方(≒採用基準)が異なるわけです。では、それぞれ何が求められているのか。
 一言でいえば、新卒採用者には「大きな可能性」が求められ、中途採用者には「経験に基づいた柔軟な発想を持ち込むこと」または「最先端の知識・技能を生かした、新しい事業の原動力」といったところでしょう。中途採用の場合は、どんな求人かということによってもその内容は大きく変わってきます。要は、どんな求人なのか、そこに応募してくる人はどんな人達なのか、その中で自分はどんな位置づけなのか・どうあるべきなのか、ということから、ある程度は答えが導かれると思います。

 「志望動機」を考えていく時に、この点を外してしまうと「御社の企業理念に共感しました」みたいな、ちょっとかっこいい言葉を並べて、自分のことを何も伝えられない内容になってしまいます。
 人によって、求人によっては、大きな夢を語ることが回答となるようなものがあるのかもしれません。自己啓発に関する読み物や、いわゆる成功者の手記やインタビューなどには、そうした「夢」を言葉にすることが語られていることがあります。ただ、私がこれまでに接してきた自他併せ数百件就職活動において、そうした大きな「夢」を語るよう求められたのは1件のみです。多くの場合は「現実を伝わる言葉にする」ことが求められるのでしょうし、たとえ「夢」を語ることが求められたとしても、その時は「自分の描く夢を、伝わる言葉にする」ことが求められるのだと思います。そう考えれば、これまでに重要としてきた「自己分析」を広く深く行い、自分の核と言えるものを伝わる言葉にする作業はどんな就職活動にも求められる基本動作だと考えることができます。この基本動作と、求人や採用の背景とが交差したところに、「求められる志望動機」があるわけです。

 よく言われる「自己分析」と、いつも足りないと言われる「企業分析」。「企業分析」は「求人分析」とも読めるでしょう。どんな会社が、どんな人を求めているのか、自己分析によってまとまる自分は、そのどこに当てはまるのか。その「接点」が、応募する理由でしょうし、いわゆる「志望動機」になるんじゃないでしょうか。

 ちなみに、Iyokiyehaの地方公務員への転職活動においては、転職動機の核は「子どもたちのふるさとにしたい」で、この街に住み続ける理由で理論武装しました。自分のキャリアに関しては、公務労働を「人権を守る仕事」「住民を(様々な角度から)守る仕事」とまとめ、この言葉に今までの仕事の意味とこれからの未知の仕事の意味とをこれらのキーワードに乗せて面接に臨みました。その問答がどう評価されたかはわかりませんが、少なくとも「まずい回答」にはならなかったと思います。

2019年3月2日土曜日

働くことコラム07:会社を選ぶ理由1 -まずは自分の理由

 就職活動の相談において、これまたよくあるやりとりでした。

 Q(提出された求人票を見て)  「どうして、この会社を選んだの?」
 A1「仕事内容が希望している『事務』だからです。」
 A2「ホームページを見たら、経営理念がよかったからです。」
 A3「希望条件と合うからです。」

 まぁ、様々だったわけですが、Iyokiyehaさんは「もっと個人的な理由はないの?」と追い打ちをかけていました。大抵、黙ってしまうか「・・・通いやすいから」といった回答だったでしょうか。
 面接対策にも通じる「志望動機」ですが、労働市場にいる多くの人が「『近いから』じゃだめと言われた。会社を調べてみて経営理念がいいと思ったから、書いてみた」と持ってきます。支援者が「これじゃあだめだ」と言ってしまうと、就職者はなにを書いたらいいかわからなくなってしまいます。しかし「これでよし!」と言えるものが出てこない。就職活動を支える現場において、お互いの言葉がすれ違いやすいところだと思います。
 一支援者だったIyokiyehaとしては、「近いから」でもいいと思っています。ただしこれには条件があります。それは「自分の就職(転職)における企業選定の理由と合致していること」です。例えば、足に障害があるので長距離通勤が困難であるから、自宅に「近い」企業を選んだ、という理由ならば納得感を得られやすいでしょう。あるいは、震災の時に帰宅難民になったことがあって、家族を守る必要があるから、最悪の事態でも3時間歩けば帰れる場所で選んだ、というのも理由にはなりそうです。「電車の振動で酔いやすく、電車通勤が自分にとっては苦痛でしかないので、徒歩か自転車で通える場所にした」でもいいでしょう。この「近いから」が唯一無二の理由でなければ、上記はいずれも就職活動の場面でも通用するある程度の理由になりえます。
 「近いから」で盛り上がってしまいましたが、ここでの要点は、「自分にとっての就職(転職)理由は、個人的なことでもいい」ということです。理想的には「キャリアにとってどういう位置付けか」を加えて両輪となるのがよい、とされています。志望動機対策全般にも通じてきますが、上記を企業の選定理由にも反映させて「見せる」ことが重要です。ちょっとまとめてみると、
 1 自分にとっての就職(転職)理由を明確にする。
 2 会社の選定理由を1と連動させる。
 ということです。ここはバラバラに考えがちだけれども、連動させることが、相手の納得感につながりますし、何よりここを考え抜くことによって、面接対策になってきます。自分の核が定まって、それが一つか二つの文章に集約できれば、それが決めセリフにもなるし、どんな質問がきてもその核を外さなければ一貫性のある回答が可能となります。
 ちなみに、上記のまとめだと1→2の順で考えがちですが、2→1の順に考えが深まっていく、ということもあります。その意味ではこれらはサイクルとなって、就職活動が終わるまでいつまでもいつまでも考え、意識することになってきます。
 ということで、会社の選び方は「自分の就職(転職)理由と連動した理由で選ぶ」か「適当に選んで、自分の就職(転職)理由と連動させてみる」と、大きく2つあることになります。選んで、考えて、書いてみる。考えて、書いて、選んでみる。あるいは、書いてみたら、深まって、選べるようになる」など、様々なパターンがあると思います。求人は生物(なまもの)ですので、自分にとって「最も良い」ものを選びたいところですが、実際には、「その時々で、自分にとっての最善を選ぶ」ことになると思います。

2019年2月24日日曜日

働くことコラム06:希望する賃金はいくら?

Q「希望する給料はどのくらいですか?」
A「月給で20万円くらいほしいですね」

 前職では、不思議なくらいこのやりとりが多かったです。同業者あるいは「働くことを支える支援者」なら「そうそう!」って言ってくれそうですし、関連する仕事に就いている人も「あるある!」って言ってくれそうな気がします。
 「20万円」に根拠はあるのか?と調べてみると、東京都における初任給平均が、大卒で210,500円、高卒で172,300円でした。ちなみに私Iyokiyehaが育った静岡県では、大卒で199,300円、高卒で160,900円と地域差があります(厚生労働省)。もう一つ。給与総額の平均は、355,223円だそうです(いずれも月給)。なるほど、大卒者が「20万円!」って言うのは、好意的にはわからないでもないわけです。ただ、個人的には「よくわからない」というのが本音です。
 ちなみに前職で勤務したある施設の就職者の平均賃金は、自己申告ベースでもう少し低額でした。そもそもデータの信ぴょう性が微妙なので参考値でしかないのですが、上述した統計(最近信ぴょう性が揺らいでしまっていますが…)における平均値を上回ることはなかったようです。
 ただ「希望する給与(月収)」と「平均給与」は意味が違いますよね。例えばIyokiyehaさんは、現在39歳で妻と3人の子どもと暮らしていて、妻は週2日ほど仕事をしています。持ち家になった今転職を考えた場合と4年前賃貸に住んでいた頃に転職を試みた時とでは、希望する給与は異なるでしょう。友人で独身者のAさんや、所帯を持っていても子どもが一人ならまた異なる希望給与になるでしょう。家族状況だけじゃなくて、趣味の有無や、広く生活スタイルで、希望する給与額は大きく変わってくるでしょう。
 何が言いたいのかというと、「希望する給与」とはそれくらい個別性の高いものであるということです。その平均値をとることには、景気の推移を確認するなどの意味はあるのですが、個別の希望給与の参考になるかというと疑問があるわけです。
 それにも関わらず、再就職者の多くの割合の方が「月給20万円」というわけですよね。ここに何があるのか。ざっくりとした生活設計であってほしいです。好意的には。けれども、それ以外である可能性もあります。
 いろいろ考えられるのだけれども、就職活動においての要点は、やはり「自分にとって必要な額を希望給与として根拠をもって提示できるかどうか」です。自分の生活を知らない人(応募先、具体的にはその面接官)に対して、30秒くらいで「あぁなるほどね」と思ってもらえることと、求人票等で提示されている給与額と大きな差がないことが、採用する側の「納得感」になると思います。
 あたりまえのことですが、採用する側の理屈としては、
 1 求人票、求人情報は公開しています。
 2 応募してくるのなら、それらは確認しているよね?
 3 この条件でいいってことで、応募してきているよね?
 というのが「前提」です。ですから、面接練習なんかで「希望する条件はありますか?」という質問例があるのだけれども、これは人づての紹介で応募する場合や、求人が公開されていない場合、あるいはハイレベルな採用活動で「その人」に合わせた雇用条件を作っていく場合の質問であると考えるのが自然でしょう。「求人の給与は少し安いんだけど…希望で伝えてみます」ということを何度も聞きましたが、その「数万円の賃上げ交渉に、根拠はありますか?」
 この話題において、私はある人の一言が忘れられません。その方は、人生経験豊富であるにも関わらず誰にでも敬意をはらって接することができる人で、自分の置かれた状況を受け入れながら次の一歩を踏み出そうとしている方でした。
Q「条件はあまりよくないと思うのですけれども、生活は大丈夫ですか?」
A「これもご縁ですよ。ある分でやるしかないですよね。そういうものですよ。」
 うーん、納得するもしないもこれが本質だと、心底納得させられた一言でした。

 表層的な話題にしておきました。というのも、この話題、突き詰めれば「労働対価の算出」なんていう、経済学の本質に迫る内容になっていくので、あくまで一人の元職業カウンセラーの就職活動に対する向き合い方ということで。

2019年2月17日日曜日

働くことコラム05:採用活動から見た面接 -ニーズの有無

 例えば、あなたが自宅でのんびり過ごしている時に来客があったとします。その人が、

 「はじめまして。ちょっとお宅に上がらせてもらいたいのですが、いいですか?」
 と言ったとしたら、あなたはこの人を自宅に上げますか?お引き取り願いますか?

 もう一問。
 例えば、半年掃除せずに荒れてしまった自宅をあなたが掃除したいと思っている時に来客があったとします。その人が、
 「はじめまして。私は清掃業者の営業です。今閑散期で仕事が欲しいので、格安でお宅の掃除をします。いかがですか?」
 と言ったとしたら、あなたはこの人を自宅に上げますか?お引き取り願いますか?

 単純なニ択にしているので、答えを出しにくいかもしれません。ただ、多くの方は前者より後者の方が抵抗感は少ないと思います。いずれも「自宅には上げない」と回答した人に追加で「もし、どちらかを上げなければならない場合、どちらを選びますか?」という質問にすれば、ほとんどの方は後者を選ぶのではないでしょうか?
 では、その理由はどこにあるのでしょう?
 そんなに難しくないと思います。まずは自宅にいる「自分」が、何かを欲しているか否か。前者は特にニーズがない状況、むしろ来客は迷惑だと思う人もいるでしょう。後者には「部屋を掃除しなきゃ」と思っています。ここには「部屋をきれいにする」等のニーズがあります。
 次に、来客側がどんな人物であるか。前者は初対面だというだけの情報、どこの誰だかわからない。後者はとりあえず清掃を生業にしている(らしい)ことはわかる。世間一般的な「信用」というところで天秤にかければ、後者の方が情報がある(と思われる)分、信用度は高いといえます。
 このように要素を分解して比較することで、(1)自分が欲しているものを提供してくれる、(2)世間一般的な信用が若干高い、ことを理由に、家に上げてもらえる可能性は後者の方が高くなると思います。

 さて、前置きが長くなりましたが、企業の採用活動というのは、この立場を逆に考えることになります。もちろん、ヒューマンリソースの立場からもっと詳細でもっと高度な分析方法がある、ということは理解していますが、実際に労働市場に出た場合、その人の置かれた立場は飛び込み営業のそれと似たところがあります。
 就職活動の現場でいろんな人の話を聞いてきました。
 「私には、専門技能がないから雇ってもらえない」
 「こないだまで働いていて即戦力だから、すぐに採用されるよ」
 「同じ業界長いから大丈夫」
 いろんな意見があります。否定的に「自分は採用されない」と思いこんでいる人の多くは、戦う場所を間違えていることに起因することが多いですし、楽観的に「すぐに採用される」人の多くは、特定企業への就職活動における戦略を考えていないことが多かったです。だから、就職活動がくじ引きみたいになってしまう。就職率や応募者数に翻弄されてしまう。じゃあ、1人の採用枠に自分1人が応募したら必ず採用されるか?といったら、確かに採用されやすいけれども確実とはいえないでしょう。そんなこといったら、早いもの勝ちになってしまう。就職活動の戦略そのものが変わってしまいます。
 大切なのは、当該企業の置かれている状況や背景から、「採用活動はどんな立場で行っているのか」「どんな人を欲しているのか」を感じ取って、就職活動の方針をそれに合わせていくことが必要になってきます。
 例えば、公務員試験は(1)年度採用数が決まっている。「○人程度採用する」ことがあらかじめ決まっている。(2)任用方法は決まっている。(3)自治体にもよるが、基本的に要領がよく協調性のある人を欲している、わけですよね。いわゆる一般企業においては、定期採用か中途採用かで大きく変わります。新卒定期採用ならば、(1)年齢や卒業年の枠が当てはまるか。(2)可能性をどう評価してもらうか。(3)会社が欲している人材像に自分をどう当てはめていくか、といった点が重要ですよね。中途採用の場合は、(1)そもそも雇用「しなければいけない」状況なのか、「してもよい」状況なのか。(2)配置部署やプロジェクトが決まっているのならば、そこに必要な技能を持っているか、(3)新しい環境への適応をどう評価するか、といったところが要点になると思います。この場合の(1)は冒頭の質問のように、ニーズがあるのかないのか、と似たようなイメージですね。

 自宅に上がってもらうか、や、話を聞いてもらえるか、ということはこういったことと関係しているものと考えられます。企業に問い合わせて「求人出しているから」と言われて、訪問できたとしても、とても雇用する意志があるとは思えない企業もたくさんあります。
 一般的に言われていることや、根拠のない助言、過小評価によって戦略なき戦いを挑まないようにすることが、就職活動におけるPDCAになると思います。自己分析と併せて対象分析も怠らないこと。ただし、いずれも100%はありえないので、やるべきことをやってきちんとふりかえることによって精度を高めていくことが求められると思います。

2019年2月11日月曜日

働くことコラム04:就職活動って何だ?

Q「そろそろ、就職活動を始めようと思うのですが・・・」
A「じゃあ、まず応募書類作ろうか」
Q「えっ・・・」
 さて、求職活動編です。
 上記やりとりは、前の職場で雇用支援に携わっていた時に、求職者とのやりとりでよく起こったものでした。大体この後、「宿題」を課していくのですが、ここには多くの求職者の認識と、支援者との認識の間にずれを感じます。
 支援者の中にもいろんな人がいて、いい求人が出てきた段階で突貫で応募書類を作らせる人、訓練の成果を待って応募書類を作らせる人など様々でした。そうした人たちからすれば、私の方法は随分急で無駄な作業であるように写ったようです。
 自分の4年前の転職活動がまさに「自己分析の積み重ね」だったので、こんなやり方をずっとやってきたのですが、具体的に言えば「職務経歴書はフォームを埋めてから、何度も修正するもの」ということです。履歴書はしょうがない、志望動機と通勤時間の欄以外はほとんど変わらないのですが、職務経歴書は就職活動の戦略を反映させられる唯一の書類です。土台となる内容と応募する会社によって内容や表現を組み替えることが求められますし、それを可能にするのは一度や二度では足りない「自己分析」です。
 そこで自分を分析するツールが必要になります。よっぽど機知に富んだ人でないと頭の中で自己分析をすることは難しいので、自分のことを書き出して、時間をおいて眺めながら少しずつ深めていく過程をたどることになります。本屋さんに行けば、この助けとなる書籍はたくさん見つかります。それらも有効だと思いますが、私が自分の転職活動の時に使ったのは、ハローワークインターネットサービスの「履歴書・職務経歴書の書き方」です。
 https://www.hellowork.go.jp/member/career_doc01.html
(WEB:ハローワークインターネットサービス)
 無料で、必要事項が網羅されているので、書類作成に一週間程度時間的余裕がある人にはおすすめのツールです。ある業界や業種に特化したものではないので、あくまでも「自分を棚卸しする」ツールとして推薦します。

Q「自己分析ってどうやるんですか?」
A「自分に対するいろんな・あらゆる質問に答えてみること。そして時間をかけて、その回答を磨き上げていくことです」
Q「どれくらいやればいいんですか?」
A「自己分析に終わりはありません。就職活動の応募毎に区切りがやってくるだけです。」

 こういう質問集が役に立つと思います。
○鈴木俊士『公務員試験・自己PR・志望理由がらくらくかけちゃう質問150』
 多分、この手の就職本は本屋さんに行ったらいろいろあると思います。上記の本は、私が転職活動した時に使ったものです。新卒者向けの内容なので、少しアレンジが必要でしたが、これに掲載されている質問をバカ正直に、何度も何度も書き直してみました。この書類が上記「履歴書・職務経歴書の書き方」を使うための材料になりました。自分の就職活動と併せて、前職で自分がアレンジした質問集をツールにして20人くらいに勧めました。バカ正直にやった人は、書類の質が二段階くらい上がったように思います。ほんの数人でしたが…

 就職活動って、こういうものを使って何度も何度も自己分析していくことと、同じように応募先のことを調べていく。自己分析と企業(団体)分析とが両輪になって、応募書類はその真ん中で出来上がってきます。就職を考える15歳以上の人について、応募書類に書くことは「ある」わけです。なぜならば、自分と会社の間で書類は出来上がるんですから。何もない会社が世の中に存在しないように、それまで寝たきりで意識のない人以外は何もない人はいないわけです。ただし、自分の何をどのように表現するか・できるかというのは、就職活動の技能となるわけです。
 よって、
Q「就職活動って何をやるんですか?」
A「自己分析と企業分析を通じて、応募書類を作っていくことです」
 という回答になるわけですね。いやぁ、わかりやすい!って思っているんですが、どうでしょうか?

2019年2月2日土曜日

働くことコラム03:求人の見方

 前回、「事務職はパソコンに向かう仕事じゃないぜ」って話を書いたので、就職活動の話へ進む前に、ちょっと寄り道。

 「事務職」って聞いて、どんな仕事を思い浮かべますか?
 関連して、
 「軽作業」って聞いて、どんな仕事を思い浮かべますか?

 職場によってこんなに内容が異なる言葉も珍しい。ただ、企業としてはこう書かざるを得ないから、こういう表現になっているのだろうし、こういう表現でしか募集できないから、職業紹介業務が人の仕事としてあり続けるのだと思います。
 確かに「事務職」って聞いたら、オフィスの中でパソコンに向かっているイメージでしょう。それは間違っていない。ただ、そこで行われている処理は、「その会社の維持に必要なことを分業している」に過ぎないわけです。何が言いたいのかというと、その会社なり組織を「維持するための仕事」がわからなければ、そこで行われているパソコン作業は「データの入出力」でしかないわけです。そしてその作業を表す求人票上の文言は、正しくは「事務補助」や「データ入力」です。業界用語で「キーパンチ」なんて呼ばれることもあります。手書きのメモをデータ化する、リストのデータを定められたフォームに入力する、これらは「事務補助」か「データ入力」業務として表記されるべきでしょう。
 さらに踏み込むと、その会社で扱っているものやサービスによっても意味が変わってくるものがあります。もちろん事務職、事務補助、データ入力などもその企業や組織の在り方によって、内容は異なります。この点では「軽作業」の方が特徴が出やすい。
 以前、こんな相談がありました。
 「『軽作業』って書いてあったのに、扱う荷物には重いものもあるので、また腰をやっちゃったんです。『話が違う』って言ったんですが、とりあってくれなくて…それで、もう無理、と思って辞めました。」
 Q「その会社って、何を扱っていたの?」
 「運送会社だったんで、いろいろありました。」
 Q「…」
 私は雇用問題には敏感だと思っていますが、これは相談者の誤読と、紹介相談や面接で何を聞いたのか、どんな助言をしたのか・しなかったのか、ということがとても気になりました。
 「軽作業」で求人を出している会社の扱っているものが、小物やアクセサリーなら、きっと細かい作業になりそうですよね。でも、運送会社で、扱うものがメール便(古いか!)と限定されていなければ、重量物を扱うなんてことは、容易に想像がつくでしょう。そもそも、就職活動の時に確認すべきだし、診断がつくような腰痛もちならば、そのことは応募書類に記載するかどうかは別として面接の話題にはしてもいいんじゃないかな。

 私の職歴には、そんなにまずい職場はありませんでした。聞く話によればしょうもない会社もいい会社もいくらでもあるようですが、ちょっと立ち止まって考えた時に、そもそも自分の期待を押し付けていたりしていないだろうかと、謙虚に振り返ることも大切じゃないのかな。私みたいに「(人事と評価は人がするものだから)事務職採用ですから、何でもやりますよ。」っていうのでなければ、ですが。

2019年1月26日土曜日

働くことコラム02:資格とは

 職業訓練を通じて就職を目指すことをイメージしている人に、
 Q「職業訓練でどんなことを学びたいですか?」
 と質問すると、その多くから、
 A「資格をとって就職したいです。」
 との回答が聞かれた。
 Q「どんな資格?」
 A「就職に役立つパソコン系の・・・」
 といったやりとりである。
 求人の数で多いのが事務系だから、事務系での就職をイメージして、これまで勉強したことがないからパソコンスキルを身につけ、資格欄に書ける資格取得のための勉強をする。勉強意欲そのものを批判するつもりはないが、現状認識が間違っていると思ってきたし、ある期を境にこのことは直接語ってきた。
 私が考えていることは、大体以下の通りである。
(1)資格には2種類ある。自分の実力を証明するものと、専門職に就くための切符になるもの。
(2)資格取得だけでは就職活動を勝ち抜けない。
(3)事務職=パソコンで仕事するわけではない。
 もう少し補足すると、まず、資格そのものの位置づけが「就職できるもの」ではない(1)(2)。百歩譲って「就職に有利になる」ものにはなりうるし、世の中にはある特定の職種について、その基礎資格がなければそもそも就職できないというものがある。例えば、学校教員であれば教員免許が必要だし、福祉専門職なら社会福祉士や精神保健福祉士が必須という職場がある。そういう類の資格であったとしても、資格は「自分の実力を証明するもの」であり、勉強の成果を証明するものである。資格の種類や就職先の業務内容によって、就職が有利になる可能性はあるが、資格取得をもって就職できるとは期待しない方がいい。
 もう一つ加えておくと、特にパソコンに関する資格(様々であるが、MOSやパソコン検定などをイメージ)について、資格を有していることが事務職の就職活動に与える影響は大きくないことである(3)。わかりやすく言えば、事務職に就きたいならパソコン以外のことをちゃんとやらなきゃいけませんよ、ということである。前回の「生活リズム」はいうまでもなく基盤になる。事務職で求められることは、ルーチン作業は正確に素早く処理できること、他の人の仕事の指示の意図をくみ取って正確に作業できること、次々と持ち込まれる作業指示を自分なりに整理して漏れなく・間違いなく行うことができる、といったどちらかというと理解力や遂行機能を発揮する業務といえる。その仕事を助けるという意味ではパソコンは大きな武器であるが、必須スキルかと問われると一部の職場をのぞいては「そうでもないよね」と言うのが多くの職業人の認識であろう。現場第一線で活躍している人の中に、パソコンの資格を持っている人もいるけれど、それよりも必要なスキルを必要な時に身に着けている人がほとんどだろう。
 若い人の親御さんが「パソコンの資格があれば事務系で就職できる」と思いこんで、子どもに吹き込んでその気にさせてしまっていることが目立った。はっきり言って百害あって一理もないし、それにとらわれて他の人の助言が聞こえなくなってしまっている人もいた。間違った情報をあたかも正しい情報であると信じ込んで、検討違いの努力に時間を費やすことになってしまったことの責任はどこにあるのか。一義的には本人であるが、それを行動にまで落とし込んで修正しない大人にも責任はあるんじゃないか?
 職業訓練に関わっていた頃、私は事務系訓練の指導員の先生方に
 「Wordの資格要らんから、Excelだけやって、後はビジネススキルとか簿記の訓練やってよ」
 と提案したことがある。回答は様々で、よく協議して一部のプログラムを修正してくれた先生はいたが、大体は、
 「Wordから入った方が進めやすいんだよ」
 「何か見える成果(資格)がないと」
といった理由で、数ヶ月かけてWordやるんだよね。就職直結しない資格だって、みんな肌感覚ではわかっているはずなのに・・・
 前回と同じ事例ですが、個人的に就職の応援をした40代後半女性は、経理関係の職業訓練を受けて、簿記2級は不合格でした。それでも、就職は決めて働きはじめています。資格の有無じゃないっていうことの一つの証明になるような気がしますけれども、どうでしょうか。

2019年1月20日日曜日

働くことコラム01:やっぱり生活リズム

 一応、前職では「働くこと」の支援をしてきたので、いわゆる「就職本」にはあまり書いていない、働くことに関することを少しずつまとめておこうと思います。ラベルは「働くコラム」。雇用支援をやってきた経験と、30代半ばを過ぎて転職したある中年男性の雑感だと思ってください。

 いろんな人の就職活動をしてきて、
 「働くために必要なことは何ですか?」
  と何度も質問されました。その都度、
 「何だと思いますか?」
 と質問し返していました。
 この質問に自分なりに考えて何か発言するか、そうでないかで随分「ふるい」になると思います。
 ポイントは、その人に職歴があるならば「自分で考えることができる」かどうか、あるいは「経験を振り返る気がある」かどうか、職歴がなければ「自分で考える気がある」かどうか、というあたりです。
 もちろん、その人なりの回答が得られれば、それを起点に相談は継続していましたが、私なりの一応の解答は「(少なくとも)自分の生活が整っていること」となります。具体的には、朝起きて、食事をとることができて、日中何らかの生活をして、夜床に就くことができること、です。起きて、活動して、回復する、のサイクルがその人なりにできていることを評価していました。
 できているかどうかは別として。単純なことだと私は思っていますが、「働く」ことって、自分の生活リズムに「働く時間」が入り込んでくることです。スケジュール帳で一日の時間帯を記入できるものを使っている人はイメージしやすいと思いますが、自分の生活を帯状に記録しているところに「仕事」っていう項目が日中ど真ん中にでーんと入ってくるのが就職するっていうことです。だから、それを入れ込んでも生活が成立するかどうか、今やっていることを「仕事」に置き換えられるかどうか、ここが「働くために必要なこと」の根っこだと思います。
 この点についてよくある落とし穴は、就寝・起床リズムが狂っているのに「仕事が決まれば起きれます」と言い張っている人が、結局夜の習慣(ゲームやWeb関係)から抜け出せないとか、平日仕事後に「どうしても欠かせない趣味(いろいろありましたが、半分以上はゲームやWebだったな)」を入れ込んで眠れなくなる、生活予想の段階で日中に「仕事」を入れたら一日が24時間では足りなくなる(そもそも生活リズムが成立しない)といったことがありました。
 最近、個人的に就職の応援をした40代後半女性は、無職になってからも、朝は7時までに家で生活する程度の身支度は整え、家事をして、日中は勉強するという生活をしていたようです。先日会った時に「せめて朝だけは起きるようにしておかないといけないと思って・・・」と言っていましたが、その通りだと思いました。