・第二次世界大戦の終戦直前に、神風特攻隊として戦死した宮部久蔵(みやべ・きゅうぞう)について調べる孫が主人公の小説。
・宮部久蔵を知る人からのインタビューを重ねる度に、浮き上がってくる宮部久蔵の人物像。その描き方は、推理小説と思わせるような面白さがある。
・同じ人物であっても、評価する立場や、評価する人の考え方、時期によって、その表現は全く異なるものになることを、登場人物の語りから教えられる。
・戦争に関する小説で、数年前に映画化されている。ドラマ化もされている。そのため、この小説の評価も様々なのだろうが、戦争論を除き、純粋に小説として読めば、大変面白い読み物であると思う。
・祖父が健太郎に語る場面が、私にとっては感動場面であった。
115ページ:国のために命を捨てるのは日本人だけではありません。我々は天皇陛下のためという大義名分がありました。しかし、アメリカは大統領のために命は捨てられないでしょう。では彼らは何のために戦ったのか-それは真に国のためだったということではないでしょうか。そして実は我々日本人もまた、天皇陛下のために命を懸けて戦ったのではありません。それはやはり愛国の精神なのです。
219ページ:一度の失敗が、すべてを終わらせてしまうのです。
314ページ:「墜とされてもまた戦場に復帰出来るということは、失敗を教訓に出来るということだ」
535ページ:私たちは熱狂的に死を受け入れたのではない。喜んで特攻攻撃に赴いたのではなかった。あの時ほど、真剣に家族と国のことを思ったことはなかった。あの時ほど、自分がなき後の、愛する者の行く末を考えたことはなかった。
(H31.1.8読了)
2019年1月12日土曜日
城山三郎『官僚たちの夏』新潮社、1980年。
・経済小説の開拓者と呼ばれた著者による、1960年代の通産省(現:経済産業省)の官僚たちを描く小説。
・10年くらい前にドラマ化されていた。
・ドラマもだが、小説はハッピーエンドではない、後味の悪さが印象的だった。ただし、一方で当時(現在にも通じるところがあるかもしれない)の実態を描き切っているのかもしれない。
・主人公の風越(かざこし)を中心とした、いわゆるモーレツ官僚を中心に描いているものの、後半は当時「新人類」と呼ばれていた玉木(たまき)や片山(かたやま)の生き方を肯定するかのような表現が目立つ。現在語られる「働き方改革」の内容にも通じるところが随所に感じられる。
・小説が発表されて40年近く経つが、職場というところは「変わらない」ものと「変わる」ものが混在するものであると、改めて感じさせられた。
181ページ「(前略)これからはひょっとしてああいうのが、役所向きでは」
332ページ「〈天下国家〉は生ま身の人間には重すぎる」
(H30.12.28読了)
・10年くらい前にドラマ化されていた。
・ドラマもだが、小説はハッピーエンドではない、後味の悪さが印象的だった。ただし、一方で当時(現在にも通じるところがあるかもしれない)の実態を描き切っているのかもしれない。
・主人公の風越(かざこし)を中心とした、いわゆるモーレツ官僚を中心に描いているものの、後半は当時「新人類」と呼ばれていた玉木(たまき)や片山(かたやま)の生き方を肯定するかのような表現が目立つ。現在語られる「働き方改革」の内容にも通じるところが随所に感じられる。
・小説が発表されて40年近く経つが、職場というところは「変わらない」ものと「変わる」ものが混在するものであると、改めて感じさせられた。
181ページ「(前略)これからはひょっとしてああいうのが、役所向きでは」
332ページ「〈天下国家〉は生ま身の人間には重すぎる」
(H30.12.28読了)
森時彦『ザ・ファシリテーター -人を伸ばし、組織を変える』ダイヤモンド社、2004年。
・ファシリテーションとは、
(1)人と人とのインタラクション(相互作用)を活発にし、創造的なアウトプットを引き出すもの。課題の共有、考えの交流、自発的で活力に溢れた行動が生まれる。1+1=2以上になるポジティブな化学反応が現れる。(ⅲページ)
(2)ファシリテーションを学ぶことによって、自らも変わる。傾聴、事実ベースで分析的に捉える視点、多面的な観察力、バランスのとれた思考力、情緒的な安定、説得力、エネルギッシュな行動力、自らの変化。(ⅳページ)
(1)人と人とのインタラクション(相互作用)を活発にし、創造的なアウトプットを引き出すもの。課題の共有、考えの交流、自発的で活力に溢れた行動が生まれる。1+1=2以上になるポジティブな化学反応が現れる。(ⅲページ)
(2)ファシリテーションを学ぶことによって、自らも変わる。傾聴、事実ベースで分析的に捉える視点、多面的な観察力、バランスのとれた思考力、情緒的な安定、説得力、エネルギッシュな行動力、自らの変化。(ⅳページ)
中勘助『銀の匙』岩波書店(ワイド版)、2001年(底本『中勘助全集』第一巻、岩波書店、1989年。)。
・伯母さんの限りない愛情に包まれて過ごした日々、少年時代の思い出を、自伝風に綴った作品。
・文章のもつリズム(構成?)が特別な印象を受ける。
・風景、状況、人物描写が多く、形容詞が多い文書であるにも関わらず、それらがすっと理解できる。易しい表現ではないのだが、不思議である。
224ページ:(中勘助)氏はただ自分自身の世界をのみ守りながら、それをいかにして詩の形に表現しうるかに苦心した。
同:(前略)文章に非常な彫琢があるにもかかわらず、不思議なほど真実を傷つけていないこと(後略)
・文章のもつリズム(構成?)が特別な印象を受ける。
・風景、状況、人物描写が多く、形容詞が多い文書であるにも関わらず、それらがすっと理解できる。易しい表現ではないのだが、不思議である。
224ページ:(中勘助)氏はただ自分自身の世界をのみ守りながら、それをいかにして詩の形に表現しうるかに苦心した。
同:(前略)文章に非常な彫琢があるにもかかわらず、不思議なほど真実を傷つけていないこと(後略)
夏目漱石『こころ』岩波文庫、1927年。
・親友を裏切り、死に追いやった過去をもつ「先生」。
・その罪を背負って生きてきたが、自らもまた死を選ぶこととなる。
・これまで生きてきた意味や、自殺に至る理由は明確に語られない。
・人間の内面を「私」への手紙で伝えようとする。
・その罪を背負って生きてきたが、自らもまた死を選ぶこととなる。
・これまで生きてきた意味や、自殺に至る理由は明確に語られない。
・人間の内面を「私」への手紙で伝えようとする。
森岡正博『生命学への招待 -バイオエシックスを越えて』勁草書房、1988年。
・30年前に上梓された書籍であることに驚く。
・生命をめぐる多元的な考えについて、生物・科学的視点と、哲学・道徳的視点とを区別し、主に後者で論じるものとして位置づけ、それぞれの積極的意義を見出すことを基本姿勢にする。
・「生かす」「生かされる」ことが両面であること。
・他者を生かし、そのことにより自分が生かされる。このエネルギーの流れみたいなものが「生きる」ことの本質。
・自分を「生かし」、他者によって自分が「生かされる」、よりよく「生きる」ことは「生ききる」ための学問として、生命学が位置づくことを示唆している。
・ただし、動的であり、知識(知恵)と行動とが関連し、常に型を変えていく。
・生命倫理学にかけているものを標的とし、上記を導く試みが本書の位置づけといえる。
・バイオエシックスのレビューから、化学とも自然とも異なる「生き方」を問う生命学。
・「発見」し続けること。本質は常に身を隠そうとする。
262ページ:私たちは生命圏と他者によって生かされ、その私たちが、今度は生命圏と他者を生かす。これこそ生命学の基礎に置くダイナミズム。
生命学の定義も重要だが、生命学に至る思考の軌跡をなでるのが、哲学の学びと似ているので、大変刺激的である。言葉(日本語)で考えること、言葉そのものの意味をつかむこと、発する側としては言葉に意味を込めること、を読み取っていくことが、楽しくもあり、それ自体が学びとなっている実感がある。
・生命をめぐる多元的な考えについて、生物・科学的視点と、哲学・道徳的視点とを区別し、主に後者で論じるものとして位置づけ、それぞれの積極的意義を見出すことを基本姿勢にする。
・「生かす」「生かされる」ことが両面であること。
・他者を生かし、そのことにより自分が生かされる。このエネルギーの流れみたいなものが「生きる」ことの本質。
・自分を「生かし」、他者によって自分が「生かされる」、よりよく「生きる」ことは「生ききる」ための学問として、生命学が位置づくことを示唆している。
・ただし、動的であり、知識(知恵)と行動とが関連し、常に型を変えていく。
・生命倫理学にかけているものを標的とし、上記を導く試みが本書の位置づけといえる。
・バイオエシックスのレビューから、化学とも自然とも異なる「生き方」を問う生命学。
・「発見」し続けること。本質は常に身を隠そうとする。
262ページ:私たちは生命圏と他者によって生かされ、その私たちが、今度は生命圏と他者を生かす。これこそ生命学の基礎に置くダイナミズム。
生命学の定義も重要だが、生命学に至る思考の軌跡をなでるのが、哲学の学びと似ているので、大変刺激的である。言葉(日本語)で考えること、言葉そのものの意味をつかむこと、発する側としては言葉に意味を込めること、を読み取っていくことが、楽しくもあり、それ自体が学びとなっている実感がある。
勝海舟/江藤淳、松浦玲編『氷川清話』講談社、2000年。
・幕末に活躍した幕臣・勝海舟による、談話や記事をまとめたもの。
・今でいう国家公務員といえる。ただ、政治家として紹介されている。
・広範な知識や人脈が読み取れる。ただ、根底においては、日本人(日本のためを思う)としての矜持と、さらにそれを支える胆力が何よりも大切であるという意思が読み取れる。
・誠心誠意の「誠」が、すべてを貫く、ものの見方・考え方・行動となっている。
・今でいう国家公務員といえる。ただ、政治家として紹介されている。
・広範な知識や人脈が読み取れる。ただ、根底においては、日本人(日本のためを思う)としての矜持と、さらにそれを支える胆力が何よりも大切であるという意思が読み取れる。
・誠心誠意の「誠」が、すべてを貫く、ものの見方・考え方・行動となっている。
畑村洋太郎『失敗学のすすめ』講談社、2005年。
・失敗の定義(25ページより)人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと。
・失敗学の趣旨(28ページより)失敗の特性を理解し、不必要な失敗を繰り返さないとともに、失敗からその人を成長させる新たな知識を学ぼうという。
・290ページ:私は失敗のマイナス面のみに目を向け、プラス面を見ないのはおかしい、マイナス面のみの見方こそが失敗を繰り返させ、また失敗を増長させて大事故を起こすのだ、と主張してきた。人の営みを冷たく見る見方からは何も生まれず、暖かく見る見方だけが新しいものを生み、人間の変化を豊かにする。失敗は起こるものと考え、失敗に正しく向き合って次に生かすことを重要で、同じ失敗を繰り返さないためには、失敗した当人に優しく接して勇気付けたい、翻って、失敗を無視し、隠し、責任回避するような風土を少しでも改めたい、と考えて本書をまとめた。
・失敗学の趣旨(28ページより)失敗の特性を理解し、不必要な失敗を繰り返さないとともに、失敗からその人を成長させる新たな知識を学ぼうという。
・290ページ:私は失敗のマイナス面のみに目を向け、プラス面を見ないのはおかしい、マイナス面のみの見方こそが失敗を繰り返させ、また失敗を増長させて大事故を起こすのだ、と主張してきた。人の営みを冷たく見る見方からは何も生まれず、暖かく見る見方だけが新しいものを生み、人間の変化を豊かにする。失敗は起こるものと考え、失敗に正しく向き合って次に生かすことを重要で、同じ失敗を繰り返さないためには、失敗した当人に優しく接して勇気付けたい、翻って、失敗を無視し、隠し、責任回避するような風土を少しでも改めたい、と考えて本書をまとめた。
ジョン・P・コッター『ナディアが群れを離れる理由 -変われない組織が変わるためのリーダーシップ』ダイヤモンド社、2017年。
・古い考え方から抜け出せない群れから飛び出し、理想的に見えた群れから学ぶ組織運営の考え方。
・デュアル・システムの提案。マネジメントの仕組みに、新しいネットワーク型のグループを、積極的かつ独創的な方法で追加していく。132ページ。
「デュアル・システム」
マネジメントの仕組みに、新しいネットワーク型のグループを積極的かつ独創的な方法で追加していく。(二つの世界のいいとこどり)132ページ。
・「これまでと違う結果が必要なときに、これまでと同じやり方で、ただもと一生懸命働くだけ?」(99ページ)
・規模や外敵の影響がこれまでと異なる「背景の変化」に対応するためには、仕組みの工夫が必要。規模が小さい時にはリーダーシップ型が向くが、規模が大きくなればマネジメントが必要になる。
・デュアル・システムの提案。マネジメントの仕組みに、新しいネットワーク型のグループを、積極的かつ独創的な方法で追加していく。132ページ。
「デュアル・システム」
マネジメントの仕組みに、新しいネットワーク型のグループを積極的かつ独創的な方法で追加していく。(二つの世界のいいとこどり)132ページ。
・「これまでと違う結果が必要なときに、これまでと同じやり方で、ただもと一生懸命働くだけ?」(99ページ)
・規模や外敵の影響がこれまでと異なる「背景の変化」に対応するためには、仕組みの工夫が必要。規模が小さい時にはリーダーシップ型が向くが、規模が大きくなればマネジメントが必要になる。
2018年5月19日土曜日
差し上げます
このブログを閲覧しているIyokiyeha知人へのお知らせです。
部屋の片付けをすると、どうしても「まだ使えるのに、居場所に馴染まない」ものが出てしまいます。
今回も、「当時は便利に使っていたのに、今はどうにも使いにくくなってしまった」「環境が変わって、使わなくなってしまった」ものが出てしまい、3ヵ月くらい使い方を検討したのですが、やはり馴染まなくなってしまったので、「欲しい!」「試してみたい!」という方がおられたら、無料で差し上げます。みなさんがご存知のIyokiyehaの連絡先までご連絡ください。なお、短期間に複数の方から重複するご希望があった場合は、「連絡が早かった順」とさせていただきますので、あらかじめご了承ください。
今回のモノはこちら。
・CARL製 名刺箱(750枚) DECADE ありがとうございました。
・KING JIM製 卓上電子メモ mamemo(マメモ)
興味のある方はお知らせください。
部屋の片付けをすると、どうしても「まだ使えるのに、居場所に馴染まない」ものが出てしまいます。
今回も、「当時は便利に使っていたのに、今はどうにも使いにくくなってしまった」「環境が変わって、使わなくなってしまった」ものが出てしまい、3ヵ月くらい使い方を検討したのですが、やはり馴染まなくなってしまったので、「欲しい!」「試してみたい!」という方がおられたら、無料で差し上げます。みなさんがご存知のIyokiyehaの連絡先までご連絡ください。なお、短期間に複数の方から重複するご希望があった場合は、「連絡が早かった順」とさせていただきますので、あらかじめご了承ください。
今回のモノはこちら。
・
・KING JIM製 卓上電子メモ mamemo(マメモ)
興味のある方はお知らせください。
2018年4月7日土曜日
歓送迎会には行かない
職場の集まりというものに、参加しなくなった。
歓送迎会、暑気払い、新年会、懇親会等の類である。
私としては、別に何とも思わなかったことだが、以前友人から「職場の雰囲気ってもんがあるだろう」と言われたこともあるので、一度きちんと考えておく。
まず、「なぜ」歓送迎会等に行かないのか?という問いについて深めてみる。
行きたいと思わないから。なぜ?
楽しくないから。なぜ?
気をつかうから。なぜ?
職場の延長になってしまうから。なぜ?
職場の人間関係を持ち込まれるから。また、持ち込んでしまうから。なぜ?
儀式的な場がそうさせてしまうから。なぜ?
場がそういう雰囲気になるから。または、そういう雰囲気を感じてしまうから。
これで、初めの回答に接続し、サイクロジックになる。
結果として、仕事外時間の削減、つまり自分と家族の時間が削られてしまうことになる。「いやいや、業務外でしょ?」と言われても、上記の通り、そこに職場の雰囲気が持ち込まれるのであれば、その問いかけは全く無意味である。
それでは、今度はメリット・デメリットの視点から考えてみる。
・歓迎会等に参加しないメリットとしては、
・時間とお金の節約になる。
・気分を害する場所へ行かなくて良くなる。
では、参加しないデメリットは、
・職場内人間関係を進展させる機会が減少する。
・飲酒機会が減少する。
・他の人から「飲み会に来ない人」のレッテルを貼られてしまう。
・他の人から「感謝の気持ち・歓迎の気持ち」がない人であると思われてしまう。
といったところだろうか。
これらの理由を、自分事、と他人事に分けてみると、デメリットとしてあげたことの内、自分に直接関係あることは「(自分が)職場内人間関係を進展させる機会が減る」ことと、「(自分の)飲酒機会が減る」ことくらいになる。あとは「○○と思われる」だけであり、本当にそう思われるかどうかは疑問が残る。
加えて、今の職場の人間関係規模とすれば、40~50人の規模である。そのうち7~8割の出席と仮定しても、参加者は30人前後。初めての人たちの集団では、とても名前なんか覚えられる規模ではない。私一人がいなくて、誰の迷惑になるだろう。
さらに言えば、私がそこに参加することによって、誰か他の人の誰の何のためになるのかというと、大変曖昧といえる。歓迎されている感じや、感謝されている感じは、「そうなる対象であれば自然と与え・受け取れること」であり、それを飲酒の場として設定することは、有効であったとしても必要なことではない。
と、ここまで考えたら、あとは自分の気分で「行きたい」か「行きたくない」かで判断して特に差し支えないと考えることに特に問題はないだろう。職場の人間関係は仕事で作ればいい。私は今の職場では、自分に最も近い二軸の集まりにしか参加しないことにしている。それで、自分の機嫌とお小遣いが保てるのであれば、人からどう思われようと関係ない。
歓送迎会、暑気払い、新年会、懇親会等の類である。
私としては、別に何とも思わなかったことだが、以前友人から「職場の雰囲気ってもんがあるだろう」と言われたこともあるので、一度きちんと考えておく。
まず、「なぜ」歓送迎会等に行かないのか?という問いについて深めてみる。
行きたいと思わないから。なぜ?
楽しくないから。なぜ?
気をつかうから。なぜ?
職場の延長になってしまうから。なぜ?
職場の人間関係を持ち込まれるから。また、持ち込んでしまうから。なぜ?
儀式的な場がそうさせてしまうから。なぜ?
場がそういう雰囲気になるから。または、そういう雰囲気を感じてしまうから。
これで、初めの回答に接続し、サイクロジックになる。
結果として、仕事外時間の削減、つまり自分と家族の時間が削られてしまうことになる。「いやいや、業務外でしょ?」と言われても、上記の通り、そこに職場の雰囲気が持ち込まれるのであれば、その問いかけは全く無意味である。
それでは、今度はメリット・デメリットの視点から考えてみる。
・歓迎会等に参加しないメリットとしては、
・時間とお金の節約になる。
・気分を害する場所へ行かなくて良くなる。
では、参加しないデメリットは、
・職場内人間関係を進展させる機会が減少する。
・飲酒機会が減少する。
・他の人から「飲み会に来ない人」のレッテルを貼られてしまう。
・他の人から「感謝の気持ち・歓迎の気持ち」がない人であると思われてしまう。
といったところだろうか。
これらの理由を、自分事、と他人事に分けてみると、デメリットとしてあげたことの内、自分に直接関係あることは「(自分が)職場内人間関係を進展させる機会が減る」ことと、「(自分の)飲酒機会が減る」ことくらいになる。あとは「○○と思われる」だけであり、本当にそう思われるかどうかは疑問が残る。
加えて、今の職場の人間関係規模とすれば、40~50人の規模である。そのうち7~8割の出席と仮定しても、参加者は30人前後。初めての人たちの集団では、とても名前なんか覚えられる規模ではない。私一人がいなくて、誰の迷惑になるだろう。
さらに言えば、私がそこに参加することによって、誰か他の人の誰の何のためになるのかというと、大変曖昧といえる。歓迎されている感じや、感謝されている感じは、「そうなる対象であれば自然と与え・受け取れること」であり、それを飲酒の場として設定することは、有効であったとしても必要なことではない。
と、ここまで考えたら、あとは自分の気分で「行きたい」か「行きたくない」かで判断して特に差し支えないと考えることに特に問題はないだろう。職場の人間関係は仕事で作ればいい。私は今の職場では、自分に最も近い二軸の集まりにしか参加しないことにしている。それで、自分の機嫌とお小遣いが保てるのであれば、人からどう思われようと関係ない。
2018年4月1日日曜日
刎田文記、江森智之『成功する精神障害者雇用 ――受入準備・採用面接・定着支援』第一法規、2017年。
Iyokiyehaは、障害者雇用の仕事を離れて2年になります。そろそろ障害者福祉分野の知識量が障害者雇用分野のそれを超える時期になるのでしょうが、そうは言っても11年どっぷり浸かってきたところですから、本書はあえて踏み込んで紹介します。
障害者の雇用の促進等に関する法律の見直しもあり、障害者雇用率の引き上げ時期となりました。各企業・団体等で人事に携わる人達を中心に、障害者雇用率、ひいてはその算定のための障害者雇用が注目されているように思います。
Iyokiyehaは障害者福祉分野に転職してから実感を伴って理解したところもあるのですが、障害者手帳の交付数とその種類および交付者の年齢を考慮して、障害者雇用を具体的に検討した場合、精神障害者(厳密には精神障害者保健福祉手帳所持者)の雇い入れを検討しなければならないのは、ごく自然な流れのように思います。また、「精神障害者の雇用義務化」という表現がいつの間にかされるようになりましたが、精神障害者が障害者雇用率の算定に含まれるようになるという法制度の改正が、精神障害者の雇用を促進する流れを作っているように思います。
ここ2年間の事業主の悩みからは遠ざかっているのですが、私が4年くらい前に関わっていた調査・研究から、障害者雇用を検討する人事担当者の悩みとしては、「障害がわからない」「障害のある人との接し方がわからない」「雇用してどのように仕事をしてもらったらいいかわからない」「雇い入れの方法がわからない」といったようなことがあげられていました。
前置きが少し長くなりました。今回紹介する本書は、そんな疑問の助けとなってくれる情報が一杯の一冊です。同業者、関連業者、その他、障害者雇用分野に関わる人の中には著者の所属にいろいろ言う人もいるかもしれませんが、それはそれ、これはこれ。内容について、具体例やケーススタディがたくさんあるので、それを読むだけでも十分情報収集になるのですが、元専門職として本書の特徴をあげるならば、以下の2点です。
(1)広義の精神障害の特徴を、雇用しようとする企業の立場に立脚し「認知障害」という横断的な概念を取り入れた説明をしていること。
(2)「合理的配慮」に関する現時点での具体的な対応を多岐にわたり掲載していること。
私にとっては、(1)の視点が本書のスパイクだと思います。制度上の「精神障害」は、統合失調症、気分障害、てんかんを包括した狭義の「精神障害」だけでなく、発達障害や高次脳機能障害、さらにはアルコールや薬物の依存症、BPDなどの人格障害等をも含む、とっても広い概念ですから、一言では説明がしにくいところがあるところを、あえて共通点としての「認知障害」を提示し、職業的課題として強調しているところです。我が国では手帳制度が3種類に分かれていて、このことが医学的な心身二元論(頭の中で起こっていることか、それ以外か)と重ならないために、「精神障害って何よ?」という問いに「人によって違います」みたいな回答をせざるをえない現状打破のきっかけになる可能性を秘めています。
障害のある人が入職していくことについて関わっている人には一読の価値があると思います。
障害者の雇用の促進等に関する法律の見直しもあり、障害者雇用率の引き上げ時期となりました。各企業・団体等で人事に携わる人達を中心に、障害者雇用率、ひいてはその算定のための障害者雇用が注目されているように思います。
Iyokiyehaは障害者福祉分野に転職してから実感を伴って理解したところもあるのですが、障害者手帳の交付数とその種類および交付者の年齢を考慮して、障害者雇用を具体的に検討した場合、精神障害者(厳密には精神障害者保健福祉手帳所持者)の雇い入れを検討しなければならないのは、ごく自然な流れのように思います。また、「精神障害者の雇用義務化」という表現がいつの間にかされるようになりましたが、精神障害者が障害者雇用率の算定に含まれるようになるという法制度の改正が、精神障害者の雇用を促進する流れを作っているように思います。
ここ2年間の事業主の悩みからは遠ざかっているのですが、私が4年くらい前に関わっていた調査・研究から、障害者雇用を検討する人事担当者の悩みとしては、「障害がわからない」「障害のある人との接し方がわからない」「雇用してどのように仕事をしてもらったらいいかわからない」「雇い入れの方法がわからない」といったようなことがあげられていました。
前置きが少し長くなりました。今回紹介する本書は、そんな疑問の助けとなってくれる情報が一杯の一冊です。同業者、関連業者、その他、障害者雇用分野に関わる人の中には著者の所属にいろいろ言う人もいるかもしれませんが、それはそれ、これはこれ。内容について、具体例やケーススタディがたくさんあるので、それを読むだけでも十分情報収集になるのですが、元専門職として本書の特徴をあげるならば、以下の2点です。
(1)広義の精神障害の特徴を、雇用しようとする企業の立場に立脚し「認知障害」という横断的な概念を取り入れた説明をしていること。
(2)「合理的配慮」に関する現時点での具体的な対応を多岐にわたり掲載していること。
私にとっては、(1)の視点が本書のスパイクだと思います。制度上の「精神障害」は、統合失調症、気分障害、てんかんを包括した狭義の「精神障害」だけでなく、発達障害や高次脳機能障害、さらにはアルコールや薬物の依存症、BPDなどの人格障害等をも含む、とっても広い概念ですから、一言では説明がしにくいところがあるところを、あえて共通点としての「認知障害」を提示し、職業的課題として強調しているところです。我が国では手帳制度が3種類に分かれていて、このことが医学的な心身二元論(頭の中で起こっていることか、それ以外か)と重ならないために、「精神障害って何よ?」という問いに「人によって違います」みたいな回答をせざるをえない現状打破のきっかけになる可能性を秘めています。
障害のある人が入職していくことについて関わっている人には一読の価値があると思います。
2018年3月25日日曜日
ある人の区切りを祝う
久々に二日酔いとなり、カミさんに呆れられたIyokiyehaです。
朝起きれない、昼動けない、夕方も頭が痛い。こんな二日酔いになると「しばらく酒は辞めよう」と思うのですが、しばらく経つと時々やってしまうもの。
二日酔いの原因は、週末の(たぶん)送別会。
今の職場ではなく、前の職場のもの。私が大変お世話になった方が定年を迎えられるので、「一度飲みに行きませんか」と誘ったところ、「詳細は追って連絡します」と返信がきたことがきっかけでした。
…だから、俺が一席設けるって言ってるじゃん!
こういう行間の読み合いも相変わらずです。結局セッティングまで持っていかれてしまう。メールって便利だけど不便だよね。どうせ、それをネタにまた説教するんでしょ?まぁ、その説教も笑って受けてやるよ、みたいにおおらかな気持ちで。
実績はあるけど、おそらく最後は不本意なところで定年を迎えられるのだろう、再雇用も希望通らなかったみたいだし、と思うところはあるけれども、あくまで自分にとっては仕事を教えてもらい、最後までご指導いただいた方ですので、他の誰が何と言おうときちんと区切りのお祝いをしようと決めたわけです。そんなに迷いはありません、だって私にとって、でいいんだもん。
組織の評価はどうでもいいですが、私の評価では「昭和のおじさん」です。なぜなら、勘違いもされる人だし、時々勘違いしている人だし、飲む・打つ(買うかどうかは知らん)の人である。とはいえ、どことなく人間臭さがあって(あり過ぎて?)憎めない人です。その分、雰囲気の「圧」はとっても強いんですがね。
よくバランタインを飲む人だけれども、こういうときはシングルモルトの方がいいよね、と思い、あるバーでバランタインがないとかぼやきながら注文していたシーバスリーガルを用意して当日を待つ。
当日まで、連絡がない。こういうところも、憎めない人なんですが。
結局、行きつけの小料理屋で親しい数人での宴会でした。予想通り「俺の送別会の調整を俺に押し付けた」くらいのことを言われます。よい、よい、今日の私の懐はマリアナ海溝くらい深いです。同じ店で私の今の職場の中枢部署の方々が宴会をしているというハプニングがあったのですが、楽しい時間を過ごすことができました。二次会はカラオケと思いきや、10年ぶりくらいにカラオケ付きスナック。懐かしいです、あの雰囲気。
カラオケボックスなら、「ブラッディメアリーですよぉ~ウォッカですよ~」とか言いながらトマトジュース飲んで、日付変わるくらいで帰れたんですが、スナックだとそうもいかない。ママは淡々と水割りを作り「飲め」と迫り、「歌わなければ、朝までカラオケ連れていくぞ」と言い、散々でした。おまけに、2時過ぎにお開きにしたはずなのに、タクシーが来ないハプニングに見舞われ、結局店を出たのは4時過ぎ。朝までカラオケでも変わらないじゃん、と思いつつ。完全な朝帰りを数年ぶりにやりました。やましいことは何もないが、身体へのダメージはでかかった。
とはいえ、60歳のおじさんがAKBを熱唱する姿を拝み、60歳のおじさんと肩組んでYAH YAH YAHを歌い、60歳のおじさんに向けて初めての転勤で歌ってもらった「希望の轍」をお返しに歌い、合間に前職での思いを聞かされ、聞かせと、それなりに区切りのお祝いはできたかなと思っています。ちょっとじーんとさせられたのは、「今のところでも偉くなれよ。元からいるやつに負けるんじゃないぞ」と激励のお言葉をいただいたことでした。お互いにベロベロに酔っていたので、多分発した本人は記憶がないのでしょうが。私のキャリアにとっては、一つの区切りとして振り返る時がくるかもしれません。
翌日、吐き気のする身体に鞭打って、洗濯物を干したことはまた別の機会に…語ることもなかろう。
朝起きれない、昼動けない、夕方も頭が痛い。こんな二日酔いになると「しばらく酒は辞めよう」と思うのですが、しばらく経つと時々やってしまうもの。
二日酔いの原因は、週末の(たぶん)送別会。
今の職場ではなく、前の職場のもの。私が大変お世話になった方が定年を迎えられるので、「一度飲みに行きませんか」と誘ったところ、「詳細は追って連絡します」と返信がきたことがきっかけでした。
…だから、俺が一席設けるって言ってるじゃん!
こういう行間の読み合いも相変わらずです。結局セッティングまで持っていかれてしまう。メールって便利だけど不便だよね。どうせ、それをネタにまた説教するんでしょ?まぁ、その説教も笑って受けてやるよ、みたいにおおらかな気持ちで。
実績はあるけど、おそらく最後は不本意なところで定年を迎えられるのだろう、再雇用も希望通らなかったみたいだし、と思うところはあるけれども、あくまで自分にとっては仕事を教えてもらい、最後までご指導いただいた方ですので、他の誰が何と言おうときちんと区切りのお祝いをしようと決めたわけです。そんなに迷いはありません、だって私にとって、でいいんだもん。
組織の評価はどうでもいいですが、私の評価では「昭和のおじさん」です。なぜなら、勘違いもされる人だし、時々勘違いしている人だし、飲む・打つ(買うかどうかは知らん)の人である。とはいえ、どことなく人間臭さがあって(あり過ぎて?)憎めない人です。その分、雰囲気の「圧」はとっても強いんですがね。
よくバランタインを飲む人だけれども、こういうときはシングルモルトの方がいいよね、と思い、あるバーでバランタインがないとかぼやきながら注文していたシーバスリーガルを用意して当日を待つ。
当日まで、連絡がない。こういうところも、憎めない人なんですが。
結局、行きつけの小料理屋で親しい数人での宴会でした。予想通り「俺の送別会の調整を俺に押し付けた」くらいのことを言われます。よい、よい、今日の私の懐はマリアナ海溝くらい深いです。同じ店で私の今の職場の中枢部署の方々が宴会をしているというハプニングがあったのですが、楽しい時間を過ごすことができました。二次会はカラオケと思いきや、10年ぶりくらいにカラオケ付きスナック。懐かしいです、あの雰囲気。
カラオケボックスなら、「ブラッディメアリーですよぉ~ウォッカですよ~」とか言いながらトマトジュース飲んで、日付変わるくらいで帰れたんですが、スナックだとそうもいかない。ママは淡々と水割りを作り「飲め」と迫り、「歌わなければ、朝までカラオケ連れていくぞ」と言い、散々でした。おまけに、2時過ぎにお開きにしたはずなのに、タクシーが来ないハプニングに見舞われ、結局店を出たのは4時過ぎ。朝までカラオケでも変わらないじゃん、と思いつつ。完全な朝帰りを数年ぶりにやりました。やましいことは何もないが、身体へのダメージはでかかった。
とはいえ、60歳のおじさんがAKBを熱唱する姿を拝み、60歳のおじさんと肩組んでYAH YAH YAHを歌い、60歳のおじさんに向けて初めての転勤で歌ってもらった「希望の轍」をお返しに歌い、合間に前職での思いを聞かされ、聞かせと、それなりに区切りのお祝いはできたかなと思っています。ちょっとじーんとさせられたのは、「今のところでも偉くなれよ。元からいるやつに負けるんじゃないぞ」と激励のお言葉をいただいたことでした。お互いにベロベロに酔っていたので、多分発した本人は記憶がないのでしょうが。私のキャリアにとっては、一つの区切りとして振り返る時がくるかもしれません。
翌日、吐き気のする身体に鞭打って、洗濯物を干したことはまた別の機会に…語ることもなかろう。
2018年3月21日水曜日
『君の名は…』
評判に違わず、観た後に晴れやかな気持ちになる映画。
公開されていた頃も評判がよかった映画でした。公開が終わった後も、雑誌記事などで取り上げられていて、何となく気になっていたのですが、結局テレビ放映されたものを録画してようやく観たのですが、なんとなくそのまま映画の世界へ引き込まれる感覚のある作品でした。
時間と記憶、ドラマや映画では王道ともいえるテーマですが、二人の人物のこれらがめまぐるしく交錯しつつも、その跡がそれぞれに残されていて、それが観る人にわかる表現になっているため、伏線も難解過ぎず、それでいて先が気になり続ける、いい展開です。
記憶が薄れていく、というルールに従いながらも…という後半のくだりは、ちょっと若返った気分で「感動しました!」なんて言いたくなる前向きで、身体の内側がぞくぞくするような気分が味わえます。
公開されていた頃も評判がよかった映画でした。公開が終わった後も、雑誌記事などで取り上げられていて、何となく気になっていたのですが、結局テレビ放映されたものを録画してようやく観たのですが、なんとなくそのまま映画の世界へ引き込まれる感覚のある作品でした。
時間と記憶、ドラマや映画では王道ともいえるテーマですが、二人の人物のこれらがめまぐるしく交錯しつつも、その跡がそれぞれに残されていて、それが観る人にわかる表現になっているため、伏線も難解過ぎず、それでいて先が気になり続ける、いい展開です。
記憶が薄れていく、というルールに従いながらも…という後半のくだりは、ちょっと若返った気分で「感動しました!」なんて言いたくなる前向きで、身体の内側がぞくぞくするような気分が味わえます。
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