年賀状および年賀メールの返信をいただいております。
また、Iyokiyehaから年賀状を送付していない方からの年賀状もいただいております。
思ったより、たくさんのレスポンスをいただき、冗談抜きで「じーん」ときています。
ありがとうございます。
本当に感謝しております。
お返事すると言って、目下取り組んでいるところですが、試験勉強(精神保健福祉士:PSW)が1月末と迫っていることもあり、合格が危ぶまれる状況でもあることから、お返事にも影響が出てしまっております。
大変申し訳ありません。m(_ _)m
本当に、この絵文字のようにしたいところであります。
今まで「近いうちに連絡します」とか言って、不履行があったIyokiyehaですが、今回の年賀に関わるやりとりに関しては、お返事いただいた方には「必ず」お返事致します。
「コイツは早く返信せんと、すねるんじゃないか?」と思われる方もおられるのですが、私は人間関係に軽重あまりつけたくない人種ですので、公務労働者らしく(笑)「返信早かった順」に返信しています。
今回は頑なに原則守ってます。ごめんなさい。
お返事遅れていることのお詫びと、近況についての連絡です。
お手数おかけしています。
今後とも、よろしくおねがいします。
2010年1月10日日曜日
村上たかし『星守る犬』双葉社、2009年。
2009年、すごく売れた漫画です。
私の手元にあるものも、出版から1ヶ月で「第7刷」となっています。
漫画なので内容紹介は伏せますが、「おとうさん」と「ハッピー」の心通ったやりとりで語られるお話です。
ごくごく普通な中年男性のささやかな「幸せ」が、短いお話の中で見事に描かれており、「泣ける」「泣ける」と予告されていたにも関わらず、つい「ホロリ」となりました。
Iyokiyehaは、犬が関わる感動モノに非常に弱いのですが、この漫画はどうしようどうしようと思って半年、ようやく書店で手にした漫画でした。
雑誌連載中から話題となっており、出版と同時に一気に売れたようなので、素直に手が出せない自分がいました。
(大学院生の頃、空港のロビーで叫んでしまった、某小説でがっくりきてからのIyokiyehaの行動です・・・)
漫画の存在も、Podcastで購聴(?)している「新刊jp」で紹介された夏には知っていたのですが、年末に再度紹介されたことと、たまたま入った志木市の書店で見かけてしまったなどの偶然が重なり、購入に至りました。
http://www.sinkan.jp/top/index.html
(Web:新刊jp)
Iyokiyehaの犬系の話題としては、「ハチ公物語」の漫画(今も売ってるのか?)で幼心に何度も泣いたことに短を発し、「マリと3匹の子犬たち(だったっけ?映画は見ていない)」の映画予告で涙をこぼして泣けてしまった(確か『ALWAYS3丁目の夕日 2』を観にいった時だったような・・・)など、話題が尽きないのですが、そんな自分の傾向も知っているため、更に遠のき・・・ってな感じでした。
今回、また「やっちまった」わけですが、Amazonやmixiでレビューされているような、社会的な主張も読み取れますが、それをうんぬん言うよりはもっと感情的に味わったらいいお話のように思います。
また、題名の「星守る犬」にも深い意味があるのですが、それは漫画の中でお読みください。Iyokiyehaも「星守る犬」ですし、周囲の人からもそう思われていると思います。
最近、あんまり感動していない人、軽くいい話に触れたい人、犬好きな人におすすめです。
おすすめ度:★★★★☆(感動したい人、犬好きな人におすすめ)
私の手元にあるものも、出版から1ヶ月で「第7刷」となっています。
漫画なので内容紹介は伏せますが、「おとうさん」と「ハッピー」の心通ったやりとりで語られるお話です。
ごくごく普通な中年男性のささやかな「幸せ」が、短いお話の中で見事に描かれており、「泣ける」「泣ける」と予告されていたにも関わらず、つい「ホロリ」となりました。
Iyokiyehaは、犬が関わる感動モノに非常に弱いのですが、この漫画はどうしようどうしようと思って半年、ようやく書店で手にした漫画でした。
雑誌連載中から話題となっており、出版と同時に一気に売れたようなので、素直に手が出せない自分がいました。
(大学院生の頃、空港のロビーで叫んでしまった、某小説でがっくりきてからのIyokiyehaの行動です・・・)
漫画の存在も、Podcastで購聴(?)している「新刊jp」で紹介された夏には知っていたのですが、年末に再度紹介されたことと、たまたま入った志木市の書店で見かけてしまったなどの偶然が重なり、購入に至りました。
http://www.sinkan.jp/top/index.html
(Web:新刊jp)
Iyokiyehaの犬系の話題としては、「ハチ公物語」の漫画(今も売ってるのか?)で幼心に何度も泣いたことに短を発し、「マリと3匹の子犬たち(だったっけ?映画は見ていない)」の映画予告で涙をこぼして泣けてしまった(確か『ALWAYS3丁目の夕日 2』を観にいった時だったような・・・)など、話題が尽きないのですが、そんな自分の傾向も知っているため、更に遠のき・・・ってな感じでした。
今回、また「やっちまった」わけですが、Amazonやmixiでレビューされているような、社会的な主張も読み取れますが、それをうんぬん言うよりはもっと感情的に味わったらいいお話のように思います。
また、題名の「星守る犬」にも深い意味があるのですが、それは漫画の中でお読みください。Iyokiyehaも「星守る犬」ですし、周囲の人からもそう思われていると思います。
最近、あんまり感動していない人、軽くいい話に触れたい人、犬好きな人におすすめです。
おすすめ度:★★★★☆(感動したい人、犬好きな人におすすめ)
2010年1月3日日曜日
返信ありがとうございます
今年の元旦とその翌日、年賀状を出していないけれども、私のPCのアドレス帳に名前とアドレスが載っている方(携帯電話に登録されている方)の多くの方に、BBC配信でGmailからお年賀メールを出させていただきました。
(仕事関連の方には、明日中には出すつもりです)
予想以上にお返事が多かったので、ちょっとお返事に時間がかかっております。
(実家の無線LAN環境がぶっとんでおる影響もあります)
できるだけ、今週中、遅くとも今月中にはお返事いただいた方に何らかの返信を致しますので、お返事送れること了承ください。
なお、「私に届いていないとは何事?」とか「俺のアドレスは登録されているはずだ!」って方で、メールが届いていない方は、Gmailドメインで受信を外されてしまった(着信拒否とか)か、迷惑メールフォルダに入ってしまっている、もしくは皆様のアドレス変更を私が知らないといったあたりかと思います。
心当たりのある方で、今後もIyokiyehaと接点保っていただける方は、このブログで「メールくれ」と書き込んでいただくか、もしくは、知っているGmailアドレス(以前使っていた、coneやYahooアドレスは使えない状態になっています)にメールを送っていただくか、mixiとかで連絡いただければ、必ずお返事します。
なお、ハンドのみなさん(わかる人がわかればいいです)とは、年始に毎年会っているので送っていません。ご了承ください。
お知らせまで。
今年も、ブログともども、リアルIyokiyehaもよろしくおねがいします。
(仕事関連の方には、明日中には出すつもりです)
予想以上にお返事が多かったので、ちょっとお返事に時間がかかっております。
(実家の無線LAN環境がぶっとんでおる影響もあります)
できるだけ、今週中、遅くとも今月中にはお返事いただいた方に何らかの返信を致しますので、お返事送れること了承ください。
なお、「私に届いていないとは何事?」とか「俺のアドレスは登録されているはずだ!」って方で、メールが届いていない方は、Gmailドメインで受信を外されてしまった(着信拒否とか)か、迷惑メールフォルダに入ってしまっている、もしくは皆様のアドレス変更を私が知らないといったあたりかと思います。
心当たりのある方で、今後もIyokiyehaと接点保っていただける方は、このブログで「メールくれ」と書き込んでいただくか、もしくは、知っているGmailアドレス(以前使っていた、coneやYahooアドレスは使えない状態になっています)にメールを送っていただくか、mixiとかで連絡いただければ、必ずお返事します。
なお、ハンドのみなさん(わかる人がわかればいいです)とは、年始に毎年会っているので送っていません。ご了承ください。
お知らせまで。
今年も、ブログともども、リアルIyokiyehaもよろしくおねがいします。
新年のご挨拶および今年の抱負
新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
昨年、会ってお世話になった方ばかりでなく、これまでにお会いした全ての皆様に「今年もよろしくおねがいします」です。
この陳腐なブログに、足繁く通ってくださっておられる方、並びに一見の方、時々気が向くとふらりとやってきてくださる方、Iyokiyehaはログ解析しないので、どんな方がこられているのか確認はしていませんが、どんな形であれブログを読んでくださる方に感謝申し上げます。
毎年恒例の、昨年の振り返りと今年の目標です。
2009年の目標は、こんな感じでした。
大目標:人に「育てられる」ようになる。
■仕事
1.辞めない
2.「ニーズ把握」の型を身につける
3.「ニーズ調整論(仮)」を確立する
4.PSW通信課程を修了する
■家庭
1.毎日、子育ての「何か」に参加する
2.嫁さんのいいところを見つける
3.娘の変化を見つける
■趣味
1.100冊/年、本を読む
2.英語を読めるようになる
3.出勤前に30分の勉強時間を作る
4.2008年に会わなかった人と会う
なるほど・・・って感じですね。
一応、意識し続けてきたことばかり並んでいるので、数量化できない(このブログでは「正確な数量化はしない」ことにしています)ですが、感覚的には、
■仕事=95%
■家庭=70%
■趣味=60%
ってところでしょうか。
仕事に関しては、論考を外に向けて発表しなかったので、5%マイナスってくらいです。その他はまぁまぁといったところでしょうか。
昨年思い描いていたものは、山梨勤務中に「見える化」できましたし、その後このブログでも気づいた時に気づいたことを書き込んできました。
核となりそうな文献も見つけてある(未読ですが)ので、後はある程度アウトプットの形を整えるというのが、今年の目標にスライドします。
また、山梨→東京の転勤があり、担当業務も事業主支援が主となったため、業務の中でコツというかスキルは身に付きつつあるといえます。
一方、この転勤で懸念されたPSW通信講座の修了は、無事に10月末日付けで、全ての単位を取得し受験資格を取得しました。目下、試験勉強中です。
家族に関しては、転勤の影響もあり、ぎりぎりのところです。
子育ては、定時退庁日(水曜日)と週末のみとなってしまいました。子育てと子どもと遊ぶことはもっとしたかった。一応、定時退庁日=家族サービスの日、ということで、平日可能な限りの時間は作ったつもりだけれども、少し不満です。
同時に、カミさん、子どものいいところ探しは、どうしても週末になってしまったというのが実感。
生活拠点と、勤務地が変わったことによって、通勤に時間がとられてしまっていることを理由にするのは簡単ですが、もう少し工夫ができるのではないかと考えています。これは、今年の目標に反映させます。
趣味は、落第点でした。
これも、通勤の影響をモロに受けてしまったので、仕方がないといえば仕方がないのかもしれないけれども、かなり不満です。
読書量は確実に減ってしまいました。ちょうど去年くらいから使い始めた、Audio BookやPodcastを足して、一昨年とトントンくらいでしょう。
単行本で33冊、雑誌を入れてようやく100冊/年弱くらいなので、とても不満です。
英語は、試みとしてはがんばった(小説を1冊読んだ)けれども、英語力が上がった実感はなく、まだまだ物足りません。
出勤前の勉強時間は、完全になくなっています。
2008年に会わなかった人と会うことも、ほとんどできていないのが現状です。
残念。
ただ、全体としての「人に『育てられる』ようになる」という点では、なんだかんだで、いろんな人との接点の中で生活してこれたという実感があるので、この点のみ、かろうじて手が届いたという感じです。
ということを踏まえて、今年の目標です。
○自分の活動を「見える化」する
■仕事
・専門性と独自性を整理する
・組織人としての立場を大切にする
・業務を整理して仕事の効率化を試みる(2週間に1回くらいは定時で帰る)
・2時間/週は、仕事関連の本を読む
・1つ、アウトプットできる形にする
■家庭
・週末は家族優先とする
・週3日は子育てに参加する
・週1回は家事の手伝いをする
■趣味
・100冊/年、単行本を読む(内2冊は英語で読む)
・購読している雑誌には、全て目を通す
・2009年に会わなかった人に会う
このブログもツールの一つですが、今年はIyokiyehaが何をやっているのか、ということがより多くの人、特に仕事に関しては職場の人に知ってもらえるような働き方を模索しようと考えています。
何か+αで作成するとかいうことではなく、自分の思考の過程を何らかの形でアウトプットしたり、短い言葉で要点を突いたり、絵に書いてみたり、様々な、ありとあらゆる手を使って勘の鈍い人でもわかるような形を発することができればいいと思います。
そのために、自分がやっていることを整理して、様々に所属している各組織の中で自分がどの位置にいるのかということを客観的に捉える視点を意識することにも取り組もうと思います。
更に、仕事を充実させるために、家庭生活の充実と連動して「総労働時間」の縮減のため、業務効率化を図ろうと思います。
結果として、いい影響が周囲に伝播すればいいと思います。
後は、自分を磨くための勉強時間の確保と、これまでに考えて学んできたことを一部アウトプットできる形にしておきたいと考えています。
家庭生活においては、仕事を支えることと、自ら家族と過ごす時間をもっと持ちたいというところから、その時間の確保と家事への積極的な参加を考えています。
趣味の部分では、昨年からのスライドとレベルアップを図ります。
100冊読書はもう一度挑戦します。
人に会うことにもっと力を入れていこうと思います。既に、メールで新年の挨拶をする試みは実行済みです。
いかに、次へつなげるか、ここが勝負かなと思っています。
今年は10人くらいには会いたいな。
そんなことを考えながら、意識しながら、取り組みながら、1年の区切りとしようと思います。
今年もよろしくお願いします。
今年もよろしくお願いします。
昨年、会ってお世話になった方ばかりでなく、これまでにお会いした全ての皆様に「今年もよろしくおねがいします」です。
この陳腐なブログに、足繁く通ってくださっておられる方、並びに一見の方、時々気が向くとふらりとやってきてくださる方、Iyokiyehaはログ解析しないので、どんな方がこられているのか確認はしていませんが、どんな形であれブログを読んでくださる方に感謝申し上げます。
毎年恒例の、昨年の振り返りと今年の目標です。
2009年の目標は、こんな感じでした。
大目標:人に「育てられる」ようになる。
■仕事
1.辞めない
2.「ニーズ把握」の型を身につける
3.「ニーズ調整論(仮)」を確立する
4.PSW通信課程を修了する
■家庭
1.毎日、子育ての「何か」に参加する
2.嫁さんのいいところを見つける
3.娘の変化を見つける
■趣味
1.100冊/年、本を読む
2.英語を読めるようになる
3.出勤前に30分の勉強時間を作る
4.2008年に会わなかった人と会う
なるほど・・・って感じですね。
一応、意識し続けてきたことばかり並んでいるので、数量化できない(このブログでは「正確な数量化はしない」ことにしています)ですが、感覚的には、
■仕事=95%
■家庭=70%
■趣味=60%
ってところでしょうか。
仕事に関しては、論考を外に向けて発表しなかったので、5%マイナスってくらいです。その他はまぁまぁといったところでしょうか。
昨年思い描いていたものは、山梨勤務中に「見える化」できましたし、その後このブログでも気づいた時に気づいたことを書き込んできました。
核となりそうな文献も見つけてある(未読ですが)ので、後はある程度アウトプットの形を整えるというのが、今年の目標にスライドします。
また、山梨→東京の転勤があり、担当業務も事業主支援が主となったため、業務の中でコツというかスキルは身に付きつつあるといえます。
一方、この転勤で懸念されたPSW通信講座の修了は、無事に10月末日付けで、全ての単位を取得し受験資格を取得しました。目下、試験勉強中です。
家族に関しては、転勤の影響もあり、ぎりぎりのところです。
子育ては、定時退庁日(水曜日)と週末のみとなってしまいました。子育てと子どもと遊ぶことはもっとしたかった。一応、定時退庁日=家族サービスの日、ということで、平日可能な限りの時間は作ったつもりだけれども、少し不満です。
同時に、カミさん、子どものいいところ探しは、どうしても週末になってしまったというのが実感。
生活拠点と、勤務地が変わったことによって、通勤に時間がとられてしまっていることを理由にするのは簡単ですが、もう少し工夫ができるのではないかと考えています。これは、今年の目標に反映させます。
趣味は、落第点でした。
これも、通勤の影響をモロに受けてしまったので、仕方がないといえば仕方がないのかもしれないけれども、かなり不満です。
読書量は確実に減ってしまいました。ちょうど去年くらいから使い始めた、Audio BookやPodcastを足して、一昨年とトントンくらいでしょう。
単行本で33冊、雑誌を入れてようやく100冊/年弱くらいなので、とても不満です。
英語は、試みとしてはがんばった(小説を1冊読んだ)けれども、英語力が上がった実感はなく、まだまだ物足りません。
出勤前の勉強時間は、完全になくなっています。
2008年に会わなかった人と会うことも、ほとんどできていないのが現状です。
残念。
ただ、全体としての「人に『育てられる』ようになる」という点では、なんだかんだで、いろんな人との接点の中で生活してこれたという実感があるので、この点のみ、かろうじて手が届いたという感じです。
ということを踏まえて、今年の目標です。
○自分の活動を「見える化」する
■仕事
・専門性と独自性を整理する
・組織人としての立場を大切にする
・業務を整理して仕事の効率化を試みる(2週間に1回くらいは定時で帰る)
・2時間/週は、仕事関連の本を読む
・1つ、アウトプットできる形にする
■家庭
・週末は家族優先とする
・週3日は子育てに参加する
・週1回は家事の手伝いをする
■趣味
・100冊/年、単行本を読む(内2冊は英語で読む)
・購読している雑誌には、全て目を通す
・2009年に会わなかった人に会う
このブログもツールの一つですが、今年はIyokiyehaが何をやっているのか、ということがより多くの人、特に仕事に関しては職場の人に知ってもらえるような働き方を模索しようと考えています。
何か+αで作成するとかいうことではなく、自分の思考の過程を何らかの形でアウトプットしたり、短い言葉で要点を突いたり、絵に書いてみたり、様々な、ありとあらゆる手を使って勘の鈍い人でもわかるような形を発することができればいいと思います。
そのために、自分がやっていることを整理して、様々に所属している各組織の中で自分がどの位置にいるのかということを客観的に捉える視点を意識することにも取り組もうと思います。
更に、仕事を充実させるために、家庭生活の充実と連動して「総労働時間」の縮減のため、業務効率化を図ろうと思います。
結果として、いい影響が周囲に伝播すればいいと思います。
後は、自分を磨くための勉強時間の確保と、これまでに考えて学んできたことを一部アウトプットできる形にしておきたいと考えています。
家庭生活においては、仕事を支えることと、自ら家族と過ごす時間をもっと持ちたいというところから、その時間の確保と家事への積極的な参加を考えています。
趣味の部分では、昨年からのスライドとレベルアップを図ります。
100冊読書はもう一度挑戦します。
人に会うことにもっと力を入れていこうと思います。既に、メールで新年の挨拶をする試みは実行済みです。
いかに、次へつなげるか、ここが勝負かなと思っています。
今年は10人くらいには会いたいな。
そんなことを考えながら、意識しながら、取り組みながら、1年の区切りとしようと思います。
今年もよろしくお願いします。
2009年12月26日土曜日
竹内薫『[非公認]Googleの入社試験』徳間書店、2008年。
科学作家竹内薫氏が、Googleの検索エンジンを使って、入社試験の問題とおぼしき問題を編集した書籍。
協力者(現役IT技術者、物理系大学院生、数学科出身の塾講師、スポーツインストラクターなど)に問題を解いてもらい、その解答と解説・模範解答が一部加えられている。
頭の体操になるような問題から、高度な数学知識、プログラムを書くスキルが問われる問題まで、様々なものがまとめられている。
じっくりと考えても、さらりと読み飛ばしても面白い。
この手の問題って、Iyokiyehaは苦手(割と型にはまって抜け出せなくなる人)なので、頭をやわらかくしたり、新しい知識を得るために、この手の書籍はいくつか試している。
その中でも、この本に納められている問題は、レベル1~4に分けられていて、3,4はちょっと別格である。
模範解答を読んでも、よくわからない。。
こういう問題を、さらりと解いてしまったり、少し考えてプログラムを書いて解いてしまったり、すばやく概算したり(フェルミ推定)できることが、Googleに入社する人には求められているのだろう。
もちろん、こういった問題が解ければ入社できるかといえば、それだけじゃないだろうし、逆に解けなくても入社できる人はいるのだろうけれども、望まれる能力として、このような思考方法ができるかどうかということが強調されているといえる。
例えば、レベル1のコラムにはこんな問題がある。
「一辺の長さが3未満の正方形に、一辺の長さが1の正方形を重ならないように5個詰めてください」
(12ページ)
こういうレベルのものから、有名なところでは、2004年にシリコンバレーの高速道路101号沿いに出現した広告看板の問題、
「{first 10-digit prime found in consecutive digits of e}.com」
(1ページ)
といったものまで様々である。
残念ながら、Iyokiyehaはレベル2までである。
文系・理系で人を分けるのは好きじゃないけれども、それでも高校で理系科目をとってきた人や大学で物理や数学を専攻していた人なら、もう少し最後のほうまで楽しめる書籍だろう。
オススメ度:★★★★☆(知的好奇心が旺盛な方なら、分野を問わず楽しめるかと)
協力者(現役IT技術者、物理系大学院生、数学科出身の塾講師、スポーツインストラクターなど)に問題を解いてもらい、その解答と解説・模範解答が一部加えられている。
頭の体操になるような問題から、高度な数学知識、プログラムを書くスキルが問われる問題まで、様々なものがまとめられている。
じっくりと考えても、さらりと読み飛ばしても面白い。
この手の問題って、Iyokiyehaは苦手(割と型にはまって抜け出せなくなる人)なので、頭をやわらかくしたり、新しい知識を得るために、この手の書籍はいくつか試している。
その中でも、この本に納められている問題は、レベル1~4に分けられていて、3,4はちょっと別格である。
模範解答を読んでも、よくわからない。。
こういう問題を、さらりと解いてしまったり、少し考えてプログラムを書いて解いてしまったり、すばやく概算したり(フェルミ推定)できることが、Googleに入社する人には求められているのだろう。
もちろん、こういった問題が解ければ入社できるかといえば、それだけじゃないだろうし、逆に解けなくても入社できる人はいるのだろうけれども、望まれる能力として、このような思考方法ができるかどうかということが強調されているといえる。
例えば、レベル1のコラムにはこんな問題がある。
「一辺の長さが3未満の正方形に、一辺の長さが1の正方形を重ならないように5個詰めてください」
(12ページ)
こういうレベルのものから、有名なところでは、2004年にシリコンバレーの高速道路101号沿いに出現した広告看板の問題、
「{first 10-digit prime found in consecutive digits of e}.com」
(1ページ)
といったものまで様々である。
残念ながら、Iyokiyehaはレベル2までである。
文系・理系で人を分けるのは好きじゃないけれども、それでも高校で理系科目をとってきた人や大学で物理や数学を専攻していた人なら、もう少し最後のほうまで楽しめる書籍だろう。
オススメ度:★★★★☆(知的好奇心が旺盛な方なら、分野を問わず楽しめるかと)
選ぶことは、捨てること
人生には様々な選択肢があって、その一つ一つを選んで今の人生がある。
などと、自己啓発本なんかにはよくありがちなフレーズだけれども、世の中そううまくはいかないんじゃないのかなと、30年生きてきて、そしてそのうち職業生活を5~6年生きてきて、切に考えるところである。
選べない人の多くは、数ある選択肢に次々とラベルを貼っていき、損得勘定で天秤にかけようとするから、選べなくなっているように思う。
質的に判断すべきところを、ラベリングによって量的に+-(プラス・マイナス)で考えようとすると、どうしても無理がでてくる。
「理屈としては+なんだけど、感情が邪魔する」なんてのは、ギャップが生じていることを自ら気づいていることではないのだろうか。
人間、よくできたもので、物事(人も含めて)について「悪いこと」を探すのは得意で、あることをテーマにそのことを批評(悪い方を中心に)すると、わんさかわんさか、これでもかこれでもかと発言できるのに、一つ条件をつけると、発言に勇気が要るようになる。
その条件とは「ほめる」こと。
グループワークのアイスブレイクや、よくある人間関係構築プログラムの導入部分で「いいところ探し」というものがよく使われるが、面白いもので発言を+の方向にチューニングしてあげるだけで、あら不思議。
自然と笑い声が聞こえてきて、自然とテンションがあがって、自然と抑制がとれてくる。
軽くお酒を飲んだときのように、メンタルブロックが一つコロリと剥がれ落ちるような感じすら覚える。
理屈で物事考えると、いろんなものが見えてきて、返ってそのものの本質をはずしてしまうということはよくあること。
選択肢を「選ぼう」と意気込むと、自らの本質から外れたところでいろんなことを考え始めてしまうのではないでしょうか。
人からよく思われたい、失敗したくない、損したくない、もっと得したい・・・などなど。
欲が介在することによって、さらに「選ぶ」ことが難しくなる。
さらに、考えれば考えるほど、ある選択肢をとったと思ったときに、他の選択肢の「得」な部分が目立って見えるようになる。
これぞ「隣の芝は青く見える」現象。
こうなってしまうと、本人はそう思っていなくても負のスパイラルが始まる。
「あぁ、こっちを選んでおけばよかった」「やめておけばよかった」。
さらにその矛先は、選択肢を選んだ自分にも向けられる。
「なんてバカなんだ」と。
世の中には、考えてわかることと、そうでないことがあるということを知ると、何かを「選ぶ」前に一つ考えなければならないことがわかってくる。
そして、一つを「選ぶ」行為そのものが、数あるものから優先順位をつけて一つを選び取ることではなく、実は選択肢を消していった結果残ったものを「かろうじて得ることができる」ことだということが見えてくる。
そういうものなんじゃないかと、思うのですが、どうでしょうか?
少なくともIyokieyhaは、多くの場合「選ぶ=捨てるのリスク」よりも「選ばない」ことを選択した場合のメンタルブロック(気になって、他のことに集中できない状態など)の弊害の方が大きいと考えているので、結論はできるだけ早く出すことを心がけています。
今回は、ある方へのいつぞやの質問の返答を兼ねて、「選ぶこと」そのものについて考えてみました。
などと、自己啓発本なんかにはよくありがちなフレーズだけれども、世の中そううまくはいかないんじゃないのかなと、30年生きてきて、そしてそのうち職業生活を5~6年生きてきて、切に考えるところである。
選べない人の多くは、数ある選択肢に次々とラベルを貼っていき、損得勘定で天秤にかけようとするから、選べなくなっているように思う。
質的に判断すべきところを、ラベリングによって量的に+-(プラス・マイナス)で考えようとすると、どうしても無理がでてくる。
「理屈としては+なんだけど、感情が邪魔する」なんてのは、ギャップが生じていることを自ら気づいていることではないのだろうか。
人間、よくできたもので、物事(人も含めて)について「悪いこと」を探すのは得意で、あることをテーマにそのことを批評(悪い方を中心に)すると、わんさかわんさか、これでもかこれでもかと発言できるのに、一つ条件をつけると、発言に勇気が要るようになる。
その条件とは「ほめる」こと。
グループワークのアイスブレイクや、よくある人間関係構築プログラムの導入部分で「いいところ探し」というものがよく使われるが、面白いもので発言を+の方向にチューニングしてあげるだけで、あら不思議。
自然と笑い声が聞こえてきて、自然とテンションがあがって、自然と抑制がとれてくる。
軽くお酒を飲んだときのように、メンタルブロックが一つコロリと剥がれ落ちるような感じすら覚える。
理屈で物事考えると、いろんなものが見えてきて、返ってそのものの本質をはずしてしまうということはよくあること。
選択肢を「選ぼう」と意気込むと、自らの本質から外れたところでいろんなことを考え始めてしまうのではないでしょうか。
人からよく思われたい、失敗したくない、損したくない、もっと得したい・・・などなど。
欲が介在することによって、さらに「選ぶ」ことが難しくなる。
さらに、考えれば考えるほど、ある選択肢をとったと思ったときに、他の選択肢の「得」な部分が目立って見えるようになる。
これぞ「隣の芝は青く見える」現象。
こうなってしまうと、本人はそう思っていなくても負のスパイラルが始まる。
「あぁ、こっちを選んでおけばよかった」「やめておけばよかった」。
さらにその矛先は、選択肢を選んだ自分にも向けられる。
「なんてバカなんだ」と。
世の中には、考えてわかることと、そうでないことがあるということを知ると、何かを「選ぶ」前に一つ考えなければならないことがわかってくる。
そして、一つを「選ぶ」行為そのものが、数あるものから優先順位をつけて一つを選び取ることではなく、実は選択肢を消していった結果残ったものを「かろうじて得ることができる」ことだということが見えてくる。
そういうものなんじゃないかと、思うのですが、どうでしょうか?
少なくともIyokieyhaは、多くの場合「選ぶ=捨てるのリスク」よりも「選ばない」ことを選択した場合のメンタルブロック(気になって、他のことに集中できない状態など)の弊害の方が大きいと考えているので、結論はできるだけ早く出すことを心がけています。
今回は、ある方へのいつぞやの質問の返答を兼ねて、「選ぶこと」そのものについて考えてみました。
中西貴之『からだビックリ!薬はこうしてやっと効く ――苦労多きからだの中の薬物動態――』技術評論社、2009年。
Podcast「ヴォイニッチの科学書」で活躍されている中西貴之氏の、薬物動態に関する書籍。
http://obio.c-studio.net/science/index.htm
(Web:ヴォイニッチの科学書)
お腹が痛い時に、飲み薬を飲んで効く、というのは感覚的にもわからないでもないのだけれども、頭痛になぜ飲み薬が効くのか?
風邪薬はどこにどのように効いて、症状が楽になるのか?
疑問に感じた方は、一読の価値ありです。
薬が私たちの体内で、どのような経過をたどって、どのように効果を発揮するのかということや、副作用が起こるのはなぜなのか、それらの薬を作る現場では、どのようなことに苦労しているのか。
「薬物動態」という学問分野があって、その成果を豊富な実例を基にわかりやすく説明しているのが本著です。
少し専門的な内容も含んでおり、高校生レベルかそれより少し高いレベルの生物学の知識が要る箇所もありますが、基本的には一般書として十分に読める内容です。
Iyokiyehaのもともとの疑問は、仕事をしていて「抗精神約や抗うつ剤って、何で飲み薬なんだろう」と感じことです。
それから、「薬ってどうして脳に作用するんだろう」ときて、「そもそも薬ってどうやって作用するんだろう」「飲んだ薬ってどうなるの?」という疑問に発展したところにPodcast「ヴォイニッチの科学書」のCMを聞き、購入したというわけです。
読感は、やや難しいけれども十分に読めて「なるほど!」が多い本でした。
薬といえど、身体にとっては基本的に「異物」。
人間の体内には、異物を排除するための様々な機能が備わっていて、薬の研究・開発とは、そうした様々な機能(酵素やたんぱく質の働きなど)をどうすりぬけたり、利用したりして疾患部位に効果を発揮させるか、ということとの戦いだということ。
そして、一番勉強になったのは、薬の成分の多くは小腸の柔毛細胞から血管に入り込み、血流にのって疾患部位にたどりつくということ。
抗精神病薬や抗うつ剤も、そのほとんどが経口投与されて、唾液や胃液の攻撃をかいくぐり、腸から血流に乗って肝臓でさらに激しい攻撃を受けた後、硬い守りに定評のある脳へと運ばれて作用するということがわかりました。
そりゃ、個人差もあるわ。
そもそもの疾患部位にも個人差ありそうだし、そこに至るための数多くの関門ごとに個性があれば、変数が増えていくのは必至です。
加えて、副作用=正常な細胞に作用してしまったこと、というシンプルな記述によって、わかることも多い、お得な書籍でした。
少し内容が専門的なので、万人うけする本ではないけれども、人体の不思議に興味がある人や、Iyokiyehaと同じ疑問をお持ちの方にはおすすめです。
オススメ度:★★★★☆(薬や人体のしくみに興味がある人におすすめです)
http://obio.c-studio.net/science/index.htm
(Web:ヴォイニッチの科学書)
お腹が痛い時に、飲み薬を飲んで効く、というのは感覚的にもわからないでもないのだけれども、頭痛になぜ飲み薬が効くのか?
風邪薬はどこにどのように効いて、症状が楽になるのか?
疑問に感じた方は、一読の価値ありです。
薬が私たちの体内で、どのような経過をたどって、どのように効果を発揮するのかということや、副作用が起こるのはなぜなのか、それらの薬を作る現場では、どのようなことに苦労しているのか。
「薬物動態」という学問分野があって、その成果を豊富な実例を基にわかりやすく説明しているのが本著です。
少し専門的な内容も含んでおり、高校生レベルかそれより少し高いレベルの生物学の知識が要る箇所もありますが、基本的には一般書として十分に読める内容です。
Iyokiyehaのもともとの疑問は、仕事をしていて「抗精神約や抗うつ剤って、何で飲み薬なんだろう」と感じことです。
それから、「薬ってどうして脳に作用するんだろう」ときて、「そもそも薬ってどうやって作用するんだろう」「飲んだ薬ってどうなるの?」という疑問に発展したところにPodcast「ヴォイニッチの科学書」のCMを聞き、購入したというわけです。
読感は、やや難しいけれども十分に読めて「なるほど!」が多い本でした。
薬といえど、身体にとっては基本的に「異物」。
人間の体内には、異物を排除するための様々な機能が備わっていて、薬の研究・開発とは、そうした様々な機能(酵素やたんぱく質の働きなど)をどうすりぬけたり、利用したりして疾患部位に効果を発揮させるか、ということとの戦いだということ。
そして、一番勉強になったのは、薬の成分の多くは小腸の柔毛細胞から血管に入り込み、血流にのって疾患部位にたどりつくということ。
抗精神病薬や抗うつ剤も、そのほとんどが経口投与されて、唾液や胃液の攻撃をかいくぐり、腸から血流に乗って肝臓でさらに激しい攻撃を受けた後、硬い守りに定評のある脳へと運ばれて作用するということがわかりました。
そりゃ、個人差もあるわ。
そもそもの疾患部位にも個人差ありそうだし、そこに至るための数多くの関門ごとに個性があれば、変数が増えていくのは必至です。
加えて、副作用=正常な細胞に作用してしまったこと、というシンプルな記述によって、わかることも多い、お得な書籍でした。
少し内容が専門的なので、万人うけする本ではないけれども、人体の不思議に興味がある人や、Iyokiyehaと同じ疑問をお持ちの方にはおすすめです。
オススメ度:★★★★☆(薬や人体のしくみに興味がある人におすすめです)
2009年12月25日金曜日
Forsight休刊!?
Iyokiyehaが購読していた『Forsight』(新潮社)という雑誌が休刊になってしまうそうです。
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/
(Web:新潮社Forsight)
ふりかえれば、NPO勤務時代に「できるだけ効率よく日本内外の状況を知ることのできる雑誌を講読しよう」と思い立って、一番お金がないときに、一年購読の申し込みをしたのが事の発端でした。
案の定、当時はちんぷんかんぷんでしたが、とりあえず字面だけでも、と毎月一冊をくまなく目を通しています。
今でも理解が怪しい記事が多いのですが、それでも半分くらいは読めるようになったかなと自負しています。
この雑誌、変に商売商売しておらず(定期購読のみの扱いで、店頭販売していません)、各記者の考え方がわかるのだけれども、誘導しているような感がなく、事実に即した内容がIyokiyehaには魅力でした。
セミナーCDが時々同封されていたり、「こんなん誰が読むんじゃい?」という絶版の書籍が書評されていたりと、とにかく硬派なないようで、くだらない突っ込みを入れながらも、知的好奇心をくすぐられる内容に、難しいながらも毎月楽しみにしていた雑誌でした。
ここのところの出版不況によるのでしょうか。
こんなすばらしい内容の雑誌が休刊になってしまうということが、残念でなりません。
それでも、今まで新聞を読まないIyokiyehaを支えていただきありがとうございました。
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/
(Web:新潮社Forsight)
ふりかえれば、NPO勤務時代に「できるだけ効率よく日本内外の状況を知ることのできる雑誌を講読しよう」と思い立って、一番お金がないときに、一年購読の申し込みをしたのが事の発端でした。
案の定、当時はちんぷんかんぷんでしたが、とりあえず字面だけでも、と毎月一冊をくまなく目を通しています。
今でも理解が怪しい記事が多いのですが、それでも半分くらいは読めるようになったかなと自負しています。
この雑誌、変に商売商売しておらず(定期購読のみの扱いで、店頭販売していません)、各記者の考え方がわかるのだけれども、誘導しているような感がなく、事実に即した内容がIyokiyehaには魅力でした。
セミナーCDが時々同封されていたり、「こんなん誰が読むんじゃい?」という絶版の書籍が書評されていたりと、とにかく硬派なないようで、くだらない突っ込みを入れながらも、知的好奇心をくすぐられる内容に、難しいながらも毎月楽しみにしていた雑誌でした。
ここのところの出版不況によるのでしょうか。
こんなすばらしい内容の雑誌が休刊になってしまうということが、残念でなりません。
それでも、今まで新聞を読まないIyokiyehaを支えていただきありがとうございました。
私事ですが・・・
ひょんなところから、中学生の同級生が亡くなったことを知った。
間に合うタイミングだったので、とりあえず弔電は打ったのだけれども、何とも言いがたい感情がよぎる。
実際、何があったのかは知らないのだけれども、齢30でこの世を去ることは、今のIyokiyehaには想像もつかない。
同世代の知人が亡くなるというのは、今回が初めてではないけれども、どの機会も自分の中にぽっかり穴が空いてしまうかのうような感情が伴い、いかんともしがたい。
人の人生を背負えるわけもなく、また、背負うつもりはないけれども、改めて「強く生きよう」と思う。
「人の死を超えて」なんていう大げさなものではなく、こんなことでもなければこの深さで生きることを考えることなんかないので。
合掌。
間に合うタイミングだったので、とりあえず弔電は打ったのだけれども、何とも言いがたい感情がよぎる。
実際、何があったのかは知らないのだけれども、齢30でこの世を去ることは、今のIyokiyehaには想像もつかない。
同世代の知人が亡くなるというのは、今回が初めてではないけれども、どの機会も自分の中にぽっかり穴が空いてしまうかのうような感情が伴い、いかんともしがたい。
人の人生を背負えるわけもなく、また、背負うつもりはないけれども、改めて「強く生きよう」と思う。
「人の死を超えて」なんていう大げさなものではなく、こんなことでもなければこの深さで生きることを考えることなんかないので。
合掌。
仕事をめぐる環境も変わりつつある!
両手離しでは喜ぶことのできないニュースではあるのですが。
http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009122501000814.html
(Web:47NEWSより)
障害があっても働くことが普通の生活であることが、スタンダードになりつつあります。
職業リハビリテーションが、ますます社会から必要とされる時代へ。
事業仕分け?機構の統合?
まぁ、好きなようにしてくれや。
Iyokiyehaは、機構にとどまって、職リハの充実に取り組みます。
http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009122501000814.html
(Web:47NEWSより)
障害があっても働くことが普通の生活であることが、スタンダードになりつつあります。
職業リハビリテーションが、ますます社会から必要とされる時代へ。
事業仕分け?機構の統合?
まぁ、好きなようにしてくれや。
Iyokiyehaは、機構にとどまって、職リハの充実に取り組みます。
2009年12月24日木曜日
地味にリフレッシュ中。。
インフルエンザA型と診断され、今週一杯休みをもらい、自宅で休養しているわけですが、まぁ休んでみたら身体のガタにいろいろと気づくわけで。
口内炎はひどいし、腰も膝も気づけばガタガタ、一番ひどいのが肩こりだということに気づき、心身ともに疲労が蓄積していたのだろうと。
そういや、11月から週末も何かとばたばたしていて、ゆっくり休んだっていう日がなかったことに気づく。
研修前に、風呂場で意識が急に遠のいて、今どこに立っているのかわからなくなったこともあったっけ。
研修中の宿も、結局、本部から歩いて30分以上歩く場所にあったし。
すなおに、送迎バス使えばよかったかも。
なんだかんだで、ほとんど毎晩お酒飲んでたし。
いやー、若くないのに、気持ちだけ若いまんまなんだなぁ、未熟な証拠だなぁと実感させられた。
インフルエンザも、もともと体内にいたやつが、研修終了の気の緩みと、寒波とのWパンチで猛威をふるったんでしょうね。
不幸中の幸いは、今回のインフルエンザは熱が上がらないこと。
咳と喉の痛みがあるので、無理はしていないのですが、完全防備でスーパーに買い出しに行きがてら、お散歩気分で歩いてみたり、PSWの国試対策を少しずつやってみたり、日頃読めなかった本をぐだぐだ読んでみたり、数独に挑戦してみたり、YouTubeで「おかあさんといっしょ」関連の動画を楽しんだりと、いつもの休日でもなかなかできないことをいくつかやってみています。
本来の意味とは、だいぶ違うけれども、ちょっとしたサバティカルかなと思ってみたり。。。
この辺の楽観主義って、どこで身に着けたのかなと、時々気になります。
にしても、「なくしてわかる健康」とはよく言ったものです。身体動かしたい・・・
口内炎はひどいし、腰も膝も気づけばガタガタ、一番ひどいのが肩こりだということに気づき、心身ともに疲労が蓄積していたのだろうと。
そういや、11月から週末も何かとばたばたしていて、ゆっくり休んだっていう日がなかったことに気づく。
研修前に、風呂場で意識が急に遠のいて、今どこに立っているのかわからなくなったこともあったっけ。
研修中の宿も、結局、本部から歩いて30分以上歩く場所にあったし。
すなおに、送迎バス使えばよかったかも。
なんだかんだで、ほとんど毎晩お酒飲んでたし。
いやー、若くないのに、気持ちだけ若いまんまなんだなぁ、未熟な証拠だなぁと実感させられた。
インフルエンザも、もともと体内にいたやつが、研修終了の気の緩みと、寒波とのWパンチで猛威をふるったんでしょうね。
不幸中の幸いは、今回のインフルエンザは熱が上がらないこと。
咳と喉の痛みがあるので、無理はしていないのですが、完全防備でスーパーに買い出しに行きがてら、お散歩気分で歩いてみたり、PSWの国試対策を少しずつやってみたり、日頃読めなかった本をぐだぐだ読んでみたり、数独に挑戦してみたり、YouTubeで「おかあさんといっしょ」関連の動画を楽しんだりと、いつもの休日でもなかなかできないことをいくつかやってみています。
本来の意味とは、だいぶ違うけれども、ちょっとしたサバティカルかなと思ってみたり。。。
この辺の楽観主義って、どこで身に着けたのかなと、時々気になります。
にしても、「なくしてわかる健康」とはよく言ったものです。身体動かしたい・・・
2009年12月23日水曜日
東山紘久『プロカウンセラーの聞く技術』創元社、2000年。
「人の話を聞く」ことに焦点を当てた、カウンセラーの技術を紹介している。
一般書に分類された売り場で、今でも書店に並んでいるロングセラー。
出版から10年くらい経った今でも、内容は全く色褪せていない。
人と人とのやりとりというのは、今も昔もほとんど変化していないということを、この内容が示しているようにも読める。
カウンセリングに必要とされる「聴く」技術や、「間」のとり方など、実例を踏まえてその意味するところの考え方をわかりやすく説明している。
この本と初めて出会ったのは、実はIyokiyehaが岡山勤務している時。
その頃から気になっていたのだけれども、なかなか購入して読むというところに至らなかったことを思い出します。
購入のきっかけは、Febeのオーディオブックで同著が販売されていたこと。
とりあえず、音声で聴いてみようという軽い気持ちで購入して、聴いてみたところ、立ち読みでは残念ながら読み取ることができなかった言葉の使い方や、日頃対人業務に就いているIyokiyeha自身の仕事を振り返る機会にもなり、思わず書籍版を購入するに至った次第です。
先日、集合研修の場で、普段Iyokiyehaが言語情報に頼っていることが浮き彫りになったことも手伝い、自分が仕事の中で大切にしたいと考えていたことがようやく言語化できました。
人とのやりとりで全ての基礎となる、「人と人との接点」は、お互いの「共感」によって成立するという当たり前のことですが、もう一つ深めると、意外な事実に気づきます。
その共感は「自分の『真意』をわかってもらえた」という、実は一方通行の感覚の組み合わせによって成立するのではないかと。
「私は○○だと思うんです!」という相手の言い分に対して、「(俺は○○とは思わないし、△△だと思うんだけどなぁ)なるほど○○ですか」と、自分の真意は一旦置いておいても「同意」する。
このあたりの、自分の「真意」を場に出さない、察せられないようにするのがプロの技術と考えるわけですが、それはさておき、「思いを伝えた」→「(同意というレベルでも)わかってもらえた」という組み合わせによって、相手には「共感してもらえた」感があるのではないでしょうか。
この背景にあるのは、「相手の言い分を飲む」のではなく、「相手の真意をわかろうとする」ことに他ならないと思います。
この本で紹介されている技法やテーマとは、少し違うことかもしれませんが、Iyokiyehaの学びはこういうところにありました。
おすすめ度:★★★★★(おそらく、どんな仕事をしている人にも学びがあるかと)
一般書に分類された売り場で、今でも書店に並んでいるロングセラー。
出版から10年くらい経った今でも、内容は全く色褪せていない。
人と人とのやりとりというのは、今も昔もほとんど変化していないということを、この内容が示しているようにも読める。
カウンセリングに必要とされる「聴く」技術や、「間」のとり方など、実例を踏まえてその意味するところの考え方をわかりやすく説明している。
この本と初めて出会ったのは、実はIyokiyehaが岡山勤務している時。
その頃から気になっていたのだけれども、なかなか購入して読むというところに至らなかったことを思い出します。
購入のきっかけは、Febeのオーディオブックで同著が販売されていたこと。
とりあえず、音声で聴いてみようという軽い気持ちで購入して、聴いてみたところ、立ち読みでは残念ながら読み取ることができなかった言葉の使い方や、日頃対人業務に就いているIyokiyeha自身の仕事を振り返る機会にもなり、思わず書籍版を購入するに至った次第です。
先日、集合研修の場で、普段Iyokiyehaが言語情報に頼っていることが浮き彫りになったことも手伝い、自分が仕事の中で大切にしたいと考えていたことがようやく言語化できました。
人とのやりとりで全ての基礎となる、「人と人との接点」は、お互いの「共感」によって成立するという当たり前のことですが、もう一つ深めると、意外な事実に気づきます。
その共感は「自分の『真意』をわかってもらえた」という、実は一方通行の感覚の組み合わせによって成立するのではないかと。
「私は○○だと思うんです!」という相手の言い分に対して、「(俺は○○とは思わないし、△△だと思うんだけどなぁ)なるほど○○ですか」と、自分の真意は一旦置いておいても「同意」する。
このあたりの、自分の「真意」を場に出さない、察せられないようにするのがプロの技術と考えるわけですが、それはさておき、「思いを伝えた」→「(同意というレベルでも)わかってもらえた」という組み合わせによって、相手には「共感してもらえた」感があるのではないでしょうか。
この背景にあるのは、「相手の言い分を飲む」のではなく、「相手の真意をわかろうとする」ことに他ならないと思います。
この本で紹介されている技法やテーマとは、少し違うことかもしれませんが、Iyokiyehaの学びはこういうところにありました。
おすすめ度:★★★★★(おそらく、どんな仕事をしている人にも学びがあるかと)
2009年12月22日火曜日
2009年12月20日日曜日
久々にお腹が痛くなるほど笑いました。
普段、動画を見て馬鹿笑いすることは少ないのですが、これは傑作だ。
(You Tube:スプーの絵描き歌)
ゆうぞうおにいさんが、上手に描いているだけにギャップがすごい。
白ヤギさんと黒ヤギさんの反応も見ものです。
ちなみに、職場で見ることは勧めません。あしからず。
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