ラジオからは「震災から15年」という言葉が流れるこの頃。
無事なのかどうかわからんけど(緩みっぱなしの生活習慣に、かなり前衛的な態度を取り続け、不機嫌極まりないカミさんの逆鱗に触れたのが、卒業式前日…詳細は教えない)長男が中学校を卒業することになる。仕事はヤバい状況だが、家族優先・儀式優先、ということで式典に参加。校長先生の祝辞も、PTA会長の言葉も、卒業生の言葉も全部よかった。「支え合いの中で生活している」ことを実感・確認・大切にしようということを、それぞれの立場から、見事な言葉選びで語るのを聞き、とんと自分の腑に落ちる感覚があった。聞いているか、息子よ。
帰宅して、通知表を見て3学期の急落に驚く妻と私。…まぁ、そういうことだ。支えられていることはできれば今、無理でもいつか、気づいてほしいなぁ。
で、お手紙です。長男っぽくて、長男らしく、長男だから、長男でお腹いっぱい、長男以外ありえないってくらいに、突っ込みどころが多く、前向きに感動なく夫婦二人して吹き出してしまいました。まぁ、拝啓と敬具を合わせちゃったり、敬具なく「(名前)。」という謎の結びとか、っていうか卒業にあたって両親に宛てる手紙で「拝敬」って何だよ!とか。ホント、こういうことだよな、と思ったのは確かだけれども、区切りでも長男らしさ全開な儀式でした。卒業おめでとうさん。