2016年8月22日月曜日

実家に帰省して感じる変化

先週から浜松に帰省していました。
普段所沢に住んでいて、実際に起こっている変化にも気づかずに日々過ぎていくのですが、帰省して環境を変えると気づくこともあります。

・会う人が減ること
 子どもがそこそこ大きくなってきたこともあるのですが、帰省してやることといえば浜松近辺で家族(子ども)を連れて遊びに出ることが中心になってきました。私の用事というのは、年1回静岡へ行って、知人と会ったり、母校へ行ったり、当時の飲み屋さんでダラダラ過ごすということくらいになってしまったなぁ。以前は地元の友人とも遊びに行っていたのだけれども。浜松のみなさま、申し訳ない。

・デジタルデバイス利用頻度が減ったこと
 このことは、一昨年末にiPhoneから電話回線を抜いた頃からの変化だと思うのだけれども、もっと自宅でパソコンを使うようになると思っていたら、実際は全く逆で余計にパソコンを使わなくなりました。帰省する時には(惰性で)パソコンを持って帰るのだけれども、実際には帰宅する前日夜(今)ようやくパソコンを立ち上げました。必要ないのかもしれない。生活の中にKindleは入り込んでいるのだけれども、スマートフォンやパソコンの占める割合はぐっと減りました。使わないから減ったのかもしれないですが。

・睡眠時間の増加
 帰省して昼間目いっぱい遊ぶと、実家では特にやること(家事)がないので、夜は自分の時間になります。ただ、そこでパソコン使って何かやるかというとそうでもなく、結局眠いから寝てしまう。結果睡眠時間は多くなりますし、それを欲している自分がいることにも気づかされます。

・読書の時間は・・・
 静岡で恩師と飲み屋で雑談していた時の話題でもあるのですが、自分の読書時間(活字)は増えているのか減っているのか、ちょっとわからないところではあります。帰省しても、あまりはっきりしません。一つはっきりしているのは、学生~社会人数年の頃よりも、「座って活字を読む」時間ははっきりと減少していることと、その「読書体力」が減っているような感覚はあります。読まないから読めなくなったのか、あるいは読めないから読めなくなったのかはわかりませんが、身体の変化ということを少し意識しておかないと、ただただ読書時間の減少に嫌気がさしてしまうようにも感じています。

こんなことを考えることができた一週間でした。
明日は所沢へ帰宅し、最後の夏休みを楽しんで仕事に戻ることにします。

2016年7月18日月曜日

最近の読書2冊+4AudioBook

最近はこんな本に手を出しています。

○外山滋比古『思考の整理学』筑摩書房、1986年。
 数年前から「東大生に読まれている」などのポップがついて書店に積まれている文庫本。最近少しずつ読んでいるが、30年前に出版されたものとは思えない内容といえる。よほど「自分で考えてきた人」なのだろうと実感させられる。
・テーマ(卒論)は一つだけでは多すぎる。(43ページ)
・わかるときになれば、わかる。わからぬときにいくら説明しても無駄である。(同上)
・全体は部分の総和にあらず。
・発想の母体は触媒としての個性である。(58ページ)

○【AudioBook】小川仁志『人生が変わる哲学の教室』
 哲学書を読み始めると、言葉にひっかかって読み進めなくなり、わからないまま本を閉じてしまうことがあるのだけれども、このAudioBookは哲学者達の講義形式をとっていることで、「なんとなく」わかった気にさせられる内容といえる。だからといって、内容が薄いのかというと、きちんとキーワードを読み砕いて現代の経験に合うように説明されているため、各人の要点となる論点はわかりやすく説明されている。再度聴いてみたくなる内容でした。

○【AudioBook】中野信子『脳はどこまでコントロールできるか?』
 茂木健一郎氏が「脳科学」を世に広めてから、一般書としても脳に関する内容のものが多くなったように思う。私も精神疾患のある方に長年接してきた経験から、脳に関する読み物はなるべく意識して読むようにしているが、本書は脳科学(?)や心理学の知見を取りまとめて大変読みやすく説明している。特に「脳の癖」と言うべき、「こうなりがち」な人間の行動を脳の働きから説明しており、さらに悪癖から脱するための方法についても提案されている。
 これらの提案がすべてできるようになるには、節制や我慢も必要であるが、自分でも気づかない癖を客観的に見つめ、それを好ましい行動へと修正していくための一助となるように思われる。

○【AudioBook】喜多川泰『君と会えたから』『上京物語』
 最近お気に入りの作家。自己啓発本を何冊も上梓されているようだが、単純な物語でありながら、ちょっと心を打つ内容で、思わずもう一回聞きたくなってしまう。
 以下、『上京物語』から、「破るべき5つの常識」をメモしておく。
1.幸せの基準を他人と比較して決めること。
2.今ある安定がずっと続くものであること。
3.幸せと行動の基準が「お金」になること。
 自分の価値観を持つための3つの方法
 ・時間を投資する。
 ・頭を鍛える。
 ・心を鍛える。
4.稼げることの中からやりたいことを選ぶ。
 真にやりたいことは、経験して工夫して本気で取り組んだことの中から出てくる。
5.失敗しないように生きる。

○青木裕司『青木世界史B講義の実況中継①』語学春秋社、2005年版。
 大学受験の時からお世話になっていて、去年買いなおしたもの。今でも何回目になるかダラダラ通読中。
 世界各国、どの国や地域でも、イギリスやフランス、後年はアメリカやロシアがやってくると大体戦争になって内戦が続くことになる、なんてことが読み解けるようになってきたのだけれども、最近そこに中国が入ってくるように感じられるようになってきた。中国って「帝国主義」って感じはしないのだけれども、歴史を読み解くと(①の内容)この国はずーっと国内で争いが続いているんですね。イギリスに(一部を)支配されたようなイメージがあったのだけれども、それだけではないということと、近年の近隣諸国への外交態度なんかを重ねてみると、受験の頃に学んだ中国とは全く違うそれが見えてくるようになりました。
 最近、歴史が面白いです。

2016年6月27日月曜日

仕事の内容

4月からの仕事は、これまでとは異質なものになりました。
採用枠が「一般事務職」であるので、これまでの経験を踏まえた配置でどんぴしゃだったとしても、その仕事内容は全く違います。これまでに気づいたことをいくつかメモ書きにしておきます。

1.デスクワークが多い
 前職もここ2,3年は、業務と直結しない事務作業は多くなっていました。年次も中堅を過ぎたので、組織のことについても多少関わるようになっていました。
 今の職場は、本来相談業務が主となる職場のはずですが、どちらかといえば半分以上は紙で仕事をするところです。話を聞いて何かを解決するだけではなく、話を聞いた上で申請書と添付書類を提出してもらうことで、後程そのペーパーワークが発生します。
 今までの「相談→計画策定」の流れとはちょっと違って、課題を正確にこなしていくドリル的な作業が多いです。頭の使い方がちょっと違うので、慣れるまでは戸惑いました。

2.お客さんの層が違う
 前職のクライアントから「身体障害者の応募はないんだが、いったいどこにいるのですか?」といった主旨の質問をよく受けた。当時は「技能のある方は、いい条件で就労継続している」などと回答していました。
 間違っているわけではないですが、当時統計を見てもあまりピンとこなかったことを今では実感しています。それは「労働年齢を超えた人が多い」ということです。
 後期高齢者医療や介護保険を利用している人も窓口には来られます。今まで雇用に関わってきて「50代は高齢」だと思っていた自分が少し恥ずかしくなってきました。

3.職員の知識レベルが異なる
 1.にも関連しますが、今の職場にいると、前職は専門家集団だったのだなと改めて痛感させられます。現在の窓口は精神障害のある方は対象ではないので、私も日々勉強しながら仕事をしていますが、障害特性という言葉が共通言語になっておらず、内容によっては下っ端の私が一番詳しい内容なんてのもあるかもしれません。
 ただ、今までの仕事とは異なる分野でもあるので、確実に視野は広がっています。

 今のところ、まとめられる段階での振り返りでした。

2016年6月25日土曜日

育成会の「お仕事」

新しい職場は時期的な忙しさ、いわゆる繁忙期というものがあり、一年で一番忙しいのが6月だそうです。私も慣れない(?)職場でとりあえず3ヵ月突っ走ってきて、ようやくひと段落です。自分が何をやっているのか、ということも分かってきました。

そんな時期の週末に、育成会の「お仕事」をしてきました。
育成会支部で地域の夏祭りに出店するとかで、その顔合わせの場で、ちょっとゲームでもしましょうというもの。
役員のお母さんが中心でやっているのですが、まぁお母さんばかりというところも気になるし、ウチのカミさんが「アンタなんかやってたんでしょ」と言い出したので、そういう流れなら「お役に立てるならば」と首を突っ込んでみたところです。

何年生が何人集まるかわからない。

なかなか場のイメージができずに、いくつか分岐を作る程度の準備はしていったのですが、蓋を開けたら、高学年の女の子3人とウチの娘、途中参加で4年生の男の子、あとは就学前の男の子2人と女の子1人。想像するだけで、混沌としているでしょ?

なかなか面白い場でした。
ただ、まぁ当初のイメージとは違うので準備していったアクティビティもいくつかアレンジして…
なんてやっていったら、結構疲れる2時間になりました。
場の雰囲気を読みながら、準備したプログラムに修正を加えながら場を切り盛りする、なんてのは大人相手のグループファシリテーションとあんまり変わらないなと思った一日でした。
たまには、こういう活動も面白い。
そんな実感のある、充実した一日でした。お疲れさまでした、自分。

2016年5月22日日曜日

青空Beer

昨日、前職の友人と会ってきました。
積もる話も、親の介護のことなど、考えさせられる(私にとっては、宿題となっている)こともたくさんあったのだけれども、東京について気づいたこと。

久々に人込みに出て、電車の中で必要以上に揺れている人を見たりして、改めて「東京っていろんな人がいるなぁ」と思いました。そして、久々に人に酔うこともあり、改めて都会不適応であることを感じました。東京勤務の時期や、電車で出張に出た時に、やたらと疲れるのは乗り物酔いと人酔いなんだろうと、数年かけて気づいたことでもあります。
そして、その対処方法はというと、「気にしない」ことなのでしょう。
人込みの人は、一人ひとりが一人の人間でその人生があるのだけれども、周りの人を気にせずスマホの画面に見入ってぶつかってもそのまま行ってしまう人なんかにいちいち気を巡らせていては、この人込みを乗り切ることができない。この場合は、動くモノとして、思いを巡らせない、思考を麻痺させることが有効なのだと思いました。
そういう期間が長くなると、いろんな感覚がマヒしてくるのだろうな、とも思いますが、その辺までは踏み込まず。

そんな人込みの歩行者天国で、友人がもってきた焼き鳥をつまみに缶ビールで乾杯する中年二人。この年になってこんなことをすると思っていなかったのだけれども、これもまたよし。
街行く人は誰も我々を気にせず、私も気にせず、おまわりさんも軽く会釈して通り過ぎていく。
こんな雰囲気も悪くない。悪くないけど、やっぱり人酔いはするんだなと思った土曜の午後でした。
最近、超過勤務も続いていたのでちょっと息抜きになりました。7月まではこんな調子かな。

【Audio Book】ハウス加賀谷、松本キック『統合失調症がやってきた』

お笑いコンビ「松本ハウス」の加賀谷氏による自伝。統合失調症の症状に関する描写や、その時々に考えてきたこと、それだけでなく幼少期からの生活歴について、自分の視点で見事に表現されている。また、加賀谷氏を傍で見てきた松本氏の自伝も、それに絡み合うように描かれている。
これまで仕事やPSWの資格取得のための勉強等で、この病気のしくみ(とされていること)や、対応に関しては学んできたが、仕事を通じて聞いてきた断片的なエピソードについて、加賀谷氏という固有なエピソードであるにせよ、現代を生きる一人の人のこととして描かれている。
道路が歪んで自分がつぶれそうになってしまう妄想や、学齢期の人とのかかわりについては、統合失調症のある人だから、ということではなく一人の人の中でどんな思考がめぐっているのか、また松本氏の描写から「人とかかわりあうこと」について思いを巡らせるきっかけとなる。
障害を通じて、人間、に思いを巡らせるきっかけとなる一冊だろう。

2016年3月14日月曜日

最後まで走り続けるには

現職として仕事ができるのも後半月となった。
名刺に記載されている肩書きも、4月になれば名乗れなくなる。
肩書きにしがみついているつもりはないし、それほど一般的には知られていない仕事なので、驕ることもそれほどないと思うのだが、それにしても11年プライドをもって仕事をしてきたバッジでもあるので、いざ手放すとなるとちょっとさびしい。
有給の消化、なんてことをやってみたい衝動にもかられるが、正直そんな暇はない。
「仕事辞めます」といって、割り切って新しい仕事をとらなければいい。
「来年の仕事ですね」と笑顔で仕事をとらなければいい。
そんなことなんだけれども、この時期になればなったで、残る職員さんに大切な(だと思う)ことを伝えたり、お世話になった人にあいさつしたり、そもそも今の仕事だって暇じゃないので、仕事をとらずにブラブラしているわけにもいかない。
結局、最後まで全力疾走して、翌日から新しい職場、ということになりそうなのだけれども、それはそれでいいのかな、とも思う。
先日、動かし始めた仕事も、中途半端に決着をつけるんじゃなくて、トップスピードで引き継いで、来年度しょっぱなからガンガンやってもらいたいと思う。
そのための準備期間なら、逆に憎まれっ子を演じてもやっておくことがあると思う。
最後まで謙虚に働き続けよう、と思うこのごろである。

2016年3月11日金曜日

ガラケーと考える時間

iPhoneから3G携帯に乗り換えて1年と少し経った。当初から「だいじょうぶだろう」と考えた末の契約変更であったが、やはり大丈夫であった。携帯電話のE-mailアドレスも使わないようにしてしまったため、おそらく友人・知人の数人には迷惑をかけているものと思われるが、本当に必要であれば何らかの形で連絡できているだろう、と推測する。
スマートフォンを手放して最も変化したことは何かと考えてみる。私の場合は、(1)AudioBookを使う時間が増えた。(2)考える時間が増えた。(3)雑誌に目を通す時間が増えた。といったところだろうか。
先日、友人と話していたときに、こんな話題があった。「これ(スマートフォン)って、Pullの情報ツールだと思っていたのだけど、使ってみると結局Pushなんだよね。」
なるほど、と思う。私が直感的に「スマホに使われている」と感じていたことは、この発言に集約されているのだろう。

個人的なことをまとめればこうなる。
スマートフォンは便利、とても便利で、シームレスに仕事や活動ができる。ただし、能動的に使いこなさないとスマートフォンを通してやってくる膨大な情報に飲み込まれ、飲み込まれていることにも気づけなくなる。
東京勤務時代の自分がそうだったのだと思う。今はどうか?確かに自分に入ってくる情報量は激減したと思う。ただ、既存のまとまったメディアを通して良質な情報を得て、それに思いを巡らせて考える時間が増えたといえるだろう。
少なくとも、私には「合った」ツールの使い方なのだろう。

2016年3月6日日曜日

子どもとお散歩

週末、長女が発熱し、続いて妻も発熱している。
今までは夫婦どちらかなら私が発熱することが多かったのだが、最近妻も体調を崩すようになった。お互い身体が変化する時期なのだろう。気をつけよう。

そんな中で、次女(1歳4ヶ月ちょっと)が屋外に出ていないので、買いものに連れて出る。
自宅から横断歩道を渡ったところがスーパーなので、自分の足なら1分程度で行けるのだが、お散歩を兼ねていたので、次女と手をつないでスーパーまで歩く。
たっぷり3~4倍の時間がかかった。
横断歩道は渡り終わる前に点滅が始まってしまう。
なかなかのんびりした買い物&散歩になった。

ちょっとしたことなのだけれども、なんとなく流れる時間や雰囲気が違って見えた。
目線の高さは大人なのかもしれないが、子どもの歩幅にあわせてみることで、抱き上げて歩くのとは全く違う時間を過ごしたような気がした。

不思議な感じだが、まだまだそういう「感じ」に気づける自分に、ちょっと安心した。

2016年3月2日水曜日

転職

2月末に、所属する機構の人事異動内示がありました。
私は異動の対象ではないのですが、今年3月末をもって、機構を退職することになりました。

昨年度の終わり頃から準備をしていたため、何かの拍子に就職活動していることや、内々示(11月末)の段階で言動が変化してしまうことを恐れて、今年度はこのBlogやFacebookなどの更新を敢えてしていませんでした。

4月からは、居住地の自治体職員として勤務することが内定しています(配属先は未定)。中途の一般行政職採用なので、職業リハビリテーション関連業務に携われるのかどうかも分からないまま、流れに身を任せているこの頃です。

私の地元から離れた土地で転職することについては、ご指摘もいただいているところですが、家庭の事情含め様々な理由がありますので、そのあたりは今後また何かの折に直接お伝えできればと思います。とはいえ、一番の理由はお察しの通り「家族のこと」を考えた結果です。

なんだかんだで11年間、頭までどっぷりと浸かってきた職業リハビリテーションから飛び出すことには、不安もありますが、動かなければ景色は変わらない、ということで、新しい場所で新しいことも学んでいきたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

2015年8月30日日曜日

職業リハビリテーション学会メモ

職業リハビリテーション学会 8/22,23

雑駁なメモですが公開します。

○研修基礎講座A「研究における倫理に関する考え方」
 愛知県立大学 吉川雅博

・大学では不正防止の研修会を開催している。
・大学関係者にとってはホットな話題である。
・看護学部(医療関係)は厳しい。看護学部の基準で考えられてしまう現状。
・不正が絶えない。守るべきことは守るべき。

・新たな「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」
・日本介護福祉学会の研究倫理指針(改訂予定)。
・看護と福祉(就労支援の現場)とでは考え方が異なるものの、研究倫理を考える上で参考になる。(レジュメ・Web参照)
・記載事項は当たり前のことばかり。内容に目新しさはない。
・インフォームドコンセントは口頭ではなく書面で確認する。
・(知的障害者であっても)本人の了解を得るのが原則。
・どれだけ変なことを考えてると思っていても、3人くらいは同じことを考える人がいる(先行研究について)。
・先行研究の知見と自分の知見とを区別して述べる必要がある。
・引用は原典を原則とする。原典が入手できない場合等のみ「孫引き」が許される。
・盗用と「ひょうせつ」。他者の行った研究成果をそのまま、あるいは僅かに変えただけで自分の論文に使用した場合。糾弾・告発される行為である。
・匿名性の確保。対象者を特定できないように匿名化する。介護過程、内容のリアリティを損なうことがない程度に事例を加工して用いる。加工している場合にはその旨を明示する。
・事例使用の場合は、当事者から文書で承諾を得ることを原則とする。
・調査研究と実践研究とでは手法が異なる。調査研究は統計処理により結果がでる「つもり」になってしまうので、注意が必要。
・改竄・捏造:代表的なデータのみを示す場合には、その選択の客観的な基準を明示する。


○基調講演
 厚生労働省事務次官
 村木厚子
・障害者雇用支援法3条、5条の面白さ。昭和35年から変わらない条文。
・障害者雇用率は「宿題」の制度。
・法定雇用率の算出に関して、失業障害者が増えれば雇用率は上昇する(分子に入る障害者数は「失業している」者。


○教育ワークショップ5
 企業の勘所を理解するために
 就労支援で必要な労務管理の基礎を学ぶ
 白矢桂子(社会保険労務士)
 眞保智子(法政大学)コーディネーター
・社会保険労務士としてではなく、企業の人事担当者としての立場で話をする。
・労働法、労務管理について。「ざっくりわかる」内容。
・障害者雇用対策における雇用義務。2010年4月~200人超、2015年7月~100人超。
・企業従業員規模別企業数(総務省・経済産業省 経済センサス2012年)
 100-299人規模  1%
 300-  人規模 0.4%
・100人前後規模の企業は本当に中小企業。
・厚生労働白書「若者の意識を探る」より。働く目的の変化。
※価値観の多様化ではないか?
・人事の仕事とは?「労政時報」
 仕事は多岐に渡る。すべてわかっている人はまれ。
 人事マネジメントは企業における経営機能の一部である。したがって、人材マネジメントは経営に資することが求められる。
・労働法とは総称。労働三法とは、労働組合法・労働基準法・労働関係調整法。
・要となるのは労働基準法。1947年。
・労基法で保護すべき人は、年少者と妊産婦。障害者は別の法律。労基法の基準は最低のもの。
・「給与支払いの5原則」。「ノーワークノーペイ」、働いた分だけ支払うのが会社の考え方。
・労務管理について。
 就業規則=労務管理の根幹。経営者と従業員の間の無用な争いを未然に防ぐもの。あらかじめ労働時間や賃金をはじめ、人事・服務規律など、労働者の労働条件や待遇の基準を定める。
・絶対的必要記載事項=労働時間関係、賃金関係、退職関係。
・相対的必要記載事項=退職手当関係、臨時の賃金・最低賃金額関係、費用負担関係、安全衛生関係他。会社によって定めることができる。就業規則や契約書に記載したら効力が発揮される。
・常時10人以上の労働者を使用する事業場において、これを作成し、所轄労働基準監督署長に届け出る。(変更の場合も同様)
・企業単位ではなく、事業場単位で作成。
・共通するものはあまりなく、法律に従ってさえいれば各会社が自由に設定できる。(儲かる会社の源泉であることも多い。なかなか開示はされないもの)他者の就業規則をそのまま使う、厚労省などの雛形をそのまま使う、などの方法もある。
・労働者の過半数で組織する労働組合か、労働者の過半数を代表する者の意見を記し、記名押印のある書面(意見書)を添付する。
・労働者がいつでも見られる場所に設置する。電子媒体可。
・人事としては、働きやすい環境を作る、能力を発揮できる環境を作る視点とともに、有能な人材に如何にきてもらうか保護するかという視点で考える。また、がんばらない人にどのように退場してもらうか。
・「試用期間」は法的には2週間。就業規則に「三ヶ月」と記載があっても、法が優先される。
・退職に関して円満退職にあたり、1~2ヶ月の猶予が推奨される。
・一般的な労務管理のキーワード。
 営利目的
 No work No payのルール
 就業規則=労務管理の根幹であり、利益の源泉

・『仕事の経済学』小池和男2005より
 仕事はもちろん
 人生の一部にすぎないが
 まことに重要な一部であり
 人生におよぼす仕事の影響は
 計り知れないほど深い
・『たとえぼくに明日はなくとも』石川正一1973より
 もしも人間の生きる価値が
 社会に役立つことで決まるなら
 ぼくたちには
 生きる価値も権利もない
 しかし どんな人間にも差別なく
 生きる価値があるのなら
 それは 何によるのだろうか
・障害があっても働きやすい会社になると、部署全体の生産性があがる。障害者雇用は「会社が儲かるため」のしくみづくりにつながっている。会社は人を高める場所。

・障害者の労務管理について、実践は進んでいても研究が進んでいない。
・知的障害者の能力が「伸びる」という発想。
・「短時間労働を命じることがある」の一文を入れておく。従来の就業規則を援用できる。
・個別的人事管理の方が生産性が高まるのではないか?(眞保)「個別化」
・合理的配慮(理にかなった、一般の人が聞いておかしくない範囲)を採用段階から取り組んできた実践報告を発表予定。支援者が当事者の尊厳を守って提案していく役割を担うことになる。役割は重要。
・試用期間二週間以内ならば、同意のみで契約解消可。二週間を超えた場合は解雇の手続きとなる。30日分の給与支払いを取り付け退職する。
・障害者のパフォーマンス向上のために人事ができること。IDを腕章化する案について「他の従業員と同じがいい」という返答。配慮の内容が必ず正しいわけではない。その人が望んでいることを明らかにして、できることとそうでないことを整理する。できることに取り組む。
・辞めたい本人と辞めさせたくない親と何とかしたい担当者。会社としては儲かるかどうか。損益計算書に良い影響があるか?労働法上は指導を重ねた上でなければ辞めさせられないが、その人が戦力になることにより会社は更なる利益が得られると思う。
・できないと思うことこそ、儲けの源泉となりうる。


第6分科会
○海老田大五朗
・エスノメソトロジーとは、相互作用を明らかにする研究法。
・「現場でやっていること」を言語化する。概念を明らかにして説明力があがるのではないか。暗黙地、経験値を言語化する。
・今後は、デザイン・調整の部分。ある実践や研究を自分に取り込む時に、そのままでは取り込めない部分。

○牧裕夫
・「試行錯誤」は排除すべきものとしてとらえられがち。失敗は少ない方がいいとされることへの疑問。
・常に逐次的な相互作用が発生している。
・研究で取り上げられないやりとり。
・「存在のおもしろみ(和気藹々)」に支援者の「真の挑戦(牧さんの挑戦)」が加わることにより、「個人の成長」が促される。(E・ライアン)
・目標達成されなかったときに「希望」があるか。希望の共有がされているか、支援者が真の挑戦をしているか。
・評価・計画・目標達成と併せて現場の可能性は、共有と結果。
・拍手の教えかた。状況論。行動だけを切り取るのではなく、状況に基づく結果(よかった、楽しい、を伝える。グルーヴ)
・改善は螺旋型。マックロリー

○山田
・タブレット端末を使った喫茶サービス。


○シンポジウム
(小川)
・支援の増加に対する人員の増加が認められるが、十分かどうかは未整理。
・研修や経験が蓄積される仕組みは乏しい。
・現在行われている研修が現状に合っているか?
・職業リハビリテーションや就労支援の専門性をどのようにとらえるかに関する議論が不足しているのではないか。
(野崎)
・専門職としての知識・経験に加え、地域住民として地域
に接近する力が求められる。
・一緒にまちの課題に向き合い、「周辺」に参加し続けること。参加の方法は様々。
・仕事を作り出す、地方型の就労支援。
(千田)
・増え続ける求人にどう対応するか。
・地域に暮らしている人の視点が不可欠。
・就労支援員でありながら、生活支援・個別面談が優先されてしまう現状。
・医療と就労支援のそれぞれの意見を「すりあわせる」ことが必要。
・医療からは「環境」がわからない。環境との相互作用を理解したい。介入できない。就労支援に期待するものの、思い通りにならない。
・孤独に仕事をすると、独りよがりになりがち。
・協働・連携になっているか。立場の違いから、方針が完全に共有されることはあまりないはず。それを超えていくことが必要だと思うが。
・「流れ」に乗っていれば、何となく仕事が済んでしまう現状と不全感の蔓延。
○井口修一
・リソースを成果につなげる、人材育成の順番が入れ替わった。人材育成が優先。
・社会的な役割、資格・教育システム、知識体系がある。
・基本的にはOJT。指針に沿って計画的なOJTを実施する。
(朝日)

・就労支援と職業リハビリテーションの理念をどう共有するか。整理するか。就労支援はどんな理念に基づいて行われているのか。就労支援の裾野は確実に広がっている。
・障害者に向き合う部分と、働く環境に向き合う部分、双方に対象がある。宿命。働く環境へ向かう部分が弱いのではないか。経験が不足しがちな宿命にある。
・生活支援と就労支援の連続性の中で就労支援の専門性をどう位置づけるか。
・専門性が「法制度に規定(縛られて)されすぎている」のではないか?

・就労支援の専門家って誰?広い意味では対人援助。
・専門性と非専門性の連続性(グラデーション)。忘れられるのがいいジョブコーチ。
・状況を俯瞰できる包括力。

・人材育成をどのように位置づけるか。エクスキューズでない計画的な位置づけ。
・キャリアパスの明確化。
・誰のための専門性か?

○現場の実状を確認しよう。
・略
○どんな技術が必要なのか。
・町の課題に関わること、地域に関わることは職リハなのか?→核ではないかもしれない。(野崎)
・→職リハか就労支援かという整理は不明。ただ、その人その地域でレシピ入手が就労支援とどう関わるか、という視点は必要(朝日)何が最適なのか?と考えた時には位置付くこともあるのではないか(千田)。事業が増えていてすべてできる人がいない現状もある。基本的なプロセスを押さえる必要がある。対象者に合わせてプログラムが発生する。(井口)
・職業リハビリテーションなのか、ソーシャルワーカーなのかわからないキーワード。ここでは職リハを整理する。レシピをどう位置づけるのか。周辺のような気がする。
・裾野が広がっている。グラデーションは核がなければごちゃまぜ。核は何か?(小川)
・→那須地域で働く人については核になる可能性がある。一人の対象者をどうとらえるか、という視点と関連。(野崎)実践上の整理と理論的な整理とでは異なる。実践的なことは地域により異なる。(小川)就労支援だけでなく周辺を如何にやり続けるかを考える。(野崎)
・職業評価、計画策定が基本。相談・アセスメント・計画ができて、企業にアドバイスができること。(井口)
・グラデーションは一人の対象者について、連携を通じてどのような色合いを出していくかという文脈の言葉。ILOに照らした時にも、状況に応じて柔軟に変わっていくものではあることが示唆されている。人によっては生活から入ることもある。ただし、職リハとして取り組んでいく切り口みたいなものはあるだろう。(朝日)
・相談・アセスメント・計画のプロセスは基本だと思うが、機能しているか?(小川)
・プロセスとして共有できるケースが少ないのが残念だが実際かもしれない(千田)。イメージはしているが、平行して進んでいるとその場の対応になっていることもある(野崎)。基本に忠実な支援ばかりだと物足りなさがあるかもしれない。基本を大事にするといっても、縛られないことも大切ではないか。(朝日)
・支援はある機関が全部やるというのは不可能。他機関、他職種で一緒にやったりつなげたりすることも大切。他職種で検討する機会がもっと必要か。(井口)
・否定する内容は何もないが、では連携で関わっているかというととたんに不安になるような現状もあるのではないか。(朝日)他職種で関わっていく機会はあるが、それが機能しているのか?プロセスの中で検証していく仕組みにはなっていない(小川)

○方法と技術の向上(方策)。
・専門機関の連携はそれほど多くない。支援員は少ない。あるものしか使えない。制度の継ぎ目の問題もあるが、シームレス、一体化したものが必要だが、それに向けて孤軍奮闘している。それで不安になっている。迷っている層と意識低い層それぞれどうするか(野崎)。
・アプシ(CRCの他にあるジョブコーチの協会、米国の組織)の集まりに参加。独自の資格をとっている人達の雰囲気を感じた。そういう場がほしいなと思った。互いに切磋琢磨できる場がほしい(千田)。
・中核要素を整理して研修と達成度確認を行うことで資格制度になる。(補足:小川)
・段階・対象に応じた研修制度が必要であること。機構が担うところではある。助言・援助業務の理解。(井口)
・基本プロセスを押さえる内容はどの部分か?(小川)
・レベルに応じた対外的な研修、必要な要素は網羅されている。(井口)
・流れに乗っていれば過ぎてしまうという千田さんの指摘が印象的。形式的な評価はあるが、「いい支援か」という評価はまだされていない。いい取り組みを評価する仕組みがあると、想像的な場面に向き合えるのでは?承認を受ける、評価を受ける仕組みが必要なのではないか。
○学会としてどう取り組むか
・スーパーバイザーの育成。(井口)
・ブロック理事活動で何かできるのでは?(野崎)
・スーパービジョンに関することは報告にもあがってる。本学会は学際性を基盤としており、学術性・実践性の融合を謳っている。他職種が様々に発言して、実践手法の普遍化・共有化を図り、確認していくことが必要か。資格を示すのは簡単かもしれないが、先を見据えた内容にするためには準備が必要。(朝日)
・薄まっている気がする。グラデーションの元は何か?(小川)

2015年8月18日火曜日

人という情報 ジョージ・ルーカス原案、矢野浩三郎『最後の伝令』(ヤングインディジョーンズ5)

森岡正博という学者が、ある人の「脳死」を考える時、対象となる脳死の人との関係性によって感じ方や考え方が異なることを示していた。それぞれ、一人称としての脳死、二人称としての脳死、三人称としての脳死と表現していた(『脳死の人』より)。
私が戦争を考える時、それは情報としての戦争を学び、情報としての戦争を考えることしかできない。いわゆる三人称として考えることしかできない。だから、私は「やや反戦」とまでしか言えない。徴兵制が始まるようなことになったら、一人称や二人称にもなりえるから「反戦」の立場をとるのだろうけど。

若い頃に読んだ小説を今読むと読み方が全く異なっており興味深い。『最後の伝令』はこのシリーズの中でも好きだった物語なのだけれども、当時はインディの行為が静かに格好いいとしか思わなかったのに、今ではジョッフルやニヴェル、ペタンといった指揮官の描写に大変興味をもった。
人を情報に置き換え、操作できる力(いわゆる権力)を得た時に人間の真価が問われるのだろう。第一次世界大戦におけるヴェルダンの戦いは、情報としての戦争を操作した指揮官の乏しい想像力が多数の死者を生み出したといっても過言ではないだろう。
世の中、自分の周りを見回してもむちゃくちゃがまかり通ることもしばしば。むちゃくちゃの中にあっても、誰も傷つかない、そして少し幸せがあるという選択肢を常に選んでいきたいものだ。

2015年8月14日金曜日

8月5日 浜松市内周遊

安保法制改革にはやや反対の立場をとっていますが、立場を論証できるほど情報収集をしているわけではありません。率直にどこか人事になっているところもあり複雑です。多くの日本人ができることは、戦争や戦闘に関する記述や映像から学ぶことですが、それもどんな考え方から発せられているかわからないので、本質的に物事を考えることは本当に難しいと感じているところです。

さて、夏休み2日目を振り返りますが、この日は家族で過ごしました。昼食後、浜松市科学館へ。ここは私にとっては大変懐かしいところで、プラネタリウムに入りたかったのですが、少し時間が合わず今回は断念。常設展示でいろいろと遊んできました。前進使って物理法則が体験できような展示は、子どもだけでなく大人もわくわくするような内容でした。ただ、館内がとにかく暑かった・・・
帰宅前に思いつきで全職場へ挨拶に。変わらない顔新しい顔、新旧様々でしたが、いろんな人に会えました。子ども達にとっては緊張する場だったのでしょうが、世の中のことを本気で考えて活動している大人に出会うことは、いつか何かの糧になるでしょう。

2015年8月13日木曜日

静岡行き 8月4日

「バカンス」とはフランス語で休暇を意味する言葉です。vacancesと綴りますが、(おそらく)語源としては「空っぽ、空き、茫然」といった「空いている」ことを意味するようです(英語ではvacancyという単語がある)。

さて、先週から今週の始めにかけてお休みをいただいていたのですが、その間のことを少し書き留めていきます。毎年夏休みや冬休みをとるようにしていますが、今年は特に業務のことを全く考えずに過ごすことができた一週間でした。そのために感じることもあったので、そうしたことが浮き彫りになるといいなと期待しています。

8月4日
とても暑い日でした。昼頃に静岡に着いて、昔の職場の近所にあった喫茶店へ。座席の代わりにハンモックがあってそれに揺られながらぼんやりできるお店です。軽い昼食をとり、母校へ。
学生時代に環境活動に参加していた頃に勉強会の講師を依頼したことのある稲垣先生という方が、農学部の教員として籍をおいているということで、事前に連絡をとって訪問してきました。雑草の専門家で普段は藤枝に勤務しています。私がお世話になった当時は公務員だったと記憶していますが、昨年近著が書評雑誌に掲載されたことや、ラジオ番組にゲストで出演されていたことで近況を知ったという経緯です。先生の近著はこちら→ 
稲垣先生訪問の前後には指導教官のところへ。ここ数年はほぼ毎年静岡に行くようにしているのですが、今月末に学会発表をする予定であることもあって、前半戦はまじめなスーパーバイズ、後半戦は居酒屋にて一献です。
訪問した二人に言えることは、本当の専門家に共通する「専門領域以外のことでも話題を広げて質問できる力がある」ということでした。世の中を見つめる視点がある人にはどんな分野のことであっても、自分の専門領域に引きつけつつ話題を広げられるのだということを改めて目の当たりにしました。
居酒屋仁は、10年前とほとんど変わらないまま営業していました。平日だったこともあり他のお客さんは1人だけで、いつもと変わらず一杯飲んでいい気分になったお母さんの罵声が飛び交う面白いお店でした。

大学に行くと、当時は斜に構えて世の中に矛先を向けていた自分の若さと鋭さみたいなものを思い出します。ただ、10年経った今では原点を感じ取ることができる場にもなっているような気もして、普段甘さがでている自分の弱さみたいなものも改めて感じられ、新鮮な気分になります。今は職業リハビリテーション分野で仕事していますが、普段は業務に忙殺されて忘れてしまうこともある「共生社会の実現」という理念を思い出しました。

2015年8月12日水曜日

小説の読み方

小説の読み方
暑い日が続きます。
車の運転は元々あまり好きではないため、ちょっとしたことで腹を立ててしまいがちです。若いアッパッパーのやることなんか、放っておけばいいんだけどね。

さて、特に隠していたわけではありませんが、帰省していました。いろんなところでいろんな刺激を受けてきたので、Blog復帰と併せてまた少しずつ書いていきます。

実家にて、「インディ・ジョーンズ若き日の大冒険」というシリーズの小説(全14巻)を発見しました。当時、インディ・ジョーンズが大好きで、TVシリーズを観て小説も全巻揃えたのですが、たぶん小説は好きな話を何度か読んだ程度だったのだと思います。
久しぶりに1巻から読んでいるのですが、当時はわからなかった(全く意識していなかった)時代背景がわかると、登場人物の発言に込められた歴史や当時の人々の生活様式等、いろんなことが読みとれて非常に面白い読書になっています。また、若いインディを通して描かれる迷いや葛藤、登場人物を通して描かれる人間の心情が伝わってきます。
以前読んだ小説であるはずなのに、ここまで読み方が変わってしまうというのは、自分が大人になった証拠なのでしょう。この場合、大人になるということは、知ること(学ぶこと)、経験すること、変わること、であるといえるでしょう。