位置情報が動くとバッテリーの消費が激しいとか、データ通信が勝手に使われているようなものもあった。明らかに★5評価が怪しいものもあった。その中である程度バランスがとれたものをいくつか使ってきたのだが、時間が経つにつれ、動画広告の数が増加し、入手できるポイントも相対的に減少傾向にあることがじわじわと分かってきた。
これは2つの点で面白くない。一つは、単純に「歩くだけでポイントがたまる」が誇大広告と感じられること、もう一つは可能性の広がるはずのインターネットの世界に、余計なコンテンツが増えているということへの不満だ。前者は、単に「だけで」が嘘だってことで、正確には「歩くことで、視聴すればポイントが付与される動画コンテンツを表示できる権利がもらえますよ」ということ。わらしべ長者・風が吹けば桶屋が儲かるのごとく、きっかけと結果の間に手順があることを隠している広告だっていうこと。とはいえ、還元率と消費時間にバランスのとれているものがいくつかあるので、そういうものを使えばよろしい。ただ、もう一つ後者の不満の方が私にとっては重大で、これは地味に世界中の問題なんじゃないの?ってこと。
日本は少子化が叫ばれているけれども、世界中で見たら人口は爆発しているわけで、増えすぎた人がどうなるのか、食料問題とか、ってことが言われて久しい。いわばそれに似たことで、インターネットの世界全体のメモリの総量の中に占める動画とか広告の占める割合が、形を超えて様々であるものの、基本的には増加傾向にあるような気がするんです。そうなると、本来便利なツールであったはずなのに、ゴミだらけになって身動き取れなくなっている人のように、インターネットの様相が「窮屈感」として見えてくる。この手の広告は、響く人には響く(だろう)ものなので、「私にとって不要=世の中にとって不要」ではないのだけれども、とはいえ、機械がスパム認定する何かとか、ちゃんと注意を向けてみると不愉快になる類の広告や、「これ面白いから!」と言われて見てみて「…(よくわからんし、何が面白いのかわからんし、誰に響くのかもわからん)」となってしまうものなんかを整理(例えば削除)したら、きっとインターネットの世界はもう少し余裕と可能性が見えてくる電子空間になるんじゃないのかな、と思うのです。
そんな中で起きた、ポイ活整理(これでほぼ卒業かな)でした。主力だったものはこれで卒業。ごく一部、私にとってまだ有益なものは残すので、その手の広告が目に入らなくなるわけではないですが、まぁ数分/日の削減にはなりそうなので、チリ積でそのまま読書に充てようかと思っています。