2026年3月20日金曜日

ドラマの楽しみ方

  カミさんに誘われたので、このクールは火曜日夜の「再開 ~Silent Truth~」を観ました。リアタイで観るのは制限がキツいので、大体早く帰った日に妻となんとなく一緒に観ていました。原作があるドラマということもあって、「犯人誰よ」「なんで?」「なるほど~」と思ったり、そういったり「やっぱり犯人コイツだよね」と思ったり、いろんな仕掛けや複線がある、いわゆる「王道」のドラマだなぁと、こういうものを久々に観て楽しんでいました。

 今週が最終回でした。ネット上では一部盛り上がっていたようです(が、私の目には全く触れていませんでした)。そんなことも知らず、昨日(3/19)仕事の後で観て、思わず見入ってしまい、動と静、様々なエピソードが語られることに、改めて「王道」であって、俳優たちの名演に思わずうなってしまうような、話の内容とは裏腹に、「あ~、いいもん観た!」と思えたドラマでした。動的な良さ(段田安則氏の表情や、江口のり子氏の感情表出など)もさることながら、個人的には静的な良さ(竹内涼真氏の心的表現や、それを受け止めきった北香那氏の演技など)が感じられたあたりが、折り重なって、「あ~、いいドラマ」と思えました。

 で、以上にしておけばよかった、と少し後悔。

 少し調べてみて、感情的には何か半減してしまいました。まぁ、現代のWebというのはそういうものだと整理して落ち着いてきましたが。何かというと、この静的な良さの部分ってあんまり話題にならないんですね、Web上では。確かに、ここの描写は観る人が観たら、あっさり描かれていて、次のシーンではもう結論が出ていたので、それをそうと読まなければ「なんで?」って思う人も多いのかもしれませんが。Webで盛り上がる人の中には、結構この描写が共有できないんだなと、少し残念な気持ちになってしまいました。

 これをもって、イマイチと評価するのも大人気ないので、だから少し落ち着いているのだけれども、Web上での存在感って少し尺度が画一的かもしれないな、少なくとも私には共有できない感覚が確かに存在するな、と感じた出来事でした。

 ドラマの楽しみ方なんか自由だから、どう思おうがそれぞれの勝手であって、私もその勝手の一員ではあるのですが、どうせ存在を残すのであれば、もう少し慎重でありたいな、と改めて思えたのが今回の収穫でした。解釈だから、間違っている可能性もあるわけで、共感できない可能性もあるわけで。一方で、小説(物語)だからそこから受ける印象や内容はそれぞれの解釈であるわけで、だから自分の解釈=100%正しいわけじゃないですよね。そういう解釈を痕跡として残すのならば、少し慎重でいるべきだと学んだ出来事でした。