そして、ここのところ半ば儀式と化してきた来来亭@泉町南。そんなに特徴のないラーメンだと思っていたのだけれども、好みではあるので、なかなか味わいのあるラーメンに思えてきた。じわじわくるのよね、このシンプルな醤油ラーメンというのは。
日々起こること、考えること、読んだ本のことを、自由に書いています。
そして、ここのところ半ば儀式と化してきた来来亭@泉町南。そんなに特徴のないラーメンだと思っていたのだけれども、好みではあるので、なかなか味わいのあるラーメンに思えてきた。じわじわくるのよね、このシンプルな醤油ラーメンというのは。
去年、所沢にオープンしたオムライスのお店。都内じゃ有名なのかな?オムライスをパカッと開いて、ハンバーグを乗せてチーズをかける、絵になるオムライスを出してくれます。オープンから今でも時間帯によってはえらい行列ができているので、リピーター含め、人気店なんだと思います。確かに、食事はおいしい!絵になるし、見ていて楽しい。若い人は動画もうまく撮るのだろうが(一緒にいった次女は動画撮ってました)、私はじーっと見入ってしまいました。
正直、お値段はそこそこしますが、ちょっと贅沢な食事と、明るい店内、きびきび動く店員さん、「Yes!」のかけ声とか、ウケもあるのでしょうが気持ちのいいお店でした。
「動画撮ってくださいね~」と言ってくれる。見せ場ですな。
映えだけでなく、食事は文句なしにおいしい。
パンケーキも人気らしいです。メープルシロップをたぱたぱかけて食べます。
※これも2026年3月末。
これは、お休みとった日に行った、カミさんとのモーニングデートの一幕です。
すかいらーくさんの系列なのね。所沢にも店舗があって、朝からやっているお店なので、カミさんのお友達ご用達らしい。この日、面白かったのは注文のタブレットが、なぜか勝手に言語変換してハングルになってしまったこと。英語なら何とか注文できそうだけど、全くしらない言語って、手も足も出ないのね、と思った経験でした。なかなかに面白い。
割とリーズナブルな上、おかわりコーヒーがお得なので、ランチタイムまでの時間をのんびり過ごすにはいいですね。
※これも2026年3月にメモしたものです。
すべての発信が社会を形作っている、といった投稿をしたところですが、同時期に同僚から紹介されて(≠勧められて)観たのが、こういう番組。なんというか、権威を纏ってかなり一方的な主張をしてくれていました。(保育施設の入所に関する暴露話?)
https://youtu.be/kbGn8Cv4Dvw?si=7xXA4eGmGfmyzK5n
根拠となることをもって、ある立場から、自分の主張をするのはその人の自由ではあるのですが、それが無法地帯になっているのがWebの世界。この人たちは「何言ってもよし」という世界で活動しておられるのだな、と思いました。前提となっている知識と、その根拠としているものの認識(なのかそのものが、なのか)に誤認があることに気づいていない、という可能性を疑っていないのだろうな、と思いました。ここで繰り広げられている物語は、肝心なところがすっぽ抜けているので、自治体が作るしくみや、その根拠となる国の見解というものについて、知ろうとしない、説明を求め(たらしいが)るだけで、回答を理解しようとしなかったのだろうな、と思いました。それらをひっくるめて「これは演出だ」というのであれば、それを支持する人たち全体に対しても、あまりいい印象はありません。
内容自体が路上演説みたいなものなので、そういうものと思って視聴しましたが、正直なところ私にとっては「遠ざけたい発信」でした。とはいえ、こういうものがはびこって、こういうところから知識を得た方々が矛先を向ける先が役所の窓口なのだな、と再確認させられたものでした。この制度は、いい加減まで平行線になっちゃうんだろうな。。
※2026年3月下旬にメモした内容です。
日本には思想の自由があります。何を考えていても、そのこと自体は罪に問われることはありません。表現の自由もあります。公共の福祉による制限の他は、基本的には発信活動は自由とされています。これらを組み合わせると、基本的には「考えていることを発信することは自由」ということができます。
インターネットによって、Webの世界が(ほぼ)万人に開かれているこの世界では、私(のこのBlogなど)を含め、いろんな人がいろんなことを発信しています。もちろん、その全てが誰かの目に触れるかというと、必ずしもそうではないのですが、だからといって好き勝手言っていいか?と問われると、そうではないと感じる反面で、先の表現の自由や思想の自由というものがある。公共の福祉に反するとはどういうことか、ということをきちんと調べてみたいと思ったが、ここではそれを考慮しつつ、ちょっと観点を変えて見る。
要は、ある発信が誰かを傷つける、というのと似ていて違うのだけど、「すべての発信は、社会を作っていく」ということです。誰の目に触れるかわかりませんが、誰かの目に触れた途端に、究極的にはその人に何らかの影響が生じます。ということは、その時点で「ある発信」は世の中に影響しているということです。誰かのちょっとした一言も、発信者にはその気がなくても、それが公表されて誰かの何かに触れた瞬間に、社会に対する影響力が生じます。それが大きかろうが、小さかろうが。いや、最近ではAIの網にかかって誰かへの生成文書になって表示されて目に触れる、ということも段々浸透してきたから、より影響力が生じ(てしまう)るでしょう。これは、すごいことであると同時に、これまでよりも意識していないその人の内面が社会に影響が出る形で出て行くことを意味します。
だから、良い発信を、と繰り返し言いたい。私もこれまで愚痴っぽくいろいろ書いてしまったことがあるけれども、前向きな、誰かを緩めたり、あぁよかった、と思えるようなことを世の中に見えるようにしたい、これまでよりももっと強くこういうことを思えるようになりました。悪い気持ちはまとまっても良くならないけど、よい気持ちはまとまったら結構いいことになるかもしれませんよね。私が好きな、いくつかの音声コンテンツや、ラジオ番組を聴いて最近また思ったことでした。
とあるラジオのトークテーマで、こんなことを言っていた。今日は近距離で何度も車に乗る機会があったので、カーラジオのながら聴きではあるのだが、なんとなく「いいなぁ」と思った。そのことについて。
そんなテーマのお便りで「カレー屋さんで、トッピングをつけたかったんだけど、シンプルなポークカレーにしたら、お店の方で間違えてトッピング乗せてしまった、とお代そのままでいいからと謝られた。欲しかったトッピングだったので、超超超超超ラッキー」みたいな話があった。
なんだか「いいなぁ」と思えたんですよね。トッピング得したぜ!じゃなくて、なんか、この店員さんのごめんなさいと、それを受け止めてラッキーと思ったこの人の気分というか認知というか、とっても「人らしい!」と思いました。
とかく、何か「普通じゃない」「思ってたのと違う」ことが起こると、それをネタにして笑いごとにするような風潮が最近気になります。ルールの中で「笑わせる」ことをきちんと意識した発言じゃなくて、何かを話題としてそれを貶めることも含めてその場で「笑う」だけの会話、みたいなもの。外出して聞こえてきたり、意外と身近なところでそんな会話が繰り広げられていたりと、その場で「笑う」のと、人を「笑わせる」のとでは、似ているようで全く違うと思うのです。
で、このカレー屋の一件は、そんなことをも含みながらも、そこでないところで「ごめんなさい」「苦しゅうない」みたいな、理屈だったり、筋は通らないし、おそらくAIならこういうやりとりにはならんのだろうな、というようなやりとりのように感じて「人らしい」ことにピンときた、ということでした。多分、最近はそういうことに飢えているのだろうな、と思えた一件でした。
…「なんで?」と思われるかもしれませんが、それも私がまだ「人」たるゆえんだということです。ラジオでもWebでも、やっぱり発信は「いいこと」にしないとね。
4月5日
1 連続技
(1)正面打ち/(2)正面突き
2 昇段審査規定技
(1)片手持ち四ヶ条抑え(一)※座り/(2)後技片手襟持ち三ヶ条抑え(一)/正面打ち側面入り身投げ(二)
1
(1)きちんと捌く、180度回転
・受け止め切らない、肘肩を返し切らなくても、きちんと捌ければよい。
・受けの腕を「伸ばす」位置へ、横に出る。下げない、上げない。受けの前足に体重が乗るように(かといって、引っ張らない)
(2)受けの腕が伸びている、のが重要
・仕手が手を引き込まない(引っ張らない)ようにする距離を保つ。
・とった手が、肩を支点にして動くところに移動しつつ、移動した終点で受けの前足に体重がかかるところで制御する。
・だから、正面打ちの捌きと、正面突きの捌きとで、受けとの距離、動作の終点の位置が変わる。
2(略)
・四ヶ条は、仕手の肩のところに面をつくって、腰の動きを連動させて、制御する。
所沢に引っ越してきてから、度々利用するスーパー銭湯。年に数回は家族で、同様に数回は休みの日にダラダラするために利用しています。
サウナや露天風呂のあるシンプルなお風呂と、休憩処、食事処と、よくあるつくりで安心。で、値段の割にご飯がうまい。何食べてもおいしい。その上で、カレーにかける情熱が感じられる。カレーうどんで十分満足なのだけれども、とんかつが乗るとちょっと贅沢です。うまいし、もたれない。いい仕事です。
浴室とか撮るわけにはいかんので、食事処の天井。明るいつくりでうれしい。去年できた二階の休憩処は漫画もたくさんあるので、今回はスラムダンクの山王戦をチョイス。非常に満足の時間でした。
https://www.yurakirari.com/tokorozawa/
年度末っぽい仕事量で、疲労感も蓄積している模様。日記はみみずがのたくった感じで、すでに何を書いたのかわからない筆跡になっています。そんな中で、ドラマなんか観ていた(前回投稿)わけですが、それは置いておいて今週気づいたこと。
1 足首と膝、股関節が連動する
股関節が固くて、痛みが出やすくて。合気道のお稽古を一番の理由に、膝をやわらかく動かすことを意識して動かしています。そうすると、うまく膝が柔らかく動いた時は、一度に足首と股関節がスムーズに動いているな、と気づいた。
2 走り方
最近、休日の朝は近所のスターバックスで勉強している。それが終わってからジョギングに出かけるのだけれども、そんな時系列のため、スタバ後に荷物一式をもって自宅玄関先まで置きにいくのだれども、その時の駆け足と、ジョギング時の駆け足が、全く異質な動作であると気づきました。肩への力みで固まってしまうのか、あるいは?という気づきです。
3 傘を貸す
今日、愚息の学校の説明会に参加してきました。これまでも話題に事欠かない息子ですが、運動部に所属する人はスキマ時間の使い方が大切ですよ、と言われた傍から、バス停の待ち時間にせっせと次にほしい時計をスマホで物色するような息子です。それはさておき。登校するときにシャトルバスの停留場で待っていると、だんだん雨脚が強くなり、ちょっと強めの降り方に。あらあらと思いつつ、傘を開くのですが、隣の親子は困った様子でフードをかぶる娘さん、お母さんは雨を避ける道具もなく、ハンカチをかぶって困った様子。っていうのを見た時に「これでよければ」と傘を差しだしていました。まぁ、何も考えていなかったのですが、お礼を言われて、私は息子の傘へ。で、バスが着て乗る間際に返してもらい、改めてお礼を言われます。全く悪い気はしない。これは大事だ、結構いいことをした。願わくは、今度はこの親子さんが、他の人にいいことをしたらよい。ペイ・フォワードを思い出したできごとでした。
カミさんに誘われたので、このクールは火曜日夜の「再開 ~Silent Truth~」を観ました。リアタイで観るのは制限がキツいので、大体早く帰った日に妻となんとなく一緒に観ていました。原作があるドラマということもあって、「犯人誰よ」「なんで?」「なるほど~」と思ったり、そういったり「やっぱり犯人コイツだよね」と思ったり、いろんな仕掛けや複線がある、いわゆる「王道」のドラマだなぁと、こういうものを久々に観て楽しんでいました。
今週が最終回でした。ネット上では一部盛り上がっていたようです(が、私の目には全く触れていませんでした)。そんなことも知らず、昨日(3/19)仕事の後で観て、思わず見入ってしまい、動と静、様々なエピソードが語られることに、改めて「王道」であって、俳優たちの名演に思わずうなってしまうような、話の内容とは裏腹に、「あ~、いいもん観た!」と思えたドラマでした。動的な良さ(段田安則氏の表情や、江口のり子氏の感情表出など)もさることながら、個人的には静的な良さ(竹内涼真氏の心的表現や、それを受け止めきった北香那氏の演技など)が感じられたあたりが、折り重なって、「あ~、いいドラマ」と思えました。
で、以上にしておけばよかった、と少し後悔。
少し調べてみて、感情的には何か半減してしまいました。まぁ、現代のWebというのはそういうものだと整理して落ち着いてきましたが。何かというと、この静的な良さの部分ってあんまり話題にならないんですね、Web上では。確かに、ここの描写は観る人が観たら、あっさり描かれていて、次のシーンではもう結論が出ていたので、それをそうと読まなければ「なんで?」って思う人も多いのかもしれませんが。Webで盛り上がる人の中には、結構この描写が共有できないんだなと、少し残念な気持ちになってしまいました。
これをもって、イマイチと評価するのも大人気ないので、だから少し落ち着いているのだけれども、Web上での存在感って少し尺度が画一的かもしれないな、少なくとも私には共有できない感覚が確かに存在するな、と感じた出来事でした。
ドラマの楽しみ方なんか自由だから、どう思おうがそれぞれの勝手であって、私もその勝手の一員ではあるのですが、どうせ存在を残すのであれば、もう少し慎重でありたいな、と改めて思えたのが今回の収穫でした。解釈だから、間違っている可能性もあるわけで、共感できない可能性もあるわけで。一方で、小説(物語)だからそこから受ける印象や内容はそれぞれの解釈であるわけで、だから自分の解釈=100%正しいわけじゃないですよね。そういう解釈を痕跡として残すのならば、少し慎重でいるべきだと学んだ出来事でした。
咲いてきました。
そういえば、3人がそれぞれ持ち帰った時には、花が咲いていたな。
毎年短い期間ですが、今年も春だなぁと思わせてくれるヒヤシンス達です。花が終わったら、茎を根本から落として、球根のお世話(といっても、時々肥料あげて、土を足したりするだけですが)で、季節を待つのみです。
●260315
●260308
●260301
ラジオからは「震災から15年」という言葉が流れるこの頃。
無事なのかどうかわからんけど(緩みっぱなしの生活習慣に、かなり前衛的な態度を取り続け、不機嫌極まりないカミさんの逆鱗に触れたのが、卒業式前日…詳細は教えない)長男が中学校を卒業することになる。仕事はヤバい状況だが、家族優先・儀式優先、ということで式典に参加。校長先生の祝辞も、PTA会長の言葉も、卒業生の言葉も全部よかった。「支え合いの中で生活している」ことを実感・確認・大切にしようということを、それぞれの立場から、見事な言葉選びで語るのを聞き、とんと自分の腑に落ちる感覚があった。聞いているか、息子よ。
帰宅して、通知表を見て3学期の急落に驚く妻と私。…まぁ、そういうことだ。支えられていることはできれば今、無理でもいつか、気づいてほしいなぁ。
で、お手紙です。長男っぽくて、長男らしく、長男だから、長男でお腹いっぱい、長男以外ありえないってくらいに、突っ込みどころが多く、前向きに感動なく夫婦二人して吹き出してしまいました。まぁ、拝啓と敬具を合わせちゃったり、敬具なく「(名前)。」という謎の結びとか、っていうか卒業にあたって両親に宛てる手紙で「拝敬」って何だよ!とか。ホント、こういうことだよな、と思ったのは確かだけれども、区切りでも長男らしさ全開な儀式でした。卒業おめでとうさん。
月に2~3回、金曜日には娘たちの習い事のお迎えに、エミテラス所沢へ。毎週合流というわけではないが、時々カミさんと夕食を食べる。フードコートのお店は大体1回くらい使っているが、ここは初めて。台湾料理のダパイダン??担担麺と小籠包のお店。一杯ひっかけてもいいらしい。
若いころは辛い物が苦手だったのだけれども、ラーメンまさ吉さんのおかげで、すっかりスパイシーなものも平気になったiyokiyehaさん。名物なら迷わず担担麺、ということで小籠包も楽しめそうな、担担麺セット1,280円。これはボリュームがある。
担担麺はきちんとダシの効いたおいしい辛さ。山椒やラー油よりもハッカクが効いているのが特徴。私にはマイルドな辛さで、なかなかおいしい。小籠包もちょっと試すのにはいい。コスパという言葉を使うなら、これはかなりお得です。満足。