2026年2月23日月曜日

老坊担担麺

妻とよく行くラーメン店に、炸醤麺まさ吉(小手指南)という店があるんですが、臨時休業が続いており、姉妹店へ。463バイパス沿い、林のコジマの向かいくらいにある老坊担担麺、どっちがお姉さんか知らないのだけれども、まさ吉とは雰囲気の違う(明るくて活気のある)お店です。四川を前面に出している、特徴のあるメニューが面白い。

気になるメニューばかりですが、あまり来たことのないお店で「店長のおすすめ」と書いてあったら、それを試さずにいられないIyokiyehaさん。「パクチーチー麺」をチョイス。これはうまい。

パクチーと「チー」(鶏肉)を、多分塩味ベースなのだろうが、生唐辛子と酸味を加えた、独特のスープにパクチーがドバッ。私はまさ吉さんで出している鶏そばが大好きだったのですが、その進化版のような美味。スープの最後までしっかりいただきました。多分、お店としては担担麺がおいしいお店。余談ですが「店長のおすすめ」は「料理長のおすすめ」とは違う、という都市伝説的な話題はあるのだけれども、まぁそんなものはどうでもよく、このパクチーチー麺はパクチーをおいしくいただける人にはおすすめの一品でした。ごちそうさまでした。

閉店 ジュノン@小平市(鷹の台)

娘の高校へ向かう道すがら、なかなかの雰囲気を醸し出していた「ジュノン」というお店。

去年、入学式に向かう時に見かけて興味を持ち、確か秋口のPTAだか保護者会だかの時に、昼食をとったお店。「カツライス 500円」というしびれるメニューに、すっかりファンになっていたのですが、その後一度機会を逃し、1年ほど経って機会に恵まれたと思ったら、店がない。確かこの建物というところですが、やっぱり閉めちゃったのかな、という雰囲気。調べてみたら、昨年秋ごろに閉店されたとのこと。40年以上もお店をやっていたということで、やっぱりこのあたりで学生時代を過ごした人たちにとっては思い出のお店だったようです。カツライスは、なんというか、高級感はないけれどもボリュームとしっかり味のとんかつとで、きっと若者たちのお腹を長年満たしてきたんだろうなぁ、と感じたことを思い出しました。

で、この日、何を困ったのかというと、昼食にありつくことができず。なぜか近所の飲食店は満席、満席、行列と、土曜日で空いている店が少ないことと、おそらく近所で学校関係の何かがあったのだろうと思われる親子連れがとにかく多く、学校へ向かいながら飲食店の戸を叩くも入店に至らず。結局、目的地近所のセブンイレブンで買い食いし、自分が学生の時にやっていたような、コンビニのふもとでしゃがんで軽食、ということをやってみました。40代も半ばを過ぎた中年にとって、しばらくしゃがむのは、足がしびれるものだなと、実感できた日でもありました。

閉店 文具やまむら

航空公園駅前のUR団地の中にある文房具屋さんが、2月末で閉店するとのこと。

所沢に引っ越してきてから、『月刊社会教育』の購読をどこでお願いするか、という課題がいつもあるのだけれども、初めは航空公園駅内にあった本屋さん(名前忘れた…)、そこが閉店することになったので、市役所に近いところでと探した時に、ちょうどファイルか何かを買いにいって、雑誌置いてあるのを見つけて、お店の奥さんに聞いてみてそれから数年の付き合いでした。先月、雑誌を買った時に「来月末でお店閉めることになって…」と聞いて、ちょっと残念。先日、最後の雑誌を取りに行った時にお礼を言われて、ちょっとおまけしてもらいました。こういうお店が減っちゃって、残念ではあるのですが、とはいえこのご時世だといろいろ難しいのかしら。大変お世話になりました。

お稽古メモ 2026年2月

●260222
1 基本練習(構え、基本練習、受身)
2 少年2級審査のサポート
3 連続技(正面突き、正面打ち、片手持ち)

1 基本練習
・受身 手→肘→肩→背→腰→足 と接地する。
・座った状態から前方回転受身 手を着くと着いた所が軸になって斜めになりやすいことに注意。
・基本動作 週末動作では、受けの肘から仕手の肘に力が乗るように形を作る。
 週末動作(一)一挙動目は、胸の前。仕手にとって力が出せる位置に出す。
     →だから、二挙動目で前進に合わせて挙上できる。
 週末動作(二)仕手が振り上げた手に、上から力がかかる(押す)ような形になる。
2 審査稽古
(1)片手持ち二ヶ条抑え(一)
・肘肩が柔らかくて二ヶ条抑えがかかりにくい場合は、肘を伸ばす位置に腰で制御し、肩を返して抑えにつなげていく。
(2)正面打ち三ヶ条抑え(二)
・挙動が多いが、①三ヶ条の形、②緩みができないよう、③引っ張らないように抑えていく。足の運びと連動させる意識が大事。
(3)正面打ち小手返し(二)
・受けの手が返ってしまうと、小手返しの形にしにくくなる。
・(受け)正面打ちを外される(返されるのではない)ので、前足の次に後ろ足で追う。
・(仕手)受けの後ろ足が追ってきたところで、重心移動で崩す。タイミング大事。
(4)片手持ち呼吸投げ(二)
・手首を折り込むのが基本。引っ張らないよう、折り込む前に受けの肩を詰めるように返すのがコツ。
・自然に離脱がかかるところまで、持たせておく。折り込んだ時に無理に離脱させない。
3 連続技
・正面突き ①突きを外して、下から取りに行く。②片手で捌く。
・正面打ち・片手持ち 捌きに共通点が多い
・横面打ち・正面打ち ほぼ共通だが、捌く位置が変わる。横面打ちは力が横から入るので、やや外側に捌く方がより自然。
・両手持ち 他とは捌きが変わってくる。


●260215
1 基本練習(構え、基本練習、基本動作)
2 一般4~5級審査のサポート
3 連続技(正面打ち)

1 重心移動 腰の高さが変わらないように、腰をきちんと切ること
2 審査稽古(後仕手)
(1)片手持ち打ち二ヶ条抑え(一)(二)
共通 二ヶ条の形ができたら力を相手の方に流すように肩を固める。形ができないくらいに力が入っている/肘が伸びている場合は、無理に捻らずに肩を固める方向に崩す。
(二)二ヶ条を決めた後は、手の形を変えないまま回転法を始める。受けの肘が出てくるので抑えに入る。「きちんと回転・重心移動する」。
(2)正面打ち三ヶ条抑え(一)(二)
(3)片手持ち側面入り身投げ(一)
(4)横面打ち正面入り身投げ(二)
・横面を受けて、受け流す
・当身の後は、重心移動で腰の高さを変えないようにする。
3 連続技(正面打ち)


●260208
1 基本練習(構え、基本練習、基本動作)
2 一般4~5級審査のサポート
3 連続技(正面打ち、片手持ち)

1 斜行法 軸足を意識するが、すり足→後ろ足の張りで移動→出した足の膝で重心を保ちつつ後ろ足の移動分を吸収する。回転法 重心がブレないよう、真下に下がる6:4から8:2まで下がる。回転→重心移動をスムーズに重心の高さを変えずに。

2 審査稽古(後仕手)
(1)片手持ち打ち二ヶ条抑え(一)(二)
(2)正面打ち三ヶ条抑え(一)(二)
(3)片手持ち側面入り身投げ(一)
(4)横面打ち正面入り身投げ(二)
 (1)(二)、(4)共通 回転・重心移動の動きを円滑に。螺旋状に沈み込んでいく。
 (1)片手持ちの初動と受けの取り方。肘に向かって引くこと。力の流れに合わせること。※固まってしまったら、そこで投げたり落としたりできる。
 (4)横面は受けてから、受け流すように流す。肘・肩返さない。

3 連続技
 新8本セット(正面打ち)
1 三ヶ条投げ(左外→左)
2 隅落とし(左外→右)
3 四方投げ崩し(右内→右)
4 肘当て呼吸投げ(右内→左)
5 小手返し(左外→右)
6 正面入り身投げ(右内→右)
7 側面入り身投げ(右内→左)
8 腕絡み(左外→左)
 側面入り身投げは、内よけから腕を伸ばして半身で入り込む。
■技リスト
・呼吸投げ(右内→左)
・一ヶ条投げ(右内→左)
・三ヶ条投げ(二)(左外→左)


●260201
1 基本練習
2 一般4~5級審査のサポート
3 連続技(両手持ち、正面打ち)

1 受け身は先に手を着く、腰が伸びる、のがよりよい形。腰がまがると、腰を打つ。
  基本動作。体の変更(一)受け、半身で腕が詰まる、仕手が出てきた分軸足を下げ、反対の足でバランスをとる。
 正面打ち二ヶ条抑え(一)(二)
 正面打ち三ヶ条抑え(一)(二)
 片手持ち側面入り身投げ(一)
 正面打ち正面入り身投げ(二)
 人に技を指導するのは難しい。各技の要点を押さえて、かつ自分がそれをできないと見本も見せられない。とはいえ、一つずつ。精進あるのみ。
 片手持ちの初動の理合。(一)は引かれるのに合わせて線を外す。「持たせておく」のが共通項。(二)は押される線を外す。「力をかけさせておく」位置に外す。横に開きすぎて受けの手に力がぶつかるのは、動かしすぎ。
 三ヶ条は弓なりの形を作る。(一)は横向き、(二)は縦向き。
 側面入り身の初動は、受けの肘を詰まらせるところまで。二挙動目で肩口に抜ける(押さない)。斜行法のような腰の回転の力で運足を確保して投げる。
 正面入り身は、力が入る範囲の中で重心移動により、受けの頭の高さを変えないように崩していく。
3 連続技
・肘当て
 受けの腕を伸ばして、受けの前足に重心を残させる。引っ張りすぎると、受けの前足に重心が乗らなくなる。
・両手持ち
 小手返しはできるが、一ヶ条投げはできない(片手持ちになってしまう)。天地投げ(呼吸投げ)でよい。※逆回転になっていいかどうかは質問できていない。
・正面打ち
 捌く前に、正面打ちを受けた手で受けの腕をつかまないこと。
 8本セット
1 三ヶ条投げ(左外→左)
2 隅落とし(左外→右)
3 四方投げ崩し(右内→右)
4 肘当て呼吸投げ(右内→左)
5 小手返し(左外→右)
6 一ヶ条投げ(右内→左)
7 側面入り身投げ(左外→左)
8 腕絡み(左外→左)

2026年2月21日土曜日

ヒヤシンス2026 その1

今年も出てきた、ヒヤシンス。

この鉢は、何となく作って、ほぼ放置しているものなんですが、中身はこどもたちが幼稚園の年長さんで水栽培したヒヤシンス。3人やったから3株。はじめは長女が「土に植えておくと、何度でも何度でも咲くんだって先生が言ってた!」というので、植えてみて(実は翌年は出なかったのですが、その翌年に忘れていた鉢から)芽を出したので、その翌年に向けて長男の球根を、数年後に次女の球根を植えて、この鉢に移して今に至ります。現在長女17歳なので、もう10年以上か。と思うとちょっと楽しい。

私はあまりマメじゃないので、花が終わると茎の根本から落として、少し肥料足して、基本放置ですが、今年も芽を出しました。また経過報告しますね。

浜松弾丸帰省2

容量大きくなったので分割。続きです。

 ここは、小豆餅(あずきもち)になるのか?多分私が生まれた頃からあって、今でも営業中。元ロッテリア。この店舗、帰省すると時々使うんだけど、昔っから混んでいるのを見たことがありません。いや、利用する立場としては、使いやすくてありがたいんだが、いつも空いている。個人的な浜松の謎にあげられるお店です。

 カメラのキタムラがありました。夏に実母が入院したときに、ちょっとしたお土産と思いウチの家族(母からすれば孫を含むもの)をプリントしてちょっとしたケースに入れて持っていく時に、プリントサービスでとっても素晴らしい接客をうけたお店だったのだが、半年したらなくなってしまっていた。残念。

 これは泉小学区の人にはおなじみの、喫茶どんごろす。すごい名前だけれども、この名前でもう40年以上やっているはず。来来軒の後にコーヒー飲もうと思ったけど、今はお休み。今度帰省した時には再開しているといいなぁ。

 ここも多分50年選手だよね。店は変わっていると思うけれども、お肉系のお惣菜を売っている。私はこの建物の裏にあった、大判焼きとたこ焼きを売っていたお店はよく使ったのだけれども、もうなくなって何十年にもなるな。私が子どもの頃は、大判焼き60円だった。母親はあんこのしか買ってくれなかったけど。

 うなぎのコジマヤさん、閉店です。残念すぎる。ここも長かったけど、数年前にふらりと寄った時にはとても満足の味だったんだけどな。店主ご高齢だったからしょうがないのかな。いいお店で復活してほしいものですが。

 で、今回の発掘は、珈琲コルトバさん。壁一面のコーヒーミルが迫力あり。店主こだわりありそうですが、初めてであることと、そんなにコーヒー詳しくないけどおいしくいただいている旨を伝えると、いろんなことを教えてくださいました。というか、浜松では35年以上お店をされているいわば老舗だったんですね~。旧イイダトーイの傍で30年くらいお店をやっていて、近年ここに移転したらしいです。

 ここは以前、知り合いのお母さんがジーンズを売っていたお店。なんどかお世話になったが、バレエスタジオになっていた。

 ここはシラトリだったな。中学生の時にテニスのラケットを買ったのはここだ。ガットの張替えでなんどかお世話になったな。

 で、帰宅前に寄ることにしている五社神社。意外にも由緒正しい神社なんだなと。長女と長男の合格祈願はここで買いました。

 モール街のサイゼリア。私が浜松離れてからできたくらいの店舗なので、あまりご縁はないのだけれども、知る人ぞ知る、成瀬シリーズで最近小説が注目されている、宮島未奈さんの『婚活マエストロ』で時々出てくるサイゼリアのモチーフかな、と思います。そんなに聖地にはなっていませんが、私にとってはちょっと面白いお店に格上げです。

 私のラジオ好きはFMHaro!から始まっています。UP-ONスタジオ、私にとっての聖地です。隣のプロントは何かとお世話になっていますが、ここにパーソナリティが入っているとなんとなくテンションが上がってしまいます。

 ということで、帰省した時にちょっと気になるスポットを集めてみました。ここに訪れる友人たちにもなじみがないところが多いとは思いますが、Iyokiyehaに見える浜松の記録です。

浜松弾丸帰省1

実母が特養に入所したことを主な理由に、2月15日~17日に浜松に帰省していました。帰省といっても、そこそこ家のことをしないといけないので、地元のみなさんごめんなさい。また何度か帰るので、時間があるときには連絡します。

 浜松駅北口。背の高いマンションが増えましたね。家康くんのそばにエヴァンゲリオンの展示物が。

 そこから右を向くと、アクトタワーです。私が中学生の頃にできた、当時ここらじゃ一番背の高いビルです。NPO時代にテナントが半分くらいしか入っていないことが取り上げられていたけれども、今はどうなっているんだろうな。今度は足を延ばしてみよう。

 実家最寄りのバス停のところにある来来軒。近いからよく使う。普通の味なんだが、最近はこれを食べるとほっとするようになってしまった。いや、川越にもあるから、別に珍しいお店でもないんだが。

 高台中学校出身者なら使ったことがある人も多いでしょう「陣屋」。まだやってます。このご時世に大人3,000円だから、とてもリーズナブルですよね。私は高校生の時に行ったっきりですが。

 泉町の運動広場。サッカーやっていた頃はよく行ってました。今でも広いよな。大人も使うグラウンドだから、サッカーのゴールが大きいんだよね。当時ゴールキーパーだったので、実はここで試合やるのって、あんまり好きじゃありませんでした。

 浜松らしい看板。よく見えないんだけど、張り紙の下、元々の表示は日本語とポルトガル語の併記なんです。浜松ってこういう看板多いんですよね。英語だけじゃなくて、ポルトガル語、スペイン語、タガログ語、中国語。最近はハングルもあるのかしら。ヒゲがついているのがポルトガル語です。

 泉町の湧き水。ずっとあるな。この写真の光景だけ切り取ると、私が子どもの頃から全く変わらない景色です。当時は入口のところにトラロープが張ってあったくらい。のどが乾いたら飲んでいたな。暑い日には入って遊んでいたし、何か流して川べりを追っかけていく、なんてことをやっていたことを思い出します。

 逆上がりができた鉄棒。今は使わないようにって表示。ちょっとさびしい。なんだ?安全基準とかか?

 と、懐かしい景色にコメントつけてみました。数年前にfacebookでやってみたら、一覧にならなかったので、こっちでやってみました。

CAFE JAMES

新所沢駅東側の武蔵野銀行の交差点を渡って、もう少し行ったところにあるカフェ。数年前にできたのは知っていて、時々ちょっと行列ができているのを見ていたのだけれども、物は試しとカミさんと入店。

どうやら有名なお店らしい。インターネットの時代ですから、お店からコーヒー、ドーナツ、店主とリンクしていくと、相当有名な方らしい、が、そのあたりは興味のある方が自分で調べた方がよさそうです。私が言えるのは「ドーナツが丁寧にうまい!」「コーヒーは雑味がなく、すっきり苦い!」という、言葉にすると本当に陳腐な表現だけれども、要は「グルメな人を連れて行ってもきっと満足していただける」お店ということです。

ここはまた立ち寄りたい。できれば行列がない時間帯に、こっそりと楽しみたいお店です。

道頓堀@所沢

チェーン店なので、知っている人も多いと思うけれども、お好み焼き・もんじゃ焼きなどを扱う鉄板のお店。粉ものというカテゴリーを作ったお店の一つともいえるでしょう。

地味ではあるけれども、きちんと焼けばしっかりおいしい。この日は休日に妻と買い物に出た足で軽く、と思っていた昼食にチョイス。がっつり食べてきました。


2026年2月9日月曜日

不快なきっかけをバラまく所業

 ある出来事を、快とするか不快とするかは、個人のフィルター次第なので、あまり正確なことは言えないが、今回の選挙では、各党の主張の中に、個人的にはいかんともしがたい不快感が生じるものがあった。数えるといくつかあるのだけれども、中でも外国人に関する主張の中にはなんとも言えない気持ち悪さを覚えたものだ。
 何というのか、事実(ファクト)に基づかない、自分(たち)の好みを基盤に、人心にゆさぶりをかける行為を、国政の場で大っぴらにやることについて、どういう評価をすればいいのか。簡単に整理すると、日本は島国という特性上、外国から人が入国することについては、ある程度把握がしやすいという特長はある。それが適法か不法かで問題は分かれる。前者は次の段階、後者は違法の枠で整理すべきだ。では、適法で海外から訪れる人は、何をしにくるのかという目的によって大別される。生活(住む)のためにくるのか、仕事をするためにくるのか、遊びにくるのか、他はどうだろう?技能実習生の問題はとりあえず仕事に入れておこう。虚偽申告でくる人たち、犯罪組織なんかはもちろん違法の枠に入るし、それ以外は適法だ。そうなると、そのそれぞれについてどんな人たちがどのくらいいて、何が日本の社会と摩擦になっているのかという、ここまで情報を集めて分析してそれで初めて考える土台に乗ってくる。好き嫌いとは別に理性的にどんな価値観があって、どんな行動が見られて、そこには何が問題となるのか、というここまでの情報や分析があって、場に出て、それで初めて「自分の価値判断」の土俵になる。ここで考えたことは、大人ならば、もう一つ、それは社会に発する性質(人に何かを伝えたり、説得したりする)のものかどうか、自分のフィルターを通してようやく他者に向けて発するかどうか判断するのものだろう。
 この例で考えたら、Iyokiyehaにとって外国人のこと、というのは、まず自分の生活から見える範囲に、たくさんの外国人がいるとはいえ、自分に今不利益を与えているものはないことから、いろんな言説に対し、とりあえず判断保留している。これが大人の対応かどうかは別として、外国人が日本にやってくることそれ自体について、是非を表明することは、私にとってはまだまだ越権行為であるので、万が一自分の周りでそういう議論が起こるとなったとしても、双方の意見をきちんと聞いて、見て、調べて判断したいと思っている。だって、日本にくる人たちの様々な生活に関わることだから。それを「りんごかみかんだったら、俺はみかんが好き」というように外国人の入国制限とか主張することはできない。それでも判断しろというのならば、少なくとも賛否双方の意見と日本にやってくる外国人に関する主要なデータを提示してください、と言いたい。それくらいだから、判断保留です。
 なんというか、今回の選挙を私になりに眺めた時に感じたのは、「俺はみかんが好き」という人がたくさんたくさんマスメディアに登場していたということ。Webはおそらく(私はほとんど見ないので)言わずもがなと察するが、「みかんが好き、みかんが好き、イエー」みたいな目立ち方をする人の存在が目立っていて、それで選挙結果を見ると「私もみかんが好きになりました」という人が結構いたんだなと思ったところである。この行動って「私は●●さんについていきます」と盲信的に判断する人の行動と異なるものではあるけれど、物事考えずにとりあえずその場の好みで動くという点において、そんなに変わらないんじゃないのかなと思う。そして、そういう行動が長文を読まないとされている世代に広まっていることが、なんとなく怖いなぁ、心配だなぁと思ったところです。「みかんが好き」で不快になっているようじゃ、私もまだまだ未熟ではあるのだけれども、私がまだまともだと思っている人たちの主張が、空振りとエネルギー不足のだめだめ根腐れになっていたことにも、残念な感じをうけました。
 とはいえ、これはこれとして記録だけして、自分は考えることを辞めないようにしないといけないな、とも改めて思いました。だから、この記事は記録。読み返す必要がないくらいに置いておくだけにしておこう。トレーニングにも何もしない、ただの雑記でした。

庭で戯れる

 正月の写真が出てきた。

 なんとなく、庭で七輪を出して餅を焼く。炭火で焼くと2割うまい、外で食べると3割うまいの法則で、別に味つけなくても大変おいしくいただきました。

雪が降ると、ついやりたくなること

まぁ、テッパンですね。

今やウチのこどもたちも、あまりこういうことしなくなったけど、だから自分がやりたくなる。それも童心、手は冷たいけど、ちょっとたのしい。


2026年2月8日日曜日

選挙に思う(開票)

 安定も、ここまで増えるのは予想していなかった。なんというか、心配だ、というのが正直な感想です。

2026年2月7日土曜日

振り返って一歩進む。人の力を組み合わせる。

 先日、お世話になっている人と、お互いの経歴の話になって、ふと前職含めたキャリアをふりかえるきっかけがあった。元々一切の否定はなくやってきたけれど、ここにきて前向きに展開できるようになってきたと思う。これは面白い。
 自分の経歴は、学業との接続が直結している感じがない。なんとなく、紆余曲折という感じがあって、スペシャリストとは言い切れないし、事務作業苦手でゼネラリストとも言い難い。それでも自治体職員としてデスクワーク中心の仕事をしているわけです。そんな中で、いろいろと秀でているスキルというか態度というか、そういったものが雑談の中で見えて面白い。要は、学校で学んだことが職業として成立していなくても、今の仕事の中でスキルを分解して整理するというのか、それよりももっと仕事って複合的だからある局面で学んだことが活かされている、活かされてきたといった方がいいのか。今まで前者(自分のスキルが分解されて、随所で力を発揮できた。あくまで環境要因)と考えていたのだけれども、そもそもある仕事にはそれと直結しそうな知識・技能の他に、そもそも職業人として求められるような、理想的には求められるような技能群というのがあって、平素チームで補い合いながら得意を活かして一つの業務を成立させる、という後者のような見え方の方が、なんかしっくりくる。となれば、自分でなんでもできるようになる労力と、周りに「ある」ものを組み合わせて進んでいくようなマネジメントは、それを構成するというスキルが求められるのだろう。
 この小さな気づきは、今の私にとっては大きい。初めてだらけで自信がどうしても感じられなかった自分の仕事にも、どこか合理的に進めている(進んできた、の方が自然か)ものがあったということだ。この気づきからやるべきことを考えると、今までとはちょっと違う角度から、作業や課題に取り組めるように思う。