2024年2月17日土曜日

身体の栄養、頭の栄養 再び 240216

  私にとっての観光というのは、名所で感動することとは少し違って、新しい土地をとにかく歩くこと、なのだと気づく。行った先々で、名所をつないで、いわゆる「いいところ」を巡るのも悪くはないが、要所とは違う移動中に結構面白いものがあったり、思わぬ感動に見舞われたりすることが多い。結局思い出になるのって、名所で撮った写真じゃなくて、途中で買い食いしたこととか、ちょっと立ち寄った場所にあった社とか、そういうものだったりする。そんな細かな思い出が頭に詰まっているので、どうにも一緒に行った人とは話題が合わなかったりということも少なくない。まぁ、それはそれ、これはこれ。

 年末に、雑事に、時間に追われずいい飯食った、という話題を書いたが、再び似たようなことをしてみた。同じ街だけど、巡る場所を少しずらして、でもご飯は一緒の店で。満足感が半端ないんだけど、とはいえ、行った場所で名所と呼ばれるようなところは一カ所だけ。後は美術館とか、小高い丘とか、そんな感じ。休みをとって、ウチでぐだぐだごろごろしているよりも、よっぽどリフレッシュになる。とはいえ、ここまでで歩数計が23,000歩を超えているので、身体はそれなりに疲れていそうだが。

 「旅のスタイル」なんて言うと大げさだし、たかが数回やっただけで何をそう語るわけではないけれども、「ここ」と決めた街の駅に降りたら、観光案内みたいなパンフレットを手にとり、その中から1,2カ所選んで歩いて行ってみる。一日楽しむなら、もうこれで充分だ。以前、旅行に行った先でやったことだが、とかく家族には不評である。というか「なんでそんなところへ行くの?」みたいな質問がとぶので、そういう面倒はカットして、1~2時間一人で散策する。これがいい。街も同じようにやってみたら、これがまた面白い。歩く道すがら、買い食いしてみたり、普段目に留めないような看板を読み込んでみたり、目立たない史跡に立ち寄ってみたり。頭と身体を使うことが、結果としてリフレッシュになる、というのは、私という人間の特徴なんだな、と改めて実感させられる。結局、出不精だったり、時々人と会うのがすごく億劫になる「病気」の原因は、こういう身近なことで充分楽しんでいられる性格も手伝っているのかな。まぁ、「病気」の方は、それだけじゃないのだろうけど。

 超繁忙になる前に、繁忙中だけれども、戦線を外れてお休みしてみた感想です。たまにはこういうこともやっておかないと、今年は心から、気持ちからやられてしまいそうなので。来週からまたがんばろうっと。

2024年2月10日土曜日

関心とか無関心とか、コメントはコメント

 インターネットでニュースを見るのは、何か気になることがあったときくらいだから、記事が見つかったら、やることやっておしまい、という使い方ゆえ、コメントに目を通す、なんてことはないわけです。

 それでなくても、ブログでもSNSでも、コメントでいい思いをしたことなんかほとんどないので、そういうものからは極力距離をとっています。私の情報収集は今でも新聞と雑誌だったりします。「情報が偏る」とか言われても、そもそも「何かの立場によって編集された情報」ということを念頭におけば、自分で考えるための材料になる、Iyokiyehaはそういうものだと思っています。で、私の情報網には引っかかってこなかったもので、ウチのカミさんがわざわざ教えてくれた記事なんですが、まぁ今年度の私に直結するものなので、記録を兼ねてリンクだけ。

 個人的にはいろいろあるんだけどさ、個人にどうこう、遺族にどうこう、外野があーだこーだ、公共空間で適当なコメントつけるのもどうなんだろうと思う。まぁ、あれか。ある出来事に対して、不特定多数の人たちのごく一部がどう感じているのか、ということを知る空間だと思っておけばいいのか。

https://x.gd/LqYBn

https://x.gd/LXkvA


年休・新所沢パルコ再び 240209

  職場の新年会の日だが、病気が出た。お休みをとって、久々に妻と過ごす。午前中は家事を片付け、庭と竿地の雪を片付ける。

 昼食には「うな長」のうな重特上をいただく。地元の人はだいたいみんな知っている。うなぎの味もさることながら、ここはとにかく雰囲気がいい。ご夫婦の人柄だろうか。付け合わせの漬物も肝吸もやさしい味で、丁寧な仕事が食事から垣間見える。お二人の人柄も相まって、地味に静かに最上の時間を過ごすことができる。

 うなぎに舌鼓を打ち、ヤオコーで買い物して一度帰宅。一休みして、近所へ買い物。日常品を買って帰宅。

 次女のギター教室の送り迎えで、新所沢パルコへ。閉店セールが本格化しており、店内も商品が減っている。お目当てのリュックは安くなっていないので購入せず。それもまたよし。スタバで時間をつぶしつつ。教室が終わるのを待つ。隣の席で、夫婦と未就学児の兄弟が騒いでいる。金切り声はちょいとNo Thank youだけど、まぁ多少騒いでもいいじゃないか。穏やかな心持ちで過ごせる空間。店舗建物は今月末で閉店となり、跡地にはおそらく高層マンションが建つらしい。前の市長が開発会社に商業施設を設置することの申し入れをしたようで、その後本件は情報クローズになっているのだけれども、とはいえ新しく商業施設がやってくることはないだろう。所沢市民になってから、ずっとお世話になっているのだから、ちょっと感傷的になってしまうとはいえ、この街だって変化し続けていることを鑑みれば、それは至極自然なこと。新しい街の姿は、新しいことが生まれて、変わっていくのだろう。

 とはいえ、目下ちょっと困るのは、身近な無印良品がなくなっちゃうことと、映画を観に行くのに、どこへ行けばいいのかな~ということ。本屋さんは近所に新しくできたけど、他の店舗は、近所に移転しないからなぁ。新所沢の中心の一つがぽっかりしてしまう感じは否めない。

要求の矛先

  今の職場のこの時期は、いろんな問い合わせが殺到する時期。お問い合わせなら上品に聞こえ、要求となると広義のクレームカテゴリーに入ってくる。申請が希望通りにならないのだから、不満前提の対応になるのだけれども、ここで言うことが「動かせること」と「動かせないこと」に分かれてくる。前者は折り合いをつけられるが、後者は言ってもムダであって、時間の浪費と同格になる。対応としても、質問レベルならどちらも丁寧に扱うが、そうでない場合には、前者は丁寧に、後者は塩対応になりがちである。「訴えるぞ」とか「名前覚えたよ」とか言われることもしばしば。なんだかなぁ、と思う。

 そもそも、分からないことを質問して、分かった上で希望を要求する、というのが申請の仕組みである。それを適切に受理して、適切に処理して、適切に結果が出る。この一部にでも当方にミステイクがあるのならば、それは謝罪してすぐにやり直すか、救済措置を考えるかの判断になる。でも当方にミステイクがないのならば、それはどんなに強い口調で、どんなに法的知識があったとしても、どんなに面倒な手続きを踏ませたとて、結論を覆すわけにはいかない。他の申請者との整合性がつかないことはやるべきではない。

 加えて、「上を出せ」的な問い合わせに対して、対応を変わったところで、「どうにもできないこと」カテゴリーの場合には、どんなに泣きつかれたとしても、できないものはできないのである。先日、その人が所属する会社の決定判断に、ウチの書類が必要だから、締め切りと手続きの終わっているものの申請書を出したいとのこと。受理できない。受理できない以上、書類作成もできない。こちらが正規の手続きを曲げる必要はないし、それによってできない証明を出すこともできない。「そんなこともできないんですか?」「助けてくれるところなんじゃないですか」とか散々言われましたが、これは矛先が違う話であって、譲歩は決定を下すところに行うのが筋ではないですか?という対応をせざるをえなかった。会社が必要だというから、会社の決定に使うから。それをなぜウチがルールをねじまげなきゃいけないんですか?それは決定権者が譲歩するべきであって、こちらが譲歩することはない。そんな押し問答を1時間くらい。矛先が自分に向いていない出来事に巻き込まれてほぼ1時間。こうなると、時間の無駄である。

 強い口調で言われると、つい、焦って「何とかしなきゃ」と思ってしまいがちだけど、実際には「何もしなくていい」選択肢があるってことを知っておいた方がいい。

新所沢パルコにて 240123

  妻が病院で検査を受けている間、来月で閉店する新所沢パルコのスターバックスで時間をつぶす。自分で時間を決めているわけではなく、待ち時間なのでぼんやり過ごすことができる。オーディオブックで小説を聴きながら、人の行き交う様子を眺めることができる。おしゃべりに興じる婦人、若い女性たち、カップル。いろんな人が行き交う向こうに、ベンチで穏やかにかけている老夫婦。その老夫婦が子連れのお母さんに声をかける。些細なことだけど、心穏やかになる瞬間って、壮大なダイナミズムの中だけじゃなくて、ごく身近な生活の中にも、確かにちりばめられていて、一つ一つがその瞬間の営みとして存在するのだなと、当たり前のことだけど、改めて感じた時間でした。

 そんな日常の店舗も、来月で店じまいとなると、ちょっと感慨深い。所沢に住んで以来、ずっとなんだかんだでお世話になってきたからな。ホントお世話になりました。

病気がでた 240120

  昨晩は職場の新年会。管理職中心のところに、係長級が声をかけられるという集まり。正直この手の集まりは苦手である。もう一つ付け加えると、職場の集まりというものは基本的に苦手である。今の面子がどうこうというわけではなく、そもそも苦手、という話だ。

体調不良 240103

  起床後、朝のおつとめをしていたところ、急に気分が悪くなり、横になった後、吐き気がしてお手洗いにて嘔吐。驚く。発熱なし、体調不良感もなく、まぁ昨晩の鍋で最後肉をたいらげたことの後遺症であると一旦結論づける。それくらいしか心当たりがない。その後、さすがにジョギングはやめておこうとウォーキングに出かけるが、途中から身体が重くなり、帰宅間近ではめまいがするほど。朝風呂を浴びると、めまいがひどくなって余計に気持ち悪くなる始末。さすがに吐くものがないので、特に被害はないものの、そんな調子なので午前中は寝込んでいた。何の体調不良だろうなぁと思うけれども、悩んでもしょうがないので、やっぱり胃もたれと、偏頭痛のひどいものの影響としておく。明日以降も続くなら受診しないといかんな。

 昨年末くらいから、よくわからん体調不良がちょくちょく起こる。秋口からは、髪を切りに行って頭皮の異常を指摘される始末。髪型整えに行っているのに、健康状態までチェックしてくれる美容院はありがたい限りである。わかっていて、知らされて、それでも実をひく選択肢がないのが今の職場状況でもある。自分で覚悟したのだから、今年度あと3ヶ月は何とか逃げ切ろうと思うが、来年度「フツーの」補充がなければ、多分緊張感の緩みとともに、一気に体調にでるだろうな。そんな不安はある。

 とはいっても、自分の身体は自分で守らねばならぬ、ということで、職場なんかよりも、自分をきちんと第一に据えて動かないといかんなと思う年始でした。何か世の中はいろいろありすぎて、新年早々情報を絞り込んでいるところですが、そんな風にも実を守りながら何とかやっていかんといかんな。

元旦に思う

  2024年初日。昨晩飲酒した上、紅白歌合戦をなんとなく最後までラジオで聴いていたこともあり、寝坊。午前7時前に目を覚ます。そういえば、昨晩は床についてからやけに肩の痛みが気になり、何時間もまどろんでいた感じがあった。なんとなく寝付けず。

 普段、休みの日の朝の時間は一人で起きて、朝の家事を一通りやって、ちょっと日記をつけて、時間があったら少し読書して、ジョギングかウォーキングにでかける、というのが日課なのですが、今日は「元旦ランニング」なるイベントに長男が出かけるということで、(私は放っておけばいいと言ったのだけれども)行く前に朝食を食べたいとか言い出す息子のために準備するというカミさんを起こすことになる。長男は起きず。私は朝のおつとめを済ませてジョギングへ。私はジョギング中は何も聴かないスタイルなので、ひたすらに走る走る。途中、近所の神社・神明社に寄ろうと思ったのだけれども、人がひっきりなしに出てくるので、通過。西新井の熊野神社でお参り。航空公園で元旦ランニングの参加者と思われる一団を横目に(息子がいないことを確認し)、公園を抜け、国立リハの敷地内を横切って走る。夜勤明けと思われる職員さんから「お疲れさま~」と声をかけられ、いい気分になる。帰宅すると、息子が朝食を摂っているのを見て「あらまぁ」と思ったことが口に出てしまう。我ながら余計なこと。ひとっ風呂浴びて、朝食。昨日、カミさんが思い立って作ったおせち(の一部)とお煮染めに舌鼓。朝食後はのんびり洗濯物を干して、だらだらして昼食。手抜きカップ麺。適当に食べた後、靴を磨いて、お参りにでも行こうと外出。こども達はもうついてこないが、一人は一人で気楽なので、てくてく。近所のお店がいつまで休みなのか確認しつつ、愛宕神社へ行くも初詣と思われる人達の行列が保育園の知覚まで伸びていることに驚き、通過。次女が食べたいと言っていた所沢団子を求めて、神明社の麓にある武蔵屋さんの前まで行ってみるが、6日までお休み。想定範囲。再び神明社へ。人の多さに驚く。中会談から上って、そのまま鳥居の方へ降りる。降りたところに新市長。いろいろ考える。行列は旧庁舎の向こうまで伸びていて、これはこれでびっくり。何もできていないものの、心だけ穏やかになって岐路へ。途中、なんとなく福袋的なものが買いたくなって、コンビニとかウエルシアさんとか寄ってみるが、なんかピンとこない。エミールさんに「福袋」の文字が見えたのでお店の前まで行くけれども、「売り切れ」と貼り紙、残念。帰宅すると、空気のこもった感じの居間で息子が大音量でなんかアニメを観ているので、自分のスペースへ。いろんなことに考えを巡らせ、今年は音声配信なんかができるようになったらいいなぁ、なんて漠然と考える。入浴、夕食を摂って片付けて今に至る。

 普段、元旦に自宅にいることがないので、ふらふらと近所を散歩してみたのだけれども、実家や親類宅で過ごしている人は、今でも初詣って行くのだな、という実感を得て、なんとなく心穏やかになる。それでいいですかね、そんな日があってもいいじゃない。

2024年1月1日月曜日

2023年総括、2024年の抱負

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 昨年はコロナ禍から緩和ムードが見えてきた頃でした。自分の生活は、というと地方公務員になってから初めての異動で、これまでとは全く違う分野の質の違う仕事に、一つ昇格した形で配置されたことでその適応に四苦八苦していました。その中で、以下の目標を立てていました。

1 読書の継続 30冊+Audiobook30冊分+αで音声コンテンツ

2 10分体操+素振り15,000本

3 30分程度を目安にした勉強習慣をつくる(習慣化)

4 仕事のスキルを向上する

5 心穏やかに過ごす


 1の成果は、書籍は15冊+ちょっと、Audiobookは27冊分。音声コンテンツは、昨年と同様にVoicyでは「話し方のハナシ」(高山ゆかりさん)、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」(深井龍之介さん他)、コテンラジオはクルーに登録しました。他は、ラジオドラマや落語に関する番組を聴くようになりました。耳学中心にインプットの質は良くなっているような気がします。質的には充実している実感はあります。それでも読書冊数が減ってしまったのは、単純に時間外勤務時間が跳ね上がったことによる、読書時間の確保が難しくなったことがあげられます。仕事のことは4あたりで。

 2は、継続できています。朝はラジオ体操第一と700歩弱のウォーキング、素振りがほぼ毎日できました。素振りは20,500本程度までいきました。週末はジョギング+ウォーキング、iPhoneのヘルスケアによると、雑ですが一日平均9,900歩程度になりました。ぶらさがりは週末だけになってきてしまいましたが、無理のない運動は継続できています。身体を動かすことで2023年の一番の成果は、合気道を再開したことです。6月には3級昇級し、帯の色が茶色になりました。ますます面白い合気道です。昨年気になった易疲労は、それほど気にならなくなったのだけれども、とはいえ、慢性的な寝不足で、不調が続いているのも事実。頭皮の腫れ物とか、仕事中の寝落ちとか、具体的な事象があるので、回復に努めたい。

 3は、1の書籍冊数の減少、4の仕事の状況と連動しますが、やっぱり単純に時間がとれなかった。法知識は広げておきたいですが、残念ながらほどんど手がついていません。

 4は、今年はこのことに翻弄された一年でした。仕事のスキルは上がっていると思いますが、横展開に終始したというか、2年目の理解(業務と法制度とのリンク)がほとんどできなかったのが残念なところ。ただ、所属課の状況(同格職員の戦線離脱と、所属係の職員退職)に伴い、2つのグループの統括を掛け持ちするという変速シフトに志願せざるを得ない状況だったこともあり、その体制が結局1年続きそうな情勢であることから、去年の1.7倍くらいの仕事量になっており、時間・体力ともに削られた一年でした。時間外勤務は年末までで400時間/年超でやばい状況です。500時間を超えないように調整したい。

 5は、相変わらず不愉快を感じることは多いのだけれども、去年よりはうまく流せるようになってきているかな。まだまだのところもありつつ、人を嫌ってしまうことを是としているようなところもあるので、言動のバランスは注意しないといけないと思う。

 この他、チャレンジしてみたことは、半日サボりとか、勝手にぶらり途中下車の旅みたいなことを積極的にやってみたり。2月のスーパーボウルは毎年のことですが、10月末のVoicyフェスは結構参加できたよね。川越一人旅はなかなかチャレンジングでしたが、結構おもしろかったです。川越制覇しつつ、他の街にも挑戦してみたい。こんな頭の緩め方、はもう少し頻度を上げてやってみても面白いな、と思います。家族では、奥武蔵の休暇村へ行けたかな。夏は家族でコロナになっていろいろできなかったけど、それでも秩父と熊谷には行けたよね。


 いろいろ振り返ってみて、今年もいろいろありました。それを踏まえて、2024年の抱負・目標は、昨年とは大きく変えず、以下の通りかな。

1 読書の継続 30冊+Audiobook30冊分+αで音声コンテンツ

 これは継続しよう。読書が30冊超えになるように時間を捻出すること。あとは、読んだ本を整理して、一年かけて自宅の机周りがきれいになるようにすること。

2 10分体操+素振り15,000本+週末ジョギング、合気道昇級

 継続。合気道で黒帯目指したいから、その基礎体力は習慣化の中でつけていくことにしたい。通勤は徒歩で、10,000歩/日を目指す。今年は1級まで昇級したい。

3 30分程度を目安にした勉強習慣をつくる(習慣化)

 今年こそ。時間を捻出して、場所・内容を問わず読書でも勉強でも、何とか習慣化すること。少しでも法律知識を磨けるように。昇任試験もそろそろ意識しないとね。

4 仕事のスキルを向上する

 法制度と業務との接点を作る。いろいろ身につけたいけれども、まずは今の職場で求められる法制度と業務との接点を可視化すること。

5 心穏やかに過ごす

 数年越しの目標になりそうです。他人のあらは指摘してしまうのだけれども、じゃあ自分はどうなんだ?と常にメタ認知が働くように、感覚を磨くと共に、様々な学びを通じて、人との接し方について、あらゆる対人技能の習熟を通じて磨いていきたい。

 で、これらの目標を、少なくとも4月、9月には見直して、必要な軌道修正を測っていくことをやっていこうと思います。まずは3月まではサバイブすること。駆け抜けるぞ。

 以上、2023年のふりかえりと2024年のとりあえずの目標でした。2024年もどうぞよろしくお願いします。なお、お気づきの方がおられるかもしれませんが、年賀状による新年の挨拶については、諸事情により年々縮小しています。いただいた年賀状に年賀状でお返しできていない方が出てきてしまっていますが、あらかじめご了承ください。

2023年12月31日日曜日

身体の栄養と頭の栄養 231225

  前回のアップで、身体にガタがきているという話を書いたが、休むことといいものを与えることって、一緒にしてしまいがちで実は異なることと実感する。

 Iyokiyehaの場合、仮に休日に身体を一日休めていたとしても、自宅ではいろいろ気になって(大体は何か言われる)、外出しても時間が気になったりして、どうにも気が休まらない。おまけにトレーニングのない一日は、何よりも身体がなまってしまい、そのこと自体に自分がストレスを感じてしまう。

 もちろん、いつも通りの生活に、ちょっと身体にいいものを食べたり飲んだりすることは、自分にとっては心地のいいものだけれども、どうにも私の家族の嗜好とは合わないことが多く、習慣化しにくい。

 何かいいやり方はないか、気軽にできるいい方法ってないかとずっと考えていて、今年はようやく何かしっくりした感じがした。春先にはマメに頻繁に短時間、夏場に数回やってみて、冬になってそれができないことに不満を感じてようやくまとまった。大切なのは、

・雑事に追われないこと

・とりあえず、やるべきことがないこと

・時間に追われないこと

・できればいい環境に身を置くこと(ちょっと観光なんかできたら、最高である)

こうしたことが充たされた時に、インプットの質が変わり、頭も身体もうんと軽くなる感じがある。これは「休む」というよりも、どちらかといえば「リフレッシュ」。能動的に頭の中を掃除しつつ、きれいな・いいものを取り入れている状態といえる。その意味では、休息というよりも栄養を与えることといえる。普段の雑事と時間に追われる消耗感がなく、歩き回れればそれなりに運動量も出てくるし、そこにおいしいご飯や飲み物、スイーツなんかあったら、人はそれだけで結構満足できるんだなと思えたのは、大変新鮮な気づきだったと思う。

 心に余裕が欲しい時、あるいは心に余裕ができたときには、ときどきこういうことをしてみたらいいと、自分に対してそんなことを思う。

合気道 自由技編 231225

  6月の審査で3級に昇級して、茶帯になった。とはいえ、道場の一般部で末席なのは変わらず、それはそれで毎回いい経験とお稽古をさせてもらっている。秋口頃から、休憩時間に受け身のお稽古をやってもらっていて、ようやく飛躍受け身もだいぶ怖くなくなってきた。まだまだ形を整える余地だらけだけど、痛くなくなってきたのでお稽古にチャレンジできる、というのは自分の中での一つの成長といえるだろう。

 以前習っていた昭道館の合気道では、乱取りが当たり前だったので、技のお稽古も割と実践的な動作・流れの中で行うものが多かったのに対し、今習っている錬身会では、型をひたすら重ねていくというお稽古。双方かじっている身としては、初めはどちらにも疑問があったのだけれども、最近になってそれが「ただ、入り口が違うだけ」と考えられるようになってきた。前述した受け身ドリルの中で、自由技をやり始めるようになったから、それが多分間違っていないんだろうなと感じるまでに至った。

 型稽古のよくある質問に「実践的じゃないのではないか?」というものがある。こどもたちがそう感じるのも無理はない。ただ、お稽古を重ねて、錬身会でいえば自由技をやるようになると、これがとても実践的な取り組みとその準備、さらにその研究、ということがわかってくる。そしてその練習を成立・充実させるための受け身の技術、とすれば、型稽古がどれだけ体系的に体術を学ぶことのできるプログラムであるか、ということがイメージできるようになる。連続技になると、技の型を一部崩して、流れを止めない、動きの中で対応し続けることが求められる。そうなると理想的に受けられたときに詰めて詰めて詰めて詰めて抑える、ということではなくて、投げて次、投げて次、大勢いても、投げてかわして投げてかわして、が繰り返される。ここにきて、大変実践的なものであることに気づく。このことに気づくと、連続技をやらなくても、いつもの技の稽古が連続技につながっていることを実感できるし、連続技は型稽古の基盤がないと全く技がかからないことだってありうる。

 錬身会でお稽古を初めて、薄々感じていたことではあるのだけれども、コロナ後、今年の初めに稽古を再会して、最近になって蓋が一気にはじけ飛んだ感じがしている。ますます面白くなってきた。

2023年12月10日日曜日

Blogを更新しました

 pomeraに書きためていたものを一気に公開しました。いろいろ理由はありますが、自宅でパソコンに向かって作業する時間が、ずーっととれなかった、というのが主な理由。ちょっと忙しすぎるんです。最近。慢性寝不足で、身体によくない生活になっています。

とはいえ、毎日のトレーニング、週末のトレーニング、合気道は継続できており、疲労感はあれど、充実しているところもあるかな、というのが最近の様子。仕事は、まぁ、今年度は何とか倒れないように駆け抜けようと思っています。低空飛行でいい。それが多分、今の組織への御礼になると思う。実績とか評価なんかもう興味なし。

生活における仕事の比率が調整されるようであれば、読書に充てたい。鈍な性格な中で判断をしていくには、直感で浮かび上がってきたことを鵜呑みにせずに、もう一回客観視をする必要がある。そのためには、やっぱり良質なインプットが欠かせない。TwitterがXになったり、フェイクニュースや画像や動画の調整が簡単に利くようになっている現在において、その中でも信頼できる情報というのは、ある程度人の目と手が加わったもの、編集やキュレートが加わったものを取り入れていくことが有益であるといえる。速報で動く必要があるならそれを追うのも考え方だけど、仕事も日常生活も、信頼がキーになるというならば、自分にインプットするものも、ある程度の信頼感があるものを、と思う。


Audiobookまとめ(2023年下期)

 ●矢内東紀『Chat GPTの衝撃 AIが教えるAIの使い方』実業之日本社、Audiobook版。

●瀧本哲史『戦略がすべて』新潮社、Audiobook版。

●養老孟司、山極寿一『虫とゴリラ』毎日新聞出版、Audiobook版。

●本郷和人、和田ラヂヲ、横山了一、滝乃みわこ『東大教授がおしえる やばい日本史』ダイヤモンド社、Audiobook版。

●小泉悠『ロシア点描 -まちかどからみるプーチン帝国の素顔』PHP研究所、Audiobook版(原本は2022年出版)。

●谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない4 -前代未聞の事態に揺らぐ価値観』ワニブックス、Audiobook版(原本は、2022年出版)。


立川談慶『ビジネスエリートがなぜか身につけている教養としての落語』サンマーク出版、Audiobook版。

  落語は、肩肘張らず楽しんでいい芸能ということが分かる、落語の超基礎文献。落語が聞きたくなるエピソード、基礎知識が詰め込まれた一冊でした。ビジネスエリートかどうかは別として、言葉遊びを楽しむ、教養として身につける、ということも悪くないのだけれども、それをおいておいて、芸能を極めようとしている人、名人・達人の言葉遊び、人情話、教訓話なんかを、おもしろおかしく楽しめる、そんな話が落語だというところを感じ取ることができました。もっと気楽に、もっと楽しく、それでいてためになる、そんな落語。もっと気軽に聞いてみようっと。

オードリー・タン、プレジデント書籍編集チーム『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』プレジデント社、Audiobook版。

  台湾のコロナ対策を、デジタルの観点から率いたオードリー・タンによる著書。インタビューがベースになっているのか、コロナ対策を中心に、台湾の政策やそれに取り組むタン氏の生い立ち、考えかた、ITの位置づけと活かし方を縦横無尽に語る一冊。未来予想の様相もあり、大変感銘を受けた。Kindle版へ移行。