2026年4月8日水曜日

超超超超超ラッキー

  とあるラジオのトークテーマで、こんなことを言っていた。今日は近距離で何度も車に乗る機会があったので、カーラジオのながら聴きではあるのだが、なんとなく「いいなぁ」と思った。そのことについて。

 そんなテーマのお便りで「カレー屋さんで、トッピングをつけたかったんだけど、シンプルなポークカレーにしたら、お店の方で間違えてトッピング乗せてしまった、とお代そのままでいいからと謝られた。欲しかったトッピングだったので、超超超超超ラッキー」みたいな話があった。

 なんだか「いいなぁ」と思えたんですよね。トッピング得したぜ!じゃなくて、なんか、この店員さんのごめんなさいと、それを受け止めてラッキーと思ったこの人の気分というか認知というか、とっても「人らしい!」と思いました。

 とかく、何か「普通じゃない」「思ってたのと違う」ことが起こると、それをネタにして笑いごとにするような風潮が最近気になります。ルールの中で「笑わせる」ことをきちんと意識した発言じゃなくて、何かを話題としてそれを貶めることも含めてその場で「笑う」だけの会話、みたいなもの。外出して聞こえてきたり、意外と身近なところでそんな会話が繰り広げられていたりと、その場で「笑う」のと、人を「笑わせる」のとでは、似ているようで全く違うと思うのです。

 で、このカレー屋の一件は、そんなことをも含みながらも、そこでないところで「ごめんなさい」「苦しゅうない」みたいな、理屈だったり、筋は通らないし、おそらくAIならこういうやりとりにはならんのだろうな、というようなやりとりのように感じて「人らしい」ことにピンときた、ということでした。多分、最近はそういうことに飢えているのだろうな、と思えた一件でした。

 …「なんで?」と思われるかもしれませんが、それも私がまだ「人」たるゆえんだということです。ラジオでもWebでも、やっぱり発信は「いいこと」にしないとね。