Iyokiyehaの日記
日々起こること、考えること、読んだ本のことを、自由に書いています。
2026年9月6日日曜日
税務署の人の対応に学ぶ、よりよい接遇
2026年9月5日土曜日
前方飛躍受身
夏休み?
世間でいうところの「夏休み」。7月から8月にかけての期間をそう呼ぶことが多いのだけれども、それが終わったところで、この夏(?)の振り返りをしておこうと思います。前回の投稿が6月と知って驚いているところです。
7月は、中旬に家族で休暇村奥武蔵へ。ここ数年、何となく毎年行っている一泊旅行。旅行といっても、半日仕事をして、みんなが帰宅したら夕方発夕食着くらいの予定で、お腹いっぱいおいしいものを食べて、ゆっくり風呂に入って、ゆっくり寝て、のんびり起きて、おいしいご飯を食べて岐路に着く、という我が家の贅沢です。ごはんが文句なしにおいしい、楽しい。翌日は年によって違うけれども、今年は飯能市のムーミンバレーパークでジップラインに挑戦。エンターテイメントとして大変面白かったです。動画とか検索すると出てくるので、興味のある方はぜひ(ムーミンに詳しい方は、飛行鬼、できっとおなじみですね)。
下旬には、再度浜松弾丸帰省。ちょっと所要。私にとっては少し大きなことを、いくつかこなして、母を見舞って、帰宅。エピソードはいろいろあるんですが、レンジがこげていたのが大きな話かな。冷凍食パンを解凍しようとして、20「分」レンジをかけたとのこと。父曰く「こげてモクモク煙がでた」とのこと。事は、前回帰省した時に、父がすでにもらっていた高級食パンについて「いつもカビが生える」というので、残りをスライスして冷凍し、ジップロックの中に「レンジ20秒、オーブン3~4分」とメモを入れておいていったのが、発端になってしまった。後日、父が私のメモを見て「20秒なんてありえん。20『分』の間違いだ」と思い込んだことにより、事故発生。半月以上経っていたのと、もともと油汚れもあったようで、セスキとかなんやらかんやらで磨いてけれども、1時間やっても満足いく掃除になりましせんでした。(8月に家族で帰省した時に、もう一度磨いておきました。使用には耐えうる程度にはなっています)
8月。初っ端は、社会教育推進全国協議会の小平大会に参加です。20年以上ぶりで、私がN-Pocketと関わっていた年だから、2003年とか2004年の静岡大会ぶりの参加でした。会場がたまたま娘の学校とごく近かったのと、当時の仲間が近所(東京西部)に住んでいるので、誘い合わせて参加です。学生時代にお世話になった先生が世話人で中心的な立ち位置にいたのだけれれども、なかなか忙しそうで飲みにはいけませんでした、が、集会の熱気というか強烈なエネルギーをバリバリ浴びるいい機会になりました。忙しいとはいえ、先生からばっちり宿題をいただいたのも、提出した今ではちょっとした笑い話です。
職場では、次女が参加したこども参観会です。去年に続いて二度目。職場も去年いた方は慣れたもんで、ちょっとしたいたずらを仕掛けてくれたり、管理職が気をまわして席をあけてくれたり。去年は課長、今年は参事(次長級)の席で、仕事の体験もそれなりにエクセルつかってやらせてもらったりして、なかなか充実した時間でした。なんかこういうのを地味に楽しんでくれるんだよね、次女は。
家族で帰省。私の実母が特別養護老人ホームに入居して半年くらいになるのですが、私の家族がそこへ行くのは初めて。前回会ったのが1年前に入院していた時で、その時にはもうずいぶん認知症が進んでいたこともあり、記憶の連続性はなさそうな反応をするのだけれども、とはいえ、こどもたちの名前を憶えていたのは拍手もの。同じことを何度も何度も言っていたけれども、笑顔も見えて、いい時間になりました。ウチのこどもらくらいでも、施設へいくと、周囲の反応が変わるので、そういった意味でも、いい時間を過ごせたかな、とは思いました。2泊3日くらいの滞在でしたが、ボチボチみんなで帰れるのも数回かな、と思いながら、車を運転していました。
合気道の合宿。これは私の備忘録。次女と参加。毎年恒例の秩父市不動の湯。連日の雨もあり、傍の川がごうごうと濁流になっていたのに、川遊びの諦めがつき、でもこれまで見たこともなかった外国人っぽいスタッフの方が準備してくれたBBQに、準備しなくてもいいほっとした気持ちと、なかなか楽しめたこととで、ハードな練習も楽しいものになりました。これも、あと何回参加できるかな~。
それが終わってからの職場復帰は、体調が安定せず、頭重感に悩まされました。今も地味に続いているな。偏頭痛ではあるのだろうけれども、程度が強い。更年期なんかも関わっているのかな、と思うところもあり、うまいこと付き合っていきたいと思うこの頃です。
で、7月頃から準備していた、住宅ローンの借り換えここで契約済ませたり、証券会社とのやりとりも、今のところ順調です。次は10年経った自宅のメンテに入っていくかな。下旬は、勝手にクラシックのコンサートに行ってきた(所沢に千住真理子がきたんです)のと、よしもとお笑いライブ(毎年所沢に来てくれるやつ)にいって、最後は道場の暑気払い。
ということで、書き出すとなかなかいろいろあった7月8月でした。更新さぼっていて、読んでくれている人にはごめんなさいですが、また、折を見て写真トークなんかもやっていきます。今回は生存報告ってことで。
2026年6月7日日曜日
ユネスコ「学習権宣言」 人々の権利としての学習
以前から、力強い宣言だと思っており、学生の頃からちらちらと目にする機会はあったのだが、改めて読んでみると、意志ある人達の叡智とその力強さ、前へ進もうとする意志の強さ、全ての人々に向けられた激励といったような、とにかく前向きなエネルギーを感じられる。宣言が採択されてからもう40年を過ぎたが、今も全く色褪せていないと思うのだが、一方で時代に埋もれている感じもあるので、Iyokiyehaなりに少しずつ読み解いていこうと思う。専門家の解説を読んでいるわけではないので、以下、あくまでIyokiyehaさんの私的な読み解きだと思ってください。
今回は、まず「学習権とは」のみ取り上げる。宣言では、こんな内容が示されている。
The right to learn is:
the right to read and write;
the right to question and analyse;
the right to imagine and create;
the right to read one's own world and to write history;
the right to have access to educational resources;
the right to develop individual and collective skills.
ざっくりと、学習権とは、読み書き、問うこと・深めること、想像・創造すること、自分なりに世界を読み解いて歴史をつくること、あらゆる教育資源を利用すること、個別・集団の力を伸ばすことについて、全ての人がもつ権利であるよ、ということを定義している。そして、この権利の位置づけを、
Recognition of the right to learn is now more than ever a major challenge for humanity.
と述べて、先に挙げた学習権を認識する(了解する、くらいか)かどうかは、全ての人々にとってますます大事な挑戦(課題、かな)である、と言っている。
40年前に、当時の世界背景の中で宣言されたことであるが、今同じものを読んで「古い宣言だな」と思えないのは、学習という営みの目的(ゴール)が相対的(明確でない、が背景が諸行無常であるから、達成があり得ないとも言える。が、しかし・・・)という性質を持つことの他に、学習という営みそのものが全ての人々が持つ「学び続ける権利」であることを表しているのではないかと考える。おそらく、先を読み解くと、そういうことが書いてあるのだろう。
ここで、この定義を読んでIyokiyehaが考えるのは、「学習」というのはとても基本的なことであるけれども、それは人がこの世界の中で生きていくのに本当に大切なことであって、かつそれは権利でなければならない(人に与えられた、奪われることのない行為・活動である)ということだ。この後に、
'Learn' is the key word.
There can be no human development without the right to learn.
「学習」がキーワードで、学習権がなければ人間としての発展(向上、発達、よりよくなること全部、くらいに使っているかな)はありえない、と続いてくることから、誰でもアクセスできて、すべきことは、全ての人に与えられている権利だ、ということが書いてあるな、と。
Iyokiyehaがしびれるのはこのあたりで、学ぶことが特別なこと、与えられた人だけが営むこと、ではなくて、全ての人にとって、よりよくなるために必要なのは「学習」であって、それは全ての人に「既に与えられていること」と宣言していることが、「学習」を何よりも身近で、何よりも強く、あらゆることから人々を守る行為であることを示しているように読めるわけです。身を守るための防具であり、非暴力・不服従を支える武器となりうる「何か」は、「学習」に支えられるといっても過言ではないだろう。それくらいのエネルギーをこの宣言からは感じとることができる(感じとってしまった)。
なぜ、なぜ、なぜ?
私にとって気持ち悪い出来事でした。
巨人軍監督の件について、社会を覆う無自覚な刃を感じて、大変気持ち悪くなったので、記録だけ。
事件が発生した数日間は、普段テレビを見ない私の耳にも入ってくるくらいの情報量が飛び交ったように思います。ラジオのニュースでも大きく取り上げられていたし、プッシュ型のニュースなのか広告なのかよくわからんスペースでも取り上げられていた。LINEだかfacebookだかでもとりあげられており、コメントやらなんやらが飛び交っている様子くらいは私の目にもはいってきました。違和感のはじまりはここからだったのですが、「なぜ、児童相談所が動く児童虐待の案件が、報道発表されるのだろう」ということです。
Iyokiyehaは、分野は違えど、そういう案件の対応にも自治体の立場で動いたこともある経歴があります。当事者同士の認識の違いは当然に起こることであり、事実確認が非常に困難であることから、認定する事実と推測とをきちんと分けて、複数の目で分析し、「再発防止」を目的に働きかけを行うのが対応の本旨ですし、関わる人達はそうあるべきだと思います。広く世に知らしめるのは、データだけでいいわけで、個別家庭のプライバシーには最大限の努力をはらって様々な指摘や詮索から当事者を守り切るのも、支援者として関わる人達の責務です。それがなぜ、記者会見を通じて、全国ニュースとして世に公表されてしまったのか?百歩・千歩譲って「監督辞任の会見」であったとしても、ではなぜその理由として、本人家庭内の出来事を発表しなければならなかったのか?
数日経って、当該報道は少なくとも私の見聞きするソースには出てこなくなりました。当時飛び交っていて、SNSなんかでもちらほら引用されているのは、監督の責任を問うような類のものと、その家庭内で起こったとされている出来事の賛否を主張するようなものが多かったように思います(きちんと読んでないですが)。上記違和感が拭えなかったので、それらの全てが「筋違い」に思えてしまったのですね。
おさらいしましょう。親が子どもに手を上げること、それは理由の如何、程度の差こそあれ、2026年現在では身体的虐待の範疇に入ります。それを虐待とするかどうかは、支援者として関わる人達がどう判断するかに依ります。そして、虐待とされた案件については(責任問題ではなく)再発防止を目的に支援が行われます。その支援は、個人の家庭内のことですから、プライバシーには最大限の配慮を行います。雑な整理ですが、法制度の主旨は外していないはずです。
今回の報道内容は、私の目には以下のようにうつりました。
・なぜ、家庭内の案件とされる事案が、報道に流れてしまったのか(前述)
これが全てですが、続くものを見聞きして、更に感じたのは・・・
・たとえ、巨人軍監督の辞任を報告する場にあったとしても、その理由として家庭内の案件を発表する必要はないのでは?(一身上の都合、でいいじゃん)
・マスコミがそれを公表する理由と目的は?
・そもそも当事者と周囲の認識はずれているので、何もかみ合っていない。
・娘さんが生成AIを使っていたことが、本件(辞任、家庭内暴力、再発防止??)の何を解明するのか。
・報道から更に、街行く人の声を報じたラジオ報道(←私のソース、SNSではそういうのあったね)を行った意味は?
・街行く人の意見が賛否あったことが、監督辞任や虐待?の再発防止になんの効果をもたらすのか。
あぁ、もう入り口が私にとって「ありえない」ことだから、その先のできごとに対して感じたことはもはや悪口に近いな、そうなってしまう自分も嫌になる。
私はことの賛否を論じません。基本姿勢はさっきおさらいしたとおり。でも、事実認定されたことが何なのかわからないから判断保留です。ただ、仮に監督が「発表せざるを得ない状況に追い込まれ」ていて、その結果「見ず知らずの人達の便所の落書きのような悪意を受け止めざるを得ない」ことになってしまったのであれば、本件の重大な問題は「センシティブ情報の扱い」と「報道各社の報道姿勢」そして「社会全体の処罰意識」であると思いますが、いかがでしょう。こんな気持ち悪い世の中にただただ呆れてしまった、ということは記しておきます。
2026年5月17日日曜日
47歳に思う
この歳になると、誕生日なるものは待ち遠しくもなく、なんとなく1つ歳をとる日、くらいになってしまうのだけれども、とはいえ自分にとっては大切な日であることには変わりない。今日は休日で朝活中に少しだけ自分のことに考えを巡らせてみる。
生活全体で見てみたときには、細々気になることはあるけれども、大病なくそこそこ健康、今後のことで気になる家計のことやこどもの教育費・住宅ローンとかあるが、とりあえず一週間くらいは変わりなく過ごせることが継続するだろうという安心感、家族もみんな健康でそれぞれの生活ができている、身の回りの収支もとりあえず困っていない、自分で辞めなきゃ続けられそうな仕事もある、と思えば、今の自分は「安心で幸せだ」と言い切っちゃっていいのだろうな、と思う。いろんな情報に触れれば触れるほど、先の不安とか心配が芽生えてくるけれども「とりあえずなう」で考えれば、まぁ大丈夫だろうと「思い切ってしまうこと」がまず大事なんだろうな。そういえば、合気道という趣味もある。楽しんでいる。
職場として今身を置いている場所が、仕事が世の中にとってほぼいいことに直結するので、自分発のその質をチェックしておけば、お天道様に顔向けできないこともないわけで、それも安心材料。上昇志向とか元々持ち合わせていないので、等身大でちょっとずつよりよくなっていけば、それこそちょっとずつ世のため人のためにはなれるだろう。そのくらいでいい。それこそ「ごまかしのない小さなものが~」ってやつです。社会へのインパクトをデザインできる人は本当に尊敬するけれど、何事も人と人とがつながって大きくなっていくものだと思うので、そこは背伸びせず。
読書は意識するようにして、段々増加している印象がある。なんでもいい、いろんな読み物、難しいものは動画とか音声をうまく使って、必要な情報たり得るように理解できるように取り入れていくことは、これからも続けていくようにしよう。今後は、少し健康に意識を寄せて、積極的に身体を動かすようにして、少なくとも身体の状態維持は図りたい。これも、鍛え上げて見せるものとは違うので、とにかくいい動きができるように程度。
地道に地に足つけてやっていこうと再確認した47歳でした。アラフィフだな。いい歳のとり方をしたいです。
2026年5月9日土曜日
正しさがずれる
物事の「正しさ」ということを考える。あらゆることにおいて「正しい」とか「正解」ってあるのかな、という疑問が、最近特に強くなっている。一方で正解を求める行動によって、何か思わぬところに歪みが生じて、正解と不正解が連動する。ある事象に対して正解であるか不正解であるか、というのは実は環境に依存しているのではないか。
という、日常の疑問から仮説である。「学校では『正解』を教えるが、社会ではそうではない」と言われることを聞くことがあるのだが、これは正しいのか?という疑問がある。すなわち「学校でも『正解』は教えていない」という前提に立った方が、世の中と向き合うのには、より本質に近づくのではないかな、という考えに至る。
もちろん、学生にはテストが定期的に実施されるから、A(×B)=Cをとにかく覚え込むことが求められる。今のIyokiyehaさんは、節目のテストを控えているから、やっぱりA(×B)=Cには取り組んでいる。ここで、あえて( )書きにしたのだけれども、ドリル学習で覚えることって、この(×B)が省略されている、あるいは意識していない、見ようとしていない、というのが、より正確なのかと思う。イメージがつく言葉に置き換えれば、環境であるとか背景、前提条件、などだろうか。
「変化に対応する」という言い方は、ラジオ(←Iyokiyehaの場合)を聴いていれば、ちょくちょく聞こえるフレーズである。先の式に当てはめて考えると、こんな感じ。
・元々、A×B=Cが成立して、それなりに成果がでていた。=Cでよい=Bという条件の下では、AによりCという成果が出た=Cが正解であるには、Bという条件のもとでAを行えばよい。ここまで拓くと、広げすぎかもしれないが、少しは分かりやすくなるだろうか。
要はAという行動・知識により、Cという成果・正解が生じるには、Bという前提条件が基盤になっているということである。Cという(一見)正解を導くには、Aという行動や知識によって生み出されていると見えるが、実際にはBという条件に依存したAによってCが生み出されるのだから、Cを出力するためには「AもBも必要」ということになる。
この前提に立つと、次の展開が導かれる。
(1)A×B=C ならば、 A×B’≠C
(2)A×B=C ならば、 D×B ≠C
(3)A×B=C ならば、 A×B’=C’
(1)と(3)は同じことを言っている。「同じ事をやっても、前提が変われば、出力は変わるよ」ということ。Cが正解だったのは、A×Bだったからであり、AとBのどちらかが変化すればCの部分に入るものは変わるということ、すなわち(1)「Bが変わればCでなくなる」(3)「Bが変わればCも変わる」ということである。(2)は「やることAが変われば、出力は変わるよね」というごくあたりまえのこと。
話を戻して、先の二つの問いを解説すると、学校で教えることは単なる1対1の知識(Q&A)ではなく、「学問の場では」とか「一般的には」とか「教科書の中では」という前提がついて「(こういうときは)●●が正解とされる」ということの積み重ねに過ぎない。学校という統制された場=前提条件Bが、あまりに前提過ぎて意識が薄れているので、「学校では知識を教える」「正解を教える」という表現になるのだな、と感じる。もちろん、その先には「社会では正解がない」「変化に対応する」というのは、学校という(統制された)場を離れたから出てくる表現であって、先の式に当てはめれば、シンプルにBが変化した、ということに過ぎない。統制されていない生活の場、ビジネスの場で、学校で学んだ知識がそのまま使えるかというとそうでもないぜ、ってこと。かといって、それが無意味かと言えばそんなことはなくて、背景が「学校という場(とそれに付随する諸条件)では」ということに気づけば、私たちが何年も学んできた知識・技能というのは、全て自分の今に役立つものになる。日本で学んできた私にとって、何もかもが本当の意味での初学と感じないのは、きっとそういうことなのだろう。
「気づくのが遅いよ」とか思われるのだろうが、この歳になってそんなことを考えるようになった。何が起こっても、なんとなく、まぁまぁの乗り切り方ができている(だから、生活できている)のは、そういうことなのだろうな、と思って、次に進むとしよう。書くとややこしいけど、言っていることは簡単で「答えは、背景に依存している」ということ。だから「正しい」ことがずれるように見えるけど、結局前提条件が変わっている、ということなのだな、だから現状認識が重要なんだ。
2026年4月25日土曜日
音の力
昨年度は自分のためのお休みをとることがほとんどできなかったので、年明けから年度末のストレスを解消するために、自分へのご褒美としてコンサートに行ってきました。市内のホールに村治佳織さんが来られるという情報を見て、チケットを買いに行ったら既にあと2席しか残っていないということで、迷わず購入したのが1月だか2月だか。
学生の頃、クラシックなんて小難しいと思っていた頃にアランフェス協奏曲を聴いて、言ったことのない街の情景のイメージが浮かんできたのが、私のクラシック原体験です。そういう聴き方ばかりじゃないのでしょうが、クラシック音楽には大体背景があって、その背景を自分なりに読み取ってから音楽を聴いたり、逆に音楽を聴いてから背景を調べてみたりすることで面白さが生まれる。コンサートの中の言葉を借りれば「音で旅をする」ということでしょうか。この「旅」には、旅行よりも広く「自分を解放して経験を受け止める」みたいな意味も含まれるのだろうなと、感じながら、三分の一くらいまどろみながら、すごくリラックスした午後の時間を過ごすことができました。
音をぶつけ合ったところに生まれる対話を楽しむジャズとは異なり、素直に音を受け止めて自分の中から浮かび上がってくる何かを、何か(言葉とか)で翻訳するんじゃなくて、何かを何かのまま受け止めて、広がる広げるだけ意識するんじゃなくて伸縮自在な動きもそのものとして、なんか動くものを動きっぱなしにしておいて自分がゆるんで解放されていくような、クラシックってそういう楽しみ方ができるのだと、ライブ演奏の中でプカプカと浮かびながら考えていました。そんな考えもジャズとの比較は使ったけれども、ジャズや他の音楽とぶつかるものではなく、共存。合気道で言えば。慣れれば慣れるほど力が抜けていって、片手持ちの技は「持たせておく」ことで生まれる力を意識する、みたいな。
言葉にすると、いつもまとまらないのだけれども、多分まとまらないものに出会って、それを楽しむ機会だったのだと記すだけにしておこう。クラシックギター道を突き進む村治さんの言葉には、軽妙な中に本質が感じられてとても心地よい時間でした。新しい感情とか経験とか、いくつになっても「いい」ものは、素直に良いと思える感性は大切にしたいなぁ。
悪意か?悪戯にしては、度が過ぎている
4/18の出来事。
勘違いかもしれないけれども、立て続けに気になることが起こっているので、悪循環に陥らないように考えを整理してみる。
1 週末の朝活@スターバックスで、空いている店内で隣に座ったお客さんが、私が退席した直後に私が座っていた席に移動してきた。
2 帰宅時に右側の歩道の右端を歩いていたら、正面から中年男性が歩いてきた。私は右側に半身ずれていたが、当該男性は肩をいからせてのしのしと直進し、私の左側すれすれを歩いて行った。
3 看板から針金が歩道に向かって飛び出ていた。私の顔の高さ。
4 自宅最寄りのゴミ捨て場にごみが散乱。片付けていると金曜日にウチが出したゴミの一部であることが発覚。
5 同じ場に、自転車が放置。
ほんの5分くらいの間に立て続けに起こったことなので、ちょっと時間をおいて書き出してみたらこんな感じである。時間の経過とともに私の感情がネガティブになっていったので、いろいろ反応してしまった感がある。
1は、私の考えすぎかと思えるが、ちょっと気分が悪かった。一言かけてくれたら「もう空きますよ~」と言ってあげられたのに、なんかバタバタと動いていたから、不機嫌そうにも見えてしまった。私の視界から外れた時にやってくれたらよかったのに。とはいえ、これは私の考えすぎか。
2は、少し悪意を感じたな。そういう顔の人だったらごめんなさいですが、何か「邪魔だ」オーラが出ていた感じがして、普通にすれ違う程度の動きでしたが、のっしのっしと直進、不機嫌そうとくれば「関わってもロクなことがない」モードが発動したので、駐車場にずれこんでかわしました。という場所なので、悪意を感じるな。
3は、考えすぎかもしれないが危ない。なぜ針金が飛び出るのか疑問、そして疑惑へ、だって不自然なんだもん。先端を曲げて巻き巻きして看板裏に納めたけど。私の顔の高さって子どもでも自転車に乗ったらあたるよね。高齢者や視覚障害のある人でもおでこに当たりそうだよね。ちょっと背が高い人なら目線です。危ない。今まで放置されていたとも思えない飛び出し方なので、疑問しか浮かばない。
4も、考えすぎかもしれないし、娘がファイルとか入れていたから、袋が破れて散らばったのかもしれないけれども、黄色札(ごみの内容が収集日と違うぜの札)もなく、ただただウチがまとめたはずのゴミ袋の中身の一部が散らばっている状況。収集業者の動きが疑問。
5は、極めつけ。誰のものなのか、誰がやったのかもわからないし、金曜日にはなかったもの。収集場所に置いてあるものなので法的にはいじっちゃいかんものなのだろうが、幸か不幸かとある登録番号が振ってあるので、ちょっとだけ好意でお店に電話して問い合わせを打診してみようと思う。お店か持ち主か、いずれかが態度悪かったら救済はなしで。4の反省(というか娘の仕業の可能性がある)の埋め合わせ、くらいの感覚です。
周囲であまりよろしくない気の流れがあるように思えたので、徳を積むことを意識しようと思います。そういえば、先日もちょっとだけ神様のおぼしめしだな、ということを意識したことがありました。まぁ、全然合理的ではないけれども、そういうことにしておいた方がいいこともあるので、少し徳を意識した生活にしてみようと思います
※後日譚
5について。登録番号の発行先に連絡し状況を説明したところ、その本社から丁寧な対応があり、お店の方から「その方に連絡は入れてみます」とのことで御礼を言われてしまった。世の中まだまだ捨てたもんじゃない。その日の内に自転車もなくなっていたので、(ここからは勝手に私が解釈していい気分になってやろう!)自転車盗まれて困っていた人に連絡がいって無事に回収されました、のだろう。ちょっといいことした気分で、負の感情はチャラにしておこう。
もつ煮 みつ子
スターバックスコーヒー
以前から、時々使っている近所の路面店ですが、もっと近所で安価に利用していたコンビニのイートインが閉鎖されたことと、今年は特にまとまった勉強が必要となったので、朝活に利用しています。
開店とほぼ同時に入店して、ホットコーヒー(最近はブリュワーコーヒー、というのですね)を注文して、あとはテキストに向かって1時間くらい。ようやくリズムになってきたような気がします。軽くまとめて勉強して、その後にトレーニングへ。いい習慣(だと思い込むことにしています)です。
数年前に、サードプレイスといった表現でコンセプトを示したと記憶していますが、まさに「居場所」という意味では、コンビニのイートインとはやはり少し違う。確実に少し違う。例えば、BGMや店舗としての音、確かに耳に入ってくる音はあるが、尖っていない、自然な音として過剰な癒やしではなく、かといって不快な音ではなく、聴覚的に「ちょうどいい」。他にも、店員さんの対応についても、多分「ちょうどいい」に当てはまってくる。接客のちょっとしたことですし、これは人-人のことなので、コンビニでも面が割れると一部こういう「ちょうどいい」対応を受けることがありますが、私(部分的な)を認識して対応してくれているというか、そういうことを感じることが多い。コールセンターのような完璧な接客というよりは、人間として接していることをちょっと前面に出すような。他にも店舗全体の雰囲気が視覚的にも落ち着いたものだったり、人それぞれいろんなことをやっている、そういうことを包摂する・できる雰囲気が流れている。これは店側が意図してやっていることと、そこを利用する人達が相互につくりあげている結果なのだと思う。
少なくとも今年はヘビーユーザーになると思うし、そうなると継続して使うようになるだろうな。月数千円の出費をどうとらえるか。いつも思うが、自分の心持ちなのだと思う。快適空間であり続けて欲しいですね。そして、そこを利用する私も、いいお客さんたりえるようありたいものです。
カタルシス
話をすることで、気持ちが軽くなるということがあるのだと、改めて実感する機会があった。Iyokiyehaさんは職業カウンセラーを名乗っていたこともあり、カウンセリングの効能とか、その副次的効果なんかも一応元専門職として認識しているわけだけれども、自分がクライアントの立場として、誰かに話をすることで共感を得たり、認識が整理されたり、思考が深まったり、そして気持ちが随分楽になるということを実感する場があった。・・・大げさなものではなく、ただの飲酒の機会に酔い話をした、というだけなんですけどね。
後輩から「Iyokiyehaさん、あっちのテーブルでお呼びです。酒持ってきてください」と誘われ、「Iyokiyehaさんに、今日は毒を吐き出してもらおうと思う。ほらどんどんゲロゲロしてよぉ~」と先輩から促されたことをきっかけに、蓋をしていたことを「まぁ、ありえん話ですよ・・・」とあれこれ話をしてしまった。この件、私は既に3年以上気にはしていて、継続している人間関係ではあるのだけども、立場もあるので、①今、関わっている人達の邪魔は絶対にしない、②後任の取組には口は出さない、相談があれば全力でフォローする、と決めていることもあり、昨年度からは基本的に沈黙を守っているつもりである。あと、これは個人的なスタンスの話だけれども、③自分に矛先が向いているだけなら、いくらでも耐えられる(というか、Iyokiyehaがつぶれない・屈しないのでエスカレートしているという分析はしている。相手にはいつか「相手が私だから大事にならないでよかったですね~」と言ってあげたい。意図は伝わらないだろうが)のですね。③があるから、①②を断行できてるのだとも思う。そんな話をしていたら、先輩から「いや、実は俺もさ・・・」と対象の方は立場的に関係ないはずの人にも、要らん関わりをしているエピソードがごろごろ・・・。いや、よくない、よくないよ。
日本の雇用環境は、雇用される人が守られる決まりによって秩序が保たれている、という認識は間違っていないと思う。雇用者と被用者はどうしても力関係が生まれるから、被用者を保護する、という雇用法全体の理念は決してまちがってはいない。ただそれは、人と人との「あたりまえ」の関わり(←これが人によって異なる、というのが判断を難しくしているのだが)があって初めて成り立っているのであって、そうでない人はアウトロー(法外)認定して放出することって、職場秩序を守る上では間違っていないと思う。ただ、それは被用者の権利を減じるのではなく、雇用者の責任を担保した上で初めて言えることであると思うので、その実現、法令整備はまだまだ先のことになるのでしょうが。だって、雇用者にもしょうもない人達が残念ながら複数存することを知っているので。
結局、法令というのは、それを使う人が息を吹き込むことによって初めて理念に基づく使い方ができるのだと思います。Iyokihehaのこの認識は、障害者雇用促進法を武器にしていた20年前からほとんど変わっておらず、その武器が、障害者総合支援法、児童福祉法、子ども・子育て支援法に移り変わっても、根幹はぶれていないと思います。それを使う私の側が日々変化しているので、吹き込む息は時々チェックしておかないといけないんですけどね。
話を戻しますね。カタルシス(浄化とか訳される※)。昨晩、お酒の力を借りて重い蓋を開けたことにより、実は俺も・・・、そういえば私も・・・がポロポロと場に出てきて、その場はほんと毒のゲロゲロではあったのですが、どこかしら笑い飛ばした上、上の日本の雇用について考えるきっかけにつながった事実もあり、私にとってはとても有益でした。ここでまた蓋をして過ごすわけだけれども、中身が詰まっていた状態から、余裕がある状態へ。私の気持ちもずっと楽になったし、似たような認識の人が、何をするわけではなくても、私の味方でいてくれる感覚というのは、何よりも心強いものです。
Iyokiyehaの勝者の定義は「最後まで立っているやつ」ですから、こんなことでは折れずにやっていけるのだろうと思います。その方が職場を出るまで折れないでいてやろうと思います。仕事はそんなにできなくても、私、頑固ですから。残念でした、相手が悪いんですよ。
※ カタルシス 辞書的には「(略)2 精神分析で、抑圧された感情や体験を言葉や行動として外部に表出して、心の緊張を解消すること。3心の中に解消されないで残っていたある気持ちが、何かをきっかけにして一気に取り除かれること」(大辞林)カウンセリング用語で、クライアントが話をして気が楽になるようなことを指してつかう。
弾丸帰省3日目 朝〜帰宅
2026年4月15日水曜日
弾丸帰省2日目 午後
弾丸帰省1日目
そして、ここのところ半ば儀式と化してきた来来亭@泉町南。そんなに特徴のないラーメンだと思っていたのだけれども、好みではあるので、なかなか味わいのあるラーメンに思えてきた。じわじわくるのよね、このシンプルな醤油ラーメンというのは。