娘を連れてスーパーへ行った時の出来事。娘が「オナラした~」なんて言うもんだから、「お外でオナラするんじゃない、お尻をキュッとして我慢せい」などというどうでもいいやりとり。娘がゲラゲラ笑うもんだから調子に乗って何度も「キュッ」とやって大盛り上がりしていたら、すぐ近くにいた売り子のお姉さんが金麦片手に苦笑いしていました。
完全な余談でした。
先日、外出から戻ってきた私の机上に1枚のメモ。見知らぬ会社の見知らぬ方から私宛に電話があったことを伝えるものでしたが、どうしても会社の名前に聞き覚えがないものですから、メモの発信者に質問する。
Q「これ、新規ですよね?」
A「だと思うんですが、Iyokiyehaさん宛でしたよ。何だか名前を知っておられたようで・・・」
こういうことは珍しくないので、特に気にしていなかったのですがちょっとだけ気になり、折り返しの電話の際に経路について質問してみたところ、東京在勤時に支援先だった企業の担当者経由で私の名前と連絡先、それに「困ったら連絡したら相談に乗ってくれるよ」というコメント付きで紹介してくれていたとのこと。
兼ねてから、こういう仕事の一番の宣伝は企業間の情報網に乗っかること、と思っている自分にとってこの一件は心動かされる出来事でした。
先週、ちょっとうれしかったこと、でした。
2012年8月24日金曜日
待ちの姿勢はザルで砂金をすくうようなこと
仕事をしていて以前から感じていたことだけれども、障害者雇用の現場において
企業:軽度身体障害者を希望
利用者:精神障害者、発達障害者が多数
といったミスマッチが恒常的に発生している。
このことは、ハローワークの窓口相談件数や福祉機関や就労支援機関の利用者層から言えることだし、毎年の6・1調査結果からも明らかになっているといえる。
ただし、企業の雇用支援をやっていると「それでも身体障害者」というニーズがあることもまた事実である。
私は、企業のこの姿勢そのものは否定されるべきことではないことと思っているが、ただこういった姿勢を堅持すると、思い通りに「雇用率」を上昇させることは難しい。
最近、上記統計から「ニーズに合う人は統計的にも大変少ないですよ~」という話をした上でハイレベル求人と職域開発求人を並列で出してもらうような形に誘導する。Iyokiyehaの腕の見せ所です。
結局、ハイレベル求人を提出していい人が来るのを待つ姿勢というのは、ザルを買って近所の川で砂金をすくうようなものでしかないといえる。コストはザル代、近所の川へ行く交通費程度で、ザルを動かすのはそれほど肉体的にも負担がない、ただしすくえる砂金なんかしれたもの。ハイレベル求人を金とするならば、待ちの姿勢はこういったことであることを端的に伝えられるとまた変わるのかと思う。
では鉱脈はどこにあるのか?いい鉱脈は人が入っていないところにあるから、そこへ行くためのコスト、鉱石を切り出す道具が要る、労働力が要る。必要があるのなら準備を促し鉱脈へ案内していくのが雇用支援のイメージなんだろうなと。
そんなことを考えながら、書留を出しにいった昨日の昼間でした。
企業:軽度身体障害者を希望
利用者:精神障害者、発達障害者が多数
といったミスマッチが恒常的に発生している。
このことは、ハローワークの窓口相談件数や福祉機関や就労支援機関の利用者層から言えることだし、毎年の6・1調査結果からも明らかになっているといえる。
ただし、企業の雇用支援をやっていると「それでも身体障害者」というニーズがあることもまた事実である。
私は、企業のこの姿勢そのものは否定されるべきことではないことと思っているが、ただこういった姿勢を堅持すると、思い通りに「雇用率」を上昇させることは難しい。
最近、上記統計から「ニーズに合う人は統計的にも大変少ないですよ~」という話をした上でハイレベル求人と職域開発求人を並列で出してもらうような形に誘導する。Iyokiyehaの腕の見せ所です。
結局、ハイレベル求人を提出していい人が来るのを待つ姿勢というのは、ザルを買って近所の川で砂金をすくうようなものでしかないといえる。コストはザル代、近所の川へ行く交通費程度で、ザルを動かすのはそれほど肉体的にも負担がない、ただしすくえる砂金なんかしれたもの。ハイレベル求人を金とするならば、待ちの姿勢はこういったことであることを端的に伝えられるとまた変わるのかと思う。
では鉱脈はどこにあるのか?いい鉱脈は人が入っていないところにあるから、そこへ行くためのコスト、鉱石を切り出す道具が要る、労働力が要る。必要があるのなら準備を促し鉱脈へ案内していくのが雇用支援のイメージなんだろうなと。
そんなことを考えながら、書留を出しにいった昨日の昼間でした。
2012年8月18日土曜日
村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』新潮文庫、2002年。
ウィスキーが飲みたくなる、シングルモルト・スコッチの魅力が、村上春樹の静かな表現で身体に染みてくる。現地の素敵な写真とともに、まるで小説のような流れを感じる紀行文。何度も読み返したくなる一冊。
2012年8月13日月曜日
中西貴之『からだビックリ!薬はこうしてやっと効く -苦労多きからだの中の薬物動態』技術評論社、2009年。
宇部興産医薬研究所で働く著者が、多くの人の体内で起こっている薬の動向(薬物動態)について説明している一般書。
仕事でも自分のことでも、体調が悪い時に薬を飲むとそれは体内でどのように働くのかということを知りたくて読んでみた。効き方が分からなければ、副作用がどうして起こるのかということもよくわからないし、仕事で抗精神薬や抗うつ剤の勉強をすることがあるが、経口薬がなぜ脳に効くのかという疑問が本書を手に取ったきっかけ。以前読んだ本だが、再読。
薬剤研究をする人が書いた一般書ということでおそらく専門的な言葉を噛み砕いてわかりやすい説明に徹して書かれた本だと思う。辞書や参考書がなくても読破できた。
全体を通して語られていることは、薬をいかに体内に吸収させるかということと、吸収された薬がいかに薬物代謝のしくみをすりぬけて患部に到達させるかということに苦心していることである。普段何気なく飲んだり貼ったりして使っている薬の開発過程には、こうした仕組みを熟知してすり抜けたり、熟知した上でその作用を利用するなどの知恵比べが繰り広げられていると感じた。
薬の開発もさることながら、幾重にもわたり身体を守るしくみを持つヒトの身体(自分の身体も含まれるが)に感心したのはいうまでもない。
(以下、Tweet)
宇部興産医薬研究所で働く著者が、多くの人の体内で起こっている薬の動向(薬物動態)について説明している一般書。イラストやたとえ話が豊富で非常にわかりやすく薬物動態の基礎の基礎(なのだろう)が説明されている。
適用経路:薬の投与方法は効果を期待する場所と薬の目的による。経口投与の場合には主に小腸から体内に九州される。小腸を取り囲む血管に入り肝臓に達する。シトクロムP450という薬物代謝酵素が薬を別の形にしたり分解する。
ADME:薬物動態学の4つのキーワード。Absorption吸収、Distribution分布、Metabolism代謝、Exclusion排泄。
吸収:消化管の内側は身体の「外側」になる。体外から体内に薬を吸収するためには工夫が要る(次以降)。胃:酸性で分解、小腸:(十二指腸→空腸→回腸)十二指腸は物質を選別する。大腸:直腸付近は直接投与すれば吸収されやすい。
吸収(トランスポーター):SLCとABC。細胞膜を通過しにくい物質を効率よく体内に取り込んだり(SLC)、逆に進入してしまった有害物質を細胞外に排出する(ABC)ためのしくみ。腎臓は1日原尿180Lをろ過する。
吸収(排出):ABCトランスポーターP-gp(P-糖タンパク質)。消化管に存在し有害物質を体内から体外に排出する。血液脳関門(BBB)にも多く存在。神経細胞にも存在し、アルツハイマー病はコリンのトランスポーター異常。
分布:薬は血液中タンパク質と結合して安定する。しかし、タンパク質と結合していると細胞内に入り込むことができず(分子が大きくなる)薬の効果がなくなる(タンパク結合率)。タンパク結合した薬は、肝臓での分解を避けることも。
代謝:酵素の反応で薬が別の形に変えられてしまう反応のこと。代表はシトクロムP450。働きは個人差が大きく遺伝子配列や、遺伝子の活動を制御する転写因子の機能レベルの違いによる。グレープフルーツジュースによる代謝妨害。
排出:腎臓の機能「糸球体ろ過」と「尿細管分泌」。糸球体ろ過は血液中から不要な物質を分子量によって尿中に排出する。尿細管分泌はろ過によって排出された水分を再吸収する際トランスポーターの機能により再吸収する。
排出2:肝臓と胆汁。小腸から吸収された薬は肝臓へ移動する。一部は肝臓の代謝をすり抜け血液循環と共に全身へ。一部はグルクロン酸と結合し胆汁と共に小腸へ戻る。一部は結合したまま糞便中へ排泄。一部は細菌の働きで再吸収される。
薬物相互作用と酵素誘導:ある薬が肝臓の働きを抑制し別の薬の代謝を邪魔したり、臓器吸収時にトランスポーターを占有し一方の薬が吸収されなかったり、血中濃度があがるなど。また代謝酵素を増強し他の薬が代謝されて効きが悪くなる。
飲み方:食前・食後・食間。基本的には食物を摂取した後の方が、消化管が活性化されており薬の吸収もよくなる。アルカリ性では溶けにくい薬の場合は、食事をすることで胃がアルカリ性になるため吸収が悪い。コーラはCO2、牛乳は油分等。
アルコール:アルコール脱水素酵素とシトクロムP450のどちらがアルコール分解に関わっているかにより異なる。前者の場合はアセトアルデヒドが生成され不快な気分になる。後者が多いとウワバミとなるが薬も分解(代謝)しやすい。
脳:脳には薬に対する強固なバリアがある「血液脳関門」。大脳辺縁系は本能を司り、大脳新皮質はその本能を抑制する働きがある。アルコールは血液脳関門を通り抜け、大脳新皮質に作用するため「酔う」。脳が興奮ではなく抑制される。
効き方:肥満の人=尿からの排泄が多いが、油に溶けやすいものは脂肪が取り込み消失が遅くなる。血液に残りやすい。乳幼児=2歳でほぼ大人と同じ。それまでは弱め。高齢者=効きやすい。細胞中の水分量が減るため血液へ。
DDS:Drug Delivery System薬を届ける3つの技術。吸収改善、放出制御、標的志向化。放出制御=体内(血液中)の薬物濃度を保つ技術。標的志向化=特定の場所に薬を効かせる。抗がん剤。
プロドラッグ:Caco-2細胞透過性実験を経て吸収が悪い場合、薬の構造を変化させるかプロドラッグ化する。細胞を通り抜けやすい物質を薬に付加。トランスポーターを利用できる分子を付加。酵素が反応できない有機化合物を結合。
血液脳関門Blood Brain Barrier:BBBでは細胞の密着度が高く、薬が通過することは困難。またP糖タンパク質のくみ出し機能が加わる(くみ出しが効かない場合は濃度が70倍近くになる。
生命維持に必要な成分(栄養素)は、専門のトランスポーターによって取り込まれている。BBBを超えて脳に作用する薬は、薬の大きさが小さく(分子量数百程度)、油に溶けやすい性質を持っている。
徐放化:同じ成分の薬でも、その効果を持続的にするための工夫。タブレットの工夫やテープ化など、錠剤から溶け出す量を調整したり、薬成分の分子と結晶を使い分けるなどする。画期的な改善となった例が多い。ホクナリンテープなど。
抗がん剤1:副作用について。がん細胞であっても正常細胞であっても薬が及ぼす作用は同一。がん細胞に薬が届けば治療効果となり、正常細胞に薬が届けばそれは副作用となる。
抗がん剤2:DDS技術。1.放出制御型DDS、2.ターゲティング型低分子・高分子薬物、3.ターゲティング型微粒子DDS、4.分子標的治療薬。
放出制御型DDS:抗がん剤をカプセルやゲルに封入し、そこから徐々に薬が溶け出すように工夫する。長時間にわたり薬を患者に供給できる。オロス錠の欠点は錠剤そのものが排泄されてしまうこと。皮下や筋肉に薬を埋め込む方法。
ターゲティング型低分子・高分子薬物1:がん細胞では活性の高い酵素に着目し、その酵素によって抗がん物質が生成されるように化学合成されたもの。標的となる細胞の特殊能力を見つけ出しそれを利用してDDSを行う。
ターゲティング型低分子・高分子薬物2:がん細胞では血液透過性が高く、分子量の高い薬が血管から流出しやすい。またリンパ系が未発達で腫瘍組織に薬物が移行すると蓄積しやすい。そこで血液に圧力をかけ高分子薬物を押し出す方法。
ターゲティング型微粒子DDS:細胞膜と同じ構造を持つ脂質二重層や油滴に薬を封入する方法。油っぽいものとして肝臓で分解されてしまうが、水に溶けやすい性質を持つひものような化合物と結合させ、血液中に長く滞留させる。
分子標的治療薬:がん細胞に特徴的に見られる細胞構造や、がん細胞特有の著しい増殖や転移に関係している分子に着目し、それらと親和性を高くなるように設計されたもの。免疫が機能するようにする。がん細胞の血管新生を抑制する。
未来の薬:カップゼリーやタンクを皮下に埋め込む方法といった飲みやすさや徐放に特化したもの、また経皮吸収型薬剤やイオンフォレシスなどヒトの性質を活かして薬剤を吸収するなど、形態が個別化が図られていく。
2012年8月10日金曜日
Twice upという飲み方
何事も初めてということはドキドキワクワクするものだけれども、よく飲むお酒も飲み方を変えるとこんなにも香りや味が変わるのかと驚いた出来事でした。
あるバーで、Twice upという水割りの方法と、アルコール度数を20%程度に保つことによって香りが拓くこと、等を教わりストレートで飲むのと比べてみたところ、びっくりするくらい香りが立つことを知りました。
二件目でカクテルを飲みに行ったのだけれども、こういう副産物があり非常に満足しています。
参考までにウイスキーに関する情報まで。
http://www.mars.dti.ne.jp/~teramo/index.html
WEB: UISGE BEATHA
2012年8月1日水曜日
甲野善紀、田中聡『身体から革命を起こす』新潮文庫、2011年。
武術を基盤とした身体技法の実践研究家の甲野氏と、フリーランスライターの田中氏の共著。題名からは、甲野氏が様々な分野で提案している身体技法に関する解説本かと思っていたが、本著は身体技法をベースとしながら様々な分野における発展・応用の現状と、それらを束ねたところに見える「革命」の可能性について論じている。
個人の身体技法開発に留まらない考察が非常に興味深い一冊といえる。
私が甲野氏の身体技法について知ったのは、岡山に住んでいた頃なので、5、6年前でした。トレーニングを兼ねて自宅で木刀を振り回していた頃で、どうやったらもっと早く振れるか、どうやったら身体をもっとうまく使うことができるのかという以前からの問いについて「ナンバ」というキーワードが響いた頃でした。
山梨に住んでからは、合気道を始めたこともあって、「身体との対話」ということが自分の中で更に強調された時期でもありました。この頃が自分自身の身体感覚も一番敏感で、目を閉じて間合いを測るとか、倒れそうになるのに合わせて足を前に出す、といった武道の身体動作等に興味が強かったこともありました。
こんな風に「とにかく身体動作」にこだわって甲野氏の著書やナンバに関する書籍を読んでいた時に、自主トレができなくなる3年間を経て、最近また身体との対話を始めたわけですが、この期間に蓄えた知識から、単に身体動作にこだわるだけでなく、身体との対話を通じて「常識を疑う」ことについて実感するようになっていました。
前置きが長くなりましたが、本著で論じられていて、単に身体動作の解説本でないにも関わらず私が感銘を受けたのは、まさにこの点で「身体動作を通じて身体の喜びを実感し、喜びを誰かと共感することにより更なる身体の喜びが広がっていく」ようなイメージが、すでに甲野氏の周辺で起こっていることについて、本著を通じますます興味を持つようになりました。
■以下、核心に触れると思われる部分を抜粋。
「変革は、意志によってではなく、この身体の響きあいから生まれる。」旗振り役は要らず、風にはためく旗そのもののはためきが大切で「はためく動きに、胸騒がされ、みずからのうちにも、はためく動きの響応を聞く。それが出会うということだろう。そうして響きあう身体から、やがて新たな時代の声が生まれる」(136ページ)
「身体感覚の幅が広がれば、そこから生まれる思考の幅も広がる。歩き方が一通りしかないと決めつけることは、思考をも一通りの枠のなかに閉ざしてしまうことになりかねない」(中略)別のやり方、他の分野への活かす等の類推や応用を促すだけでなく、発想が変わる。「身体が変われば思考も変わる。もう一つの歩き方は、たんなる発想のヒントなのではない。別の歩行をする身体が、別の思考をするのである」(205ページ)
「技術というのは、誰にでも同じにできるという発想に立っていて(中略)マニュアル的な発想」「だけど技は、たとえ同じ方法でも、誰がやるかによって結果は違う。発想が違う」(255ページ)
カウンセリングのイメージ、考え方(273ページから)
身体を使う体験がないとシステムが暴走し、システムの都合で動くようになる(290ページ)
個人の身体技法開発に留まらない考察が非常に興味深い一冊といえる。
私が甲野氏の身体技法について知ったのは、岡山に住んでいた頃なので、5、6年前でした。トレーニングを兼ねて自宅で木刀を振り回していた頃で、どうやったらもっと早く振れるか、どうやったら身体をもっとうまく使うことができるのかという以前からの問いについて「ナンバ」というキーワードが響いた頃でした。
山梨に住んでからは、合気道を始めたこともあって、「身体との対話」ということが自分の中で更に強調された時期でもありました。この頃が自分自身の身体感覚も一番敏感で、目を閉じて間合いを測るとか、倒れそうになるのに合わせて足を前に出す、といった武道の身体動作等に興味が強かったこともありました。
こんな風に「とにかく身体動作」にこだわって甲野氏の著書やナンバに関する書籍を読んでいた時に、自主トレができなくなる3年間を経て、最近また身体との対話を始めたわけですが、この期間に蓄えた知識から、単に身体動作にこだわるだけでなく、身体との対話を通じて「常識を疑う」ことについて実感するようになっていました。
前置きが長くなりましたが、本著で論じられていて、単に身体動作の解説本でないにも関わらず私が感銘を受けたのは、まさにこの点で「身体動作を通じて身体の喜びを実感し、喜びを誰かと共感することにより更なる身体の喜びが広がっていく」ようなイメージが、すでに甲野氏の周辺で起こっていることについて、本著を通じますます興味を持つようになりました。
■以下、核心に触れると思われる部分を抜粋。
「変革は、意志によってではなく、この身体の響きあいから生まれる。」旗振り役は要らず、風にはためく旗そのもののはためきが大切で「はためく動きに、胸騒がされ、みずからのうちにも、はためく動きの響応を聞く。それが出会うということだろう。そうして響きあう身体から、やがて新たな時代の声が生まれる」(136ページ)
「身体感覚の幅が広がれば、そこから生まれる思考の幅も広がる。歩き方が一通りしかないと決めつけることは、思考をも一通りの枠のなかに閉ざしてしまうことになりかねない」(中略)別のやり方、他の分野への活かす等の類推や応用を促すだけでなく、発想が変わる。「身体が変われば思考も変わる。もう一つの歩き方は、たんなる発想のヒントなのではない。別の歩行をする身体が、別の思考をするのである」(205ページ)
「技術というのは、誰にでも同じにできるという発想に立っていて(中略)マニュアル的な発想」「だけど技は、たとえ同じ方法でも、誰がやるかによって結果は違う。発想が違う」(255ページ)
カウンセリングのイメージ、考え方(273ページから)
身体を使う体験がないとシステムが暴走し、システムの都合で動くようになる(290ページ)
2012年7月31日火曜日
嗅覚と記憶
最近、更新が滞っていましたが、現在夏休みで帰省しているIyokiyehaです。
先日バーに行く機会があり、普段はウイスキーが多いのですが、たまにはと思いカクテルをオーダーしてみました。
バーに行ってカクテルをオーダーしていたのは学生の頃と社会人になりたての頃だったのですが、不思議なものでその時にオーダーしたカクテルにまつわる記憶が次々と思い出されました。
当時足繁く通っていたバーで、ジャズの聴き方を教わったこと、当時のアルバイトや仕事の内容、凹んだ思い出、達成感のあったこと、彼女もいなかった時のクリスマスの過ごし方(笑)など。
オーダーしたマティーニを一口飲んだ時にボンッと何かがはぜたかのように、記憶の詰まった箱の蓋が開いたかのように、いろんな記憶が自分の中に流れ込んできました。
こういうことがあると、本当に人間って面白いなぁと実感します。何でこんなしくみになっているのか、何でこんなことが起こり得るのか。人生が豊かになるのかはわかりませんが、そんな自分の感覚に感動した一件でした。
先日バーに行く機会があり、普段はウイスキーが多いのですが、たまにはと思いカクテルをオーダーしてみました。
バーに行ってカクテルをオーダーしていたのは学生の頃と社会人になりたての頃だったのですが、不思議なものでその時にオーダーしたカクテルにまつわる記憶が次々と思い出されました。
当時足繁く通っていたバーで、ジャズの聴き方を教わったこと、当時のアルバイトや仕事の内容、凹んだ思い出、達成感のあったこと、彼女もいなかった時のクリスマスの過ごし方(笑)など。
オーダーしたマティーニを一口飲んだ時にボンッと何かがはぜたかのように、記憶の詰まった箱の蓋が開いたかのように、いろんな記憶が自分の中に流れ込んできました。
こういうことがあると、本当に人間って面白いなぁと実感します。何でこんなしくみになっているのか、何でこんなことが起こり得るのか。人生が豊かになるのかはわかりませんが、そんな自分の感覚に感動した一件でした。
2012年7月9日月曜日
齊藤正明『マグロ船仕事術』ダイヤモンド社、2011年。
上司の命令でマグロ船に乗ることになった研究者が、マグロ船の乗組員とのやりとりや言動から感じたことをまとめた一冊。不便な「職場」であるからこそ強調される内容であるのだが、一般的な多くの職場にも共通することが多い。
マグロ船が理想的な職場というわけではなく、働く場所としては(おそらく)過酷な場所であるからこそ、モチベーションを維持したり安全に取り組むために必要なコミュニケーションについて、著者が自らやりとりしたエピソードが紹介されている。
印象的だったのは、努力は大抵思い通りには報われないという心持ちでいることが余裕につながることと、自分の手にはおえないことを目標設定しないこと。コミュニケーションの成否は発する側の分かりやすさや否定しないことといった内容の面もさることながら、最大のポイントは受け止める相手次第であるということ。
環境を和らげ、何でも雑談のレベルで話題にできることが環境をよくすることとなり、環境をよくすることが、コミュニケーションが円滑になることだと思った。
エピソードが面白くて、一気に読める一冊。
■以下Twitterに投稿したメモ。
コミュニケーション。職場(船内)を活気づけるコツ。自分の能力を磨くよりも、人の能力を認める言葉をかけることを意識する。部課の考え方、生き方に関心を持つ。「人は指示通りには動かない」ことを前提に。まず「なるほど」。
目標管理。目標管理はできることとできないことがある。マグロの漁獲量は数値目標にそぐわない。だから目標設定しない。改善の方策は「具体的に」考え、実行に移すことが大切。
ストレス回避術:人に期待しないことは期待することよりも大事。人生は後だしジャンケンでいい、都合よく解釈する。現状に感覚を向ける。原因と結果にはいい面悪い面がある。目標にとらわれ過ぎると現状が見えなくなる。モチベーション維持。仕事=ゲーム。
褒め方:いつも監視しているとお互い疲れる。具体的に3つくらいのことを教えたときには、教えたことを覚えておき、一つでもできたら「調子がいいじゃねーか」と声をかける(褒める)。そうするといわなくても他の二つのことも意識するようになる。
叱り方:「期待していたこと」を伝える。甲板でサメに噛まれたが無傷ですんだ人に船長が怒鳴った言葉。「せっかくうまくさばけるようになったお前がここでけがしよったら、みんなが困りよろうが!こんバカ!」。怒りの感情ではなく、その前の期待を伝える。
社会人:迷った時には「えいやっ」で決める。限られた情報と勘が頼り。50%で当たるくじは多くひけば当たりが増える。テストでなければ存分にカンニングして盗む。独りよがりでみんなに迷惑がかかる。軸を持つ。
業績アップ:誰も成し遂げられない仕事をするためには、普段やっているあたりまえのことを正確にきちんとこなしていくのかが問われる。あたりまえのことの積み重ねの先に大きな目標がある。いい意味で自分をだまして、仕事を楽しくする。
ホウレンソウ:適当なやりとりが守られている職場では、些細な報告も流通するようになる。仕事と関係のない話題でも「応援している」意味で適当なやりとりをすることも風通しをよくする。「ワッチ」大きく観る。空き時間に振り返ることで仕事の質が高まる。
育てようと思うとストレスになる。応援するくらいの気持ちで接する。世の中参考になることだらけ、コマーシャルに詰め込まれたメッセージ・見せ方。
リスク管理:笑うこと。心に余裕がないと笑えない。自分にはどうしようもないことについてあれこれ考えないこと、目標管理の内容など。努力は普通(思った通りには)報われない。短所だけでなく長所を見抜く。できるだけ多くの挨拶・雑談を交わす。
2012年6月28日木曜日
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ著、「懐かしい未来」翻訳委員会翻訳『懐かしい未来 ラダックから学ぶ』懐かしい未来の本、2011年。
以前フィルムを見たことがあったのですが、その時にいまいちピンとこなかったので、書籍で詳細つかもうと手にとりました。
http://afutures.net/
フィルムを見た時に感じたこと
・ラダックでの生活というヘレナ氏の実体験に基づく語りの部分は文句なしに面白い
・貨幣経済の流入による人々の意識と生活の変化を批判的に捉え論じるあたり、目新しさが感じられない
・結論としてローカルな生活に注目するというのも、私が野外活動に傾倒していた10年前とあまり変わらないように思った
と、語りの部分、ラダックの文化を紹介する部分は文句なしに面白かったのですが、フィルム後半で失速感がありました。
そして書籍。
揚げ足取りをするわけではないですが、やはり「ラダック・プロジェクト」と言っても、いわゆる先進国にある技術を導入しているのだという違和感は拭い去れませんでした。ただ、意図するところが従来の「開発」とは異なる、あくまで適正技術の導入だというところが印象的でした。
よく言われる「西洋・東洋の二項対立」や「貨幣経済」とは少し違う、第三の道を模索しているかのような取り組みのように読み取ることができました。
あくまでラダックの伝統の上に積み上げる技術なのであって、それまでの生活を壊して置く発想の開発とは違うというところがラダック・プロジェクトに代表される著者を含めた現地の活動の根底だということがわかりました。
非常に興味深いラダックの文化と、著者の経験を基盤にした提案によって構成されています。フィルムを見たときの違和感がいい意味で払拭されました。おそらく、私の受け止め方としてはフィルムによる制限(時間的なことや映像との兼ね合い等)により、本著でいうところの部構成(第一部:伝統、第二部:変化、第三部:ラダックに学ぶ)のつながりが見えにくくなり、論の飛躍を感じてしまい、結果として提言の部分が安っぽく見えてしまったのだと思います。
文化・伝統から謙虚に学ぶことの価値と、それらが変化していく(きた)過程を様々な角度から眺めていく。それらの分析と感じたことから率直に論を展開していく構成にも共感しました。
以下Teitterでつぶやいてきた内容を引用します。
「共生」窓枠がなければ次の工程へ移れないにも関わらず隣人宅へ持っていってしまう、「隣人の方がより必要としていたのだろう」。争いはほとんどない、よく話し合う。顔の見える「仲裁者」の存在。
「一妻多夫制」厳しい環境で子孫を残すための仕組み。不貞は「そんなこともあるよね」といったスタンス。事が生じた時にパートナーを「責める」ことの方が悪い。チ チョエン(何が大切なのか)を問う。
「空」の哲学(シャンニャタ)。万物は因縁によって生じている。そのものが独立しているわけではない。他のものとの関係を切り離して考えることはできない。経験の有無により言葉が変わる(断言)。
生きる喜びは内面から得られるもの。自尊心は自我の深くに根付いている。ケよりもハレを好むのは自然だが、それが環境によってもたらされるのではなく、周囲とつながった自分の内側から得られるもの。
変化。西洋の文化がラダックに入ってくることにより人口が急増し建物の建設が始まった。観光客が大勢やってくることにより外貨獲得の機会は増える。労働の意味、ストレスの存在、物欲に変化が生じる。
貨幣経済と時間に関する記録。機械を導入することにより半日かかっていた畑仕事が30分で済むようになる。そこには「一緒に仕事をする」感覚はない。浮いた時間で何をするのかということ。貨幣は依存を生む。
教育。西洋近代的な教育は伝統文化を忘れさせてしまう。新たな価値を「輸入」し、これまでとは異なる生活へと移行する。一方で教育なしに輸入したものを使うことによる弊害はより大きい。環境負荷等。
変化。経済社会が文化に入り込んでくると人々は孤立しがちになる。従来「お互い様」だったものが、「独りでも生きていける」という錯覚を生む。その人がどうかよりもその人が持っているモノが評価される。
白黒決められないこと。著者の16年のラダックの生活において、貨幣経済が入り込んできたことによる変化が大きいことは事実。対比の中で語ってきたことの自覚。重要なのは、「地縁」や「つながり」の意味。
人間関係。今の人間関係よりも以前のそれは「重くない」。「古い社会における人と人との結びつきや責任は重荷ではなく、かえって人に大きな安心を与える保証だった」。言葉の持つ価値観も変化している。
開発。生活水準を上げるために文化を破壊する必要はない。ラダックを例に、古来からの基盤の上に新しいものを積み上げていく発想が求められる。従来の開発の発想は、破壊して再構築する。
「開発」はGDPの増加を狙って行われる。その導入の過程には、ラダックの培ってきた伝統や自然の多様性は存在していないように見える。全ては「開発する」側、科学技術の常識が適応されてしまう。
人類は無限に発展し続けることができるという前提で勧められている。ラダックに限らず、いわゆる「先進国」もその対象。画一化、大規模化。イメージに合わない人達は例外として切り捨てられる。
カウンター・ディベロップメント。主流となっている従来型開発を抜本的に問い直しつつ、それとは異なる開発の在り方を目指すこと。開発の目的は人間の福祉。ハイテクよりも「適正技術」の発想。地域の知恵。
ラダック・プロジェクト。太陽熱暖房や水のくみ上げ。外部からの技術提供が適正技術の導入となる。導入にあたって、仕組みや維持のための知識付与をプログラム化して実施。選択するための情報が必要と判断。
エピローグ:
多様性。「純粋に何者にも妨げられない、生命それ自体への感謝」が喜びや笑い、幸福感と密接に関わっている。集中化・専門化が基盤となる産業社会の道とは別に、ありとあらゆるものがつながり、その土地の経済を補強する発想。
共同体。「ラダックの細かく編まれた社会構造は、抑圧的というよりもむしろ人間を開放する」。肯定的な自己イメージは親密・信頼に基づく継続的な人間関係が必要となる。現在の社会問題のほとんどは「機能不全家族」による。
回帰。直接的な経験により物事を考えること。女性的な思考へ。「私たちの未来への探求は、必然的に人間も含めた自然とのよりよい調和の中にある基本パターンに回帰する」。何千年も存在してきた価値観を再発見する営み。
その後:希望を織りなす。エピローグで語られた二つの社会潮流。有名な環境活動ですら、それ自体がモノカルチャーに陥る可能性を示唆。GATT、NAFTA、近年ではFTAといった経済協定が生み出す結果は注視すべき。知って選択する。
あとがき:
グローバルな経済活動がもたらすもの。生活圏の実感の欠如、人々の孤立、自然の軽視、家族・コミュニティの絆の崩壊。人間の本性が変わったのではなく、外圧によって「変えられてしまっている」ことにも気づけない。
均質化した社会では、多様性が失われ、ある尺度に基づいて熾烈な競争が生まれる。多様性を受け入れる度量のある社会では起こりえなかった感情が個人に芽生える。宗教的な抗争も根底には均質化を促す経済活動が横たわっている。
経済活動の指標としてのGDP、多国籍企業の経済活動を後押しする制度・補助金。全ては世界の均質化に向かう活動を促進する。政策立案者だけでなく生活者も、この構造に盲目であることに盲目となる構造的な落とし穴がある。
GNHによって世界の国々を評価すると、少なくともGDPを向上させようとする世界の構造とは違うイメージが生まれる。リアリティツアーにより「真実を知る」ことで自らの文化を再評価する取り組み。
ローカリゼーションをグローバルに展開することを推奨する。孤立・拡散を目指すのではなく、生活の基盤をローカル(地域)に根ざしたものとし、緩いネットワークでそれが広がっていてつながっていくための政策提言。
非常に興味深いラダックの文化と、著者の経験を基盤にした提案によって構成。フィルムを見て違和感があったのだが、いい意味で払拭された。文化から謙虚に学ぶ。
2012年6月21日木曜日
河野英太郎『99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ』ディスカバー21、2012年。
日本アイビーエムの現役社員さんがまとめた「仕事のコツ」。
仕事のコツといっても、特別な内容というわけではなく、ちょっとしたことやったほうがいいことの中でも費用対効果に優れ、いわゆる「できる人」がやっているだろうことを、具体的に行動レベルで説明している仕事ノウハウ本。
おそらくコンセプトとしては「今やっている仕事をもっと効率よく、もっと効果的に進める」ための内容をまとめたのだろうけれども、この内容ならば社会人経験の浅い学生さんや若手のサラリーマンが読んでも役に立ちそうな内容となっている。
以下、読書中にTweetしたメモです。このレベルにまで噛み砕いて「コツ」をまとめている本です。明日から活かせるコツ満載です。
■以下Tweetした内容。
報連相。自信があるようにふるまう。「森→木→枝葉」順で説明する、開始と間のセリフを決めておく。3分間報連相。言葉をチューニング。情報レベルを揃える。×とりあえず→○まず(そして「次に」)。完成した仕事を追求。
会議。時間1/2×参加者1/2×頻度1/2=1/8の法則。目的とゴール・ブレストor評定の明確化・共有。予定前に終わる。根回し。席順(対決or交流)。まず要点。ボードに書く。アクションその場、議事録その日。
メール。件名を具体的に書く。一人称は私。まず結論を書く(アンチ・クライマックス法)。7つまで。見開き完成させる。すぐに返信する。とにかく単刀直入に切り込む。
文書作成。パターンを増やすために多くの資料を見て分析。KISSの法則「Keep It Short & Simple」。要点は3点にまとめる。共通の言葉・表現を使う。空白3:文字7.色の使い分け。紙は保管しない。
コミュニケーション。多くの人とすれ違う、オフィスの真ん中を歩く、名前やプロフィールを覚える。話をかぶせない、オウム返し・確認・まとめで切り込む。ポジティブワードを使う。摩擦を恐れない。電通「鬼十則」。
時間。他人の時間を無駄にしない、タスクの仕分け、本分に注力。優先順位(家族)。圧倒的なスピードで「すぐやる」。一つの行動に二つ以上の意味を意識的に持たせる。朝型で集中できる時間を作る。
チームワーク。人には動いていただく。特性を活かす。依頼の背景、目的、期限を明確に。チーム発展のステップHoneymoon,Hostility,Humor,Home。任せきる。敗北宣言の「あいつ使えない」。
目標達成。限界を作らない。組織の常識を疑う。Nothing is too late to start.やりたくなったときが必要な時。他人と比べない。メモは行動キーワードのみ。基本に忠実。やれることしかできない。
2012年6月17日日曜日
徳
とく【徳】
1.修養によって得た、自らを高め、他を感化する精神的能力「-を積む」「-を養う」
2.精神的・道徳的にすぐれた品性・人格。「-の高い人」
3.身に備わっている能力。天性。
(以下略)
渦中にいながらも、ふりかえりができるほどに落ち着いてきたので改めて「徳」について考えてみました。
ここのところ「徳」が下がっていると思ったので。
私は聖人君子でもないし、仏のような心は持ち合わせていない、どちらかといえば腹黒い人間ですので、何でもかんでも前向きにポジティブシンキングができるようなできた人間ではありません。人の悪口だって少なからず口にしますし、腹の中ではいろいろ渦巻いているわけです。
ただ、それを口にして人と盛り上がってしまうと、黒い気持ちが増幅されてしまうような気がしたんですね。ここ最近。増幅されてしまうと、今度はそれをコントロールできなくて、一人歩きしてしまっているような感じがしてしまい、話している時にはスッキリするのに、何かの拍子に我に返ると何だか自己嫌悪感が残ってどうしようもないんですね。
こんなことばっかりやっていると、辞書的な「徳」もやはり下がってくるわけで。
そんな人には近づいてくる人も、協力者もいなくなってしまいますから、やはりそうあってはいけないなと改めて思うところです。
徳は孤ならず必ず隣あり
たまにはオブラートが破れても仕方がないじゃない、だって人間だもの。ん?
1.修養によって得た、自らを高め、他を感化する精神的能力「-を積む」「-を養う」
2.精神的・道徳的にすぐれた品性・人格。「-の高い人」
3.身に備わっている能力。天性。
(以下略)
渦中にいながらも、ふりかえりができるほどに落ち着いてきたので改めて「徳」について考えてみました。
ここのところ「徳」が下がっていると思ったので。
私は聖人君子でもないし、仏のような心は持ち合わせていない、どちらかといえば腹黒い人間ですので、何でもかんでも前向きにポジティブシンキングができるようなできた人間ではありません。人の悪口だって少なからず口にしますし、腹の中ではいろいろ渦巻いているわけです。
ただ、それを口にして人と盛り上がってしまうと、黒い気持ちが増幅されてしまうような気がしたんですね。ここ最近。増幅されてしまうと、今度はそれをコントロールできなくて、一人歩きしてしまっているような感じがしてしまい、話している時にはスッキリするのに、何かの拍子に我に返ると何だか自己嫌悪感が残ってどうしようもないんですね。
こんなことばっかりやっていると、辞書的な「徳」もやはり下がってくるわけで。
そんな人には近づいてくる人も、協力者もいなくなってしまいますから、やはりそうあってはいけないなと改めて思うところです。
徳は孤ならず必ず隣あり
たまにはオブラートが破れても仕方がないじゃない、だって人間だもの。ん?
ペマ・ギャルポ著『ワンチュク国王から教わったこと』PHP研究所、2012年。
著者は昨年末来日されたブータンのワンチュク国王の通訳を務めたペマ・ギャルポ氏。桐蔭大学の先生とのこと。
・リーダーは誠実さと強い責任感が求められるが、それ以前に「ひとりの良き人間であれ」
・小国の国王であっても、大国に負けない哲学と義務感、おもいやり
・「龍」に込められた意味
・「改革」と「改善」の意味するところ
笑顔がステキなワンチュク国王、王妃はきれいだなぁと、表紙を見てもった第一印象でした。若干31歳で国王というのが、ブータンの仕組みはわからないものの「すごいなぁ」と思ってしまいました。
ワンチュク国王が来日されたことは知っていたけれども、私はそれほど興味を持っていたわけではありませんでした。ブータンがGNHという尺度を用いて国を評価していることと、そうは言っても電気を含むインフラ整備が日本のそれとは比べものにならないほど遅れている、といったコメントを耳にしたことがあるくらいでした。
ただ、ワンチュク国王の国会演説の原稿(本書に掲載)や、その演説に至る国王の基本的な考え方や姿勢を知るにつれ、今までほとんど興味のなかったブータンという国がまた新しい見え方をしたのを実感しています。
それぞれが持っている情熱や夢。いわば内発的な行動を促す意識や考え方を「龍」という架空の生き物の名を借りて表現すること。心の中の龍(ドラゴン)が食べているのが経験という話は、経験から身につく知恵が重要であることを示している。大きな龍は尊敬に値するものであること、そして龍を上手に操らなければならないことを被災地の子どもたちに語ったエピソードに、思わずはっとさせられました。
「改革」とは劇的に展開すること。法律制定等、新しい立憲君主制としての国づくりをするために、2年かけて全国各地を巡り、国民の声を聞きつつ新憲法の内容や国がよい方向に向かっていくことについて語り、改めるところは改め徐々に変えていく、という手法をとっている。
器の大きな人は、考えることもやることも本質をついているように思います。瑣末なこと、枝葉の議論も大切ではあるのですが、いつもその核(コア?)を見抜き、ぶれない芯をもって事を為す、そんなことを本著から感じ取りました。いい読書でした。
2012年6月12日火曜日
要らんストレス
コミュニケーションが通じにくい人とのやりとりほど気を遣うことはない。
ましてそれが同じ仕事をする(はずの)チーム内の人とのやりとりになれば、そのイライラ感は増える一方で、ストレッサーとしての環境因子に位置づいてしまう。
これまで、わからずやさんのいるチームや、とにかく激務のチームに所属して疲れ果ててしまったことはあったけれども、今おかれている環境はそれらとはまた違ったストレスになっています。
現在、少し対決姿勢。
仕事を(結果として)邪魔されるのは、いかんともしがたいのです。
降りかかる火の粉は払わないといけません。
あぁ、モチベーションが上がらない、士気が上がらないなぁ。。。
愚痴でした。すみません。
ましてそれが同じ仕事をする(はずの)チーム内の人とのやりとりになれば、そのイライラ感は増える一方で、ストレッサーとしての環境因子に位置づいてしまう。
これまで、わからずやさんのいるチームや、とにかく激務のチームに所属して疲れ果ててしまったことはあったけれども、今おかれている環境はそれらとはまた違ったストレスになっています。
現在、少し対決姿勢。
仕事を(結果として)邪魔されるのは、いかんともしがたいのです。
降りかかる火の粉は払わないといけません。
あぁ、モチベーションが上がらない、士気が上がらないなぁ。。。
愚痴でした。すみません。
栗田正行『仕事も家事も育児もうまくいく!「働くパパ」の時間術』日本実業出版社、2012年。
http://ameblo.jp/masayukikurita831/
マロン先生の奮闘日記ブログ
現役の高校教諭で二児の父である栗田氏が時間の活用方法について日々の取り組みを紹介している。ビジネス書にありがちな「こうすべし」といったトーンではなく、これまでの具体的な取り組みなど「こういう方法もあるぜ」といったトーンで役に立つ考え方や物事の整理の仕方、時間の作り方を様々紹介している。
普段自分でも取り組んでいることをブラッシュアップしたり、あまり考えるに至らなかったことをうまく整理して知恵をくれたりと、とにかく時間を「効率的に」利用するための知恵袋のように構成されている。
・時間の二毛作
・タイムプレッシャーをかけるためのツール
・コミュニケーションの癖
・良質な情報を効率よく確保する
など。
限られた時間の中で、仕事に、生活に、子育てに、自己啓発に、趣味にそれぞれどう時間を割くかということを改めて考え、生活を見つめなおす機会になりました。
2012年6月3日日曜日
石井山竜平編著『東日本大震災と社会教育』国土社、2012年
学生時代から現在もお世話になっている先生が上梓された書籍ということで手を取ったのがきっかけでした。「社会教育」の複数の観点から東日本大震災を表した本著について、何がいいとか悪いとか評価をすることは難しく、なんというか生活綴り方(でしたっけ)の実践を思い出させたというのが率直な感想です。
編著者との接点がない方、それでも震災のことについて何らかの想いを持った方がこの本を手にする機会のある方となるのでしょうが、その人達が本屋さんやAmazonなんかでこの本と出合うのかはちょっと想像が難しいです。
前置きが長くなりましたが、本著の特徴は様々な立場で被災された方々が、(被災直後の支援活動を経て)復興に向けて取り組む際に、社会教育という視点からどんなことを思い、考え、生活しているのか、ということを率直に表現した文集のようなところだと思います。
文集などと書いてしまうと小学校の卒業文集みたいなものを思わせてしまうかもしれませんが、そうした集合体ではありながらも内容は迫力のある現場の生の声によって構成されており、各著者の言葉にはそれぞれの重みがあり、専門性が感じられるものばかりでした。
冒頭で石井山氏が、巻末で谷口氏が述べていることでもあるが、本書の内容はそれ単体で何かを論じているというものではなさそうです(一部専門的な観点から価値づくりをしている箇所もありますが)。震災直後と震災から1年が経った現在とでの住民の思いや行動の変容、被災した個人内の変容と希望を記録し、次につなげる、新しい住民自治を改めて考える、更に言えば復興というキーワードでもって立ち上がってきた東北の住民学習から読む人が素直にエンパワメントされ学ぶ、というものであると思います。
以下、雑駁ですが各著者分で日々Tweetしたものを乗せておきます。
石井山竜平氏。被災地で当事者としての側面を持つ編著者によるアクションリサーチの軌跡。「私」の思いを響かせあう活動から「私たち」というキーワードが導かれる。自立しなければという意志とボランティアに対する思いのジレンマ。
佐伯一麦氏。何気なく使っている言葉に込められる背景。その根底が覆されることで「言葉を失う」こと。「明日」「約束」「空文字」あたりまえに「ある」と思っているものと、消えてしまうもの、消えてしまったもの。
被災地で当事者としての側面を持つ編著者によるアクションリサーチの軌跡。「私」の思いを響かせあう活動から「私たち」というキーワードが導かれる。自立しなければという意志とボランティアに対する思いのジレンマ。
澤村範子氏。情報は一瞬で広まる、情は醸成されるのだと思う。「まもり」「まなび」から「つながり」へ。直接支援ということだけでなく、思いを出せる場「プラットフォーム」の企画。
野元弘幸氏。大船渡市赤崎地区における防災訓練の実践。宮城県の同規模の地区で津波被害により850人の犠牲者がでたのに対し、赤崎地区では45人に留まる。日頃から特色のある住民主導の避難訓練を実施していたことに起因。
綱島不二雄氏。津波被害からの復旧・復興という「津波」。復旧・復興の主役は被災者であるべき。特区や創造的復興は上から目線の行政対応と批判を加える。それぞれの業種が工夫をこらしている。それらをつなげた復興を。
田中真理氏。障害のある子どもたちの反応は、伝え聞くところから心配はしていた。当時利用していた宿舎に空き部屋があったので組合を通じて非難住宅として使ってもらえたらいいと思っていたが実現はしなかった。自助、共助、公助。安心できるのは3つがかみ合っていると実感できるとき。共助の延長線上に制度としての公助がある。自助に関しては共助からのアプローチもあるが、基本的には自らの取り組みによる。
田中潮氏。「復興」という言葉に潜む悔しさと悲しみ。津波によって失われたつながりと、青年団活動によって広がるつながり。演じることによって「楽しさ」を伝えたい、決して被災地だけのためのものではない。
鈴木歩氏。被災直後には正確な情報が共有できないことが課題となり、徐々に被災者のニーズが変化し多様になることがある。公民館職員もまた被災者である。できることとできないことがある。改めて考える自助・共助・公助。
中尾美樹氏。避難所となった市民センター。収容・集約の役割。避難所の運営と並行して、避難所の外ではサークル活動などの日常が戻ってくることについて「これでいいのか」と思う職員の感覚。
澁谷まゆみ氏。避難所となった市民センターでの出来事。震災直後、被害が少なかった市民からの利用問い合わせに対し「全館閉館」を決めて避難所対応をしたことについて、行動を起こそうとしている人達への支えに関する問い。
佐藤真氏。思わず絶句した。「物がなければ、人はつながるんです。家族も地域も。求める姿はそこにありました」他。一人称で被災者と向き合うこと、人と向き合うことは何事にも変えられないものであることを知る一節。
馬場照子氏。地域のつながりを仕掛ける活動。完全無償の活動への批判に対し「立ち上がり方はそれぞれ違う」ことを貫く。自立、復興、絆という言葉から感じられてしまう強制力。生活の中にお母さん的なものがあってもいい。
齋藤緑氏。りんごラジオのパーソナリティ。ラジオ番組を通じて元気をもらう感覚。時間が「ある」ことが不安になる感覚。被害が甚大で何をすればいいのかわからない状況と、支援の輪があることのジレンマ。
伊藤拓氏。NPO法人JENの活動。心のケアと自立をモットーとし、現地の人達の力を活かした復興支援を展開する。炊き出しで地域のつながりを維持・強化する。炊き出しを引き継ぐ団体の存在やカフェがプラットフォームに。
小林純子氏。災害子ども支援ネットワークみやぎの活動と被災地における子どもの実態。震災によって失ったものはかけがえのないもの、早急に代わりのもので埋められるとは思えない。押し殺された子どもの思いと人権感覚。
池上洋通氏。主権者としての国民と主権者たるための学習・研究としての社会教育。施設の役割を問い直す。「労働を含めた社会的営みのすべてで人々が学びあっている」復興を目的とした豊かな学びが各地にあることをつかむ。
佐藤一子氏。体験や経験を語ること。被災者のそれも学びあいだが、支援者が経験を共有すること。共有するしかけとしての演劇(アート活動)やワークショップという手法。重要なのは新しい意社会を創る学びとなること。
末本誠氏。学習活動は、人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体に変えていく。3・11後の学習にはこれまでとは違う視点が求められる。例えばバルビエのAC論。内側からエンパワメントされる暖かい学び。
谷口郁子氏。あとがき。首都圏の電源という側面。住民自治と対話を尽くすこと。文字にして伝えること。「悲しみと怒りの風景をもった人々が喜びと希望の風景を取り戻すには、一人ひとりエンパワメントも求められている」。
以上。
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