2026年4月25日土曜日

悪意か?悪戯にしては、度が過ぎている

 4/18の出来事。

 勘違いかもしれないけれども、立て続けに気になることが起こっているので、悪循環に陥らないように考えを整理してみる。

1 週末の朝活@スターバックスで、空いている店内で隣に座ったお客さんが、私が退席した直後に私が座っていた席に移動してきた。

2 帰宅時に右側の歩道の右端を歩いていたら、正面から中年男性が歩いてきた。私は右側に半身ずれていたが、当該男性は肩をいからせてのしのしと直進し、私の左側すれすれを歩いて行った。

3 看板から針金が歩道に向かって飛び出ていた。私の顔の高さ。

4 自宅最寄りのゴミ捨て場にごみが散乱。片付けていると金曜日にウチが出したゴミの一部であることが発覚。

5 同じ場に、自転車が放置。

 ほんの5分くらいの間に立て続けに起こったことなので、ちょっと時間をおいて書き出してみたらこんな感じである。時間の経過とともに私の感情がネガティブになっていったので、いろいろ反応してしまった感がある。

 1は、私の考えすぎかと思えるが、ちょっと気分が悪かった。一言かけてくれたら「もう空きますよ~」と言ってあげられたのに、なんかバタバタと動いていたから、不機嫌そうにも見えてしまった。私の視界から外れた時にやってくれたらよかったのに。とはいえ、これは私の考えすぎか。

 2は、少し悪意を感じたな。そういう顔の人だったらごめんなさいですが、何か「邪魔だ」オーラが出ていた感じがして、普通にすれ違う程度の動きでしたが、のっしのっしと直進、不機嫌そうとくれば「関わってもロクなことがない」モードが発動したので、駐車場にずれこんでかわしました。という場所なので、悪意を感じるな。

 3は、考えすぎかもしれないが危ない。なぜ針金が飛び出るのか疑問、そして疑惑へ、だって不自然なんだもん。先端を曲げて巻き巻きして看板裏に納めたけど。私の顔の高さって子どもでも自転車に乗ったらあたるよね。高齢者や視覚障害のある人でもおでこに当たりそうだよね。ちょっと背が高い人なら目線です。危ない。今まで放置されていたとも思えない飛び出し方なので、疑問しか浮かばない。

 4も、考えすぎかもしれないし、娘がファイルとか入れていたから、袋が破れて散らばったのかもしれないけれども、黄色札(ごみの内容が収集日と違うぜの札)もなく、ただただウチがまとめたはずのゴミ袋の中身の一部が散らばっている状況。収集業者の動きが疑問。

 5は、極めつけ。誰のものなのか、誰がやったのかもわからないし、金曜日にはなかったもの。収集場所に置いてあるものなので法的にはいじっちゃいかんものなのだろうが、幸か不幸かとある登録番号が振ってあるので、ちょっとだけ好意でお店に電話して問い合わせを打診してみようと思う。お店か持ち主か、いずれかが態度悪かったら救済はなしで。4の反省(というか娘の仕業の可能性がある)の埋め合わせ、くらいの感覚です。

 周囲であまりよろしくない気の流れがあるように思えたので、徳を積むことを意識しようと思います。そういえば、先日もちょっとだけ神様のおぼしめしだな、ということを意識したことがありました。まぁ、全然合理的ではないけれども、そういうことにしておいた方がいいこともあるので、少し徳を意識した生活にしてみようと思います


※後日譚

 5について。登録番号の発行先に連絡し状況を説明したところ、その本社から丁寧な対応があり、お店の方から「その方に連絡は入れてみます」とのことで御礼を言われてしまった。世の中まだまだ捨てたもんじゃない。その日の内に自転車もなくなっていたので、(ここからは勝手に私が解釈していい気分になってやろう!)自転車盗まれて困っていた人に連絡がいって無事に回収されました、のだろう。ちょっといいことした気分で、負の感情はチャラにしておこう。


もつ煮 みつ子

 所在地は、入間市になるのかな?元々冷凍餃子の雪松餃子の工場?があったところです。カミさんがもつ煮好きなので、試してみようと平日のお昼にチャレンジ。
 おいしいです。もつ煮が好きならたまらないと思います。私はちょっと贅沢に角煮(ハーフ・右上)をつけましたが、これもうまい。そしてでかい。ごはんおかわり自由、うどんも自由。はっきり言っておきますと「腹いっぱい食べられます」。

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 店名「みつ子」の由来は不明(調べていない)。今後店舗が増えていくのかどうかも不明ですが、これが標準化されたレシピなら、日本中に広がっていくポテンシャルがありそうなうまさです。とはいえ、好みの分かれるものですから、好き嫌いはあるのでしょうが。

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 この店舗は、多分外国ルーツの人たちがフロントで働いていました。もう、尊敬しかない。お客さん完全に日本人メインだし、量と値段とメニューとで、いわゆるガテン系のお客さん多いと思います。全く滞りのないオペレーションで、きちんと接客してくださいました。ここはリピート決定ですね。コストコへ行く日のルートになりそうです。

スターバックスコーヒー

 以前から、時々使っている近所の路面店ですが、もっと近所で安価に利用していたコンビニのイートインが閉鎖されたことと、今年は特にまとまった勉強が必要となったので、朝活に利用しています。

 開店とほぼ同時に入店して、ホットコーヒー(最近はブリュワーコーヒー、というのですね)を注文して、あとはテキストに向かって1時間くらい。ようやくリズムになってきたような気がします。軽くまとめて勉強して、その後にトレーニングへ。いい習慣(だと思い込むことにしています)です。

 数年前に、サードプレイスといった表現でコンセプトを示したと記憶していますが、まさに「居場所」という意味では、コンビニのイートインとはやはり少し違う。確実に少し違う。例えば、BGMや店舗としての音、確かに耳に入ってくる音はあるが、尖っていない、自然な音として過剰な癒やしではなく、かといって不快な音ではなく、聴覚的に「ちょうどいい」。他にも、店員さんの対応についても、多分「ちょうどいい」に当てはまってくる。接客のちょっとしたことですし、これは人-人のことなので、コンビニでも面が割れると一部こういう「ちょうどいい」対応を受けることがありますが、私(部分的な)を認識して対応してくれているというか、そういうことを感じることが多い。コールセンターのような完璧な接客というよりは、人間として接していることをちょっと前面に出すような。他にも店舗全体の雰囲気が視覚的にも落ち着いたものだったり、人それぞれいろんなことをやっている、そういうことを包摂する・できる雰囲気が流れている。これは店側が意図してやっていることと、そこを利用する人達が相互につくりあげている結果なのだと思う。

 少なくとも今年はヘビーユーザーになると思うし、そうなると継続して使うようになるだろうな。月数千円の出費をどうとらえるか。いつも思うが、自分の心持ちなのだと思う。快適空間であり続けて欲しいですね。そして、そこを利用する私も、いいお客さんたりえるようありたいものです。

カタルシス

 話をすることで、気持ちが軽くなるということがあるのだと、改めて実感する機会があった。Iyokiyehaさんは職業カウンセラーを名乗っていたこともあり、カウンセリングの効能とか、その副次的効果なんかも一応元専門職として認識しているわけだけれども、自分がクライアントの立場として、誰かに話をすることで共感を得たり、認識が整理されたり、思考が深まったり、そして気持ちが随分楽になるということを実感する場があった。・・・大げさなものではなく、ただの飲酒の機会に酔い話をした、というだけなんですけどね。

 後輩から「Iyokiyehaさん、あっちのテーブルでお呼びです。酒持ってきてください」と誘われ、「Iyokiyehaさんに、今日は毒を吐き出してもらおうと思う。ほらどんどんゲロゲロしてよぉ~」と先輩から促されたことをきっかけに、蓋をしていたことを「まぁ、ありえん話ですよ・・・」とあれこれ話をしてしまった。この件、私は既に3年以上気にはしていて、継続している人間関係ではあるのだけども、立場もあるので、①今、関わっている人達の邪魔は絶対にしない、②後任の取組には口は出さない、相談があれば全力でフォローする、と決めていることもあり、昨年度からは基本的に沈黙を守っているつもりである。あと、これは個人的なスタンスの話だけれども、③自分に矛先が向いているだけなら、いくらでも耐えられる(というか、Iyokiyehaがつぶれない・屈しないのでエスカレートしているという分析はしている。相手にはいつか「相手が私だから大事にならないでよかったですね~」と言ってあげたい。意図は伝わらないだろうが)のですね。③があるから、①②を断行できてるのだとも思う。そんな話をしていたら、先輩から「いや、実は俺もさ・・・」と対象の方は立場的に関係ないはずの人にも、要らん関わりをしているエピソードがごろごろ・・・。いや、よくない、よくないよ。

 日本の雇用環境は、雇用される人が守られる決まりによって秩序が保たれている、という認識は間違っていないと思う。雇用者と被用者はどうしても力関係が生まれるから、被用者を保護する、という雇用法全体の理念は決してまちがってはいない。ただそれは、人と人との「あたりまえ」の関わり(←これが人によって異なる、というのが判断を難しくしているのだが)があって初めて成り立っているのであって、そうでない人はアウトロー(法外)認定して放出することって、職場秩序を守る上では間違っていないと思う。ただ、それは被用者の権利を減じるのではなく、雇用者の責任を担保した上で初めて言えることであると思うので、その実現、法令整備はまだまだ先のことになるのでしょうが。だって、雇用者にもしょうもない人達が残念ながら複数存することを知っているので。

 結局、法令というのは、それを使う人が息を吹き込むことによって初めて理念に基づく使い方ができるのだと思います。Iyokihehaのこの認識は、障害者雇用促進法を武器にしていた20年前からほとんど変わっておらず、その武器が、障害者総合支援法、児童福祉法、子ども・子育て支援法に移り変わっても、根幹はぶれていないと思います。それを使う私の側が日々変化しているので、吹き込む息は時々チェックしておかないといけないんですけどね。

 話を戻しますね。カタルシス(浄化とか訳される※)。昨晩、お酒の力を借りて重い蓋を開けたことにより、実は俺も・・・、そういえば私も・・・がポロポロと場に出てきて、その場はほんと毒のゲロゲロではあったのですが、どこかしら笑い飛ばした上、上の日本の雇用について考えるきっかけにつながった事実もあり、私にとってはとても有益でした。ここでまた蓋をして過ごすわけだけれども、中身が詰まっていた状態から、余裕がある状態へ。私の気持ちもずっと楽になったし、似たような認識の人が、何をするわけではなくても、私の味方でいてくれる感覚というのは、何よりも心強いものです。

 Iyokiyehaの勝者の定義は「最後まで立っているやつ」ですから、こんなことでは折れずにやっていけるのだろうと思います。その方が職場を出るまで折れないでいてやろうと思います。仕事はそんなにできなくても、私、頑固ですから。残念でした、相手が悪いんですよ。


※ カタルシス 辞書的には「(略)2 精神分析で、抑圧された感情や体験を言葉や行動として外部に表出して、心の緊張を解消すること。3心の中に解消されないで残っていたある気持ちが、何かをきっかけにして一気に取り除かれること」(大辞林)カウンセリング用語で、クライアントが話をして気が楽になるようなことを指してつかう。


弾丸帰省3日目 朝〜帰宅

帰宅する日の写真たちです。

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眼鏡屋さんですね。住吉になるのか?
私が小学生の頃にはあった店舗なので、40年~50年くらい、ずっと眼鏡屋さんだったところです。ついに閉店されてしまったか。

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古本屋丸書房さん。日中もシャッターが閉まっていたので、おそらく閉店してしまったのだろう。ご主人穏やかなおじさんだったけど、元気にされているかな。

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浜松の食の名店街的な、飲食店を集めたような施設があったのだけれども、きれいになくなってしまっていた。あんまりいかなかったので何とも言えないが、残念です。

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人の流れが郊外のショッピングセンターに持っていかれたとは言われるものの、それなりに人の流れはある浜松駅前。わいわいと人ごみになる必要はないけれども、使いやすい街であってほしいものです。今回の帰省もありがとうございました。

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おまけ。西所沢駅前にできた福吉さん。帰省後の一杯も、ちょっと儀式化。鉄板の磯玉です。うまし。

2026年4月15日水曜日

弾丸帰省2日目 午後

午前中の写真がうまくアップできないので、またの機会に。
午後のお散歩時。

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前回の写真にもあったか。元階段があった斜面。
跡形もなくなってしまったことには、少し驚きがある。地元では「石段」と呼ばれていたのですが、なんか地権の関係で通行止めとなり、廃止されてしまったのが、20年前くらいか?いい加減までロープ張っていたのだけどね。この辺に住んでいた元小学生たちは、みんな「石段」を使って泉小学校に通っていたのです。

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で、新しくできた「階段」です。明るいですね。
結局私有地扱いなので、本当はこういうものを作る必要はないのですが、これを作らせるかどうかで、私の実父は役に立ったらしいが詳細は謎のままである。

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今回も、少し寄ることができた、幸?小豆餅?のゼッテリア。1時間くらい読書しているうちに、家族連れが2組来店した程度の、安定の静かなお店。私にとってはありがたいので、まだまだ続けてください。多分40年以上選手のお店です。

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甥っ子が幼い頃のかかりつけ。「●●○○さん、どぉ~(⤵)ぞぉ~(⤴)」という独特な抑揚の呼び出しで、ちょっと面白い、とっても優しい先生でした。私が中学生の時に体質改善を勧めてくれたのもこの病院。おかげで30年くらいは蕁麻疹出ませんでした。とはいえ、まだ三樹先生現役なのだろうか…代替わりしたのかな?

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昨日のラーメンはここ。
チェーン店だから、別に珍しいお店ではない。

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前回、臨時休業で心配したどんごろすさん。今回は開店していました。
今度は利用しよう。

弾丸帰省1日目

 なんとなく恒例になってしまった、浜松弾丸帰省一人旅。先の週末に弾丸になっていました。実家に用事があったのと、実父が何やら「やることがある」とか言ったので、少し前倒しで2泊3日紀行です。

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割と雨が降っていたんですよね。大きめ荷物に雨というのは、どうにもテンションが下がる。これは、どこだっけ?熱海か新富士かその辺です。土砂降り。

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で、浜松駅についたら、こんな手書きのメッセージが。
私に宛てられたものではないのは一目瞭然ではあるのですが、若者を応援するような駅員さんのメッセージが何とも粋ではないか、と感動してしまった。

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で、まぁ、雨なわけよ。
エヴァンゲリオンはいなくなっていました。家康君が鎮座する普通の浜松駅。

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そして、ここのところ半ば儀式と化してきた来来亭@泉町南。そんなに特徴のないラーメンだと思っていたのだけれども、好みではあるので、なかなか味わいのあるラーメンに思えてきた。じわじわくるのよね、このシンプルな醤油ラーメンというのは。

大海原というところは…

 このご時世、どこへ行っても法の縛りがあって、ほとんどの場合私は「守られている」わけですが、どうやらできて数十年のある場所は、あんまり決まりがなくて私も守られている感じがしない。まぁ、当たり障りのないことを書いているだけなので、そうすることで自衛に努めているといえば、そういうことなのだが。
 お察しのとおり、その場所とはこのWebという世界です。
 Webページをやっていた学生時代から、Blogに移って早20年くらいでしょうか。まぁ時々嫌な思いをすることがあったわけですが、私の場合はあまりに不愉快になった時には、そのツールのアカウント毎削除してきたので、それ以上に踏み込まれてはいないとはいえます。ただ、その時々の出来事は、実世界で例えると「道を歩いていたら、知らん人から罵声を浴びせられた」くらいだと思うので、そんなことがまかり通っているWebの世界が健全か?と問われたら、私は躊躇なく「健全ではないね」と答えてしまうと思います。
 大体、実世界で初対面のアカの他人に、自分の家族の写真を指差してカミさんの容姿がどうだとか着ているものの(一方的な)評価だったり、その良し悪しの価値判断、挙句の果てには私生活について根掘り葉掘り聞いてくるのは、いかがなものだろうか。その上、回答しないでいると、それを無視しているだとかどうだとか更に何かしてくることをほのめかす、というのは、いかがなものかレベルではなく、迷惑行為といえるだろうし、私がそれに対して「怖い」と思ったら、それは恐喝とかそういうことになるのではなかろうか。で、そういうことがさも普通であるような、Webは自由だからとか、好きにつながるのが特徴とか、そんな理由を並べられても、いえいえ私はWebにそういう評価をしていないからと弁明しなければならないか?と考えた時に、なんでそんな面倒なことをしなければならないのか、という疑問がふつふつと湧いてきてしまいます。ふつふつとなったら、とりあえず退会、とかアカウント削除となるのが、これまでのIyokiyehaさんです。ごめんなさい、今回もそうしちゃいました。
 まぁ、Web歴そろそろ30年くらいのおじさんの戯言かもしれませんが、人間関係の基本は一対一のやりとりだと思っている私にとって、Webという大海原は便利であっても、依存したくない世界だなと思うこの頃です。あくまでツールとして傍らにいてほしいけれども、価値観に影響させたくないし、したくない、そういう世界なんだけどな、私にとって。
 ということがきっかけではないですが、私の端末にはSignalという「秘匿性の高いアプリ」がインストールされています。使ってみたい方、お気軽に連絡してだいじょぶですよ。どんなものか体験したいので、協力者募集中です。

yellow オムライスと洋食

去年、所沢にオープンしたオムライスのお店。都内じゃ有名なのかな?オムライスをパカッと開いて、ハンバーグを乗せてチーズをかける、絵になるオムライスを出してくれます。オープンから今でも時間帯によってはえらい行列ができているので、リピーター含め、人気店なんだと思います。確かに、食事はおいしい!絵になるし、見ていて楽しい。若い人は動画もうまく撮るのだろうが(一緒にいった次女は動画撮ってました)、私はじーっと見入ってしまいました。

正直、お値段はそこそこしますが、ちょっと贅沢な食事と、明るい店内、きびきび動く店員さん、「Yes!」のかけ声とか、ウケもあるのでしょうが気持ちのいいお店でした。

「動画撮ってくださいね~」と言ってくれる。見せ場ですな。

映えだけでなく、食事は文句なしにおいしい。

パンケーキも人気らしいです。メープルシロップをたぱたぱかけて食べます。

むさしの珈琲店

※これも2026年3月末。

これは、お休みとった日に行った、カミさんとのモーニングデートの一幕です。

すかいらーくさんの系列なのね。所沢にも店舗があって、朝からやっているお店なので、カミさんのお友達ご用達らしい。この日、面白かったのは注文のタブレットが、なぜか勝手に言語変換してハングルになってしまったこと。英語なら何とか注文できそうだけど、全くしらない言語って、手も足も出ないのね、と思った経験でした。なかなかに面白い。

割とリーズナブルな上、おかわりコーヒーがお得なので、ランチタイムまでの時間をのんびり過ごすにはいいですね。

観ること自体は有益だった「遠ざけたい」発信

※これも2026年3月にメモしたものです。

 すべての発信が社会を形作っている、といった投稿をしたところですが、同時期に同僚から紹介されて(≠勧められて)観たのが、こういう番組。なんというか、権威を纏ってかなり一方的な主張をしてくれていました。(保育施設の入所に関する暴露話?)

https://youtu.be/kbGn8Cv4Dvw?si=7xXA4eGmGfmyzK5n

 根拠となることをもって、ある立場から、自分の主張をするのはその人の自由ではあるのですが、それが無法地帯になっているのがWebの世界。この人たちは「何言ってもよし」という世界で活動しておられるのだな、と思いました。前提となっている知識と、その根拠としているものの認識(なのかそのものが、なのか)に誤認があることに気づいていない、という可能性を疑っていないのだろうな、と思いました。ここで繰り広げられている物語は、肝心なところがすっぽ抜けているので、自治体が作るしくみや、その根拠となる国の見解というものについて、知ろうとしない、説明を求め(たらしいが)るだけで、回答を理解しようとしなかったのだろうな、と思いました。それらをひっくるめて「これは演出だ」というのであれば、それを支持する人たち全体に対しても、あまりいい印象はありません。

 内容自体が路上演説みたいなものなので、そういうものと思って視聴しましたが、正直なところ私にとっては「遠ざけたい発信」でした。とはいえ、こういうものがはびこって、こういうところから知識を得た方々が矛先を向ける先が役所の窓口なのだな、と再確認させられたものでした。この制度は、いい加減まで平行線になっちゃうんだろうな。。

すべての発信が社会を築いていく

※2026年3月下旬にメモした内容です。

 日本には思想の自由があります。何を考えていても、そのこと自体は罪に問われることはありません。表現の自由もあります。公共の福祉による制限の他は、基本的には発信活動は自由とされています。これらを組み合わせると、基本的には「考えていることを発信することは自由」ということができます。

 インターネットによって、Webの世界が(ほぼ)万人に開かれているこの世界では、私(のこのBlogなど)を含め、いろんな人がいろんなことを発信しています。もちろん、その全てが誰かの目に触れるかというと、必ずしもそうではないのですが、だからといって好き勝手言っていいか?と問われると、そうではないと感じる反面で、先の表現の自由や思想の自由というものがある。公共の福祉に反するとはどういうことか、ということをきちんと調べてみたいと思ったが、ここではそれを考慮しつつ、ちょっと観点を変えて見る。

 要は、ある発信が誰かを傷つける、というのと似ていて違うのだけど、「すべての発信は、社会を作っていく」ということです。誰の目に触れるかわかりませんが、誰かの目に触れた途端に、究極的にはその人に何らかの影響が生じます。ということは、その時点で「ある発信」は世の中に影響しているということです。誰かのちょっとした一言も、発信者にはその気がなくても、それが公表されて誰かの何かに触れた瞬間に、社会に対する影響力が生じます。それが大きかろうが、小さかろうが。いや、最近ではAIの網にかかって誰かへの生成文書になって表示されて目に触れる、ということも段々浸透してきたから、より影響力が生じ(てしまう)るでしょう。これは、すごいことであると同時に、これまでよりも意識していないその人の内面が社会に影響が出る形で出て行くことを意味します。

 だから、良い発信を、と繰り返し言いたい。私もこれまで愚痴っぽくいろいろ書いてしまったことがあるけれども、前向きな、誰かを緩めたり、あぁよかった、と思えるようなことを世の中に見えるようにしたい、これまでよりももっと強くこういうことを思えるようになりました。悪い気持ちはまとまっても良くならないけど、よい気持ちはまとまったら結構いいことになるかもしれませんよね。私が好きな、いくつかの音声コンテンツや、ラジオ番組を聴いて最近また思ったことでした。

 自分にとって、要らない発信は遠ざけて、いい発信、知りたい発信に手が届くような、そんな使い方をしたいと思う、この頃でした。

2026年4月8日水曜日

超超超超超ラッキー

  とあるラジオのトークテーマで、こんなことを言っていた。今日は近距離で何度も車に乗る機会があったので、カーラジオのながら聴きではあるのだが、なんとなく「いいなぁ」と思った。そのことについて。

 そんなテーマのお便りで「カレー屋さんで、トッピングをつけたかったんだけど、シンプルなポークカレーにしたら、お店の方で間違えてトッピング乗せてしまった、とお代そのままでいいからと謝られた。欲しかったトッピングだったので、超超超超超ラッキー」みたいな話があった。

 なんだか「いいなぁ」と思えたんですよね。トッピング得したぜ!じゃなくて、なんか、この店員さんのごめんなさいと、それを受け止めてラッキーと思ったこの人の気分というか認知というか、とっても「人らしい!」と思いました。

 とかく、何か「普通じゃない」「思ってたのと違う」ことが起こると、それをネタにして笑いごとにするような風潮が最近気になります。ルールの中で「笑わせる」ことをきちんと意識した発言じゃなくて、何かを話題としてそれを貶めることも含めてその場で「笑う」だけの会話、みたいなもの。外出して聞こえてきたり、意外と身近なところでそんな会話が繰り広げられていたりと、その場で「笑う」のと、人を「笑わせる」のとでは、似ているようで全く違うと思うのです。

 で、このカレー屋の一件は、そんなことをも含みながらも、そこでないところで「ごめんなさい」「苦しゅうない」みたいな、理屈だったり、筋は通らないし、おそらくAIならこういうやりとりにはならんのだろうな、というようなやりとりのように感じて「人らしい」ことにピンときた、ということでした。多分、最近はそういうことに飢えているのだろうな、と思えた一件でした。

 …「なんで?」と思われるかもしれませんが、それも私がまだ「人」たるゆえんだということです。ラジオでもWebでも、やっぱり発信は「いいこと」にしないとね。

2026年4月5日日曜日

お稽古メモ 2026年4月

4月5日

1 連続技

  (1)正面打ち/(2)正面突き

2  昇段審査規定技

  (1)片手持ち四ヶ条抑え(一)※座り/(2)後技片手襟持ち三ヶ条抑え(一)/正面打ち側面入り身投げ(二)


(1)きちんと捌く、180度回転

・受け止め切らない、肘肩を返し切らなくても、きちんと捌ければよい。

・受けの腕を「伸ばす」位置へ、横に出る。下げない、上げない。受けの前足に体重が乗るように(かといって、引っ張らない)

(2)受けの腕が伸びている、のが重要

・仕手が手を引き込まない(引っ張らない)ようにする距離を保つ。

・とった手が、肩を支点にして動くところに移動しつつ、移動した終点で受けの前足に体重がかかるところで制御する。

・だから、正面打ちの捌きと、正面突きの捌きとで、受けとの距離、動作の終点の位置が変わる。

2(略)

・四ヶ条は、仕手の肩のところに面をつくって、腰の動きを連動させて、制御する。

湯楽の里 所沢温泉

所沢に引っ越してきてから、度々利用するスーパー銭湯。年に数回は家族で、同様に数回は休みの日にダラダラするために利用しています。

サウナや露天風呂のあるシンプルなお風呂と、休憩処、食事処と、よくあるつくりで安心。で、値段の割にご飯がうまい。何食べてもおいしい。その上で、カレーにかける情熱が感じられる。カレーうどんで十分満足なのだけれども、とんかつが乗るとちょっと贅沢です。うまいし、もたれない。いい仕事です。

浴室とか撮るわけにはいかんので、食事処の天井。明るいつくりでうれしい。去年できた二階の休憩処は漫画もたくさんあるので、今回はスラムダンクの山王戦をチョイス。非常に満足の時間でした。

https://www.yurakirari.com/tokorozawa/