2025年5月3日土曜日

山本弘『詩羽のいる街』角川書店、2012年、Kindle版。

 まずは合掌。ご冥福をお祈り申し上げます。

 山本弘氏の小説は、読み始めまで時間がかかるのですが、読み始めると一気に読んでしまう。Iyokiyehaに響くフレーズが随所にあって、人と人とが「よく」関わりあう理想的な社会の一片を垣間見る感覚がじんわりと体に浸み込んでくるような、そんな気分になる。感動とか興奮ではなく、おだやかな気持ちがざわざわと湧き上がってくるような感じ。
 賀来野市で「お仕事」する詩羽という女性。その仕事はお金が仲立ちしない。人と人とがかかわりあうことによって、街を、社会を、世界をよくする、そんな仕事。人と人とをつなげ、あらゆる人が自分の「よさ」によって、街に、社会に、世界に貢献する。どんなに小さなとりくみだとしても、それらが確実に周りを「よく」していることを実感させる、その「触媒となっている」詩羽の仕事と、それに巻き込まれていく人たちの物語。
 こういう小説、大好きなんだよね。山本氏の小説に透けて見える現代社会への課題意識って、Iyokiyehaが感じたり考えたり、仕事や人間関係に組み込もうとしている「何か」に通じるものがあるような気がして、随所で「そうだ!そうだ!」と思いながら、ついつい引き込まれてしまう。眠くても、なぜか読めてしまう。寝る前に読むと、ついつい時間を忘れてしまう。そんな小説だった。
 いわゆるライトノベルに分類されるのだろうが、読み物としても(私にとっては)大変面白いし、世の中の見え方なんかは、上記のように考えさせられることが多い。この「詩羽」がとってもいいと思えたのは、シンプルな処方箋についての語りがあったこと。「(略)彼らは、正しい論理が理解できなかったんです。潰し合うんじゃなく協力し合う方が有利だってことを」(No.5,380)だから、協力し合うことを仕掛けている、ということが、それぞれの短編を貫いている本書のテーマだろう。一見、争ったり、競争したり、対立したりしているように見えて、結局は仲間と、他人と協力する、関わり合うことによって、妥協点や相互利益の地点を考えて調整していくことを詩羽は常に促し、仕掛けている。痛快でした。
 著者が他界されてしまったので、新しい作品を読むことができなくなってしまいましたが、これまでの著書を時々、ちょっと困った時に読んでみようと思います。私にとっては、『アイの物語』などと併せて、困った時のお悩み相談みたいな本たちです。